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【2-16】「ゲームマスターの権限を行使する」
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「無駄よぉ、夜森の庭を火の海に変えてあげるわぁっ」
片手を夜森の空に掲げ、一瞬のうちに巨大な炎の塊を練り上げる。
すると、マルベラに目掛けて放たれたはずのかまいたちが急激に軌道を逸れ、炎の塊の中に溶け込んでいく。魔法を飲み込み、更に巨大化しているように見える。
「これがぁ、貴方たちの顔を恐怖に引きつらせるぅ、隕石に早変わりするのよぉ」
意識を高め、マルベラに向けて視線をぶつける。オレとロア、そしてマルベラを囲い込むように炎の柵が出現し、夜森を焼き尽くす。
暴れすぎたのが原因か、柵の外にはちらほらと他のプレイヤーの姿を確認することができた。
「死にたくなけりゃ下がってろっ」
自分以外の面倒は見きれない。
ゲームマスターを相手に余裕をかましていられるほど、自信過剰な性格はしていないからな。
「あははぁ、ほぅらっ、これで死になさぁいっ」
巨大な炎の塊が分裂する。幾つもの火炎の飛礫(つぶて)が宙に浮かび上がり、オレとロアに目標を定めて飛来する。正に炎の隕石だ。
一つ、また一つと燃え盛りながらも落ちてくる。
互いにぶつかり合い軌道を逸らし、更にぶつかることでまた軌道を修正し、対象となるオレたちに動きを予測させない。
しかもそれが僅かな時間で行われているのだから、こちらからすれば堪らない。
「ロア、オレに掴まれっ」
水の壁は既に破られた。
オレはまだ防御手段を持っていないので、ここはオレの瞳に映るものと自身の感覚を信じて、全ての隕石を避けるしかない。
不安を口にせず、ロアは背中からオレの首に手を回し、思いっきり抱き着いた。
瞬きする余裕すら与えずに飛来する隕石の軌道を、ぶつかる寸前まで見続けて、もうダメだと思った瞬間に体を横にずらす。
「なっ、避け……っ」
マルベラの驚く顔が視界の端に映り込むが、次々と襲い掛かる隕石を前に敵の位置を把握などしていられない。
「サンタッ、真っ直ぐ行ってっ」
「任せろっ」
背に、ロアの声を受ける。
二つ同時に同じ場所へと落下する隕石には、あえて前へ向けて走り出す。隕石の間をすり抜け、これまたギリギリのところで交わすことに成功した。
仮にも、オレは魔王だ。
カンスト状態のステータスは伊達じゃない。体の使い方、こなし方、動き方、全てを理解し、AGIの高さを極限まで利用する。
たとえロアやレッカスのように空を舞うことができずとも、稲妻のように地を駆け、暗闇に紛れ一瞬のうちに距離を詰め、相手に襲い掛かることは不可能ではない。
何故なら、オレは魔王だ。
むしろそれぐらいのことはできてくれなければ、此処では到底生き残ることができないだろう。
「左よっ」
マルベラの位置を見るのは、ロアの役目だった。
オレの瞳には隕石の軌道だけを捉え、最短距離を移動しながらマルベラへと近づいていく。この間、ほんの数秒足らずだが、まるでスローモーションでも見ているかのような気分だ。
「ちょこまかと邪魔な虫たちねぇ、早く死ねばいいものをぉっ」
怒気を含んだ声が燃え盛る夜森の庭に響き、隕石とはまた別の炎の塊を生み出していく。
それを見たロアは、動きを合わせるかのように黒鎌を縦に振る。
「え、……なっ」
瞬間、オレは足を使うことなくマルベラの眼前へと移動していた。
驚いているのは、マルベラも同じだ。何が起こったのか理解していないのだろう。
だが、好機を逃すほどロアは優しくない。
「残念な人、あなただけは絶対に許さないっ」
背中越しに発せられるのは、赤に燃える周辺を暗闇へと還す死神の魔法だ。
今までと同じように、ロアは〝残念な人〟と口にした。それから、瞬き一つする暇もなく、ロアは唱え終えていた呪文をマルベラへと向けて解き放つ。
「むぐぅあっ、いぎぃいぃいいっ」
マルベラは両手で顔を覆い、これ以上傷を負うのを防ごうとする。
しかし、予め動作を予測していたロアは、マルベラの体を的にしていた。
