野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

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第一部 最終章

二人の行方

フロルの両親は、怪訝な顔をしながら、その手紙を受け取った。娘がどこかに出かけるなんて話は全然聞いていなかった。そして、手紙の封を開けると、見慣れた娘の字が見えた。

── 父さん、母さん、事情があって、少し旅に出ます。落ち着いたら連絡するので心配しないで。一人になりたいの。だから、探さないで、そっとしておいてください。

愛をこめて
フロル

フロルからの手紙を開き、そそくさと目を通した両親は、ぼんやりとその内容を呟く。

「娘が旅に・・・?」

「一体、どこへ行ったんだろう」

フロル父がおおらかに呟いたが、あまり心配はしていないようだ。

「心配ではないのですか?」

アイリが不思議に思って聞けば、フロル母も鷹揚に笑う。

「あの子は、意外と機転の利く子でしてね。心配なのは確かですけれど、あの子ならなんでも器用にやるだろうと思うんですよ」

「そう。フロルは意外としっかりしているからな。いずれにせよ、私らが心配してもどうなるものでもないだろうと思って」

そんなに子供を信頼できるものなのかしら── アイリは不思議に思いながら、目の前のフロルの両親をながめていた。



その頃 ── 

フロルはエスペランサに揺られながら、遠く広がる空を見上げていた。雲の間から、リルが自分の頭上を旋回飛行しているのが、時折見える。

フロルはといえば、旅立ちの身支度はしっかりとすませて、体をすっぽりと覆うローブを着ていた。これから長い旅が続くのだ。二人はエスペランサを連れて王宮から脱出してきたのである。

「どうした?フロル。やはり旅に出るのは寂しいか?」

ギルが気遣うように聞けば、フロルはううんと、首を横に振った。

「ちょっと、両親がどうしてるかなあ、って思って。それにウィルの治療の成果も見届けられなかったし」

宮廷医は、ウィルが話せるようになるのは、もう時間の問題だと言っていた。
できれば、それを見届けてやりたかったのだが、こうなってしまった以上、仕方がないことだった。

「俺の都合で振り回してすまない」

エスペランサの手綱を器用に操りながら、ギルが言う。

「いいんです。本当に気にしないでもらえれば」

そして── リルも今、二人の空高く、雲に隠れて見えない所で旋回飛行を続けながら見守ってくれている。
本当はリルを連れて飛んでいきたかったのだが、空を行くと万が一、竜騎士に見つかる可能性がある。

エスペランサを置いていく訳にもいかないし、竜騎士が巡回していれば、陸路を使うしかなくなってしまうための保険でもある。リルは、フロルのいる場所なら、どんなに離れていてもすぐに見つけられるはずなので、心配はいらない。

王都を離れてかなりの時間が経つ。二人は国境付近に広がる森を抜け、隣国へとつながる森の道を馬に揺られながら進んでいた。

「もう少し先に俺の隠れ家を用意してある。そうしたら少し休憩しよう」

そう。アンヌと無理やり婚儀に出されるとギルが知ってから、彼の行動は早かった。神殿で近衛たちと無分別に剣を合わせるより、一旦、言うことを聞いたと見せかけて、王宮から脱出する算段を練っていたのである。

もともと、騎馬騎士隊の隊長として、隣国を含めギルが精通している都市は数限りなく多い。

その中から、慎重に脱出ルートを決め、緻密な駆け落ちプランを練った。今の所、思った通りに、全て順調に進んでいる。このままいけば、もうすぐ国境を越えられそうだ。

フロルはギルからの指示通り、リルとエスペランサを連れて王宮を抜け出し、ギルから指定された場所へと向かう。

王宮の門から出る時には、騎馬隊に所属していたおじさん騎士もこっそりと見送りに来てくれたのだ。

「フロル、リード様を頼むな。二人で幸せになれよ」

「色々とありがとうございました」

「いいってことさ。リード殿と上手く落ち合えたら、よろしく伝えてくれ」

そして、ギルが指定した森のはずれで二人は落ち合った。馬を王宮から出すために、カイや厩舎係のみんなが秘密裏に協力してくれたのである。当然、その中には騎馬隊の騎士達もいた。

