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108.お別れの時がきて
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どんな事にも終わりはくる。
オリヴィア達が王宮を去る時間もあっというまにやってきた。
てっきり帰りたくないと泣き叫んだりするかと思っていたけれど、オリヴィアは淡々とした口調で別れを告げ馬車へ乗り込んで行く。
なんだろう。あんまりにもあっさりしすぎて私の方が寂しいんだけど……
別に帰りたいと暴れて欲しいわけではないが、もう少し別れを惜しんでくれてもよかったのに。
レジーナ様やマリベルを始め、変装生活中お世話になった人達への挨拶もすませ、あとは見送るだけだ……
見送る人々、去っていく人々、皆準備万端で別れの時を待つ……が、なぜだか外へと続く門が開かない。
レジーナ様が門を開けるよう命じても門番は動かないもんだから、ちょっとした騒ぎになってしまった。そこにウィルバートがルーカスやアーノルドを引き連れて走りこんでくる。
「……ちょっと……ちょっと待っ……」
顔をしかめ息を切らせていることからして、かなり急いでかけてきたのだろう。
ウィルは苦しそうにはぁはぁと息をしながらレジーナ様の馬車に乗り込んだ。
何かあったのかしら?
ウィルが出てくるのを心配しながら待つこと数分。馬車を降りたウィルが私を目にとめ、親指を立ていいねポーズを作った。
そこからは慌ただしかった。馬車に乗り込んだ人達はレジーナ様を先頭に、また王宮に引き返し一部屋に集められた。どうやら部屋の中には国王夫妻やウィルバート、それにキャロラインの父であるデンバー公爵もいるようだ。
もちろん私は中に入れない。何が起こっているのかも分からないまま、悶々と待つだけだ。これがなかなかしんどかった。
「一体何が行われているんでしょうね?」
てっきりすぐに出てくるかと思ったけれど、かれこれ2時間はたっただろうか。もともと好奇心強めのアナベルはソワソワがとまらない様子で、私達にお茶を出しながらも部屋をくるくる動いている。
「まぁアナベルったら。そのうち分かりますから、もう少し落ちついたらどう?」
そう言ってカップを口に運ぶキャロラインも、やはり内心では気になっているのか、どこか上の空だ。
部屋の外に騒がしさを感じ、オリヴィアの訪れを予感する。
「なんて顔してるんですか!?」
想像通り飛び込んで来たオリヴィアの、想像もしていなかった顔を見て一同驚愕してしまう。
オリヴィアの綺麗なパッチリした瞳が、腫れて重苦しい瞼になってしまっている。この腫れぼったさからしてだいぶ泣いたに違いない。しかもそれをこすったのか、目は真っ赤だ。
私達を驚かせたのはこの見た目だけではない。見た感じ結構悲惨な様子なのに、当のオリヴィアがヘラヘラ笑っていたのだ。
あまりにショックな事がありすぎて、おかしくなっちゃったのかしら?
本気でそう心配するほどオリヴィアの様子は異常だった。
「アリズゥ!!」
もう泣いてるのか笑ってるのかも分からないオリヴィアが私に飛び付いてくる。飛び付いて私にしがみついて……やっぱり笑ってる?
「私、私……このまま王宮にいていいんだって」
「えっ!? そうなんですか?」
「そうなの。今皆で話しあって……」
オリヴィアは一生懸命喋っているけど、鼻をすする音が大きいし、顔を私に押し付けてるんでよく聞き取れない。でもなんとなく状況は想像できる気がする。
きっとウィルが頑張ってくれたのだろう。さっき見たいいねポーズは、うまくいくよという表れだったのかもしれない。
ウィルに対する「ありがとう」と「ごめんなさい」という気持ちで胸がいっぱいだ。オリヴィアの事に対しては、私なんかが口を出していい事ではなかったはずだ。それでもウィルは嫌な顔一つせず、私のワガママをきいてくれた。
「よかったですね」
首がもげるかと思うほど頷くオリヴィアの、嬉しくてたまらない気持ちが全身から伝わってくる。
「どうぞ」
アナベルがオリヴィアにレモンティーとハニーポットを運んできた。レモンを取り出した紅茶に、そんなにいれちゃうの!? っと思うほど蜂蜜を入れて飲むのがオリヴィアのお気に入りの飲み方だ。オリヴィアは紅茶の中に全ての蜂蜜を入れ、これでもかという程かき混ぜた。
顔はまだ腫れぼったくて酷い状態だったけれど、少し落ちついたオリヴィアとは普通に会話できるようになった。
「そうそう、王宮に残るのは私だけじゃないのよ。セス兄様も残って、なんと王立騎士団に入るんですって」
オリヴィアが紅茶を混ぜたスプーンを舐めてソーサーの上に置いた。
「セス様がですか?」
まさかとは思うけど、エドワードの事が好きすぎて騎士団まで追いかけていったとか?
