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100.お茶会のやり直し

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「そうですか……だからあんなに言いにくそうにしていたんですね」

 私がジャニスに何を命じられ、ラウルと散歩することになったのか。全て理解したと苦笑を浮かべるラウルに、すいませんと頭を下げるしかできない。

「いや、謝るのはこちらの方です。変なことを頼まれて迷惑したでしょう。全く母にも困ったものです」
 いつも通りに優しく微笑んでくれるラウルに安心する。

 よかった。ラウルとの間に流れていた重苦しい空気は、セスの登場によって消えていた。

「セス、アリス嬢の事を頼んでいいですか?」

「あ、あぁ。俺は別にいいけど……お前はいいわけ?」
 息を整えたセスが私を見た。

「私は……」

「もうアリス嬢との話は終わりました。わたしは先に帰ります。セス、後はお任せしましたよ」

 私の言葉を待つことなく一方的に告げると、ラウルは王宮への道を歩き出してしまった。

「なんだありゃ?」
 ラウルの去っていく後ろ姿を見ながらセスが首を傾げた。

「ラウルの奴、やけに不機嫌だったけど何かあったのか?」

「えーっと……それは……」
 ラウルとの会話の内容を、兄弟とはいえセスにペラペラと話すのはいけない気がした。

「まぁ別に言えねーのなら無理して言わなくてもいいけどな」

 私が話せないと悟ったセスは、はぁっとため息をつきながら道端の段差に腰かけた。セスはオリヴィアから私とラウルが散歩に出たことを聞いたらしい。

「だいたいお前も悪いんだぞ。出来ないことは出来ないと言わねーから利用されんだよ」

「心配かけてごめんなさい」

「べ、別に心配なんかしてねーよ」

 口では冷たく言ってるけど、額に輝く汗が必死に走ってきてくれたことを物語っていた。

 ぷいっとソッポを向いたままセスが立ち上がり、ズボンについた土汚れを手で払った。

「おい、早く来ねーと置いてくぞ」

「あっ、はい」

 すでに歩き始めたセスの姿を追いかけたが、ヒールのせいでなかなか進まない。

「何で森を歩くのにそんな格好なんだよ」

 ぶつくさ文句を言いながらも、私の歩くスピードに合わせてくれるセスはやっぱり優しい。

「セス様、ありがとうございました。帰ったらお礼に冷たい紅茶を作りますね」

「いらねーよ」

 そう言うと再びふんっとソッポを向いたセスが、
「でもまぁ、お前がどうしてもって言うんなら飲んでやってもいーけど……」
 そう小さく呟いた姿がなんだか可愛くて思わずニンマリしてしまった。



☆ ☆ ☆




「アリスさまぁ」

 森の入り口で私を待っていたアナベルがほっとしたような声を出した。

「ジャニス様に連れ去られたままお戻りにならないから心配していたんですよ。ジャニス様にお聞きしても森にいるとしかおっしゃらないし……」

 一気に喋った所で、私の横にセスの姿を確認してしまったという表情になる。

「あ、あの……セス様もご一緒だったんですね……」

 悪口ではないにしろ、セスの母であるジャニス様の話をしてしまったことを気にしたアナベルは頭を下げた。

「別に気にしなくていい。母が面倒を起こすのはいつもの事だからな」

 本当に気にしていない様子のセスを見て、アナベルは安心したように息を吐いた。

「あの、アリス様……キャロライン様も大変心配されていて、お部屋でお帰りを待たれています」

「あら、じゃあ急いで戻らなくちゃね……あのよかったらセス様もいらっしゃいませんか?」

 約束通りセスに冷たい紅茶を振る舞おうと部屋に誘った。

 部屋に戻った私達を見てキャロラインは嬉しそうな笑顔を見せた後、一瞬眉間に皺をよせ、いつものよそ行きの微笑みに戻った。

「今私を見て、あからさまに嫌な顔をしましたよね?」

「嫌な顔なんてしませんわ。セス殿下がいらっしゃったので少し驚いてしまっただけです」

 キャロラインは首を軽く傾けながらにっこりと笑った。その笑顔があまりに眩しくて思わず見惚れてしまう。

 やっぱりキャロラインの笑顔はピカイチだわ。

 目を見張るほどの美しい微笑みの中に、少女のようなあどけなさを感じさせるキャロラインの微笑みは私の憧れだ。

 あんな風に笑える女性になりたいとこっそり鏡の前で練習しているのだが、あの美しさを身につけるのは難しい。まぁ私なんかがキャロラインの真似をするなんて烏滸がましい気もするが、憧れるくらいは許してもらいたい。

