猫に転生(う)まれて愛でられたいっ!~宮廷魔術師はメイドの下僕~ 

東 万里央(あずま まりお)

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本編

辞めるが勝ち!(3)

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 週末、私は重い足取りで実家に戻り、両親に洗いざらいを白状した……。いつかバレるのなら今バラしてしまおうと思ったのだ。

 どこの世界の、いつの時代も、どの家庭でも、自分が何をしでかしたのかを親に打ち明けるのは、相当の勇気と覚悟が必要なのは変わらない……。

 まだ六歳と十歳の弟妹が走り回る煤けた台所兼、ダイニング兼、寝室で、私はテーブルに頭を擦り付け涙目で謝った。

「そっ……そういうわけで、今度アトス様のお屋敷に謝罪に行ってきます。家には迷惑かけないように頼むつもりだけど、なんかあったら本当にごめんなさいっ!!」

 向かいの席のお父さんが顎に手を当てながら、「いやなあ」と首を捻って私を眺める。

「王女様から命令されたんだったら、そりゃお前の立場じゃ断れないだろ」

 隣のお母さんも「そうよねえ」と頷いた。

「失恋で発狂した相手に話が通じるとも思えないし、仕方がないわよお~。アイラちゃんのせいじゃないわあ~」

 のんびりとした二人の返答に私は目を血走らせて叫ぶ。

「どっ……どうなるかわからないんだよ!? 一家で無礼打ちになっても仕方がないかもしれないんだよ!? なんで二人ともそんなにまったりしているわけ!?」

 お父さんとお母さんは顔を見合わせてうんうんと頷いた。

「だって慌てたところでどうにもならねえしな」

「だったらまったりしていたほうがトクよね~」

「……」

 本当に私はこの二人から生まれたのかと一瞬疑った。

 お父さんが「でもなあ」と何かを思い出すように天井を見上げる。

「その、副総帥のアトス様な、悪い噂は聞いたことがねえぞ。寛大で公平な方だって評判だ。お前も正直に事情を説明すれば、わかってくれるんじゃないか?」

 これまでのアトス様とのやり取りを思い浮かべる。確かに、有無を言わさず罰するような方じゃない。

 お父さんは真っ昼間だというのにエールを煽ると、どんと胸を叩いて「まあ、任せとけ!」とガハハと笑った。

「いざとなったらまた夜逃げすりゃいいだけだ」

「あら、十八年ぶりじゃない?」

「そういやそうだな」

 「また夜逃げ」の「また」という単語が気になり、私は冷や汗を流しながらも恐る恐る二人に尋ねる。

「お、お父さん、お母さん、また夜逃げって……」

「ああ、お前が母ちゃんの腹の中にいるころな、借金取りに追われて前いた街からトンズラしたんだよ」

「危機一髪だったわよねえ~。途中で破水しちゃって大変だったわあ~。アイラちゃんは夜逃げの途中で生まれたのよお~」

 初めて聞く衝撃の事実に呆然とする私を尻目に、お父さんとお母さんは夜逃げの計画で盛り上がる。

「今のうちに荷物をまとめておくか!!」

「あれからまた五人増えたわけだから、今度は荷馬車が必要よねえ~」

 二人の話を聞いているうちに、だんだん脱力してくるのがわかる……。悩むのもだんだん馬鹿らしくなってきて、一人で勝手にやさぐれた果てに、お父さんのエールのジョッキを掴んだ。

「あっ、おい、お前、飲めないだろ!!」

「飲まなきゃやってられない~!!」

 前世でも嫌なことがあると、ストロン〇ゼロを煽っていたっけ……。ところが、お父さんの言った通り、私は今生ではお酒を受け付けない体質だ。一口飲み込んだ瞬間に頭がくらりとなって、椅子ごと後ろに倒れてしまった。

「きゃーっ!! アイラちゃんっ!!」

「おい、チビども、水持ってこい、水!!」

 世界が暗転してぐるぐると回る。こうして私はせっかくの土曜日を、二日酔いで潰す羽目になったのだった……。



――頭の痛みの向こうで誰かが喋っている。

『獣化して間もない子って無茶な真似をするわね』

 知らない大人の女の人の声だった。お母さんでも近所のおばさんでもない。

 額にぴたりと冷たい何かが当てられる。プニプニとしたなんとも言えない、癖になりそうな触り心地だった。

『まだ人間の感覚が抜けていないみたいだけど、今のあなたは半分は猫なんだって自覚しなくちゃ。これからは人間だけじゃなくて、猫族のオスにも気をつけなくちゃいけないわ。なにせ若いメスは貴重ですもの』

 一体何を言っているんだろうか?

『交尾の時には気を付けるのよ。首を噛んでくる子もいるからね……』

 警告のような、助言のような言葉が気になり目を覚ます。私はお母さんのベッドを占領して眠っていた。窓から夕陽が差し込んでいるから、寝込んでもう七時間は経っているのだろう。

 それにしても、あの声は誰のものだったんだろうか。

 起き上がろうとしてもう一つの違和感に気づく。

「……?」

 額に当てられたこのプニプニはなんなのかしら? 

「あっ、ミーア、ダメだよ。お姉ちゃん起こしちゃ」

 パンの種をこねるのを手伝っていた弟が、慌てたように駆け寄ってくると、ひょいと何かを胸に抱き上げた。真っ白な長い毛の猫だった。アクアマリンのような、澄んだ水色の目が印象的だ。あのプニプニは肉球だったらしい。

「その猫、どうしたの? 飼っているの?」

「うん。一週間くらい前かなあ。うちにふらっと入ってきて、そのまま住み着いちゃったんだ」

 ネズミ除けにもなるので飼うことにしたのだそうだ。名前は猫の鳴き声を文字って「ミーア」。女の子らしい可愛い名前だった。元・野良猫にしては綺麗だし、どことなく高貴な雰囲気がある。

「……」

 私はまさかと思ってミーアを見つめる。ミーアも私を見つめ返して、先に目を逸らしたのは私のほうだった。何もかもを見通すかのような目に、耐え切れなくなってしまったのだ。

 ううっ、思いがけない眼力に負けてしまった……。猫にすら気弱になる私って一体……。

「……」

「あれ、姉ちゃんどうしたの?」

「なんでもない……」

 そう、そんなことがあるはずがないよね。猫が喋るなんていくらこの世界でも有り得ない。

 私は気を取り直すとベッドから降りた。

「私もパン作り手伝うから」

「えー、ゆっくりしてなよー」

 アトス様にはお父さんが言う通り、正直に事情を説明しようと決意する。一度決めると少し楽になったけれども、今度は身勝手な不安で胃がきりきりとなった。

 私は、アトス様に軽蔑されてしまっただろうか……?
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