壊れた王のアンビバレント

宵の月

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ナイトメア






 「これ……何があったんですか?」
 「内容は?」
 「……キロレス公国からの輸出品目と派遣医療団、既存の各種占有技術への関税引き上げ告知です。」

 シンと沈黙が落ちる。アルヴィナに対して好々爺然とした商会長も、厳しい表情を浮かべて唇を引き結んだ。アルヴィナは喉を鳴らして、何度も確かめた事実を口にした。

 「……告知に交渉窓口の記載はなく、押印は正式な国璽です。つまり一方的な告知……。こちらは輸出量の総量で優先順位をつけると……」

 重くなった空気に、商会長がため息を落とした。
 
 「なりふり構わず外貨を集めようとしているな……」

 ウォロックが頷いた。

 「ですが、キロレス公国は医療産業の国ですよ?決断は人命に直結します。判断は国単位で話し合われるはずでは?」

 それがここまで一方的な告知をし、しかもより多くの関税を支払う国を優遇するとまで明記している。諸外国の反発は必至で、大きな非難と孤立の代償が伴うもののはずだ。

 「……ダンフィル王国との関係悪化が原因だと思う。外貨を集めてダンフィルからの輸出制限に備えるつもりだろう。」

 顔を上げたアルヴィナは、ウォロックと商会長の表情から自分に隠していたことを悟った。ウォロックはすまなそうに眉尻を下げ、口を開いた。

 「実は近くダンフィル王国が来訪する話があるんだ。リーベンとの国交正常化のためで、出所は王宮。
 おそらく意図的に流されているんだと思う。ダンフィルへの往来の制限は、禁止薬物指定された《ナイトメア》が原因だった。
 ダンフィルはたぶん国交正常化に向けて動けるほど情勢が回復してきていて、一方でキロレスはこのざまだ。
 ダンフィルがキロレスの介入について、何か決定的なものを掴んだんだと思う。」
 「でも……それだと……」
 「ほとんどの国が食料をダンフィル王国からの輸入に頼っていて、キロレスも同じだ。確かに戦争に発展しかねない。」
 「ナイトメアは……」

 5年前、ダンフィル王国で蔓延したことで存在が知れた《ナイトメア》と名付けられた薬物。 
 あの悪夢の規模と効能を考えれば、出所に医療大国のキロレスが関わっていてもおかしくない。

 「アルヴィナ、大丈夫かい?」

 ウォロックの気遣う声に、アルヴィナは震えながら頷いた。《ナイトメア》それこそが、5年前アルヴィナが国を捨て、家族を失った原因となった薬物だった。
 思い出したくなくても、記憶は走馬灯のように、アルヴィナの頭を駆け巡る。

 (最初は王都の外れで起きた凶悪事件だった。犯人は強盗と殺人を繰り返して、逮捕された……)
 
 犯人の確保に問題はなかったが、犯人からの供述が支離滅裂だった。
 金銭的な困窮もなく、被害者との怨恨どころか面識さえなかった事件。際立って残酷な犯行に関わらず、明確な動機は得られなかった。犯した罪だけが明白で、奪われた金品は見つからなかった。
 結局犯人は意味の通じない主張を繰り返すまま処刑された。その事件を皮切りに、同様の犯罪が王都周辺で急増した。

 (王家が捜査に乗り出した頃には、もう手遅れで……)

 騎士団を構成する貴族からも犯罪者が出始め、捜査の進捗を邪魔するかのように、高位貴族令嬢の失踪や自殺事件が起き始めた。
 不自然な婚姻申請、名門家門が関わる犯罪、捜査責任者の失踪と不正。長く保たれていた平和は一瞬のうちに消え失せた。

 (手がかりは見つけても誰かが持ち去った……)

 新興宗教団体や組織的な犯罪集団の存在が疑われたが、捕らえられた者達の供述は一貫性がなく共通点もなかった。
 ようやく依存性が高く、幻覚、妄想、洗脳を引き起こす薬物の存在が確認された時には、王家の初動の不的確さがはっきりと露呈したあとだった。
 薬物の性質上、誰も信用できなかった。ある日突然、様子がおかしくなってようやくナイトメアに侵されていたと気付く。

 (王妃様は……レティス様は、疑心を振り払うために茶会を主催した……でもそのせいで……)

 アルヴィナも王太子の婚約者として出席し、和やかに進んだ茶会が終わろうとしていた時、甲高い悲鳴が上がった。
 王妃、母、アルヴィナを含む何人かの令嬢が、毒を盛られたのだ。血を吐きながら倒れ、全身を責めさいなむ痛みと、薄れていく意識。混乱の中、扇の陰で真っ赤な唇を吊り上げる女。

 「……ヴィナ!アルヴィナ!」

 ウォロックの声にアルヴィナは覚醒し、触れられた肩をびくりと震わせた。

 「……ごめん、思い出させてしまったね……」

 感じたことがない苦痛と、ゆっくりと死に向かっていく感覚を思い出し、アルヴィナは歯の根が噛み合わないほど震えた。
 なによりも恐ろしかったのは、明確に向けられた殺意だった。愛され大切にされ、与えられる幸福を当たり前のように感じていた日々。誰かが自分を本気で殺そうと思っているなど想像もしていなかった。
 王妃と一人の令嬢が犠牲になり、母は後遺症が残った。そして結果的にリーベンの地で命を落とした。アルヴィナは幸い健康を取り戻せたが、あの時の恐怖に未だに縛られていた。

 「……大丈夫、キロレスの思惑通りに進むことはないよ。」

 震えながら涙を流すアルヴィナの背中を撫でながら、ウォロックが慰めるように言い聞かせる。

 「ダンフィル王国からの制裁解除と、非難を狙ったんだろうけど同調する国家は現れない。」

 食糧庫であるダンフィル王国の諸外国への優位性は高い。その上各国がダンフィルの惨状を見て《ナイトメア》は、驚くべき速さで国際的な禁止薬物に指定された。関与が疑われるキロレス公国に賛同する国家は、立場をなくすことになる。

 「ダンフィルの訪問があるとして、王妃はくるだろうか?」
 「そこまでは……かの王妃はベルタング家ですし……」

 俯いたままのアルヴィナの脳裏に、鮮やかに吊り上がった赤い唇がよみがえる。カーティスが1年前に婚姻を結んだベルタング侯爵令嬢。
 ダンフィル王国亡命後、カーティスが王へ即位。そこから急速に安定が進み、カーティスの婚姻からナイトメアによる犯罪は起きていないらしい。
 それが何を意味するのか、アルヴィナは考えないようにしていた。
 
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