「すぐにお茶の用意をしますね」

「アリス様、紅茶なら私が……」

 自分がやると言うアナベルを退け、全員分のアイスティーを用意する。なかなか披露する機会はないけれど、紅茶の入れ方は自称茶の巨匠であるアーノルドから教えてもらっている。

 本当はゆっくり粗熱をとってから冷やした方が美味しいんだけど、今日は時間がないので沸騰したお湯で濃いめの紅茶を作り、山盛りの氷で一気に冷やす。

 ここにある茶葉はどれもいいものばかりだから、私がいれてもそんなに不味くなることはない。とりあえず今の気分はアールグレイ。濁りが出ないように注意しながら作ったアイスティーを皆に配った。

「セス様にはお礼、キャロライン様には心配かけたお詫びです」

「とっても美味しいですわ。アリス様はお茶を入れるのがお上手ですね」

「まぁまぁですね」

 キャロラインがいるからか、セスの口調はいつもより丁寧だ。とりあえずセスのグラスもすでに空なので、特に不味かったとわけではなさそうだ。おかわりはアナベルに任せ、私もキャロラインとセスのいるテーブルについた。

 うーん。二人とも黙ってないで何か話してくれないかな……

 こういう時の沈黙はなんだか気まずい気がして苦手だ。キャロラインにしろセスにしろ、一対一で会話をする時の話題は自然と思いつくけれど、こういう皆でという時の話題を見つけるのは難しい。

「そういえば……アリス様はラウル殿下とお会いされていたのではないですか?」

「はい、さっきまで一緒に裏の森を散歩してました」

「そうですか……」

 特に表情に出ていたわけではないが、キャロラインの言葉の外に、じゃあなぜここにラウルではなくセスがいるのだという疑問を感じとれた。

「実はですね……」

 私とラウルがいるところに心配したセスが来てくれた話をすると、セスは心底嫌そうな顔で私を見た。

「別に心配していたわけじゃない!!」

「まぁ、セス様はお優しいこと」

 にっこりと笑うキャロラインに、セスはバシンとテーブルを叩いて反論した。コースターの上のグラスが振動で軽く揺れる。

「だから心配なんかしてないって言ってるだろ」 

「あら、そんなにお怒りにならなくてもいいじゃありませんか。お優しいのは素敵なことですし」

「だーかーら、違うって言ってるだろ」

 これは私が止めるべきなのかしら?
 セスの口調がだんだんといつも通りになってきてるけど、まぁ口喧嘩ってわけじゃないし……

 口を挟むのを躊躇っていると、何度目かの反論でムキになっても無駄だと悟ったセスが呆れたように笑った。

「お前……結構鬱陶しい事言うんだな。いつもウィルバートの隣で笑ってるだけだから、いいのは顔だけで頭はスカスカな奴かと思ってたぞ」

「殿下も夜会でお会いする時と全くイメージが違いますわ。てっきり寡黙で落ち着いた方かと思っておりましたが、ただクールぶってらっしゃるだけでしたのね」

「誰がクールぶってるって?」

「あら? 違うんですか?」

 およ? なんだか二人とも楽しそうに見えるんですけど……

 結構失礼だなっと思うような事を言い合ってるのにも関わらず、二人の顔に鬱々とした暗さがない。それどころか、のびのびして見えるのは気のせいかしら?

「な、何ニヤニヤしてるんだよ?」

 二人の様子をじっと見過ぎだせいか、気持ち悪いとでもいわんばかりにセスが顔を顰める。

「お二人の自然な笑顔が見れて嬉しいなって思ってたんです」

「はっ?」
「えっ?」

 もしかして自分達が笑顔なことに気づいていなかったの?

 セスとキャロラインが驚いたように顔を見合わせ、慌ててぱっと顔を背けた。わざとらしく咳払いをしたセスの顔から笑顔が消え、いつものしかめ面に戻ってしまった。

 キャロラインはというと、一瞬恥ずかしそうな素振りを見せた後で私に優しく微笑みかけた。

「わたくしも嬉しいです。こんな風にまたアリス様と過ごせるなんて思ってもみませんでしたから。本当にこんな風に……」

 言葉に詰まったキャロラインの瞳がみるみる潤んでいく。
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