18 / 66
焦燥
「遅い。」
「申し訳……」
「途中、メナード卿が挨拶に来られました。その後エクルド卿にお声がけいただきました。」
「……そうか。」
割入るようにマルクスが答え、カーティスはじっとアルヴィナを見つめた。僅かに沈黙が落ち、気まずさを断ち切るようにして、アルヴィナは机へと向う。
「キリアン。」
「はい。」
キリアンから文書を差し出され、受け取ったアルヴィナは思わず眉をしかめた。
「キロレスの非公式大使が来訪予定です。現公主の姪にあたります。」
「そう、ですか……」
「あくまで非公式のため、歓迎セレモニーなどは行いません。現行で5日の滞在予定ですが、滞在中の会談は王妃が同席予定です。アルヴィナ妃には最初の挨拶と、地龍宮の滞在手配をお願いいたします。」
「……はい。」
「なっ!!陛下!!」
ノーラが抗議の声を上げた。会談中の参席が王妃のみなら、キロレス側は妃の権威は王妃のみ認識する。滞在手配の采配は、誰がしたのかは意味をなさない。
「滞在予定はおそらく伸びます。1ヶ月を目処に準備をお願いします。詳細はそちらに。」
「……はい。」
「ありえない……!何を考えて……」
「……ノーラ、控えて。」
アルヴィナは必死に笑みを浮かべて、ノーラに首を振ってみせた。
「ですが……!!」
カーティスのうんざりしたようなため息に、ノーラは口を閉じた。それでも爛々と怒りに光らせた瞳で、カーティスを睨みつけることはやめなかった。
「アルヴィナ、今日は下がれ。」
「はい。」
「陛下!これでは……」
「黙れ!」
カーティスはこめかみを押さえ、低く吐き捨てる。ノーラをぐっと唇を噛み締めて、俯いた。アルヴィナも、その怒りの激しさに息を飲む。
「……失礼いたします。行きましょう。」
「お嬢様!」
「ノーラ、マルクス。」
「……分かり、ました。」
カーティスは無言のまま、一瞥することもなかった。キリアンがきつくノーラを睨み、そのまま執務室の扉を閉める。
「お嬢様……これはあまりにも……」
「いいの。」
アルヴィナは諦めるように静かに目を閉じた。
「いいのよ……」
来訪するのはキロレス公主の姪だという。あらかじめ滞在の延長も視野に入れている。
(殆ど日も空けず側妃が迎えられるのね……)
それはアルヴィナをどれだけ惨めにするだろう。予定より長く滞在するということは、そういうことだった。
歓迎の設えをアルヴィナに任せ、あとは日陰に徹することを、カーティスは求めた。
アルヴィナを殺そうとした王妃。国を家族を亡くした原因の薬物を、流通させたキロレス公主の姪。彼女らとカーティスを共有する。それがカーティスの決断。
(戦争よりずっといい……。これでいいのよ……)
品定めの視線を受けながら、アルヴィナは歩き出した。火種を取り込んで、未来の災禍を防ぐ。君主として正しい判断。現にセレイアとの婚姻で、ナイトメアの被害はなくなった。
(これでいいのよ……)
俯いたまま瞬きを繰り返し、アルヴィナは自分に言い聞かせた。自分の感情が、戦争の回避より重要なわけがない。
私室の扉が閉まった瞬間、アルヴィナは声を押し殺して泣き崩れた。
(生きたいと望んだことがいけなかったの……?)
