おにぎり食堂『そよかぜ』

如月 凜

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小さなお客さん

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 8月になり、蝉の大合唱はピークを迎えているかのようです。

 ジリジリと照り付ける日差しのもとにいると、私はもっと夏を感じたいと思ってしまいます。

 皆さんはゴーヤは苦手でしょうか?

 子供の頃は私も苦手でしたが、この歳になってから不思議と好きになりました。

 今日は、ゴーヤチャンプルーを作っております。

 フライパンにごま油を熱して、ゴーヤと豚肉、木綿豆腐を炒めます。

 軽く炒めておいた卵を加えて、お醤油とみりんで味付けして完成です。

 鰹節をまぶして頂きます。

 ほんのり広がる苦味は、血圧のコントロールをしてくれたりと、とても身体によいのだそうです。

 子供の頃に苦手だと思っていたものも、案外歳を重ねると好きになったりするものです。

 そよかぜにお立ち寄りの際は、是非食べてみてくださいね。


 8月に入ってから、益々昼の暑さが強くなったような気がします。

 暑気払いの為、窓際に風鈴を飾りました。

 チリンチリン、と南部鉄の優しい軽やかな音が静かな店内に響き、とても心地よいです。

 ぽんすけは興味津々で、先程からずっと風鈴の下を陣取って見上げています。

「ハルさん、こんにちは」

 以前、栗原さんと一緒に来てくださった橘さんの奥様がいらっしゃいました。

「今日はこれ、持ってきたんだけど」

 台車から下ろしたのは、大きなスイカと、とうもろこしです。

「まぁ!立派ですねぇ。スイカはせっかくだから冷やして食べたいし・・・とうもろこしを茹でて一緒に食べません?」

「あら、本当?じゃあご一緒しましょうかね」

 橘さんからトウモロコシとスイカを受けとり、キッチンに入りました。

「風鈴、良いわねぇ」

 橘さんが、まだ風鈴の下に居るぽんすけを撫でながら、音色を楽しんでおられました。

「ここは風通りがとても良いですから、よく鳴るんですよ」

「エアコンもつけていないのに、ここは涼しいものね」

 そうなのです。

 ここはエアコンをつけていなくても、汗をかくような事はありません。

 都会と違い緑が多い為、気温が低いのもあるかもしれませんが。

 そんな話をしながら、とうもろこしを茹でていると、珍しくぽんすけが吠えました。

「あら、ぽんすけ。どうしたの?」

 ぽんすけは、滅多なことでは吠えません。

 雷や台風の時は、少し吠えることはありますが、普段は大人しい犬なのです。


「良い匂いがする」

 お店の前に、小さな女の子が立っています。

「あら、こんにちは」

 私は、茹でたとうもろこしをザルに上げ、少女の元へ行きました。

 小学校でいうと4年生くらいでしょうか。

 肩より少し長い、サラサラした髪を風になびかせている少女は、白いワンピースを着ており、荷物は小さな肩掛けの赤色のポーチだけです。

「見かけない子だねぇ。隣の村から来たのかな」

 少し離れたところにも、小さな村があります。

「あれ、なぁに?」

 少女は、キッチンの方を指差してたずねます。

「とうもろこしを湯がいていたの。食べる?」

 すると、少女はパッと笑顔になりました。

「うん!唯、とーもろこし好き!」

 喜ぶ唯ちゃんと名乗る少女を、店の中に案内しました。

「あ!わんちゃんがいる!可愛い!」

「えぇ、ぽんすけって言うのよ」

 ぽんすけは子供が苦手なのかもしれません。

 子供が苦手な犬も多いというのは、聞いたことがあります。

 いつものように自分から頭を差し出しに行くことはありませんでしたが、唯ちゃんが積極的に撫でに行くので、逃げようもありません。

 それでも少しすると、ぽんすけも気持ち良さそうに、唯ちゃんに撫でられておりました。


「唯ちゃん、とうもろこし美味しいかい?」

 橘さんが、隣に座ってとうもろしを食べる唯ちゃんに話しかけます。

「うんっ!すごく美味しいよっ。あ!歯に挟まった!見て!」

 前歯に挟まったトウモロコシを指差して、あははははと足をバタつかせながら大笑いしています。

 橘さんも私も、そんな唯ちゃんを見て大笑いしました。

 こんなに沢山笑ったのはいつぶりでしょうか。

 子供って不思議です。周りを一瞬で明るくする力を持っています。

 いつもは静かな店内も、今日はとても賑やかです。


「さぁ。私は帰ろうかね。唯ちゃんはどうするんだい?」

 時刻は3時半です。

「唯、まだここに居たいなぁ」

「じゃあ後少しだけね。唯ちゃんは、後で私が送ります」

 そう伝えると、橘さんは「そうかい。じゃあまたね」と、ニッコリ笑って頭を下げて店を出ました。


 唯ちゃんはぽんすけを気に入ったらしく、ずっと遊んでいます。

「唯ちゃんは、何処のおうちの子なの?」

 キャッキャと、ぽんすけとはしゃぐ唯ちゃんに聞きます。

「おばちゃん、白井さんってわかる?」

 白井さんは、村に住む80歳くらいのおじいさんです。

 奥さまに先立たれ、昨年までは畑仕事もしていたようですが、今年に入ってからあまり体調が良くないそうで、殆どを家の中で1人で過ごしていると聞いたことがあります。

 なので私も、あまりお会いしたことが無い方でした。

「その人がおじいちゃんなの。おじいちゃんちに遊びに行くんだよ」

「そうなの?じゃあ早く行かなきゃ待ってるんじゃない?心配するわよ」

 唯ちゃんの隣にしゃがみこんで、一緒にぽんすけを撫でながら言いました。

「ううん。内緒で来たもん。びっくりさせようと思って!えへへぇ」

 得意気に唯ちゃんは笑います。

「じゃあ、唯ちゃん。今からおばちゃんのお手伝いしてくれない?」

 私は立ち上がり、奥の部屋に行ってスコップと軍手を出してきました。

「何するの?」

 唯ちゃんも立ち上がり、不思議そうにこちらを見ています。

「お花を植えるのよ」

「きゃー!やる!お手伝いするぅ!」

 はしゃぐ唯ちゃんを連れて、店の外に出ました。

「何のお花を植えるの?」

「ストックのピンクと紫。あと白色のカンパニュラよ」

 植木鉢に土を入れている隣で、唯ちゃんは種が入っている袋にプリントされている写真を見ています。

「へぇ。これどっちも綺麗だねっ」

「えぇ。ストックは愛情という花言葉があるの。カンパニュラは感謝とか誠実。私の、お客様への気持ちでもあるから、お店の前に植えたいの」

「素敵だね!」と、唯ちゃんも大人用のブカブカの軍手をはめてスコップを持ち、一生懸命お手伝いをしてくれました。


「あら!唯ちゃん。もう5時よ。そろそろ白井さんの所に行こうか」

「うんっ」

 ちょうど花の種植えも終わったので、1度店に戻り手を洗いました。

「そうだ唯ちゃん。急に来たなら白井さんも何も用意出来てないかもしれないし、ご飯持って帰る?」

「うん、もらう!わーい!」

 今日はお客様も来ていないので、夕飯になる予定のお店の料理を唯ちゃんに分けることにしました。

 土鍋で炊いたご飯でおにぎりを作ります。

「おにぎりの具は何が好き?」

「唯ねぇ、鮭が良いな!」

「よし、じゃあたっぷり入れてあげようね。白井さんには昆布にしようか」

 そう言って、おにぎりに具を詰めます。

「うん!おじいちゃん喜ぶと思うっ」

 嬉しそうに隣で笑っています。

 おにぎりと、千枚漬けをお弁当箱に詰めます。もう1つの箱は半分に仕切り、片方にゴーヤチャンプルー。もう片方には唯ちゃん用に、パプリカと豚肉の甘辛炒めをササッと作って入れました。

