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First impression

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夜勤が終わり、倉庫から事務所へ戻る途中、東の空を見上げると、灰色に立ち込める雲の隙間から、朝日が一筋差し込んでいた。
まだ朝の5時過ぎ。
街はようやくこれから目を覚まそうと、まだ浅い眠りの中にいるように静まっている。
俺も夜勤明けでクタクタだ。しかも、前日から殆ど寝ないまま夜勤に入ったせいで、今はやたらと眠い。
あまりにも眠くて、家まで持ちそうもない。
事務所の奥にある仮眠スペースで少し横になって、それからのんびり部屋に帰ろう。
どうせ部屋で待っているような人間もペットもいるわけではない。
帰る先なんて、本当に寝るためだけの空間でしかない。
そう思った俺は、タイマーをセットして仮眠室で一休みすることにした。
どれくらい寝ていただろう?
なかなか鳴らないタイマーに業を煮やして目を開けてみると、タイマーをセットした時間はとうに過ぎていた。
まずい、1時間も寝過ごしてしまった。
俺は飛び起きて、仮眠室の洗面台で軽く顔を洗い、ついていた寝癖をついでに濡らして直し、財布とスマホを持って部屋を出た。
事務所に入ると、すでに事務職員達が出勤していた。
「福山さん、これから出勤ですか?」
「ちげーよ、バカ」
同僚でいちばん仲のいい狭山が、俺が仮眠室で寝過ごしたことを知りながら、からかってくる。
十分仮眠を取ったはずなのに、まだ大きな欠伸が止まらない。
「おい、福山。今朝はこれから新入りが来るから紹介する。このまま朝礼に出て行け」
石橋課長から声がかかる。
そう言えば、数日前から宇都宮の事業所から異動で新入りがやって来るということは聞かされていた。
こんな中途半端な時期に異動とは、何か訳ありなんじゃないか?などと、噂好きのおばさん達が早速話のネタにしていたのを思い出した。
どんな奴が来るのだろう?
俺と同年代の中年のくたびれたオッサンだろうか?いや、いくら俺がそこそこ年齢を重ねていたとしても、そんなくたびれたオッサンなどと一緒にされてたまるか。
少なくとも俺は、そこらの同年代と比べてかなり若々しいはずだ。
年齢は世間的にはオッサンと呼ばれる年齢かもしれないが、まだまだそんな蔑まされるほど老け込んではいない自信はある。
だから、そんな老け込んだ奴がきたら第一印象が大切だ。舐められないようにしないとならない。
そんなことを考えていると、そこへ高田部長に連れられて20代前半くらいの、背の高い体格のいい青年が事務所に入って来た。
「皆さん、おはようございます。かねてから話には聞いていたと思うが、本日付で宇都宮事業所から異動してきた川口君だ。川口君、ご挨拶して」
高田部長に促され、川口という若い青年は一歩前に踏み出し、背筋を伸ばして軽く息を吸った。
「本日付で宇都宮より参りました、川口と申します。1日も早く業務に慣れて、皆様の力になれるようにいたします。どうぞよろしくお願いします」
川口という青年は、いかにも体育会系のそれらしい挨拶をして頭を下げた。
皆んなが拍手をして川口青年を歓迎する。
「福山君、こっちへ」
俺は高田部長に手招きされた。そして高田部長はこう言った。
「川口君、今日から君の上司で教育担当をする福山君だ。何かわからないことがあれば、何でも彼に相談して」
えっ?そんなこと一度も聞いてないぞ!
「高田さん、何ですか教育係って?初耳ですよ」
「だから今言った。まぁ、そんなに身構えるな。川口君は宇都宮でも優秀だったし、手がかかるなんてことは無いだろう」
いや、そんなことが問題ではないのだが。
「福山さん、どうぞよろしくお願いします」
川口青年は、そんな俺の戸惑いをよそにハキハキと改めて挨拶してきた。
「まぁ、よろしく」
俺は右手を差し出して握手を求めた。
川口青年は、両手で俺の右手を強く握り、人懐っこい笑顔を見せた。
まぁ、いいか。悪い奴じゃなさそうだし。しかし、先輩としての威厳はきちんと示さなければな。オッサンだと舐められないように。
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