109 / 116
【最終話】娘は黒猫を拾う
しおりを挟む「もう無理だ・・・疲れた・・・俺は王子の子守りじゃないんだぞ・・・」
生垣の裏から何やら声がする。ノーチェは12歳になっていた。声がする方を覗き込むと、王宮の庭園の片隅、一人の騎士が地面に横たわっていた。
「あなた、そんな所でなにしていらっしゃいますの?」
「へ!?」
驚いて振り向いた騎士だったが、疲れ切っているのか、顔色が悪い。ノーチェは生垣を回り込むと騎士のすぐ横に座り込む。
「顔色が悪いですわ。無理なさっていらっしゃるのではなくて?」
「・・・天使だ・・・天使がいる・・・俺、死んだ・・・のか?」
「生きてらっしゃいますが、このままだと死んでしまってもおかしくありませんわね。私の膝をお貸ししますわ」
そう言うと、ノーチェは騎士の頭を持ち上げて自身の膝に乗せる。
「はっわわっわっ!」
騎士は驚いて起きあがろうとしたが、ノーチェがそれを静止する。
「一生懸命頑張っていらっしゃるのね?たまには休息も必要ですわ。今しばらくこのままで休みましょう?」
騎士は最初こそドギマギしていたが、あまりの心地よさに、しばらくするとうとうとしだし、そのまま眠ってしまった。
「おい!シャノワール!どこに行ったんだ!!」
近くで叫ぶ声がして、騎士が目を覚ます。
「・・・マズい!」
「大丈夫ですわ、ここは生垣で見えませんから」
起きあがろうとした騎士をノーチェが止める。
「くそっ、シャノワールめ・・・」
その言葉を残し、声の主は去っていった。
「あなた・・・シャノワールって言うの?」
「はい・・・シャノワール・スフィード、近衛騎士で第一王子アーネスト様付きです」
「そう・・・あなた、これから時間ある?」
「えぇ・・・大丈夫・・・ですけど?」
「着いてきて!」
ノーチェはシャノワールを引っ張って起こすと、手を繋いだまま勝手知ったる王宮をぐんぐんと進んでいく。
「あの、ご令嬢この先は!」
「大丈夫よ」
コンコンコン
「陛下、こんにちわ」
「おぉ、ノーチェか久しいな」
ノーチェが向かった先は、国王となったレオンの元だった。
「陛下にお願いがあってきましたの」
「なんだい?」
「彼を本日貸していただけます?」
「はっ?あ、まぁ・・・かまわないが?」
「ありがとうございます、急ぎますので失礼します」
バタン
「・・・なんだったんだ?」
取り残されたレオンは何が起きたのかとポカンとしていたが、この事が息子の失恋に繋がるなど、鈍感なレオンには気付けるはずもなく。
「お母様、可愛い黒猫を見つけましたの」
「あら、黒猫?どんな瞳をしているのかしら?会わせてくれるの?」
オーロラはもちろんこれが本当の猫でない事を理解している。
「ふふっ、彼よ!サファイアのようでとっても綺麗なの。陛下にお願いして連れてきたんですの」
「そうなのね?うん・・・いいじゃない」
シャノワールと会って気に入ったオーロラは、娘の婚約者にとすぐに動いた。彼の家には婿に迎えたい旨の婚約打診をし、国王になったレオンにはシャノワールを頂くと連絡を入れると、騎士団を退団させた。この動きを察知した男が今目の前で騒いでいる。
「オーロラ!どう言う事だ!?若い男を迎え入れるとはどう言う事なんだ!俺はどうなるんだ?もう、不要になったと捨てるのか!?・・・俺、捨てられるのか?嫌だ!嫌だっ!!オーロラ、捨てないでくれぇぇ!!」
オーロラをきつく抱きしめ、涙を流して訴える公爵家当主のノアール。
「アナタ、何言ってますの?シャノワールは・・・」
「そいつ、シャノワールって言うのか!俺の名前は呼ばないのに、そいつは名前で呼ぶなんて・・・オーロラ!ダメだ、俺だけだ・・・嫌だ!捨てないでくれっ!!」
「もう・・・彼は、ノーチェの婚約者にするの」
「婚約者・・・ノーチェの・・・?オーロラじゃない・・・ノーチェの?・・・」
