不忘探偵4 〜純粋悪〜

あらんすみし

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荒れる食卓

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昨夜の悲劇から一夜が明けた。
昨夜は遅くまで事情聴取に立ち会っていたため、朝早くの起床は甚だ辛いものがあった。
俺は小川と共に欠伸を噛み殺しながら、一族が待ち構えている食堂へと向かった。 
俺たちが食堂へ着いた時は、まだ多くの使用人達が忙しなく支度をしている最中で、家族の者は艶子と陽美、環、修二と静香しか席についていなかった。
するとそこへ俺たちの姿を見つけた修二が、小走りに駆け寄って来た。
「おはようございます。昨夜は眠れましたか?」
「まぁ~、昨夜は遅かったからな。まだ眠気が残っているよ」
小川は修二に言われて思い出したように欠伸をした。
「小川は枕が変わると寝られないという、意外にデリケートなところもあるしな。ところで、修二君のところはどうだった?」
「えぇ、お二人が警察の方だと知って、そのことを教えてもらえなかったことで静香は機嫌が悪くて。言ったら言ったで怒るだろうに、針の筵とはこのことでしょうか」
修二は苦虫を噛み潰したように苦笑した。
そうこうしているうちに、続々と一族の者たちが食堂に入って来た。
それぞれ、空いている席に着席すると、昨夜と同じように昇仁のお祈りを終えて
食事が始まった。
しかし、今朝はさすがに重苦しい空気が漂っていて、昨夜のように誰も口を開かず、全員がただ黙々と用意された食事を口に運んでいた。
大切な息子を失った麻谷麗は、すっかり打ちひしがれていて、食事にもほとんど口をつけずぼんやりと心ここにあらずといった様子だった。
その時だった。
艶子と陽美が顔を寄せて、聞き取ることができない小声で何かを喋っていたのは。
それはあっという間のことだった。
そんな2人の様子を目にした麻谷麗が、勢いよく立ち上がり、手元にあった皿を2人めがけて投げつけたのだ。
「何するのよ!」
幸い、投げつけられた皿は艶子と陽美には当たらなかったが、かすめた皿は2人の背後の壁に当たって砕け散った。
陽美の抗議に麻谷麗は、目を見開き、こめかみに青筋を立てて噛みついた。
「うるさい!どうせ龍昇が死んでざまあみろ、って思っているんだろ!」
「まぁ、呆れた。とんだ言いがかりだわ」
艶子が、さも自分たちが理不尽な言いがかりをつけられて困惑しているという様子で、わざとらしく言い返した。
「そうよ!ちょっと話したくらいで大怪我するところだったわ!」
陽美が艶子に加勢する。
「やめないか!3人とも!」
昇人がテーブルを激しく叩いて3人を諌める。
艶子は小さく鼻を鳴らし、陽美は口を尖らせ、麻谷麗は鼻息を荒くして2人を睨みつけている。
部屋は不穏な空気に包まれ、今にもその重苦しい空気に火がつき破裂しそうな雰囲気だった。
その空気に耐えかねたのか、舞が鼻をすすってシクシクと泣き始めた。
隣に座っている凛がなだめるが、舞の啜り泣く声は止まらない。
「お祖父様、申し訳ありません、今朝はこれで失礼いたします」
温厚で大人しい感じだった茜の声には、少し苛立ちと棘が感じられた。
「悪かったな、凛と舞」
さすがに可愛い曾孫に悪いと思ったのか、昇仁が2人に向かって謝罪した。
茜は、凛と舞を連れて食堂から立ち去った。
「私も失礼します」
そう言って静香が立ち上がり、修二の制止も無視してそのまま食堂から出て行ってしまった。修二もどうしたらいいのかオロオロしながら、深々と昇仁に向かって頭を下げて静香のあとを追って出て行った。
その後、残っていた家族たちも、1人減り、2人減り、残ったのは環と美智と愛梨、海人、月代、敏樹、藤波綾香のみとなった。
残った者たちは、部屋を出て行くタイミングを逃したという感じで、空席だらけとなった食卓で黙々と食べ物を口に運んでいた。
「そこのお二方」
沈黙を破って昇仁が俺達に言葉をかける。
