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第二部 フロルの神殿生活
ライルの動揺
フロルがパーセル卿と対面してから、しばらくした頃~
~魔道師搭にて~
「ライル様、どちらへお出かけで?」
グエイドが、ライルが怪訝そうな声を出す。
「ああ、グエイドか。ちょうどよかった。今、フロルを探しに行こうと思っていたんだが」
「フロルですか?」
「ちょっと頼みたいことがあるのに見当たらないんだよねぇ」
ライルが少しだけ眉を顰める。神殿はフロルが女神であるのに間違いないから、はやく彼女を神殿によこせと煩く催促されていたことを、ちょっと思い出したのだ。もっとも、フロルもあまり神殿行きには気が乗らないらしく、白魔導師のままでいいというので、未だにフロルはライルの部下である。
女神が部下というのもなんだか変な気がしたが、魔道師はそんなことは気にしないのである。なぜなら、我が道を行くのが魔道師だからだ。
「ああ、フロルでしたら、先ほど、広場で神官に連れられていくのを見ましたが」
「神官?」
ライルの目がさらに不機嫌そうに細められる。そんなライルの機嫌を気にすることなく、グエイドがあっさりとした口調で話す。グエイドもまた我が道を行く魔道師なのだ。
「ええ。なんでも新しい神官が来るという話で顔合わせのようですね。もっとも、フロルは渋りながら神殿に行きましたが」
グエイドは一旦言葉を止め、ライルの顔を伺った。
「なんでしたら、私がフロルの代わりにご用を承りましょうか?ライル様」
「いや、いい。フロルでしかできないことだから」
ローブを身にまとい、ライルは出かける支度をする。
「私がフロルを呼んでまいりましょうか?」
「少し気分転換を兼ねて、外を歩いてくるよ」
今日は、苦手な書類作業が続いて、少し気分が鬱屈してきた所だったのだ。ライルは、長い階段を降り、魔道師搭の扉を開ける。冬が近い秋の空は、一緒に冷たい空気まで運んでくるらしい。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ライルは神殿に向かって足を運ぶ。
その頃、神殿では、巫女達が嬉しそうに微笑みながら祭壇を眺めていた。巫女達の前には、空っぽの供物台があった。もともと、その供物台の上には、女神様の眷属である精霊フューリーのためのお供物(お菓子)が山のようにうずたかくつみあげられていたはずだった。
「巫女様、お供物台が空になっていますわ。今朝ほど、お供物を沢山お供えしたはずですのに」
小首をかしげながら、不思議そうな顔をする新入り巫女に年季の入った巫女は嬉しそうに口を開く。
「女神様が神殿にお戻りだから、フューリー様も神殿にいらっしゃってるのね」
「そうなんですか?」
経験の浅い巫女は、目を丸くして、巫女の話に聞き入っている。
「ええ、伝説によれば、フューリー様は大変可愛らしい妖精さんらしいわ。青くて澄んだ羽が生えていて、頭には花や葉っぱの冠をかぶっていらっしゃるのだそうよ」
「女神フローリア様は、もともとは自然の女神様だからでしょうか?」
「ええ、そうよ。だから、全ての大自然は、フローリア様の僕なのね」
「それとこのお供物がなくなったことに関係するんでしょうか?」
「あら、私ったら、うっかりしてたわね。このフューリー様は、フローリア様にお仕えしている精霊なのだけど、人間のお菓子が大好物なのだそうよ」
うふふと巫女達は笑い、楽しそうに付け加えた。
「お菓子が大好きだなんて、かわいらしいわね。ここのお菓子もきっとフューリー様が食べてしまったのに違いないわ」
「もし、フューリー様がいるのなら、私、見てみたいです!」
「ええ、そうね。私も見てみたいわ」
巫女達は楽しそうに微笑みあった。バルジール大神官は神経質で意地悪な性格だったが、女神様を取り違えて、へき地へと左遷されてしまった。
バルジール大神官とアンヌが更迭されてから神殿の中は平穏な日々が続いている。バルジールの叱責も、アンヌの怒鳴り声とも無縁になって、巫女達はどれほど穏やかな日々を過ごせているか。
本当に女神様には感謝しなければならない。
本当の女神様、フロル、いや、フローリア様は、なかなか神殿へとお戻りにはならないが、今日は新しい大神官様がいらっしゃったのだ。
今は、聖堂の一室で、フローリア様とパーセル大神官が何か話し合いをしているよう。大神官様が女神様に神殿に居を構えるように説得しているのかもしれない。
そんな時、神殿の扉が開き、そこに現れた人物を見て、巫女達は固まった。
「ノワール魔道師長様」
巫女は魔導師長を傍で見るのは初めてだった。すらりとした細見の男性で、端整な顔の上に浮かぶ表情は、思わず見とれてしまうほど美しい。
そう。男性なのに、美しいという表現がぴったりなのだ。美しいのに、どことなく影がある表情は、彼が魔道師だからだろうか。
漆黒で艶やかな黒髪に、魔道師のローブをゆったりとはためかせながら、ノワール魔道師長が一歩、また一歩と神殿中へと足を運ぶ。
「すまないが、フロルを見なかったかい?」
鈴がなるような澄んだ声で、ぼんやりと魔道師長に見とれていた巫女は、はっと我に返る。
「ああ、あの・・・今、大神官様とお話し中でございますが」
ちょっと彼の表情が曇ったことに巫女が気が付いた。魔道師長は、女神様が大神官様と話をするのをあまり好まないようだと巫女は思う。
「そうか。まだ話し合いは続くのかい?」
「いえ、もうすぐ終わると思いますが・・・。様子を見てまいりましょうか?」
「いや、私が直接、そこへ行こう」
「あちらの角を曲がって真っ直ぐいったつきあたりになります」
「そうか。ありがとう」
ライルはそう言うと、示された方角へと行こうとする。巫女達はその後ろ姿を見送っていると、突然、ライルが足を止め、祭壇の方向を怪訝そうな顔をして眺めているではないか。それは、フューリーのために置いてあったお供物台の方向だった。
「あの・・・ライル様、何か?」
ライルが眉根を寄せて立ち止まっていた。
「君たち、あれが見えないのか?」
魔道師長はとある一点に視線を向けるが、巫女たちには特段変わったものは何もないように見える。
「あの・・・あれとは何でございましょう?」
おずおずと答える巫女たちに、ライルは一瞬呆れたような視線を向けたが、すぐに元の冷静な顔に戻った。
「ああ、いや、なんでもないんだ。忘れてくれ」
ライルはそう言うとくるりと踵を返して、フロルがいるであろう部屋へと向かって、歩き去っていった。
「魔道師長様は、何が見えると言っていたんでしょうね?」
不思議がる新米巫女に、年を重ねた巫女も肩をすくめる。
「さあ、私にもわからないわ」
そうして二人は、美しい魔道師長の背中を、またほれぼれとした様子で見つめ続けていたのであった。
◇
さあ、次回は、ライルが何を見たかについてですよー。多分、お察しのいい読者様は、それがなんだかわかりますよね?! では、次回まで、お楽しみにー(^m^)
~魔道師搭にて~
「ライル様、どちらへお出かけで?」
グエイドが、ライルが怪訝そうな声を出す。
「ああ、グエイドか。ちょうどよかった。今、フロルを探しに行こうと思っていたんだが」
「フロルですか?」
「ちょっと頼みたいことがあるのに見当たらないんだよねぇ」
ライルが少しだけ眉を顰める。神殿はフロルが女神であるのに間違いないから、はやく彼女を神殿によこせと煩く催促されていたことを、ちょっと思い出したのだ。もっとも、フロルもあまり神殿行きには気が乗らないらしく、白魔導師のままでいいというので、未だにフロルはライルの部下である。
女神が部下というのもなんだか変な気がしたが、魔道師はそんなことは気にしないのである。なぜなら、我が道を行くのが魔道師だからだ。
「ああ、フロルでしたら、先ほど、広場で神官に連れられていくのを見ましたが」
「神官?」
ライルの目がさらに不機嫌そうに細められる。そんなライルの機嫌を気にすることなく、グエイドがあっさりとした口調で話す。グエイドもまた我が道を行く魔道師なのだ。
「ええ。なんでも新しい神官が来るという話で顔合わせのようですね。もっとも、フロルは渋りながら神殿に行きましたが」
グエイドは一旦言葉を止め、ライルの顔を伺った。
「なんでしたら、私がフロルの代わりにご用を承りましょうか?ライル様」
「いや、いい。フロルでしかできないことだから」
ローブを身にまとい、ライルは出かける支度をする。
「私がフロルを呼んでまいりましょうか?」
「少し気分転換を兼ねて、外を歩いてくるよ」
今日は、苦手な書類作業が続いて、少し気分が鬱屈してきた所だったのだ。ライルは、長い階段を降り、魔道師搭の扉を開ける。冬が近い秋の空は、一緒に冷たい空気まで運んでくるらしい。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ライルは神殿に向かって足を運ぶ。
その頃、神殿では、巫女達が嬉しそうに微笑みながら祭壇を眺めていた。巫女達の前には、空っぽの供物台があった。もともと、その供物台の上には、女神様の眷属である精霊フューリーのためのお供物(お菓子)が山のようにうずたかくつみあげられていたはずだった。
