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第1部
12.紅蓮と遺言(3)
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一重さんがよろめきながらも庭園を立ち去る。わたしは息を呑みその背を見送っていた。会話の内容は途切れ途切れにしか聞こえなかった。ただ、陽が「自分の顔が嫌いだ」と言ったのだけはっきりと分かった。どうして?とわたしは首を傾げる。
どうしてあんなにきれいな顔が嫌いなのだろう。わたしが陽の顔で生まれていたら万々歳なのに。でもあんな顔が二人もいたら怖いかしら――そんなことを取りとめもなく考えていると、突然わたしの隠れる植え込みががさがさと揺れた。
「……!?」
陽が茂みを掻き分け笑いながらわたしを見下ろしている。
「見ーつけた」
言うが早いか軽々と背と腰を浚われ横抱きに抱き上げられた。
「きゃあっ!!」
わたしは思わず陽の首に手を巻き付ける。陽はくすくすと笑いわたしの目を覗き込んだ。
「瑠奈は昔からここに隠れるのが好きだな。いつ、どのあたりから聞いていた?」
「……」
「そうか、ほとんど聞こえなかったか」
あっさり心を読まれてしまいさすがに動揺せずにはいられない。
「ど、どうして分かるの!?」
「瑠奈の考えることは何でも分かる。俺たちは腹の中から一緒だっただろう?」
「け、けどわたしは陽の考えていること分からないわよ」
「それはお前が単純だから」
陽はわたしを腕にしたまま庭園を横切った。
「や、やだ。下ろして。恥ずかしいよ。みんな見ているよ」
「駄目。お仕置き」
結局陽は姫抱っこをそのまま続け、玄関前でわたしを降ろした。
「伯父さんと伯母さんが探している。それに明日は学校だろ? そろそろ帰ったほうがいい。今日はゴタゴタに巻き込んで悪かったな」
「う、うん……」
わたしは陽の力の強さに驚いていた。陽は昔女の子みたいに可愛く小さな子だった。わたしが帰るのを嫌がり泣いていたくらいだ。いつの間にわたしの背を追いこし、こんな男の人になってのたんだろうか。
「ねえ、陽」
それでもわたしの中の陽のイメージのひとつはあのころと変わらない。いつもわたしの後を追う寂しがり屋の男の子だ。陽はこれからあの広い洋館にひとりで暮らすのだろうか。メイドさんや高野さんはあくまで仕事であり家族ではない。
「陽、わたし時々泊まりにきていい?」
わたしの提案に陽は目を見開いた。その驚きにわたしも驚き、ついもじもじとしてしまう。
「だって……陽ひとりじゃ寂しいでしょう? わたしもまたこの洋館に来たいし……」
「ありがとう」
陽は苦笑しながらわたしの頭をぽんぽんと叩いた。
「あまり弟ばかりに構っていると一樹さんに妬かれるぞ?」
一樹君の名前にわたしは身を強ばらせた。
「一樹君は……」
お気に入りの白いフレアスカートをぎゅっと握る。
「あれから会えていないの。一樹君のお祖母さんも具合が悪くなって、二週間も顔も見ていない」
知らず声が小さくなってしまう。誰のせいでもないとは分かっている。それでも、いつもすれ違うのが哀しかった。不安で、不安で、不安で、こんなにも一樹君に会いたいのに――。
「……そうか」
陽はまたわたしの頭をぽんぽんと叩いた。そのまま手を滑らせわたしの髪を掬う。
「髪、伸びたな」
「うん……」
わたしは俯き陽が髪を弄ぶのに任せた。陽はやがて瑠奈、といつもより低い声で名前を呼んだ。
「なぁに?」
何の疑いもなく顔を上げると、陽の黒い瞳が暗く光っていた。初めて見る陽の顔にわたしは怯える。
「あ、きら……?」
光の煌めきの強さに思わず一歩後ずさる。陽が、知らない男に人に見えたのだ。
「お前は一樹さんとはもう――」
そこで言葉を切りまたわたしを見る。
一樹君?一樹君がどうかしたのだろうか?