生きたかった。自分に向けられた悪意が、殺意が恐ろしかった。死にたくなかった。まるでアルヴィナが生きていることを責められているような気がした。生き物の本能として備わった生存本能。カーティスはそれが許せないのかもしれない。
(もしも王家が……)
「……不敬ね……」
溢れ出しそうな思考のその先を断ち切って、アルヴィナは自嘲した。踏みとどまってこの地で死ぬべきだった。カーティスもキリアンもそう考えている。
きっとそうするのが正解だったのだ。そうすればカーティスに怒りをぶつけられることも、こんな思いも知らずに終われただろうから。
「カーティス兄様……これほど私が憎いのですね……」
声を押し殺して泣くアルヴィナを、慰めるように乳白色の魔石は静かに輝いた。
※※※※※
メナードは王妃の私室で苛立ちに声を荒げた。
「セレイア!話が違う!!」
「それは兄上の話ではありません?あの女の側妃入りを防げなかったではありませんか!」
「フォーテルの野良犬達さえ殆ど知らずにいたんだぞ?無駄な散財ばかりで、世継ぎの気配すらないお前が言えることか!
フォーテルの雌犬は執務室にまで呼ばれている。」
「白亜宮の予算程度で、国政に関わっているとでも?」
「ハッ!お前は執務室はおろか、翠蒼宮への立ち入りすら許されてもいない。白亜宮の予算?あの女はキロレスの非公式使節の設えを任された。」
「………なんですって!!」
ギリッと噛み締めたセレイアの奥歯が軋む。冷めた目でセレイアを眺め、メナードはイライラと爪を噛んだ。
「使節として公主の姪がくる。あの男は間違いなく娘を妃としてねじ込んで来るはずだ。」
「ヘレナ程度に何ができると?」
「もう側妃がどうのという問題ではない!!会談の席にはお前も私も呼ばれているんだぞ!!」
「それは王妃として……」
「本当にそう思っているのか?」
「………あの女を始末しましょう。子を産ませるわけにはいきません!」
「リーベンの後ろ盾を持っている。殺せばどうなるか、分からないほど馬鹿なのか?」
「殺すだけが始末の方法だと?」
セレイアが真っ赤に塗った唇を吊り上げる。
「《コラプション》《ナイトメア》をいくつか用意して下さい。」
セレイアの赤い唇を見つめ、メナードも笑みを刻んだ。
「……いいだろう。相手はフォーテルの野良犬のどれかを見繕おう。」
「それはお好きに。あの雌犬に乗っかりたい男はいくらでも見つかるでしょうから。」
セレイアは一口お茶を飲み下した。卑下た笑みで脳内のリストをめくっていたメナードは、ふと笑みを消した。
「だが、もう時間はない。」
「ええ。分かってます。キロレスの使節権限を取り戻せるか動いてみます。」
「そうしろ。」
メナードが出ていった室内。セレイアから浮かべていた笑みが瞬時に消え失せた。持っていたカップを中身ごと壁に叩きつける。
(王妃は……!カーティスの妻の座は私のものよ!!)
嫉妬と憎悪に血走らせた琥珀の瞳は、狂気に満ちて爛々と輝きを増した。
あなたにおすすめの小説
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
【完結】小さなマリーは僕の物
miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。
彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。
しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。
※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
姉の婚約者に愛人になれと言われたので、母に助けてと相談したら衝撃を受ける。
佐藤 美奈
恋愛
男爵令嬢のイリスは貧乏な家庭。学園に通いながら働いて学費を稼ぐ決意をするほど。
そんな時に姉のミシェルと婚約している伯爵令息のキースが来訪する。
キースは母に頼まれて学費の資金を援助すると申し出てくれました。
でもそれには条件があると言いイリスに愛人になれと迫るのです。
最近母の様子もおかしい?父以外の男性の影を匂わせる。何かと理由をつけて出かける母。
誰かと会う約束があったかもしれない……しかし現実は残酷で母がある男性から溺愛されている事実を知る。
「お母様!そんな最低な男に騙されないで!正気に戻ってください!」娘の悲痛な叫びも母の耳に入らない。
男性に恋をして心を奪われ、穏やかでいつも優しい性格の母が変わってしまった。
今まで大切に積み上げてきた家族の絆が崩れる。母は可愛い二人の娘から嫌われてでも父と離婚して彼と結婚すると言う。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています