壊れた王のアンビバレント

宵の月

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王妃宮の夜




 「斬新な歓迎だな。」

 片付け切れなかった破片が、あちこちに飛び散る寝室。惨憺たる有様を眺め回し、カーティスはひどく愉快そうに笑みを刻んだ。

 「まさかこの宮でこれほど満足いくもてなしを受けられるとは思っていなかった。」

 皮肉に歪んだ口元を、セレイアは憎悪の眼差しで睨みつけた。
 倒れた椅子を拾い上げ、カーティスはゆったりと腰を下ろした。玲瓏透徹としたその姿に、セレイアは一瞬泣きそうに瞳を揺らした。
 歯を食いしばって立ち上がり、運び込まれていたカートのグラスに、血のように赤いワインを注ぐ。
 カーティスに差し出したグラスは、そのまま振り払われ、毛足の長い絨毯にグラスは転がり落ちる。

 「必要ない。白亜宮でコラプションが確認された。そんな時にワインを勧めるとはな?」

 口元に嘲るような笑みをはいたカーティスに、セレイアは血をのぼらせた。

 「……カーティス!カーティス!カーティス!!」

 目を血走らせ憎しみに顔を歪ませたセレイアが、胸元に伸ばした手が弾かれる。閃光が走りバリッと不吉な音が室内に響き渡った。
 衝撃に床に倒れたセレイアは、それでも赤く光り輝く、カーティスの保護石に手を伸ばした。

 「触れるな。」

 打ち払った虫けらを蔑むように、カーティスはセレイアを見下ろした。不可侵の領域を示すように、バリバリとカーティスの周りにいくつもの閃光が走る。

 「……私ほど……」

 セレイアが絞り出すように呟いた。俯けた顔を上げ、挑むようにカーティスを見上げる。

 「私ほど、貴方を愛するものはいない!貴方は私のもの!私だけのもの!」

 神の寵愛を疑うべくもない完璧な美貌。すべてが高貴な唯一至高の存在。強国ダンフィルの絶対権力の頂点。

 「私が、必ず貴方の子を産む!どんな手を使っても、私だけが貴方の妻よ!!」
 「……そうか。コラプションを盛ってすら、一度たりとも指一本触れられないのに、どうやって身籠るつもりかは知らんが健闘を祈る。」

 せせら笑ったカーティスに、ギリッとセレイアが歯を食いしばる。

 「……あの雌犬が目の前で穢されても同じことが言えるかしら?」
 「私の妖精を侮辱するのはよせ。今すぐ殺してもいいんだぞ?」
 「……妖精?ハッ!発情した雌犬じゃない。
 殺す?私は王妃よ?手をかければ玉座から引きずり降ろされるのは貴方だわ!」
 「狂王にふさわしいだろう?」

 どこまでも泰然と余裕を崩さないカーティスに、セレイアは怒りを募らせる。握った拳を震わせる様を、カーティスは嘲笑った。

 「……いつまでも、よそ見を許すとは思わないことね。盛り狂った雌犬は必ず処分するわ……!!」
 「失敗したばかりでその自信には恐れ入る。」
 「失敗?私は何もしていないわ。」
 「ああ、そうだったな。証拠がない。」
 「ふふっ。そう、証明する手立てはない。いつだって。」
 「……そう思うか?」

 ひやりと冷えた声に、セレイアは振り返った。

 「どれだけコラプションを使ったか忘れたか?なぜ私が大人しく飲んでいたのか分からないか?」
 「……なにを……」
 「どれほどナイトメアを広めたか、覚えてもいないのだろう?」
 「……カーティス……?」

 底冷えするアイスブルーの不穏な輝きに、セレイアは喉を鳴らした。

 「まあ、今回のコラプションの妊娠効果には期待している。側妃への差し入れ感謝する。」

 顔を怒りで歪ませたセレイアに、ニヤリと笑みを浮かべ、カーティスは踵を返した。

 「カーティス!!」

 一瞥することなく立ち去ったカーティスに、セレイアは爪を噛んだ。

 「……できるわけない……」

 何をしようと痕跡を辿ることすらできやしない。

 「問題ないわ……あの女さえいなければカーティスは……」

 不安を振り払うように、カーティスの座っていた椅子に縋る。

 「できやしない。だから大丈夫……。あぁ……カーティス……」

 《コラプションの妊娠効果には期待している》

 恍惚と椅子に縋っていたセレイアが、カッと目を見開いた。

 「許さない!!……許さない!!あの女に子供なんて産ませない!!カーティスの全ては私のものよ!!」

 受け取られさえしなかった、ワインボトルをを掴んで壁に叩きつける。
 暴れまわる物音に怯え、王妃宮の侍女たちは誰一人として扉を開けることはしなかった。


※※※※※


 カツカツと踵を鳴らし、進んでいた回廊でカーティスは足を止めた。

 「ぐっ……」
 「カーティス!」

 手のひらに顔を埋めたカーティスに、キリアンが慌てて小瓶を差し出した。むしり取るように奪いそのまま煽る。キリアンが手近な窓に取りすがり急いで開け放つ。
 カーティスは差し込んだ夜風に誘われるように、脂汗が滲む顔をゆっくり上げた。
 差し込む月光は青みを帯び、銀の光を優しく下ろしている。

