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第四章 白魔導師の日々
小話~魔界ネコの思い出
魔王の配下である猫は、建物の陰の中に潜みながら、見つからないように女神の後を追う。
暗い石の回廊の中を、一人の娘がたたたっと勢いよく走る音が猫の耳に心地よく響く。本当の姿は猫ではないが、魔物の一種であるそれは、本来の姿より、猫であることを好んだ。
(女神様、方向が逆なんだけどな・・・)
帰り道を探して、うろうろとさ迷う女神の後を、猫は音一つたてずに、静かについて回った。いつも一緒にいるはずの聖剣の騎士も、夢の中までは来られまいて。
(この前、女神様に会ったのは何百年前だったっけ)
それが随分と昔のことだったのに、それはまるで昨日のことのように猫の記憶に残っている。
女神フローリアは、人間の体に宿ることを好む。そして、生と死を繰り返し、永遠の命を持たなない聖剣の騎士と共に、輪廻転生を繰り返すのだ。前回の生で、猫は女神様と直々に面識があった。
・・・女神様も、なんと物好きな。輪廻を繰り返すのなら、永久の命を持てばいいのに。
そう、例えば、魔王様や自分のように。
それでも、猫は昔のことを思い出して、魔物らしからぬ様子でくすりと笑う。
・・・一昔前の女神様は、とてもかわいらしい人だった。少なくとも、魔界もの魔物ですら、彼女の愛らしさに口元を緩めるほどであった。
前の人生では、女神様は神殿の巫女をしていた。艶やかか黒髪に、透き通るような白い肌を持つ巫女様でもあった女神様。
その微笑みは見るもの全てを魅了し、花に触れれば、立ちどころに花たちも嬉しそうに咲き乱れる。その時も、主である魔王様は、聖剣の騎士に阻まれ、女神を得ることに失敗していた。
そして、女神様もほんの少しの期間であったが、この魔界にいたことがあった。女神様は、この上なく、優しく猫の自分にも優しく触れ、膝の上にのせてくれた。
その時のことを、猫は思い出し、にんまりした瞬間、よだれがつーっと地面の上に零れ落ちる。
(はっ、いかんいかん。今回の女神様の追跡もしっかりしなくては)
ふと我に返り、猫はつつーっと女神の後を追う。
細く暗い廊下の行き止まりで、女神様、いや、まだ覚醒していないから、フロルと言う娘は困ったように眉を落とした。
「くっそう。また行き止まりか」
なんだか、毒づくように口を開くフロルに、猫は目眩を起こしそうなほど、残念な気持ちになる。以前の女神様と比べると、とても口が悪い。そんなフロルは、立ったまま両膝に手をつき、一人呟く。
「・・・なんだかに妙に疲れるんだよねぇ」
フロルはなんだかとてもだるそうで、少しぜいぜいと息が荒い。そりゃそうだ。夢の中とは言え、ここは一応は魔界だ。
聖なる力を持つ女神とは正反対のエネルギーで満たされた空間だ。彼女自身が負のエネルギーに満たされなければ、体力、気力共に消耗するだけだ。
・・・それを、我が主である魔王は狙ってる訳だが。
「なんっつってる場合か! がんばれ、自分」
フロルは独り言で自分を鼓舞し、また別の方向へと踵を返す。
建物の影の中に潜みながら、また黒猫はそっと女神の後を追う。
フロルは180度反転し、今度は、回廊の途中にある階段を下りていく。その先に、大きな地下空間が広がっているのを猫は知っている。
・・・今度は正しい方向へ向かっているようだ。
幾分ほっと胸を撫でおろしつつ、猫もまたフロルの後を追う。それは、城の地下、深くにある洞窟だ。仮に出口をみつけたとしても、女神様はそこには入れないだろう。
希望と失望をまぜこぜにした複雑な気分で、黒猫も女神の後を追った。
(うん・・・今回の女神様も、いい勘をしてるな)
黒猫が一人頷いたのもつかの間、フロルは悔しそうに唇を噛んだ。
「あれが出口みたいだけど、届かない・・・」
そう。地下の洞窟の中央に広がる大空間の中で、冥界と世界をつなぐ出入口がある。しかし、だ。出入口は天井高く、空間の宙にある。
普通の人間の背が届く高さではない。猫は、そっと岩の影から覗き込み、フロルの背を眺めていた。
「・・・それで、そこの猫。つけてるのわかってる。出てきたら?」
ぎくり。
黒猫は見つかったかと思い、岩陰にますます身を潜める。こんなことがある訳がない。今まで、影に潜んで追跡した対象に気付かれたことはない。
猫は、さらに身を潜め、息を殺す。・・・きっと、女神様は自分に話しかけている訳じゃないはずだ。
そう思って、さらに身を丸めた瞬間、
「見っけ!」
突然、フロルが岩陰からにゅっと姿を現し、影の中に身を潜めた黒猫をわしっとつかみあげた。
「ひぃぃぃぃっ」
暗闇から突然引きずり出されて、恐怖の悲鳴を上げる黒猫の首筋をつかみ、フロルはぶらーんと自分の目の前にぶら下げた。黒猫は自分の目の前の女神様のドアップを見て、さらに悲鳴をあげることになる。
目の前のフロルの目は意地悪く細められて、ふふと、魔王様真っ青なくらいの、腹黒い笑みを顔じゅうに浮かべていたからである。
「な、なんで。なんで。僕を見つけられるのさ!」
覚醒前とは言え、彼女の聖なる力は強かった。さすがの魔物もその力には歯が立たず、普通の猫のように、成す術もないまま、フロルの前にぶら下げられていた。
◇
フロル、窮地からの~まさかの反撃!