「巫女様、お供物台が空になっていますわ。今朝ほど、お供物を沢山お供えしたはずですのに」
小首をかしげながら、不思議そうな顔をする新入り巫女に年季の入った巫女は嬉しそうに口を開く。
「女神様が神殿にお戻りだから、フューリー様も神殿にいらっしゃってるのね」
「そうなんですか?」
経験の浅い巫女は、目を丸くして、巫女の話に聞き入っている。
「ええ、伝説によれば、フューリー様は大変可愛らしい妖精さんらしいわ。青くて澄んだ羽が生えていて、頭には花や葉っぱの冠をかぶっていらっしゃるのだそうよ」
「女神フローリア様は、もともとは自然の女神様だからでしょうか?」
「ええ、そうよ。だから、全ての大自然は、フローリア様の僕なのね」
「それとこのお供物がなくなったことに関係するんでしょうか?」
「あら、私ったら、うっかりしてたわね。このフューリー様は、フローリア様にお仕えしている精霊なのだけど、人間のお菓子が大好物なのだそうよ」
うふふと巫女達は笑い、楽しそうに付け加えた。
「お菓子が大好きだなんて、かわいらしいわね。ここのお菓子もきっとフューリー様が食べてしまったのに違いないわ」
「もし、フューリー様がいるのなら、私、見てみたいです!」
「ええ、そうね。私も見てみたいわ」
巫女達は楽しそうに微笑みあった。バルジール大神官は神経質で意地悪な性格だったが、女神様を取り違えて、へき地へと左遷されてしまった。
バルジール大神官とアンヌが更迭されてから神殿の中は平穏な日々が続いている。バルジールの叱責も、アンヌの怒鳴り声とも無縁になって、巫女達はどれほど穏やかな日々を過ごせているか。
本当に女神様には感謝しなければならない。
本当の女神様、フロル、いや、フローリア様は、なかなか神殿へとお戻りにはならないが、今日は新しい大神官様がいらっしゃったのだ。
今は、聖堂の一室で、フローリア様とパーセル大神官が何か話し合いをしているよう。大神官様が女神様に神殿に居を構えるように説得しているのかもしれない。
そんな時、神殿の扉が開き、そこに現れた人物を見て、巫女達は固まった。
「ノワール魔道師長様」
巫女は魔導師長を傍で見るのは初めてだった。すらりとした細見の男性で、端整な顔の上に浮かぶ表情は、思わず見とれてしまうほど美しい。
そう。男性なのに、美しいという表現がぴったりなのだ。美しいのに、どことなく影がある表情は、彼が魔道師だからだろうか。
漆黒で艶やかな黒髪に、魔道師のローブをゆったりとはためかせながら、ノワール魔道師長が一歩、また一歩と神殿中へと足を運ぶ。
「すまないが、フロルを見なかったかい?」
鈴がなるような澄んだ声で、ぼんやりと魔道師長に見とれていた巫女は、はっと我に返る。
「ああ、あの・・・今、大神官様とお話し中でございますが」
ちょっと彼の表情が曇ったことに巫女が気が付いた。魔道師長は、女神様が大神官様と話をするのをあまり好まないようだと巫女は思う。
「そうか。まだ話し合いは続くのかい?」
「いえ、もうすぐ終わると思いますが・・・。様子を見てまいりましょうか?」
「いや、私が直接、そこへ行こう」
「あちらの角を曲がって真っ直ぐいったつきあたりになります」
「そうか。ありがとう」
ライルはそう言うと、示された方角へと行こうとする。巫女達はその後ろ姿を見送っていると、突然、ライルが足を止め、祭壇の方向を怪訝そうな顔をして眺めているではないか。それは、フューリーのために置いてあったお供物台の方向だった。
「あの・・・ライル様、何か?」
ライルが眉根を寄せて立ち止まっていた。
「君たち、あれが見えないのか?」
魔道師長はとある一点に視線を向けるが、巫女たちには特段変わったものは何もないように見える。
「あの・・・あれとは何でございましょう?」
おずおずと答える巫女たちに、ライルは一瞬呆れたような視線を向けたが、すぐに元の冷静な顔に戻った。
「ああ、いや、なんでもないんだ。忘れてくれ」
ライルはそう言うとくるりと踵を返して、フロルがいるであろう部屋へと向かって、歩き去っていった。
「魔道師長様は、何が見えると言っていたんでしょうね?」
不思議がる新米巫女に、年を重ねた巫女も肩をすくめる。
「さあ、私にもわからないわ」
そうして二人は、美しい魔道師長の背中を、またほれぼれとした様子で見つめ続けていたのであった。
◇
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