ほぼ、ゼロ距離から強大な魔法の直撃を受けたマルベラは、奇声を上げて地面に落ちていく。
足場を失ったオレも、それに続いて落下するかに思えたが、ロアは両手を腰に回し、オレの体を支える。
自分だけでなく、オレを掴んだまま、宙に浮いているのだ。
「死神の特技、狭間抜きよ。あなたもゲームマスターの一人なら、全ての属性と種族が持つ、個々の特技や魔法をしっかりと憶えておくことね」
無様にも地上に転がるマルベラの姿を見下ろし、ロアが言い放つ。
「ロア、狭間抜きって、どんな技なんだ」
神経を研ぎ澄まし、胸の鼓動が何度も波打つ。
そんな中、ほんの少し余裕が出たオレは、宙で体を支えるロアに問いかける。
「対象となるプレイヤー一人との間に生まれた空間、つまりは狭間を、死神が持つ鎌で切り抜いたの。言うなれば瞬間移動のようなものね」
便利な特技だ。そう言えば別の敵に背中から刺された時も、いつの間にか立ち位置が変化していたな。死神だけは敵に回したくないものだ。
「それよりも、剣を構えて」
指摘されて気付く。
地に伏したマルベラは、仰向けになりこちらを睨みつけている。
辺りには落下し尽くした隕石の残骸が火の手を悪化し、柵の外側で傍観していた他のプレイヤーたちに被害を与えている。
「今のは運がよかっただけと思いなさい。あいつがHPを回復する前に仕掛けるわ」
「おお、行くぞ」
頷き、オレは黒剣を両手で握り締める。
その仕草を確認する前に、ロアはマルベラ目掛けて隕石の如く急降下を始めた。
「マルベラ――ッ」
相手はただのプレイヤーではなく、ゲームマスターだ。
EGOで死亡したとしても、現実世界には何の影響もない。ウィルスを送り込まれているのは、一般のプレイヤーと囚人なのだからな。
オレはマルベラの名を叫び、ロアの動きに合わせて黒剣の先を向ける。
だが――、
「なぁあんだぁ、とっくの昔にバレてたのねぇ……」
ぼそりと呟く。
その声は聞こえなかったが、代わりに次の言葉を耳にすることはできた。
「ゲームマスターとしての権限を行使しぃ、ロア=アンノルのアバターをぉ……、強制ログアウトさせるわぁ」
青白い閃光が、辺りを覆っていたはずの火の海を。
そして夜森の庭全体へと駆け巡る。
瞬間、オレは言葉通りに〝落下〟していた。
片手を夜森の空に掲げ、一瞬のうちに巨大な炎の塊を練り上げる。
すると、マルベラに目掛けて放たれたはずのかまいたちが急激に軌道を逸れ、炎の塊の中に溶け込んでいく。魔法を飲み込み、更に巨大化しているように見える。
「これがぁ、貴方たちの顔を恐怖に引きつらせるぅ、隕石に早変わりするのよぉ」
意識を高め、マルベラに向けて視線をぶつける。オレとロア、そしてマルベラを囲い込むように炎の柵が出現し、夜森を焼き尽くす。
暴れすぎたのが原因か、柵の外にはちらほらと他のプレイヤーの姿を確認することができた。
「死にたくなけりゃ下がってろっ」
自分以外の面倒は見きれない。
ゲームマスターを相手に余裕をかましていられるほど、自信過剰な性格はしていないからな。
「あははぁ、ほぅらっ、これで死になさぁいっ」
巨大な炎の塊が分裂する。幾つもの火炎の飛礫(つぶて)が宙に浮かび上がり、オレとロアに目標を定めて飛来する。正に炎の隕石だ。
一つ、また一つと燃え盛りながらも落ちてくる。
互いにぶつかり合い軌道を逸らし、更にぶつかることでまた軌道を修正し、対象となるオレたちに動きを予測させない。
しかもそれが僅かな時間で行われているのだから、こちらからすれば堪らない。
「ロア、オレに掴まれっ」
水の壁は既に破られた。
オレはまだ防御手段を持っていないので、ここはオレの瞳に映るものと自身の感覚を信じて、全ての隕石を避けるしかない。
不安を口にせず、ロアは背中からオレの首に手を回し、思いっきり抱き着いた。
瞬きする余裕すら与えずに飛来する隕石の軌道を、ぶつかる寸前まで見続けて、もうダメだと思った瞬間に体を横にずらす。
「なっ、避け……っ」
マルベラの驚く顔が視界の端に映り込むが、次々と襲い掛かる隕石を前に敵の位置を把握などしていられない。
「サンタッ、真っ直ぐ行ってっ」
「任せろっ」
背に、ロアの声を受ける。
