壊れた王のアンビバレント

宵の月

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焦燥




 「遅い。」
 「申し訳……」
 「途中、メナード卿が挨拶に来られました。その後エクルド卿にお声がけいただきました。」
 「……そうか。」
 
 割入るようにマルクスが答え、カーティスはじっとアルヴィナを見つめた。僅かに沈黙が落ち、気まずさを断ち切るようにして、アルヴィナは机へと向う。

 「キリアン。」
 「はい。」

 キリアンから文書を差し出され、受け取ったアルヴィナは思わず眉をしかめた。

 「キロレスの非公式大使が来訪予定です。現公主の姪にあたります。」
 「そう、ですか……」
 「あくまで非公式のため、歓迎セレモニーなどは行いません。現行で5日の滞在予定ですが、滞在中の会談は王妃が同席予定です。アルヴィナ妃には最初の挨拶と、地龍宮の滞在手配をお願いいたします。」
 「……はい。」
 「なっ!!陛下!!」

 ノーラが抗議の声を上げた。会談中の参席が王妃のみなら、キロレス側は妃の権威は王妃のみ認識する。滞在手配の采配は、誰がしたのかは意味をなさない。

 「滞在予定はおそらく伸びます。1ヶ月を目処に準備をお願いします。詳細はそちらに。」
 「……はい。」
 「ありえない……!何を考えて……」
 「……ノーラ、控えて。」

 アルヴィナは必死に笑みを浮かべて、ノーラに首を振ってみせた。

 「ですが……!!」
 
 カーティスのうんざりしたようなため息に、ノーラは口を閉じた。それでも爛々と怒りに光らせた瞳で、カーティスを睨みつけることはやめなかった。

 「アルヴィナ、今日は下がれ。」
 「はい。」
 「陛下!これでは……」
 「黙れ!」

 カーティスはこめかみを押さえ、低く吐き捨てる。ノーラをぐっと唇を噛み締めて、俯いた。アルヴィナも、その怒りの激しさに息を飲む。

 「……失礼いたします。行きましょう。」
 「お嬢様!」
 「ノーラ、マルクス。」
 「……分かり、ました。」

 カーティスは無言のまま、一瞥することもなかった。キリアンがきつくノーラを睨み、そのまま執務室の扉を閉める。

 「お嬢様……これはあまりにも……」
 「いいの。」

 アルヴィナは諦めるように静かに目を閉じた。

 「いいのよ……」

 来訪するのはキロレス公主の姪だという。あらかじめ滞在の延長も視野に入れている。

 (殆ど日も空けず側妃が迎えられるのね……)

 それはアルヴィナをどれだけ惨めにするだろう。予定より長く滞在するということは、そういうことだった。
 歓迎の設えをアルヴィナに任せ、あとは日陰に徹することを、カーティスは求めた。
 アルヴィナを殺そうとした王妃。国を家族を亡くした原因の薬物を、流通させたキロレス公主の姪。彼女らとカーティスを共有する。それがカーティスの決断。

 (戦争よりずっといい……。これでいいのよ……)

 品定めの視線を受けながら、アルヴィナは歩き出した。火種を取り込んで、未来の災禍を防ぐ。君主として正しい判断。現にセレイアとの婚姻で、ナイトメアの被害はなくなった。

 (これでいいのよ……)

 俯いたまま瞬きを繰り返し、アルヴィナは自分に言い聞かせた。自分の感情が、戦争の回避より重要なわけがない。
 私室の扉が閉まった瞬間、アルヴィナは声を押し殺して泣き崩れた。

 (生きたいと望んだことがいけなかったの……?)

 生きたかった。自分に向けられた悪意が、殺意が恐ろしかった。死にたくなかった。まるでアルヴィナが生きていることを責められているような気がした。生き物の本能として備わった生存本能。カーティスはそれが許せないのかもしれない。

 (もしも王家が……)

 「……不敬ね……」

 溢れ出しそうな思考のその先を断ち切って、アルヴィナは自嘲した。踏みとどまってこの地で死ぬべきだった。カーティスもキリアンもそう考えている。
 きっとそうするのが正解だったのだ。そうすればカーティスに怒りをぶつけられることも、こんな思いも知らずに終われただろうから。

 「カーティス兄様……これほど私が憎いのですね……」

 声を押し殺して泣くアルヴィナを、慰めるように乳白色の魔石は静かに輝いた。



※※※※※

 

 メナードは王妃の私室で苛立ちに声を荒げた。

 「セレイア!話が違う!!」
 「それは兄上の話ではありません?あの女の側妃入りを防げなかったではありませんか!」
 「フォーテルの野良犬達さえ殆ど知らずにいたんだぞ?無駄な散財ばかりで、世継ぎの気配すらないお前が言えることか!
 フォーテルの雌犬は執務室にまで呼ばれている。」
 「白亜宮の予算程度で、国政に関わっているとでも?」
 「ハッ!お前は執務室はおろか、翠蒼宮への立ち入りすら許されてもいない。白亜宮の予算?あの女はキロレスの非公式使節の設えを任された。」
 「………なんですって!!」

 ギリッと噛み締めたセレイアの奥歯が軋む。冷めた目でセレイアを眺め、メナードはイライラと爪を噛んだ。

 「使節として公主の姪がくる。あの男は間違いなく娘を妃としてねじ込んで来るはずだ。」
 「ヘレナ程度に何ができると?」
 「もう側妃がどうのという問題ではない!!会談の席にはお前も私も呼ばれているんだぞ!!」
 「それは王妃として……」
 「本当にそう思っているのか?」
 「………あの女を始末しましょう。子を産ませるわけにはいきません!」
 「リーベンの後ろ盾を持っている。殺せばどうなるか、分からないほど馬鹿なのか?」
 「殺すだけが始末の方法だと?」

 セレイアが真っ赤に塗った唇を吊り上げる。

 「《コラプション堕落》《ナイトメア悪夢》をいくつか用意して下さい。」

 セレイアの赤い唇を見つめ、メナードも笑みを刻んだ。
 
 「……いいだろう。相手はフォーテルの野良犬のどれかを見繕おう。」
 「それはお好きに。あの雌犬に乗っかりたい男はいくらでも見つかるでしょうから。」

 セレイアは一口お茶を飲み下した。卑下た笑みで脳内のリストをめくっていたメナードは、ふと笑みを消した。

 「だが、もう時間はない。」
 「ええ。分かってます。キロレスの使節権限を取り戻せるか動いてみます。」
 「そうしろ。」

 メナードが出ていった室内。セレイアから浮かべていた笑みが瞬時に消え失せた。持っていたカップを中身ごと壁に叩きつける。

 (王妃は……!カーティスの妻の座は私のものよ!!)

 嫉妬と憎悪に血走らせた琥珀の瞳は、狂気に満ちて爛々と輝きを増した。
 
 
 
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