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第一章 始まりの館

Chapter76 遣い

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 ランチ時には、旅芸人の一家がやってきた。
「10人なんだが、部屋は空いてるかい?」
そう聞いてくるので、ちょうどドアの側に居たノアセルジオが応対した。
「2人部屋なら4つあります。他の部屋もソファーがあるので、2人で泊まって頂いても構いません」
「へえ…2人部屋にもソファーがあるのかい?」
「はい」
「じゃあ、その2人部屋に3人か4人で泊まれるかな?勿論、料金は払うよ。人気の宿らしいから、3部屋だけでいいんだ」
「…では毛布を用意します。色はこちらで…」
言いながらノアセルジオが案内する。
旅芸人の一家は6・7・8号室に泊まった。

ランチの混雑が過ぎた頃に、女の子の集団がやってきて楽しげに食事をしていた。
聞こえてくる話では、隣国の聖女の護衛騎士らしい。
〈そういえば、そんな人達いたなぁ…〉
アルシャインはそう思いながら食事を作る。
ハンバーガーを食べた後にパイやパウンドケーキなどをたくさん食べていった。
「いやぁ、女騎士ってのは騒がしいな」
カシアンが言いながら掃除をすると、リュカシオンが言う。
「鼻の下伸ばして胸見てたクセに」
するとマリアンナやアルベルティーナがクスクスと笑う。
「やーね、男はすぐに女の子の胸ばっか見て~」
ユスヘルディナが言うと、カシアンが弁解する。
「見てないって!見てたのはリオンだろう!?」
「俺は…そりゃ、可愛いなとか思ったけど、胸ばっかは見てないって」
「もー、そんな会話してないで!手が空いたなら何か作ってたら?」
フィナアリスが言いながらレース編みをする。
するとそこに布屋の店員のアデレードとカイルが紙袋を手にして入ってくる。
「アイシャさん、これ差し入れ」
アデレードが言いカイルと共にテーブルに紙袋を置く。
見ると中には草花柄の生地や、サテンの生地が入っていた。
「きゃあ何、どうしたの?!」
「ウチのマスターがね、バザー用に使って余った生地をあげてきてって言ってね」
アデレードが言う。
「余ったにしては大きいわ~!ありがとう~!」
「ふふ」
アルシャインがとても嬉しそうに言うのでアデレードも笑う。
紙袋はミシン部屋に置いてくる。
アデレードとカイルは団子を食べていた。
アルシャインは手が空いたのでミシン部屋に行く。
「このサテン生地もリボンにいいのよね~…あ、この草花柄シックだわ~!」
何個か下に持って行き、カウンター横のロッキングチェアに座って人形の服を作る。
「アイシャさんって本当に器用よね」
アデレードが言う。
「ふふ…鍛えたからね!」
この時、ドアが開いてどこかの貴族の従者ヴァレットが入ってくる。
「ここの菓子を貰いにきた」
偉そうな態度で言うので、リナメイシーがムッとして言う。
「どのお菓子ですかー?!」
「持ち帰りに」
それだけ言い、レジスターの横にポーチを置く。
その中を確認すると、プラチナコインがたくさん入っていてフィナアリスが壁にへばり付いた。
「あ、あ、アイシャママ!」
「んー?」
アルシャインが顔を上げて目を見開いて驚いてからフィナアリスの側に来て、更に驚いて笑う。
「やだ本当にに来たのね~!大丈夫よナリス、伯爵家の遣いでね、ウチのお菓子を買いに来てくれたの」
そう言ってカウンターに行くと、メモを持って来て従者ヴァレットに言う。
「アップルパイとベリーパイとパウンドケーキとリゾットタルトはワンホールずつね。パンケーキは普通だから取り敢えず10ずつで、スコーンとクッキーは30ずつ、団子はそれぞれ50でいいわね、コロコロドーナツとボーロが50ずつ。…キャンディは20ずつで…お守り匂い袋は………とりあえず10でいいわよね?」
そう聞くと従者ヴァレットは頷く。
「そのように」
「はい、みんな手伝って~!」
アルシャインの注文を聞いてみんなが集まって作る。
「小麦粉とミルクと卵とポテトスターチと…」
リュカシオンとレオリアムが材料をキッチンに運ぶ。
「ついでにパウンドケーキワンホール持ち帰りに出来ないか?ウチのマスターが家で食べたいって」
カイルまで注文してきた。
「はいはーい。ジュドー、ドライフルーツを裏から持って来て~」
「はいよ!すごい量だな!」
答えてルベルジュノーが裏にドライフルーツを取りに行く。
するとクリストフがお守りのカゴをカウンターで数えて袋に入れる。
「あと3個しか無いや…誰か作るの手伝って!」
「はいはい」
答えてカシアンが布と針と糸のセットを手に、クリストフとリュカシオンと共に端のテーブルでお守り匂い袋を作り始めた。
一気にキッチンが戦場と化して、大混乱に陥っていた。
アルベルティーナとメルヒオールがキャンディを作り、フィナアリスはパウンドケーキ、アルシャインはパイ作り、ユスヘルディナとレオリアムが団子、マリアンナがボーロ、ルーベンスがクッキーとコロコロドーナツ、リナメイシーがパンケーキ担当だ。
ルーベンスは料理の腕を上げているので、色々な事をこなせるようになっていた。
「その間に…ノア、コーヒーとサンドイッチを従者ヴァレットに出してあげて!」
「分かった」
答えてノアセルジオが従者ヴァレットを席に案内してから、コーヒーをまず出してサンドイッチを作る。
ルベルジュノーとティナジゼルがその間に来ている客を案内して注文を取る。


 料理が大体出来たので、アルシャインは従者ヴァレットに声を掛ける。
「紙袋や箱は用意しているわよね?」
「はい」
答えて従者ヴァレットは外の馬車に取りに行く。
そして最適だと思われるケーキの箱や紙袋を取ってきた。
「こちらに詰めて下さい」
「ええ、ありがとう」
アルシャインが答えてお菓子を詰めるのを手伝いながら、マリアンナが聞く。
「あの人アイシャママにだけ敬語使うのね!」
「しょうがないわよ…あの人はね、男爵家より上の人で、執事バトラーを目指して頑張っているのよ。こうして色んな仕事をこなして認められていくと、お屋敷の全ての仕事を管理するバトラーになれるの!」
「へえー…」
マリアンナはとりあえず〝仕事をしている貴族〟なのだと認識した。
大量のお菓子を馬車に詰めてから、従者ヴァレットはアルシャインに言う。
「旦那様が、返事はいつでもいいから欲しいとおっしゃられております」
「えー、レターセットも封蝋印も無いわよー」
そう言うと従者ヴァレットがカバンを2つ差し出してきた。
「この中にございます。それではお体を大切になさって下さいませ」
そう言って従者ヴァレットは一礼して馬車に乗って行ってしまう。
「用意がいいわね…」
アルシャインは見送ってからカバンの中を見る。
ミントグリーンのサッチェルバッグの中には、レターセットの他にブラシや手鏡、ポーチや化粧水や香水パフュームなど、身だしなみセットが入っていた。
もう一つのトランクにはブラシと手鏡とそれを入れる可愛いポーチが何個も入っている。
使い古しではなく、新品だった。
奥に手紙が入っていたので開けて見る。

孤児の女の子にあげなさい
風邪など引かないように

そう母の字で書いてあった。
「お母様…ありがとう」
アルシャインは手紙に口付けしてカバンにしまい、屋敷の中に入った。
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