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刻印
ズキリと痛んだ頭に、アルヴィナはゆっくりと目を開けた。ぼんやりと霞んだ視界が収束し、アルヴィナの髪を弄ぶカーティスのアイスブルーと視線が絡んだ。
ズキリと再び脳を揺らされるような痛みが走る。
「………触らないで!」
アルヴィナはカーティスの手を払いのけた。痛むこめかみを抑えながらカーティスをきつく睨みつける。
「出ていって!嫌い!嫌い!大っ嫌い!」
痛みが増す毎に、鮮明に蘇る忌まわしい記憶。
激しくセレイアと愛し合っていたカーティス。優しい声で何度も愛を囁き、二人の姿に絶望しながらも欲情し、這いつくばって自らの手で絶頂した浅ましい自分。
「アヴィー。」
長い腕がアルヴィナを絡め取り、カーティスは愉快そうに口角を上げた。そのまま引き寄せられ、カーティスを罵る唇が塞がれる。ねろりと熱い舌が口内を弄った。
「ん!ふぅっ!!」
ぞくりと肌が粟立ち、熱を帯び始める。アルヴィナが、カーティスの胸板を強く拳で叩いた。
「離して!触らないで!……いや!……いや!」
「暴れるな、アヴィー。」
暴れるアルヴィナを抱きすくめて、カーティスは何度も何度も口づけを繰り返した。
「いや!いや!酷い!離して!」
とうとう泣き出したアルヴィナに、カーティスはくすりと笑みをこぼした。
「まだ抜けきらないか……。子供のようだなアヴィー。」
アルヴィナはぼろぼろと、涙をこぼしながらカーティスを睨みつけた。
目の前でセレイアと愛し合った。触れる唇が回される手が憎くてたまらない。
「離して!……嫌い!嫌い!許さない!!」
「アヴィー。」
混乱したままのアルヴィナを、カーティスは強く抱きしめた。あやすように背をさすり、乱れた髪を梳き撫でる。
「ふっ……ううっ……嫌い……兄様なんて嫌い……大っ嫌い……」
流れ落ちる涙を舌ですくい取りながら、カーティスは何度も口づけを繰り返す。
「アヴィー、何を見た?」
優しく甘やかすような声音に、ゆっくりとアルヴィナは顔を上げた。
「アヴィー?」
「兄様が……兄様が……」
「私が?」
「ふっ……ううっ……セレイア妃と……」
「……そうか。ふふっ……。上書きの手間が省けた。」
「兄様……?」
笑い出したカーティスに、戸惑うアルヴィナは眉を下げた。ひとしきり笑ったカーティスは、アルヴィナの両頬を挟み込み、その瞳を覗き込んだ。
「アヴィー、お前が手を離したからそうなった。婚約で誓っただろう?命ある限りと。お前は逃げ出した。」
優しく微笑みカーティスは、言い聞かせるように柔らかな声音で囁いた。
「手を離したから奪われた。そうだろう?アヴィー?」
「ふっ……ううっ……」
カーティスの言葉がゆっくりと染み込んで、アルヴィナはくしゃりと顔を歪ませて泣き出した。細く声を上げて、美しい顔を歪ませて泣くアルヴィナを、カーティスは満足げに見つめ優しく撫でた。
「奪われたくないのなら、手を離すべきではなかった。そうだな?アヴィー?」
コラプションでさらけ出された本能に、消えきらない強迫観念に、刻み込むように言い聞かせる。打ちのめされ弱った心の奥の奥まで染み込むように。
ナイトメアの洗脳の手順を、カーティスは優しく辿った。
「幻覚を現実にしたくないのなら、もう二度と離れることを考えるな。いいな?アヴィー?」
剥き出しにされた心に穿つように吹きこむ。子供のように泣くアルヴィナを抱きしめ、カーティスはうっそりと笑みを浮かべた。穿たれた楔は容易には抜けない。
依存が抜けきる前の頭痛が、何度も刻みつけられた幻覚を蘇らせる。
泣き疲れて再びアルヴィナが眠りに落ちるまで、カーティスは優しく抱きしめ続けた。
「刻みつけろ、アルヴィナ。手を離せば何が起きうるか、二度と忘れないように……」
寝台に横たえて、美しい寝顔にひっそりと囁く。そっと寝台を抜け出して身支度を済ませる。
上着から取り出した、解毒薬をしばらく見つめ、カーティスは笑みを浮かべて小瓶を再び上着に戻した。どうせ刻み込むならできるだけ深く長く。
そのままカーティスは部屋を出る。扉の前に張り付いていた、ノーラとマルクスの非難の視線に笑みを閃かせ、カーティスは白亜宮を後にした。
※※※※※
「お嬢様……申し訳ありません……」
再び目を覚ましたとき、外は日が落ちていた。
アルヴィナの枕元に縋るようにしてノーラは泣き伏し、マルクスは自己嫌悪に顔を歪ませて俯いている。
「……頭が、痛い……」
ズキッと走った鈍痛に、アルヴィナは顔を歪ませた。
「あぁ……いや……やめて……見せないで!」
「お嬢様!」
閃くように蘇る幻覚に、アルヴィナは悲鳴を上げた。
逃げるように蹲るアルヴィナに、ノーラが必死に呼びかける。
「お嬢様、こちらをお飲みください!」
「いや!いや!やめて!」
「お嬢様!」
マルクスが蹲るアルヴィナを仰向かせ、ノーラが暴れる口に薬剤を流し込む。咳き込みながら半分ほどを飲み下し、アルヴィナはへたりこんだ。飲み込んだ途端、頭痛は収まり始める。
「鎮静剤です。コラプションの依存性が頭痛を引き起こします。」
アルヴィナは呆然と涙を流しながら、へたりこんだ。
「……お嬢様……」
「私は……コラプションを……」
「はい……。」
「申し訳ありません。私が……王妃の陽動に気づけていれば……」
アルヴィナは緩慢に首を振った。ノーラが焦燥を抑えながら、ぼんやりとするアルヴィナにそっと声をかけた。
「……お嬢様、陛下は幻覚前に対処されたのでしょう?」
「……幻覚……?……見たわ……」
「………っ!?」
ギリッとノーラが歯を食いしばった。
「……お嬢様、大丈夫です。解毒によって依存性を抑えられます。」
「幻覚は……消える……?」
「………記憶がなくなるわけではありません。ですが、依存性の頭痛が収まれば蘇ることもなくなります。」
「……そう……」
「コラプションはむりやり本能を剥き出しにします。痛覚を麻痺させ快楽中枢を刺激します。思い入れが深いものほど、幻覚が現れる傾向にあります。そのような薬なのです。
………感情の制御が効かなくなるのも、幻覚も全て薬効が無理やり引きずり出したものです。どうかあまり気に病まれませんよう……。」
「思い入れが、深い……?」
ぽとりと涙が落ちた。ノーラとマルクスが痛ましげに黙り込む。
「……カーティス兄様は……」
「………陛下は、今夜は……」
俯いて嗚咽を堪えるアルヴィナに、ノーラがそっと抱き込んだ。
《手を離したから奪われた。そうだろう、アヴィー?》
静かに涙を流しながら、アルヴィナの鼓膜に幾度もカーティスの声がこだました。
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