「セス兄様は元々騎士団に入りたかったからねぇ」
セスは元々騎士団に憧れがあったらしい。けれど王都に来れない自分には決してなれない。その思いから、若くして騎士団長の座についたエドワードの事を崇めていたようだ。
オリヴィアもセスも願いが叶ってよかった……
オリヴィアを優しい眼差しで見つめるキャロラインもきっと同じ事を思っているはずだ。
そんなオリヴィアの事で話があると、レジーナ様に部屋へ呼ばれたのはその日の夜だ。
「来てもらったのに、何のもてなしもできなくてごめんなさいね」
レジーナ様の部屋は侍女の出入りが激しく慌ただしい。本当は今日城に帰る予定だったのだが、色々あって延期したためらしい。これじゃのんびりお茶を飲みながらお話しとはいかなそうだ。
「オリヴィア達が王都に自由に出入りできるようになったのは、あなたのおかげですよ」
「そ、そんな。私は何もしてないです」
レジーナ様に頭を下げられたら、どうしていいのか分からない。だって本当に私は何もしてないんだもの。
「いいえ、間違いなくあなたのおかげですよ。ウィルバートがオリヴィアのために動いたのは、あなたに頼まれたからだと言っていましたから」
確かにお願いはしたけど、実際に動いたのはウィルなんだから、お礼はウィルに言ってあげて欲しい。
「やっぱりウィルバート様はすごいですね。昨日の今日で、もう問題が解決してるんですから」
「本当にね……この調子ならいつ王位についても大丈夫そうで安心だわ」
レジーナ様が簡単に説明してくれた話によると、オリヴィア達の行動を制限しているのは法律ではなく、王族の中での決まり事といったものらしい。
それなら従わなくてもいいのでは……っと思ってしまうが、従わない場合の罰則を考えると、従わざるをえないようだ。
罰則についてもはっきりした決まりはないので、どういうことになるのかは分からないらしい。けれどオリヴィア達を快く思わない者の中には、想定外の人脈と財力を持つ者もいる。その人物達が動いたら、国外に追放なんてことにもなりかねないというから恐ろしい。
確かに国外追放されるより、決められた場所で大人しくしておいた方が何万倍もマシだわね。
今回ウィルのした事は、そんな人脈と財力を持った者達の説得だった。誰をどのように説得したのかは分からないけれど、レジーナが一番手強いだろうと思っていた人物でさえもあっさりと説得してしまったといいうのだから、やはりウィルはすごい。
「いつかはこんな日が来て欲しいと思っていたけれど、こんなに早くに実現するなんて……」
そう言って目を細めたレジーナ様は、孫の事を心配する祖母の顔をしていた。
「オリヴィア様のお兄様は確か9人いらっしゃるんですよね? 皆さんこのまま王宮に残られるんですか?」
「いいえ。残るのは数名でしょうね」
オリヴィアとセスが残るのは聞いていたが、他にも2名ほど残る事が決まっているらしい。後はまだ考え中の方もいれば、結婚していて家庭があるから帰る方もいるようだ。
「……ラウル様はお帰りになるんですか?」
「どうかしら? さっき会った時にはまだ決めかねていたようだったから……ラウルの事が気になるの?」
「えっ!? そ、そういうわけじゃないです」
もうっ!! 自分のダメっぷりに嫌気がさす。こんな風に吃ったら、図星ですって言ってるようなものじゃない。
「私はただラウル様がお帰りになるならお別れ前に話がしたいなって思っただけなんです」
何だか言い訳みたいになっちゃったけど、これは事実だ。会うたびに微妙な空気になってしまうラウルとは、まだきちんとお別れの挨拶をしていない。
「大丈夫ですよ。ラウルならすぐ来ますから」
レジーナ様の言葉通り、ラウルはすぐにやってきた。いつの間に指示を出したのだろうか? どうやら私の気づかぬうちに、レジーナ様が侍女に呼びに行かせていたらしい。
私なんかのためにラウルを呼び寄せるなんて……ううっ。なんだか申し訳ない。
オリヴィア達が王宮を去る時間もあっというまにやってきた。
てっきり帰りたくないと泣き叫んだりするかと思っていたけれど、オリヴィアは淡々とした口調で別れを告げ馬車へ乗り込んで行く。
なんだろう。あんまりにもあっさりしすぎて私の方が寂しいんだけど……
別に帰りたいと暴れて欲しいわけではないが、もう少し別れを惜しんでくれてもよかったのに。
レジーナ様やマリベルを始め、変装生活中お世話になった人達への挨拶もすませ、あとは見送るだけだ……
見送る人々、去っていく人々、皆準備万端で別れの時を待つ……が、なぜだか外へと続く門が開かない。
レジーナ様が門を開けるよう命じても門番は動かないもんだから、ちょっとした騒ぎになってしまった。そこにウィルバートがルーカスやアーノルドを引き連れて走りこんでくる。
「……ちょっと……ちょっと待っ……」
顔をしかめ息を切らせていることからして、かなり急いでかけてきたのだろう。
ウィルは苦しそうにはぁはぁと息をしながらレジーナ様の馬車に乗り込んだ。
何かあったのかしら?