二つ同時に同じ場所へと落下する隕石には、あえて前へ向けて走り出す。隕石の間をすり抜け、これまたギリギリのところで交わすことに成功した。
仮にも、オレは魔王だ。
カンスト状態のステータスは伊達じゃない。体の使い方、こなし方、動き方、全てを理解し、AGIの高さを極限まで利用する。
たとえロアやレッカスのように空を舞うことができずとも、稲妻のように地を駆け、暗闇に紛れ一瞬のうちに距離を詰め、相手に襲い掛かることは不可能ではない。
何故なら、オレは魔王だ。
むしろそれぐらいのことはできてくれなければ、此処では到底生き残ることができないだろう。
「左よっ」
マルベラの位置を見るのは、ロアの役目だった。
オレの瞳には隕石の軌道だけを捉え、最短距離を移動しながらマルベラへと近づいていく。この間、ほんの数秒足らずだが、まるでスローモーションでも見ているかのような気分だ。
「ちょこまかと邪魔な虫たちねぇ、早く死ねばいいものをぉっ」
怒気を含んだ声が燃え盛る夜森の庭に響き、隕石とはまた別の炎の塊を生み出していく。
それを見たロアは、動きを合わせるかのように黒鎌を縦に振る。
「え、……なっ」
瞬間、オレは足を使うことなくマルベラの眼前へと移動していた。
驚いているのは、マルベラも同じだ。何が起こったのか理解していないのだろう。
だが、好機を逃すほどロアは優しくない。
「残念な人、あなただけは絶対に許さないっ」
背中越しに発せられるのは、赤に燃える周辺を暗闇へと還す死神の魔法だ。
今までと同じように、ロアは〝残念な人〟と口にした。それから、瞬き一つする暇もなく、ロアは唱え終えていた呪文をマルベラへと向けて解き放つ。
「むぐぅあっ、いぎぃいぃいいっ」
マルベラは両手で顔を覆い、これ以上傷を負うのを防ごうとする。
しかし、予め動作を予測していたロアは、マルベラの体を的にしていた。
ほぼ、ゼロ距離から強大な魔法の直撃を受けたマルベラは、奇声を上げて地面に落ちていく。
足場を失ったオレも、それに続いて落下するかに思えたが、ロアは両手を腰に回し、オレの体を支える。
自分だけでなく、オレを掴んだまま、宙に浮いているのだ。
「死神の特技、狭間抜きよ。あなたもゲームマスターの一人なら、全ての属性と種族が持つ、個々の特技や魔法をしっかりと憶えておくことね」
無様にも地上に転がるマルベラの姿を見下ろし、ロアが言い放つ。
「ロア、狭間抜きって、どんな技なんだ」
神経を研ぎ澄まし、胸の鼓動が何度も波打つ。
そんな中、ほんの少し余裕が出たオレは、宙で体を支えるロアに問いかける。
「対象となるプレイヤー一人との間に生まれた空間、つまりは狭間を、死神が持つ鎌で切り抜いたの。言うなれば瞬間移動のようなものね」
便利な特技だ。そう言えば別の敵に背中から刺された時も、いつの間にか立ち位置が変化していたな。死神だけは敵に回したくないものだ。
「それよりも、剣を構えて」
指摘されて気付く。
地に伏したマルベラは、仰向けになりこちらを睨みつけている。
辺りには落下し尽くした隕石の残骸が火の手を悪化し、柵の外側で傍観していた他のプレイヤーたちに被害を与えている。
「今のは運がよかっただけと思いなさい。あいつがHPを回復する前に仕掛けるわ」
「おお、行くぞ」
頷き、オレは黒剣を両手で握り締める。
その仕草を確認する前に、ロアはマルベラ目掛けて隕石の如く急降下を始めた。
「マルベラ――ッ」
相手はただのプレイヤーではなく、ゲームマスターだ。
EGOで死亡したとしても、現実世界には何の影響もない。ウィルスを送り込まれているのは、一般のプレイヤーと囚人なのだからな。
オレはマルベラの名を叫び、ロアの動きに合わせて黒剣の先を向ける。
だが――、
「なぁあんだぁ、とっくの昔にバレてたのねぇ……」
ぼそりと呟く。
その声は聞こえなかったが、代わりに次の言葉を耳にすることはできた。
「ゲームマスターとしての権限を行使しぃ、ロア=アンノルのアバターをぉ……、強制ログアウトさせるわぁ」
青白い閃光が、辺りを覆っていたはずの火の海を。
そして夜森の庭全体へと駆け巡る。
瞬間、オレは言葉通りに〝落下〟していた。
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