壊れた王のアンビバレント

宵の月

文字の大きさ
50 / 66

背中

しおりを挟む



 「……陛下。」

 北塔から引き上げ執務室に入ろうとしたカーティスを、エクルドは呼び止めた。

 「……ナイトメアから証言を得られます。今は解毒薬があります。証言が承認されれば、法に照らし裁ける。追い詰め過ぎれば、不測の事態を招くことに……」
 「国を乱し私の父と母を殺した者を許せと?悪夢に壊され利用され、踏みにじられた者達の無念を忘れろと?」
 「そうではありません!やりすぎるべきではない!追い詰めるのは危険です!」
 「やりすぎ?この程度で?手ぬるいほどだ。」
 「陛下!!」

 危うい光を宿すカーティスに、エクルドは引き止めるように叫んだ。

 「陛下の怒りは正当なものです。ですが、犯した罪に求める罰も正当であるべきです。」
 「同じだけの苦痛を求めることが、正当でないなら何を正当とする。」
 「………これだけのことを平然と成し、反省さえ見せない者を追い詰めれば、予期せぬことが起こり得ます。」
 「それを恐れて、下すべき罰を躊躇せよとでも言うのか?」
 「そうではありません!!何をするか分からない者をいたずらに追い詰めれば危険だと申し上げているのです!!貴方は王だ!個人で対するべきではない!」

 カーティスは唇を引き結んだが、口元は燃え上がる復讐心に歪んでいた。その表情に、エクルドは言い募る。

 「今回狙われたのはアルヴィナ妃だ。最も効果的な悪あがきとして、アルヴィナ妃を選んだ。危機にさらされるのは陛下とは限らない。」
 「…………」
 「犯した罪の代償は必ず支払わせる。それは当然のことです。ですが相手にする者は、これほどの罪を少しも気に留めることなく成す者達なのです。それを忘れてはなりません。」

 ぐっと奥歯を噛み締めたカーティスに、エクルドは刻み込むように声を押し出した。

 「残った大切なものを守ることよりも、怒りのままに復讐することのほうが大切なのですか?」

 頭痛をこらえるように、カーティスは手のひらに顔を埋めた。

 「……間に合わなければ何が起こり得たのか。失ってから思い直してももう遅いのです。」
 
 静かに叩きつけられたエクルドの声に、カーティスは拳を握りこんだ。

 「……下がれ。アルヴィナが待っている……。」

 エクルドに背を向け、カーティスは執務室に入っていく。エクルドもそれ以上言い募ることはしなかった。
 ベルタングの落日は目前で、その陰に隠れていたハイエナはどう動くのか。
 消えない怒りに、尽きない憎悪。どれほど追い詰めても、もう元の形のまま取り戻す事は叶わない。
 
 メナードの残した爪痕は、また失っていたかもしれない恐れとなって、カーティスの心を深く切りつけていた。


※※※※※


 ノーラに案内されて、エクルドは寝台の横の椅子に腰を下ろした。

 「私をお呼びだとか……」
 「ええ……エクルドおじ様、顔色が……」
 「単に寝不足です。騒ぎの収拾で王宮がごたついているのです。落ち着くまで時間がかかるでしょう。」
 「そうですか……」

 眉根を曇らせたアルヴィナに、エクルドは内心ホッと息をついた。騒ぎの内容の割に落ち着いて見え、これならカーティスのほうがよほど取り乱して見えた。

 「それで、どうされましたか?」

 気を取り直して尋ねたエクルドに、アルヴィナは迷うように俯向いた。

 「いえ、体調も思わしくなくお忙しいご様子。配慮が足りず申し訳ありません……急ぐ話ではないので、また今度でも……」
 「いえ、お伺いしますよ。」

 言い淀んだアルヴィナに、エクルドはにこやかに応じ、アルヴィナは迷いながらも口を開いた。その内容と簡単にまとめられた草稿にエクルドは徐々に目を見開いていく。

 「……アルヴィナ様、なぜ病人らしくしてらっしゃらないのですか……?」
 「……何かしていないと落ち着かないのです。……おじ様?」

 エクルドはアルヴィナの問いに、顔を上げられなかった。懐かしい友の顔が蘇り、喉に熱いしこりが凝るこごる

 「ははは……アルヴィナ妃、素晴らしいと思います。」

 未来を語るアルヴィナ。最良を模索して進んでいくその姿に、エクルドはにじむ涙を隠した。

 (……ああ、陛下。同情いたします……)

 長い悪夢に閉じ込められていたダンフィル。凝った憎しみが停滞し、誰もが過去と今だけで精一杯だ。
 アルヴィナだけがこの先の未来を語る。過去より今よりその先へ。
 容易に振り切れないものを抱えて、立ち止まる者にその姿はひどく眩しく、とても寂しく映る。
 
 (ゲイル、お前にそっくりだな……)

 引き止めようもなく、振り返らずに進む背中。

 (陛下、悪あがきは無駄なようです)

 立てなくなるように、すぐに行ってしまわないように、打ちのめしてもすぐに立ち上がる。フォーテル一族はみんなそうだ。
 過去の現在の最悪にあって、未来の最良を目指して進む。

 (欲しいなら必死にその背中を追うしかないのです……)

 カーティスの仕打ちの中でも、救済政策を打ち出し、今また未来を見据えている。立ち止まったまま引き止めようとすれば、その功績を手土産にしてでも背を向けるだろう。

 (もう我々も先に進まなければ……)

 「おじ様……?」
 「……私から陛下に進言しておきます。……アルヴィナ様、時々は足の遅い者を振り返ってやってください。」
 
 なんの手助けもさせず、ダンフィルの未来のために一人で行ってしまった親友のように。簡単に前をむけない者にとって、それはあまりにも残酷だから。

 「抱えたものが多すぎて、すぐには歩けない。歩けずにいるなら、どうか手をとって連れて歩いてあげてほしい……。」

 見切って前に行くのではなく、足枷に苦しみながらも、その背中を必死に追う者をどうか忘れないでほしい。

 「……はい。」

 エクルドの瞳が浮かべる悲しげな色を見つめ、アルヴィナは深く頷いた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび
恋愛
「結婚しよう」 アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。 しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。 それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...