ウィルが出てくるのを心配しながら待つこと数分。馬車を降りたウィルが私を目にとめ、親指を立ていいねポーズを作った。
そこからは慌ただしかった。馬車に乗り込んだ人達はレジーナ様を先頭に、また王宮に引き返し一部屋に集められた。どうやら部屋の中には国王夫妻やウィルバート、それにキャロラインの父であるデンバー公爵もいるようだ。
もちろん私は中に入れない。何が起こっているのかも分からないまま、悶々と待つだけだ。これがなかなかしんどかった。
「一体何が行われているんでしょうね?」
てっきりすぐに出てくるかと思ったけれど、かれこれ2時間はたっただろうか。もともと好奇心強めのアナベルはソワソワがとまらない様子で、私達にお茶を出しながらも部屋をくるくる動いている。
「まぁアナベルったら。そのうち分かりますから、もう少し落ちついたらどう?」
そう言ってカップを口に運ぶキャロラインも、やはり内心では気になっているのか、どこか上の空だ。
部屋の外に騒がしさを感じ、オリヴィアの訪れを予感する。
「なんて顔してるんですか!?」
想像通り飛び込んで来たオリヴィアの、想像もしていなかった顔を見て一同驚愕してしまう。
オリヴィアの綺麗なパッチリした瞳が、腫れて重苦しい瞼になってしまっている。この腫れぼったさからしてだいぶ泣いたに違いない。しかもそれをこすったのか、目は真っ赤だ。
私達を驚かせたのはこの見た目だけではない。見た感じ結構悲惨な様子なのに、当のオリヴィアがヘラヘラ笑っていたのだ。
あまりにショックな事がありすぎて、おかしくなっちゃったのかしら?
本気でそう心配するほどオリヴィアの様子は異常だった。
「アリズゥ!!」
もう泣いてるのか笑ってるのかも分からないオリヴィアが私に飛び付いてくる。飛び付いて私にしがみついて……やっぱり笑ってる?
「私、私……このまま王宮にいていいんだって」
「えっ!? そうなんですか?」
「そうなの。今皆で話しあって……」
オリヴィアは一生懸命喋っているけど、鼻をすする音が大きいし、顔を私に押し付けてるんでよく聞き取れない。でもなんとなく状況は想像できる気がする。
きっとウィルが頑張ってくれたのだろう。さっき見たいいねポーズは、うまくいくよという表れだったのかもしれない。
ウィルに対する「ありがとう」と「ごめんなさい」という気持ちで胸がいっぱいだ。オリヴィアの事に対しては、私なんかが口を出していい事ではなかったはずだ。それでもウィルは嫌な顔一つせず、私のワガママをきいてくれた。
「よかったですね」
首がもげるかと思うほど頷くオリヴィアの、嬉しくてたまらない気持ちが全身から伝わってくる。
「どうぞ」
アナベルがオリヴィアにレモンティーとハニーポットを運んできた。レモンを取り出した紅茶に、そんなにいれちゃうの!? っと思うほど蜂蜜を入れて飲むのがオリヴィアのお気に入りの飲み方だ。オリヴィアは紅茶の中に全ての蜂蜜を入れ、これでもかという程かき混ぜた。
顔はまだ腫れぼったくて酷い状態だったけれど、少し落ちついたオリヴィアとは普通に会話できるようになった。
「そうそう、王宮に残るのは私だけじゃないのよ。セス兄様も残って、なんと王立騎士団に入るんですって」
オリヴィアが紅茶を混ぜたスプーンを舐めてソーサーの上に置いた。
「セス様がですか?」
まさかとは思うけど、エドワードの事が好きすぎて騎士団まで追いかけていったとか?