なんとか二人は森の小屋にたどり着くと、ギルがすぐに火を焚いてくれた。さすが、野営を得意としている部隊である。

ギルが暖炉に手慣れた様子で火をつけるのを、フロルは感心しながら眺めていた。

そんなフロルに、ギルが優しく笑いかけた。フロルのローブの襟をぎゅっと寄せて、寒くないように気遣ってくれる。

「寒くないか?フロル。すぐにあったかくなるからな」

そんなギルの笑顔にフロルの胸はきゅんと疼くのだ。ギル様はいつも優しいけれど、駆け落ちしてからと言うもの、彼のやさしさはさらに凝縮されているような気がする。

「ギル様、大丈夫ですって。あ、私、リルを呼んで、水を汲んできます」

フロルは小屋の外に出て空を見上げる。そして、ポケットから小さな笛を取り出して、その笛を吹いた。竜笛と言って、竜を呼ぶ時に使う笛だ。

すると、すぐにリルがフロルを見つけて、雲の間から滑るように下降してきた。フロルは井戸から水を汲み、大きめの器にいれてやる。リルが水を飲みたいだろうと思ったからだ。

地上に降りたリルは、フロルの胸に頭をこすりつけて、きゅう、と小さい声でないた。

「リル、これからずっと一緒に旅に出るんだよ?」

フロルがそう言うと、リルは目を細めてうっとりとしている。リルにとってはフロルがいるのなら、どこでも気にしないのだが。

そして、リルが水をがぶがぶと飲むのを見届けてから、フロルが屋内に入ると、暖炉の火はあかあかと燃えて、温かくなっている。

火の上には、水がはいったポット熱い湯気をたてていた。

「あ、私、お茶をいれますね?」

ふと気が付いて言うと、ギルがポットとカップを手渡してくれた。

「ああ、フロル、すまないな」

そう言って笑うギルのために、お茶をいれてやると、ギルがおいでと手招きする。

フロルが近寄ると、ギルはその手を引いて、自分の膝の上にのせる。そして、膝の上で横に座ったフロルを自分の胸の中に抱きしめた。

「ギル様・・・」

一緒にいられるのが嬉しくって、フロルもギルの胸の中に気持ちよく収まっている。

「追手が来るでしょうか?」

「その可能性はあるが、手がかりは一切残していない。騎士団の全てを使っても、この広大な国土を探し続けるのは不可能だろう」

ギルは騎馬騎士隊の隊長だったので、騎士団がどういう風に捜索をするのか知っている。その裏をかいたのだ。

「陸路からの探索では絶対に見つからない。ただし・・・」

「ただ?」

「竜騎士団が出てくるとなると、かなり厄介だ。上空からの探索をされればリルが見つかる可能性が高いからな」

だから、夜に移動するのが一番賢いとギルは言う。

「夜ですか?」

「ああ。今日はこの小屋で夜になるまでひと眠りして、日が暮れたら移動しよう」

「そうですね」

「ただ、俺を探すのにドレイクは難色を示すだろうと思っている。何しろ、リルを横取りしようとした件で、アンヌは完全に竜騎士たちを敵に回したからな」

「やはり、そうだったんですね。なんとなく、そうじゃないかなと思ってたんだけど」

「だから、俺達を捜索するにしても、奴らはそれほど熱は入れないと思っているんだ」

ギルの推測はかなり当たっているようにフロルにも思えた。きっと、ギルに任せておけば、何も心配はいらないのだろう。

その後、野営が得意なギルは、やはり料理の腕前でフロルの目を丸くさせた。

ギル様の女子力がすごい。半端ない。

ギルが料理をしている間、フロルは森の中でブール草を採取して、エスペランサとリルにそれをやる。

簡単な食事を済ませて、二人は日が暮れるまで仮眠をとり、夕暮れの闇に紛れて移動する。そこまでは、全てが順調に進み、もうすぐ国境と言う所まで来た時だ。

幾ら夜半に移動するとなっても、やはり食料品を買い足さなければならない。森の中にリルとエスペランサを隠して、近くの市場に買い物に向かう。

街の入り口には門番がいるが、特に呼び止められることなく、すんなりと町に入り、市場へと出向く。

これからしばらくは、買い物に出れなさそうだったので、フロルはいろんなものを買い込んだ。すべて日持ちしそうなものをギルが選んでくれた。日持ちしそうな固いパン(焼くと香ばしく美味しくなる)。フロルのお菓子用の固い雑穀の入ったクッキー(ミルクに浸して食べるとおいしい)そしてイモ類。肉や野菜は森の中で適当に調達出来るのでいらないとギルは言う。