「そうよ?なんで私の相手って話になるのよ?私は今も昔もこれからも、ノアール以外いらないわ」
「・・・おーろらぁぁぁ・・・だいすきぃぃぃ・・・うっ、ひくっ、ぐず・・・」
「はいはい、私のノアール。今日もたくさん愛してくれるのでしょう?」
「!!・・・もちろんだ・・・今夜は・・・いや、すぐに寝室に向かおう!」
「えっ?これからすぐ!?」
「あぁ、俺はもう若くはないが、オーロラを目の前にすると・・・何度でも」
夫婦は何歳になっても仲睦まじく、激しく求め合っているようだ。
シャノワールは近衛騎士を辞すると、トワイライト家でノーチェの専属護衛に就くことになった。専属護衛、そう、ノアールの時と同じ、ただの役割であり使用人ではない。シャノワールが退団した理由をアーネストが知るのは、それから数年が経ち、美しく育ったノーチェがデビュタントを迎えた夜会の日であった。
「ノーチェ!今日のドレス似合っているぞ!青いドレス・・・俺の瞳に合わせてその装いを選ん」
「違いますわ」
「えっ?・・・そ、そうか、まぁ、いい。他から見ればそう見えるだろうからな。なぁ、俺と一曲踊らないか?」
「お誘い頂き光栄ですが、ご遠慮致しますわ。一曲目のお誘いは受けれませんの」
「な、なぜだ!?これから婚約者となって将来を・・・」
「それは無理な話ですよ、殿下」
そこに現れたのは、騎士ではない、子爵家の次男として夜会に参加したシャノワールだった。
「シャノワール!?」
「殿下、ノーチェは俺の手しか取りません」
「どう言うことだ?そんなはずっ」
「そんなはずないと?シャルは私の未来の旦那様だからですわ」
「未来の・・・旦那!?」
「えぇ、俺とノーチェは婚約者ですから。近衛を辞めた時にはもう決まってまして」
「なんだと・・・ノーチェは・・・俺が狙ってたのにぃぃぃ・・・」
アーネストは膝から崩れるように床にうなだれた。
「俺の可愛いお姫様、このシャノワールと一曲願えますか?」
「えぇ、喜んで。私の王子様」
親も親なら子も子である。さすがはレオンの息子というべきか。運命は巡るものかもしれない。
その後、第一王子のアーネストは、辺境伯の当主へとなることが決まった。単なる臣籍降下ではなく、失恋の末、近くで見ているのが辛いという理由の方が大きかったかもしれない。王位は妹のアメリアが女王になり、メテオールが王配になった。
トワイライト家では、オーロラとノアールがサターン邸に住み、ノーチェとシャノワールは本邸に住む。ノアールの時のように、シャノワールを養子に迎え、公爵家の爵位を渡すため、引き継ぎが始まった。最初こそノアールがシャノワールに敵意剥き出しであったが、ノーチェへの溺愛が見えると自身を見ているようで、その関係はすぐに良好になっていった。
トワイライト家は今日も賑やか。
「オーロラ!どこに行ったんだ!?早く出てきて、俺の腕に捕まってくれよ!!」
「ノーチェ?どこに隠れてるの?出てきてよ!この腕に早く抱きしめさせてくれないか?」
嫁を探す声が聞こえてくる。
影は落ちました。
屋根から落ちて
恋にも落ちて
落ちた先には
一生涯の幸せが待っていました。
【完】
ーーーーーーーーーーーーーーー
これにて本編完結です!
番外編の投稿を予定しています。
◆嫁達のお互いの閨事情
◆自分の女神様の扱い
番外編短編
【第二に贈られた三女ルーナ】
4話完結です。第二騎士団に贈られたルーナ。そこには絶望の日々が待っていた。手を差し伸べてくれる者もいない。こんな日々がいつまで続くのか。もう、幸せを手にする事はできないのか・・・。
お楽しみに♪
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
94
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる