猫に転生(う)まれて愛でられたいっ!~宮廷魔術師はメイドの下僕~ 

東 万里央(あずま まりお)

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本編

辞めるが勝ち!(1)

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 マリカ様に「何もなかった」と報告すると、案の定怒りの雷が落とされた。ガーネット色の瞳が真正面から私に向けられる。

「そんなはずないわ! どこかにあるに違いないのよ! だって、普通は好きな人を感じられるものをそばに置いておくものでしょう!? 私だってアトス様の使ったグラスとか、フォークとか、使いかけの石鹸を持っているのに!」

「……」

 うわあ、思った以上にヤバい方だった、予想以上だったと背筋に冷や汗が流れる。

 私はなんとかマリカ様にアトス様を諦めさせようと、言葉を慎重に選びながら話した……つもりだった。

「ですが、本当になかったんです。それに……その、好きな方の幸せを願うのも、恋の在り方の一つではないでしょうか」

 しかし、必死の説得は怒りを助長しただけらしい。マリカ様はカッと目を見開き私の胸倉を掴んだ。

「冗談じゃないわ!! アトス様みたいな方はもう現れないわ!! それに、平民ならともかく私は王女よ!? 地位だって財産だってなんだってアトス様に上げられるわ。その女に何ができるっていうのよ!!」

 ううっ、耳がキーンとするから間近で怒鳴らないでほしい……。

「ち、地位も、財産も、アトス様は必要ないんじゃないでしょうか。その気になれば自分でどうにでもなりそうですし……」

「じゃあ、アトス様は何が欲しいっていうのよ!? その女のどこがいいっていうのよ!?」

 そこまでアトス様をストーカーしているのなら、女の子の好みも把握できそうなものだけど……。

「一体何が足りないっていうのよ。私には何もかもが揃っているのに……」

 いや、唯一足りないものがありますよと告げようして、私はこれを指摘したら今度こそ首と胴が離れると口を噤んだ。前世の基準ならマリカ様はAAカップですよとは言えない……。

 マリカ様は半死半生の私をギリギリと締め上げていたけど、やがてふとその力を緩めて「……そうよ」と呟いた。

「あなた、今度はアトス様のタイプを調べてきて」

「え、えええっ!?」

「こうなったらアトス様好みの女になって、既成事実を作って略奪してやるわ!!」

 犯罪指数はだいぶ下がったけれども、私のサビ残と苦労は減ってない!!

 とはいえ、気の小さい私はその場では断ることもできなかった。マリカ様もその辺を見抜いているとしか思えない。

 王宮で働くって公務員になることじゃなくて、ブラック企業に入社することだったのね……。まさか、マリカ様とかマリアさんの前世って、あの時の社長と上司じゃないよね……。否定しきれないところが非常に怖い。だったら過労死する前に早く辞めなくちゃ……!! 

 翌日、私は真っ先にエルマさんのところへ向かうと、平身低頭で辞表を提出したのだった……。



 やっぱりと言うべきなのか私は強い引き留めにあった。上司の中では唯一まともなエルマさんに頼まれることには、マリアさんが抜けてギリギリの人数で回している今、私までいなくなるとメイドらが倒れてしまう。幸い、新人を二人採用する目途が立ったので、彼女たちが仕事に慣れるまで――あと一ヶ月は辞めないでと懇願された。

 そう頭を下げられると弱いのが私だ。だったら仕方がないかと頷いてしまった。その後のドタバタの原因になるとも知らずに……。

 それにしても、お給料がそれなりにも関わらず、王宮のメイドが常時募集中なのは、やっぱりブラック企業だからという気がしてきた……。

 ともあれ、あと一ヶ月で王宮ともお別れなのだ。マリカ様ともこれで縁も切れるだろうし、最後のご奉公としてアトス様のタイプの調査を開始した。マリカ様から命令されたからというだけではなく、私自身もアトス様がどんな女性を選んだのかが気になっていた。

 綺麗系? 可愛い系? 細身? グラマー? まったく想像できない。

 マリカ様はアトス様の身辺をある程度調査している。それでもわからなかったのだから、アプローチを変えた調べ方をしなければならないだろう。

 私はない知恵を必死に絞った結果、総帥や部下に聞き込みをしようと思いついた。

 とはいえ、宮廷魔術師は例外なく口がかたい。魔術の技術や仲間の情報はそう簡単には漏らさない。だけど、お酒が入ったらどうだろう?



