義弟の卒業~過保護な義姉さん押し倒される~

東 万里央(あずま まりお)

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そうだ、結婚しよう(7)

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 ダイニングキッチンのテーブルは、丁寧に磨き抜かれて埃ひとつない。昨夜空になったワインボトルや小皿に代わって、白米をよそった一対の茶碗と味噌汁のお椀、焼き魚の長皿と菜花の小鉢が並べられていた。

「じゃあ、いただきます」

「いただきます……」

 手を合わせたのちに揃って食事を始める。気まずく、顔も見づらい真琴に対し、薫は通常運転そのものであり、ベッドでの恐ろしさも荒々しさも、夢だったのではないかと思えるほどだった。

(まさか、昨日のあれは酔った勢いだったとか……?)

 薫も量を飲んでいたので有り得る話である。

(だったら、なかったことにした方がいいよね。話し合いってこのことだったの?)

 真琴は焼き魚の身を崩して口に入れた。

(その方が絶対にいい。このまま関係が壊れるなんて嫌だし……)

 時間はかかるだろうが忘れてしまおう。なるべく早く元の家族に戻ろう――だが、そう決意した直後、ある重大な事実を思い出して腹を押さえた。

「……っ!」

 昨日、薫は避妊していなかった。それどころか、妊娠させようとしていたはずだ。先程シャワーを念入りに浴びはしたが、それが予防になるとは思えなかった。

 心臓の鼓動が早鐘を打ち始める。

(生理……最後の生理いつだった? 昨日、危険日だった?)

 もし子どもができていた場合には、その命までなかったことにすることはできない。どんな相手との間の子どもであれ、真琴には中絶など考えられなかった。

 視界がぐらつくほど激しく動揺しながらも、いつか遊び好きの友人から聞いた、アフターピルの存在を思い出す。行為後七十二時間以内に服用すれば、九十五パーセント以上の確実で妊娠しないと聞いていた。

 一刻も早く土日も開院しているクリニックを探し、薬を手に入れなければと焦っていると、薫が箸を茶碗に置いてテーブルの上で手を組んだ。

「真琴、これからのことについてだけど……」

「うん、わかっている。わかっているから、薫には迷惑かけないから安心して」

 まだ時間はあると自分に言い聞かせはするのだが、本能的な恐怖は抑えようがなかったので、つい耳を塞いで叫ぶように声を荒げてしまう。

「……。何を言っているんだ?」

 鷹を思わせる鋭い眼差しに射抜かれ、真琴は体が竦んでその場から動けなくなった。

 将来薫が検察官になったとしたら、被疑者をこの目で睨み付けるのだろうか。生半可な精神力では太刀打ちできそうになく、すぐに自白してしまいそうな迫力があった。

「だから、ちゃんと自分で処置するから……」

 また知らなかった義弟の顔を知って怯え、やっとの思いで弱々しくそう答えると、薫は苦笑しながら前髪を掻き上げた。

「責任、取るって言っただろう。修習が始まる前に籍を入れて、出来れば式も挙げておきたいから、その相談をしたかったんだけど」

「……へ?」

「婚姻届けの保証人には、大学の教授とОBがなってくれるそうだから、それについては問題ない」

「……」

 話がどこへ向かおうとしているのかがまったく把握できない。

「来年からの実務修習は金沢でやることになったんだ。できれば真琴についてきてほしいけど、仕事を辞めたくないって言うなら、しばらく離れ離れになるのは止むを得ないと思っている。でも、その前に婚姻届けは必ず出しておきたい」

「ちょ、ちょっと待って。待って!」

 真琴はどうにか声を上げて薫の話を遮った。勢いのままにテーブルに手をついて立ち上がる。いつの間にか遥か彼方にまで流されているのに気付き、自分の未来に激しい危機感を覚えたのだ。

「待って……。どうして薫と私が結婚するって話になっているの。まだ妊娠したと決まったわけじゃないでしょ!? それに、薫はまだ二十二でしょ!? 結婚なんて早過ぎるでしょ!?」

 なぜ、義弟にこうも振り回されなければならないのか、こうも執着されるのかがいまだにさっぱり理解できなかった。

 一方、薫は涼しい顔のまま滑らかに答える。

「もうとっくに十八歳を超えているんだから、早過ぎるってことはまったくない。実例として俺のいたゼミに同じ年で学生結婚した奴が二人いる」

「えっ!? そうなんだ! すごいね!……じゃなくて! こんなに簡単に決めちゃダメでしょ!?」

 薄い唇の端にどこか冷たさを感じさせる笑みが浮かんだ。

「十三年近く、ずっと考えてきたことだけど?」

「……」

「あとは真琴が頷いてくれさえすればいい」

(……薫って、こんなに引かない子だった?)

 素直で、どちらかと言えば大人しい方だと思い込んでいた。

(ああ、もう、どうしたらいいの)

 真琴は脱力して椅子に座り込んだ。頭を抱えてテーブルに突っ伏し、「だから、無理だって……」と唸る。

「薫は、義弟っていうよりもう息子みたいなもので……」

「その息子に抱かれて泣いて、喘いでいたのは誰?」

「あ、あれは……!!」

 ダイニングキッチンに重々しい沈黙が落ちる。窓の外から聞こえる小鳥の可愛らしい囀りが虚しかった。

 それからどれだけの時が過ぎたのだろうか。薫はわざとらしく溜め息を吐いて、「じゃあ、仕方がないな」と頬杖をついた。

「真琴のことは諦めるよ。元の家族に戻ろうか」

「か、薫……!!」

 やはり、話せばわかってくれる子なのだと感動した途端、薫の口からとんでもない発言が飛び出した。

「また、真琴に似た子を見付けて、適当に遊ぶことにするよ」

「なに、言って……」

「仕方ないだろう? 真琴が俺を嫌だって言っているんだから」

 薫はどういうわけか爽やかに笑いながら、これまで真琴を思い切ろうとして、何人もの女子と付き合ったのだと打ち明けた。だが、どの子も結局好きになれずに早々に振った。

 ならばと言い寄ってくる女子の中から、真琴に容姿、雰囲気の似た子を選び、短期間遊んでみたのだが、やはり「違う」と感じて切り捨て、何人も泣かせることになった。

「ひ、どい。そんな、私の身代わりにしていたの!? 女の子をなんだと思っているの。薫、彼女いないって言っていたじゃない!!」

 きっと皆多かれ少なかれ薫に恋をしていたはずだ。突然の冷酷な態度にどれだけ傷付いたことだろうか。

 真琴の言葉と眼差しでの非難に、薫は「本気じゃなかったから」と肩を竦めた。

「真琴が俺のものになってくれないのなら、これからもそうするだろうね。真琴以外の女がどうなろうと構わないし。だって……この通り俺は悪い子だからね?」

 薫の涼しげで整った顔立ちが、真琴には生まれて初めて悪魔に見えた。
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