「とんだ醜態を晒してしまい申し訳ない。どうか許してもらいたい」
「そんな、醜態だなんてとんでもない。大切な家族を失ったのですから仕方ありません」
小川は昇仁からの思わぬ謝罪の言葉に恐縮した。 
「こうなってしまったからには、ワシは何としても龍昇の仇を取りたい。どうか力を貸してもらいたい」
「もちろんです、私達にできることなら何でもします。なぁ、そうだろ?」
小川が俺に同意を求める。
「あぁ、当然です。何としても、犯人を突き止めてみせます」
俺は奥歯を強く噛み締めて、その場にいた全員に誓った。
「私もできるだけ協力します」
環が意を決したように声を上げた。それに釣られて美智や愛梨、海人も俺達に協力を申し出た。
「ありがとうございます、皆さんの心強い言葉に報いることができるように最善を尽くします」
「それで、ワシらは何をすればいい?」
「事件の解決のためには、どんな些細なことでもけっこうです。兎に角、証言が欲しいのです」
「些細なことって言われても、具体的に何を話したらいいのやら」
月代がこぼす。
「犯行が行われたと思われる時間、愛梨さんと海人さんは、誰かの足音を聞いたと証言しています。該当の時間に部屋の外で何かそれらしき物音を聞いたりしませんでしたか?」
「私は何も聞いてないけど。あっ、そう言えば、あなた外にいたけど、何か気づかなかった?」
「えっ!?いや、俺は何も・・・」
唐突に月代に問いかけられて、敏樹は咄嗟にそれしか口にすることができないようだった。
「昨夜の事情聴取で、敏樹さんは月代さんと部屋にいたと証言されていましたが、違うのですか?」
「えっと・・・すいません、ホームシアターに行ってました。でも、おっしゃってる時間にはほとんど被ってないし、部屋に戻ってからは一歩も外に出てないから問題無いかと思って」
「困りますよ、ちゃんと証言してくれないと。あらぬ疑いがかかりますよ」
小川が敏樹に対して苦言を呈した。
「それで、何か気づいたことはありませんでしたか?」
「いいえ・・・それは」
敏樹は、短くそれだけ答えた。そして、それ以上は何も口にしなかった。いや、話したくないような、しかし何かを話したいようにも感じた。俺は、敏樹が何かを知っているのではないか?とも思ったが、ここでこれ以上話を引き出すのは難しいだろうか?しかし、今確認しないことには。
「でも、そうなると月代さんにもアリバイの空白時間ができたってことだよな?」
小川が素っ頓狂に言う。
「まぁ!私があんなことするとでも言うんですの!?」
「あっ、いえ、あくまでも可能性の話でして」
小川が必死に取り繕うとするものの、月代の機嫌を明らかに損ねてしまった。
「失礼ね!せっかく協力してさしあげようとしたのに損したわ!あなた!部屋に戻りましょ!」
そう言うと、月代は敏樹を引き連れて部屋を早足に出て行ってしまった。
「すまん、俺のせいで」
小川は猛省した。
「そうすると、残るは私達だけど、私と美智ちゃんはアリバイが無いわ。だけど、どうやって関わりが無いと証明できるのかしら?」
環が困ったように言った。
「あの・・・」
美智が恐る恐る手を挙げた。
「私、その・・・実はアリバイがあるんです」
「えっ!何だって!?」
小川が驚きを隠せずに、思わず大きな声を出してしまった。
「その時間なんですけど、私、今市君と一緒にいて」
「なんだと!美智、噂は本当だったというのか!?」
「ごめんなさい、お父様。でも、こうなった以上、隠しておくのも不利になるだけだし、それに、彼とは直に別れるから」
美智は、怒りを隠せない昇仁に向かって精一杯詫びて見せた。
「今市君に証言をもらうのはあとにして、そうなると該当の時間に1人でいたのは加奈さん、環さん、静香さんとなるわけか」
小川は手帳と睨めっこしながら呟く。
「まずは静香と松崎加奈のアリバイを得ないとな。早速行ってみるか。まずは松崎加奈からだな」






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