 今日は王族、貴族、宮廷魔術師らのパーティだ。舞踏会と立食の組み合わせで、大広間と隣の中広間が貸し切りになっている。大広間で舞踏会を楽しんだあとには、中広間で休憩を兼ねてグルメを堪能するというわけだ。

 私は総帥とアトス様が大広間の壁際で、陛下と話し込んでいるのを確認し、ワインボトルを手に中広間へ向かった。

 今日は自分から給仕に志願している。前世の飲み会でのお酌の経験が役に立った……。社畜でよかったと思ったことはないけど、なんでも経験しておくものなのかも……。

 中広間の中央にある細長いテーブルには、カナッペや生ハムなんかのオードブル、魚介類のサラダや鶏肉の丸焼きが並べられている。ごくりと喉を鳴らしながらも宮廷魔術師の姿を探した。

 すると、足取りの怪しい一人をテーブル近くに見つける。茶髪の、ちょっとチャラい感じの魔術師だ。確かあの人はアトス様の直属の部下じゃなかっただろうか。

 私は早速「失礼します」と笑顔で茶髪に近づいた。

「ワインはいかがでしょうか?」

 茶髪はへらへらと笑ってグラスを差し出す。

「ああ、頼むよ。たくさんね。君、可愛いね~。僕の好みだよ」

 いい具合に出来上がっているみたいだ。

「ありがとうございます。では、どうぞ」
 
 私はワインを縁のぎりぎりにまで注ぐと、できるだけさりげなく話を切り出した。

「今日はマリカ様はいらしていないのですね。あの方はこうした華やかな場を好むと思っていたのですが……」

 茶髪は肩を竦めつつワインを煽った。

「副総帥に振られた後だからね。ちょっと顔出しにくいだろう」

「でも、意外ですね。アトス様が王族との結婚を断られるだなんて」

 酔いが相当回っているのかぺらぺらとしゃべる。

「んー。まあ、わからないでもないけどね。堅苦しいのが嫌なんじゃないか? もともと副総帥って平民出身らしいし。そう言えば、縛られるのも好かないって言ってたな」

「えっ!? そうなんですか!?」

 宮廷魔術師は貴族階級の男性がほとんどだ。上品な容姿や言葉遣いや雰囲気から、私はアトス様もそうだと思い込んでいた。

「あれ? 知らなかった? 副総帥って孤児で、子どものころ総帥に引き取られて養子になったんだよ」

 そんな身の上だとは知らなかったので、私はひたすら驚くしかなかった。

 目を丸くしている私を見て、茶髪がニヤリと嫌な感じで笑う。

「何、君も副総帥のファン? もっと副総帥の話聞きたいの?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

 ただちょっと気になるだけで……。

「ふうん。じゃあ、教えてあげるからおいでよ」

 手首を思いがけない強い力で掴まれる。悲鳴を上げることもできないうちに、私は引きずられるように中広間の外に連れ出された。

「ま、待ってください。結構ですから……!!」

 中庭へ向かおうとしているのを悟って、私は首を振って「離してください!」と声を上げる。でも、酔った勢いなのか茶髪は手を離そうとしない。

「いいから、いいから。なんだよ、君だってそのつもりだろ?」

 こ、こんなところでもセクハラ……!! 

 力で魔術師に敵うはずもなく、私は藪の中に連れ込まれてしまった――
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