 「うっ……あぁ……!!」

 鐘を打ち鳴らすような頭痛が響き、忌まわしい記憶が蘇る。

 恐怖に歪ませた顔を涙で塗らし、泣き叫びながらカーティスに助けを求めるアルヴィナが、陵辱に悲痛な絶叫を上げている。なす術なく目の前の光景に歯噛みし、その光景にさえ欲情して己を擦り立て続ける惨めさ。

 《カーティス兄様!助けて……!兄様ぁ……!!いやぁ!》

 やがて悲鳴は甘く蕩ける嬌声に変わり、自ら進んで淫靡に踊る妖婦に変わる。媚びて腰を揺らし、その美貌で男を誘う。不愉快な幾人もの男達を悦んで咥え込む淫欲の魔性。

 《あぁ……悦い……もっと……愛してる……もっと……ああ!》

 「やめろ!!やめろ!!頼む……やめてくれ……アルヴィナ!!アヴィー!!」
 「……ティス!!カーティス!!」
 「陛下!!」

 ひやりと肌を刺す冷たさに、カーティスはハッと目を開けた。眉根をきつく寄せて冷却の魔石を、押し当てるキリアンと視線が絡む。

 「カーティス……」
 「あ……あぁ……大丈夫だ……」

 押し当てられた魔石をゆっくりと押し戻しながら、カーティスは深く息をついた。まだ奥底に残る頭痛を振り払うように、開けた窓から夜風を吸い込む。
 アルヴィナの髪を思わせる月光を仰ぎ、静かに目を閉じた。

 《きれい……カーティス兄様!とても嬉しいわ》

 贈った花冠を胸に抱きしめ、無邪気に笑ういつかのアルヴィナを眼裏に呼び起こす。
 
 (アヴィー……)

 かつて幸せだけをわき上がらせた、愛しい名は、今は疑念と憎悪を同時に抱かせる。
 生きてさえいれば。幸せでいてさえくれたら。
 その幻想はコラプションの幻覚が打ち砕いた。幸せと安寧を願って手放した結末が、他の男の手に渡る未来なら、奪い取り閉じ込めて逃さない。

 (それが無理ならいっそ、私が殺す……!!)

 誰かの腕の中で淫靡に踊る幻覚が、どこかで幸せに暮らすアルヴィナという選択肢を奪った。
 清かに降り落ちるアルヴィナの髪のような月光に、手のひらを捧げカーティスはため息を零す。

 (……なぜお前はそうまで美しく生まれついた?わざわざ私の怒りを買うためか?)

 ああまで美しくなかったなら、ここまで心をかき乱されずに済んだ。
 誰もを容易く魅了するあの美貌が、愛おしく同じだけ憎くてたまらない。

 (……お前は私を捨てた。命の限りと誓った誓約を容易く放棄して)

 そうしなければ今生きてはいなかった。理性で理解できても、粉々に砕けた心は慰めを求め続ける。
 アルヴィナがカーティスの仕打ちに傷つき流す涙。罪悪感と後悔に打ちのめされて零した涙。それだけが打ち砕かれた心を満たす。

 「……カーティス……」
 「今、行く。」

 気遣わしげなキリアンの声に、カーティスはゆっくりと歩き出した。

 愛など期待も求めもしていない。たった一つ裏切りの対価を払わせる。それだけがカーティスを悪夢から救う。
 狂おしいほど愛おしく、引き裂かれるように憎くてたまらない。
 傷つけ、貶め、抱きしめ、口付ける。その感情を揺らすのは自分のためでありさえすればいい。誰の手にも触れさせない。
 カーティスだけのアルヴィナ。その事実はほんの少しカーティスの心に安寧をもたらす。
 愛でなくていい。慰めを求める砕けた心が、アルヴィナへ同じだけの苦痛を求める。止められない憎悪に、カーティスは愛されることを諦めた。側にありさえすればいい。

 (あぁ……アヴィー。お前の悪夢も私だったな……)

 うっそりと笑みを浮かべ、カーティスは自分の心が満たされていくのを感じた。他の男ならば上書きが必要だった。剥き出しになった心が、真っ先にカーティスを思い起こすように。
 頭痛を合図に、自分とセレイアらしい悪夢にのたうつアルヴィナを思い、カーティスは静かに降り注ぐ月光の下で凄絶な優しい微笑みを刻んだ。


 
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