暗い石の回廊の中を、一人の娘がたたたっと勢いよく走る音が猫の耳に心地よく響く。本当の姿は猫ではないが、魔物の一種であるそれは、本来の姿より、猫であることを好んだ。
(女神様、方向が逆なんだけどな・・・)
帰り道を探して、うろうろとさ迷う女神の後を、猫は音一つたてずに、静かについて回った。いつも一緒にいるはずの聖剣の騎士も、夢の中までは来られまいて。
(この前、女神様に会ったのは何百年前だったっけ)
それが随分と昔のことだったのに、それはまるで昨日のことのように猫の記憶に残っている。
女神フローリアは、人間の体に宿ることを好む。そして、生と死を繰り返し、永遠の命を持たなない聖剣の騎士と共に、輪廻転生を繰り返すのだ。前回の生で、猫は女神様と直々に面識があった。
・・・女神様も、なんと物好きな。輪廻を繰り返すのなら、永久の命を持てばいいのに。
そう、例えば、魔王様や自分のように。
それでも、猫は昔のことを思い出して、魔物らしからぬ様子でくすりと笑う。
・・・一昔前の女神様は、とてもかわいらしい人だった。少なくとも、魔界もの魔物ですら、彼女の愛らしさに口元を緩めるほどであった。
前の人生では、女神様は神殿の巫女をしていた。艶やかか黒髪に、透き通るような白い肌を持つ巫女様でもあった女神様。
その微笑みは見るもの全てを魅了し、花に触れれば、立ちどころに花たちも嬉しそうに咲き乱れる。その時も、主である魔王様は、聖剣の騎士に阻まれ、女神を得ることに失敗していた。
そして、女神様もほんの少しの期間であったが、この魔界にいたことがあった。女神様は、この上なく、優しく猫の自分にも優しく触れ、膝の上にのせてくれた。
その時のことを、猫は思い出し、にんまりした瞬間、よだれがつーっと地面の上に零れ落ちる。
(はっ、いかんいかん。今回の女神様の追跡もしっかりしなくては)
ふと我に返り、猫はつつーっと女神の後を追う。
細く暗い廊下の行き止まりで、女神様、いや、まだ覚醒していないから、フロルと言う娘は困ったように眉を落とした。
「くっそう。また行き止まりか」
なんだか、毒づくように口を開くフロルに、猫は目眩を起こしそうなほど、残念な気持ちになる。以前の女神様と比べると、とても口が悪い。そんなフロルは、立ったまま両膝に手をつき、一人呟く。
「・・・なんだかに妙に疲れるんだよねぇ」
フロルはなんだかとてもだるそうで、少しぜいぜいと息が荒い。そりゃそうだ。夢の中とは言え、ここは一応は魔界だ。
聖なる力を持つ女神とは正反対のエネルギーで満たされた空間だ。彼女自身が負のエネルギーに満たされなければ、体力、気力共に消耗するだけだ。
・・・それを、我が主である魔王は狙ってる訳だが。
「なんっつってる場合か! がんばれ、自分」
フロルは独り言で自分を鼓舞し、また別の方向へと踵を返す。
建物の影の中に潜みながら、また黒猫はそっと女神の後を追う。
フロルは180度反転し、今度は、回廊の途中にある階段を下りていく。その先に、大きな地下空間が広がっているのを猫は知っている。
・・・今度は正しい方向へ向かっているようだ。
幾分ほっと胸を撫でおろしつつ、猫もまたフロルの後を追う。それは、城の地下、深くにある洞窟だ。仮に出口をみつけたとしても、女神様はそこには入れないだろう。
希望と失望をまぜこぜにした複雑な気分で、黒猫も女神の後を追った。
(うん・・・今回の女神様も、いい勘をしてるな)
黒猫が一人頷いたのもつかの間、フロルは悔しそうに唇を噛んだ。
「あれが出口みたいだけど、届かない・・・」
そう。地下の洞窟の中央に広がる大空間の中で、冥界と世界をつなぐ出入口がある。しかし、だ。出入口は天井高く、空間の宙にある。
普通の人間の背が届く高さではない。猫は、そっと岩の影から覗き込み、フロルの背を眺めていた。
「・・・それで、そこの猫。つけてるのわかってる。出てきたら?」
ぎくり。
黒猫は見つかったかと思い、岩陰にますます身を潜める。こんなことがある訳がない。今まで、影に潜んで追跡した対象に気付かれたことはない。
猫は、さらに身を潜め、息を殺す。・・・きっと、女神様は自分に話しかけている訳じゃないはずだ。
そう思って、さらに身を丸めた瞬間、
「見っけ!」
突然、フロルが岩陰からにゅっと姿を現し、影の中に身を潜めた黒猫をわしっとつかみあげた。
「ひぃぃぃぃっ」
暗闇から突然引きずり出されて、恐怖の悲鳴を上げる黒猫の首筋をつかみ、フロルはぶらーんと自分の目の前にぶら下げた。黒猫は自分の目の前の女神様のドアップを見て、さらに悲鳴をあげることになる。
目の前のフロルの目は意地悪く細められて、ふふと、魔王様真っ青なくらいの、腹黒い笑みを顔じゅうに浮かべていたからである。
「な、なんで。なんで。僕を見つけられるのさ!」
覚醒前とは言え、彼女の聖なる力は強かった。さすがの魔物もその力には歯が立たず、普通の猫のように、成す術もないまま、フロルの前にぶら下げられていた。
◇
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