そして、ギル用の赤ワインを数本。寝る前には、ギルがワインを少したしなむ習慣があるのを、フロルは初めて知った。

そして、買い物はもう、十分だと判断して、二人が町を出ようとした時だった。市場の人がにわかにざわめくのが聞こえた。

「あれを見ろ。竜騎士じゃないか?」

ふと空を見上げると、遠くの空から竜騎士団がこちらに向かっているのが見える。町の入り口には衛兵がいるのだが、衛兵が町の出入口の門をがっちりと閉めた。まるで何か打ち合わせでもしているような動きだった。

「ギル様・・・・」

フロルが青ざめて彼に駆け寄ると、ギルはそっとフロルの腰に手をまわして自分のほうへ引き寄せた。

「まさか、竜騎士団が出向いてくるとは。フロル、静かにして、俺から離れるなよ」

「はい。ギル様」

二人はお互いに目を見合わせ、長いローブのフードを慌ててすっぽりと被る。竜騎士団が探しているのは、自分達ではなく別の人物である可能性だってあるからだ。

空には懐かしい竜たちの顔ぶれが浮かんでいた。火竜のガビィ、緑竜のマドル、それに・・・空の一番高い所には、黒竜のグレイスが見える。

竜騎士団長アルフォンソ・ドレイクの持ち竜だ。と、言うことは、ドレイクも上空にいる訳で。

リルが見つからないか、フロルは心配になったが、リルは自分の言うことをよく聞き、森の中で待機しているはずだ。

もし、竜騎士たちに見つかったら、すぐさまリルを呼ぶつもりで、フロルはポケットの中の竜笛にそっと手を忍ばせる。いつでも取り出せるように、ポケットの中に手をつっこんだままで、息を潜めながら竜騎士の出方を待つ。

予期した通り、竜騎士たちは、町の中央にある広場に次々と舞い降りてきた。

それを見たギルの腕がぎゅっと強くフロルを引き寄せる。フロルが青ざめてギルを見上げれば、ギルもフロルをじっと見返す。

── もう見つかってしまうのだろうか。

フロルは、覚悟を決め、竜笛をポケットの中で強く握りしめた。

そうこうしている内に、広場は降り立った竜と竜騎士でどんどんと埋め尽くされていた。つい最近まで、同僚として彼らになじんでいたのに、追われる立場となった今、みんなで冗談を飛ばしあったり、していたことがなんだか嘘みたいに不思議に思える。

民衆に紛れて、竜騎士を見つめていると、一番最後にひときわ大きな竜が降り立つのが見えた。黒竜のグレイスである。それを騎竜している人物は、フロルがよく見知った人だった。

その人は、生まれて初めて竜に乗せてくれた人であり、竜から滑り落ちたフロルのスカートを切って、パンツをさらけ出した挙句に、後で花をもって謝りに来てくれた人だ。

ギル様と引き離されて、竜舎で一人こっそり泣いている時に、森に連れ出して、もふもふのウサギで慰めてくれた。

寡黙でぶっきらぼうなのに、フロルに対して人一倍のやさしさと気遣いを見せてくれた人。

そのアルフォンス・ドレイクがいつものように竜騎士騎士団長の厳めしい制服を着て、竜から降り立った。

「全員、その場から動くな!」

そう叫んだのは火竜の持ち主である赤毛の竜騎士だ。

「ここまでか」

ギルが悔しそうにつぶやくのが聞こえる。彼がそっと腰の長剣に手をかけたのが見えた。


次話は、書籍化のネタバレに伴い、1/30頃公開予定です。


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