「……いいや、何でもない」
陽は目を伏せ髪から手を離した。
「いつでも遊びに来いよ。また待っているから」
どうしてあんなにきれいな顔が嫌いなのだろう。わたしが陽の顔で生まれていたら万々歳なのに。でもあんな顔が二人もいたら怖いかしら――そんなことを取りとめもなく考えていると、突然わたしの隠れる植え込みががさがさと揺れた。
「……!?」
陽が茂みを掻き分け笑いながらわたしを見下ろしている。
「見ーつけた」
言うが早いか軽々と背と腰を浚われ横抱きに抱き上げられた。
「きゃあっ!!」
わたしは思わず陽の首に手を巻き付ける。陽はくすくすと笑いわたしの目を覗き込んだ。
「瑠奈は昔からここに隠れるのが好きだな。いつ、どのあたりから聞いていた?」
「……」
「そうか、ほとんど聞こえなかったか」
あっさり心を読まれてしまいさすがに動揺せずにはいられない。
「ど、どうして分かるの!?」
「瑠奈の考えることは何でも分かる。俺たちは腹の中から一緒だっただろう?」
「け、けどわたしは陽の考えていること分からないわよ」
「それはお前が単純だから」
陽はわたしを腕にしたまま庭園を横切った。
「や、やだ。下ろして。恥ずかしいよ。みんな見ているよ」
「駄目。お仕置き」
結局陽は姫抱っこをそのまま続け、玄関前でわたしを降ろした。
「伯父さんと伯母さんが探している。それに明日は学校だろ? そろそろ帰ったほうがいい。今日はゴタゴタに巻き込んで悪かったな」
「う、うん……」
わたしは陽の力の強さに驚いていた。陽は昔女の子みたいに可愛く小さな子だった。わたしが帰るのを嫌がり泣いていたくらいだ。いつの間にわたしの背を追いこし、こんな男の人になってのたんだろうか。
「ねえ、陽」
それでもわたしの中の陽のイメージのひとつはあのころと変わらない。いつもわたしの後を追う寂しがり屋の男の子だ。陽はこれからあの広い洋館にひとりで暮らすのだろうか。メイドさんや高野さんはあくまで仕事であり家族ではない。
「陽、わたし時々泊まりにきていい?」
わたしの提案に陽は目を見開いた。その驚きにわたしも驚き、ついもじもじとしてしまう。
「だって……陽ひとりじゃ寂しいでしょう? わたしもまたこの洋館に来たいし……」
「ありがとう」
陽は苦笑しながらわたしの頭をぽんぽんと叩いた。
「あまり弟ばかりに構っていると一樹さんに妬かれるぞ?」
一樹君の名前にわたしは身を強ばらせた。
「一樹君は……」
お気に入りの白いフレアスカートをぎゅっと握る。
「あれから会えていないの。一樹君のお祖母さんも具合が悪くなって、二週間も顔も見ていない」
知らず声が小さくなってしまう。誰のせいでもないとは分かっている。それでも、いつもすれ違うのが哀しかった。不安で、不安で、不安で、こんなにも一樹君に会いたいのに――。
「……そうか」
陽はまたわたしの頭をぽんぽんと叩いた。そのまま手を滑らせわたしの髪を掬う。
「髪、伸びたな」
「うん……」
わたしは俯き陽が髪を弄ぶのに任せた。陽はやがて瑠奈、といつもより低い声で名前を呼んだ。
「なぁに?」
何の疑いもなく顔を上げると、陽の黒い瞳が暗く光っていた。初めて見る陽の顔にわたしは怯える。
「あ、きら……?」
光の煌めきの強さに思わず一歩後ずさる。陽が、知らない男に人に見えたのだ。
「お前は一樹さんとはもう――」
そこで言葉を切りまたわたしを見る。
一樹君?一樹君がどうかしたのだろうか?
「……いいや、何でもない」
陽は目を伏せ髪から手を離した。
「いつでも遊びに来いよ。また待っているから」
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