「セス兄様は元々騎士団に入りたかったからねぇ」
セスは元々騎士団に憧れがあったらしい。けれど王都に来れない自分には決してなれない。その思いから、若くして騎士団長の座についたエドワードの事を崇めていたようだ。
オリヴィアもセスも願いが叶ってよかった……
オリヴィアを優しい眼差しで見つめるキャロラインもきっと同じ事を思っているはずだ。
そんなオリヴィアの事で話があると、レジーナ様に部屋へ呼ばれたのはその日の夜だ。
「来てもらったのに、何のもてなしもできなくてごめんなさいね」
レジーナ様の部屋は侍女の出入りが激しく慌ただしい。本当は今日城に帰る予定だったのだが、色々あって延期したためらしい。これじゃのんびりお茶を飲みながらお話しとはいかなそうだ。
「オリヴィア達が王都に自由に出入りできるようになったのは、あなたのおかげですよ」
「そ、そんな。私は何もしてないです」
レジーナ様に頭を下げられたら、どうしていいのか分からない。だって本当に私は何もしてないんだもの。
「いいえ、間違いなくあなたのおかげですよ。ウィルバートがオリヴィアのために動いたのは、あなたに頼まれたからだと言っていましたから」
確かにお願いはしたけど、実際に動いたのはウィルなんだから、お礼はウィルに言ってあげて欲しい。
「やっぱりウィルバート様はすごいですね。昨日の今日で、もう問題が解決してるんですから」
「本当にね……この調子ならいつ王位についても大丈夫そうで安心だわ」
レジーナ様が簡単に説明してくれた話によると、オリヴィア達の行動を制限しているのは法律ではなく、王族の中での決まり事といったものらしい。
それなら従わなくてもいいのでは……っと思ってしまうが、従わない場合の罰則を考えると、従わざるをえないようだ。
罰則についてもはっきりした決まりはないので、どういうことになるのかは分からないらしい。けれどオリヴィア達を快く思わない者の中には、想定外の人脈と財力を持つ者もいる。その人物達が動いたら、国外に追放なんてことにもなりかねないというから恐ろしい。
確かに国外追放されるより、決められた場所で大人しくしておいた方が何万倍もマシだわね。
今回ウィルのした事は、そんな人脈と財力を持った者達の説得だった。誰をどのように説得したのかは分からないけれど、レジーナが一番手強いだろうと思っていた人物でさえもあっさりと説得してしまったといいうのだから、やはりウィルはすごい。
「いつかはこんな日が来て欲しいと思っていたけれど、こんなに早くに実現するなんて……」
そう言って目を細めたレジーナ様は、孫の事を心配する祖母の顔をしていた。
「オリヴィア様のお兄様は確か9人いらっしゃるんですよね? 皆さんこのまま王宮に残られるんですか?」
「いいえ。残るのは数名でしょうね」
オリヴィアとセスが残るのは聞いていたが、他にも2名ほど残る事が決まっているらしい。後はまだ考え中の方もいれば、結婚していて家庭があるから帰る方もいるようだ。
「……ラウル様はお帰りになるんですか?」
「どうかしら? さっき会った時にはまだ決めかねていたようだったから……ラウルの事が気になるの?」
「えっ!? そ、そういうわけじゃないです」
もうっ!! 自分のダメっぷりに嫌気がさす。こんな風に吃ったら、図星ですって言ってるようなものじゃない。
「私はただラウル様がお帰りになるならお別れ前に話がしたいなって思っただけなんです」
何だか言い訳みたいになっちゃったけど、これは事実だ。会うたびに微妙な空気になってしまうラウルとは、まだきちんとお別れの挨拶をしていない。
「大丈夫ですよ。ラウルならすぐ来ますから」
レジーナ様の言葉通り、ラウルはすぐにやってきた。いつの間に指示を出したのだろうか? どうやら私の気づかぬうちに、レジーナ様が侍女に呼びに行かせていたらしい。
私なんかのためにラウルを呼び寄せるなんて……ううっ。なんだか申し訳ない。
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