 作っている最中から「それ美味しそう!」と、つまみ食いしていました。

 お弁当を袋に入れて、唯ちゃんと手を繋いで店を出ました。

 カナカナカナカナ・・・

 どこかから、ヒグラシの鳴き声が聞こえてきます。

 夕方の空気は昼間よりずっと涼しく、空は朱色とオレンジ、黄色の入り交じった美しい色をしています。

「おばちゃん。この鳴いてるのなぁに?」

「ヒグラシよ。この時期になると鳴くの。少し切ない雰囲気もあるわよね。おばさんも、これを聞くと色んな昔の事を思い出しちゃうわ 」

「昔の事?」

「えぇ。おばさんにも子供がいたから、その子の夏休みの想い出とかね」

「ふぅん」

 私と手を繋ぐ唯ちゃんの手に、キュッと力が入るのを感じました。

「唯も、夏休みの想い出たくさんあるよ!白井のおじいちゃんとの事もっ」

「ふふっ。その想い出をずーっと大切にしておいてくれたら、白井さんのおじいさんも幸せだと思うわよ。」

「そうなの?」

「えぇ。自分との昔の楽しかった想い出を、ずーっと幸せなものとして大切に覚えておいてくれるなんて、本当に嬉しいことだもの」

「そっかあ!じゃあ、これからもずーっと大切にする!」

 嬉しそうに私を見上げる唯ちゃんの目は、夕焼けに照らされてキラキラとしていました。

 唯ちゃんの手を握りしばらく歩くと、村に着きました。

「白井さんのお宅は何処だったかしら?」

「あっちだよ」

 唯ちゃんの指差す方向に、裏手が竹藪になっている大きな日本家屋が建っていました。


「おばちゃん、ここで良いよ」

 白井さんのお家まであと少しのところで、唯ちゃんが言いました。

「そう?じゃあ、ここからお家にはいるまで見送るわね」

「うん。今日はありがとう!楽しかった!トウモロコシも美味しかったよ」

「あら、ありがとう。唯ちゃんは偉いわね」

 褒めると嬉しそうに笑顔になりました。

 そんな彼女に、お弁当の入った袋を渡しました。

「じゃあねっ」

「白井さんに宜しくね」

「はーいっ!ぽんすけにも宜しくねっ」

 あははっと笑いながら、唯ちゃんは家に向かって走りました。

 玄関の扉が開いていたようで、唯ちゃんはこちらに1度バイバーイと手を振ると、そのまま入って行きました。


 次の日。

 今朝も元気良くミンミン蝉が鳴いています。

 ぽんすけは、私がお散歩用の道具を持っているのを見てからずっとそわそわしています。

 まるで、早く早くと急かされているかの様です。

「ほら、行こうか」

 ぽんすけの首輪に、カチリとお散歩ひもを付けて玄関を出ました。

「村の方に行く?栗原さんのハナちゃんと遊ぼうか」

 栗原さんのお家には、同じく雑種のハナちゃんが居ます。

 何度か遊びに行くうちに、ぽんすけとハナちゃんは仲良しになっていました。


 村につくと、栗原さんのお宅の前では井戸端会議が開かれていました。

 栗原さんご夫婦と橘さんの旦那さん、そして余り外にいるのを見たことがない白井さんのおじいさんも居ました。

「あ!ハルさん!ちょっと来てくれよ」

 栗原さんに呼ばれ、ぽんすけを連れて輪に入らせてもらいました。

「だから、わしはボケとらんて!」

 白井さんが語気を荒くして言います。

「おかしな事ばかり言うから心配しとるんじゃないか。かみさんも亡くなって一人なのに、ボケたら大変じゃないか」

 栗原さんは引く様子もありません。

「どうかしたのですか?」

 よく分からないので、無理やり話を割って入りました。

 栗原さんの奥さんが困った表情で、頬に手を当てて説明し始めました。

「昨日、白井さんのお家に唯ちゃんが来たって言うのよ」

「はい」

「だから嘘じゃないって言っとるじゃないか・・・」

 白井さんが力無く言います。

 その手には、私が昨日唯ちゃんに持たせたお弁当の袋が握られていました。

「あらっ。それ。美味しかったですか?」

「・・・はい?あ!もしかして、食堂の方ですかい?」

「えぇ。それ、私が唯ちゃんに渡した物ですから」

「ありがとう。いやぁ、本当にありがとう。唯もとても喜んでおったよ。一緒に食べた夕飯も、本当に幸せじゃった」

 白井さんは「ありがとう、ありがとう」と私の手を握ってきました。

 そんな私と白井さんのやりとりを、栗原さんご夫婦も、橘さんの旦那さんもポカンとして見ていました。

「ハルさんや、本当なのかい?」

「はい?えぇ、本当ですけど。橘さんの奥様もご存知ですよ」

「そうなのか!?」

 橘さんの旦那様は目を丸くしています。

 奥様はお家で用事をしているらしく、ここには来ていませんでした。

「ハルさんや。唯ちゃんは・・・白井さんのお孫さんは、3年前に病気で亡くなってるんだよ」

「・・・えっ」

 栗原さんの言葉に、一瞬意味がわからず、時が止まったような感じがしました。

「そうなんですよ。あの子はよく、夏休みになると遊びに来てくれていました」

 白井さんが、懐かしむように言いました。

「元々体が弱かったんですがね。4年生の時に亡くなってしまいました。昨晩、うちに唯が来たときは本当に驚きました。『おじいちゃん遊びに来たよ!これ、一緒に食べよう』と持ってきてくれたこの弁当を2人で食べました。実に美味しかった。幸せな時間でした」

 白井さんのしわくちゃの目に、涙が溜まっていました。

「唯と暫く遊んだあと、あの子は帰ってしまったんですが、最後に言っていました。『おじいちゃんとの想い出、ずーっと覚えてるよ。今日の事も新しい想い出だから、ずーっと覚えてるよ!』と言ってくれました」

 目を擦ると、今度はお弁当箱の入った袋を私の手に握らせてきました。

「あなたのお弁当のおかげで、幸せな時間を過ごせました。本当にありがとう。私も家にばかり居ないで、もっと頑張らないといけませんな」

 そう言って、ニッコリと笑顔を見せてくれました。


 そうして白井さんは、栗原さんや橘さんにも頭を下げてから帰っていかれました。

「・・・嘘みたいな話だが、本当だったんじゃな。悪いことをしてしまった」

 栗原さんと橘さんは、申し訳無い顔をして白井さんの背中を見送っていました。

 信じてくれないかもしれない事もきっとわかっていたでしょう。

 ですが、それでも皆に言いに出てきたなんて、それほど嬉しかったのだと思います。

「・・・お盆だから、帰ってこれたのね。大好きなおじいちゃんのお家に遊びに来たのもあるけど、ずっとお家に居るおじいちゃんを心配もしてたんじゃないかしらね」

 栗原さんの奥様は、目に浮かんだ涙を拭いました。

 そう言えば唯ちゃんは、私がお弁当を詰める隣で言っていました。

『これ食べたら、おじいちゃんも元気100倍だねっ』

 そう言って、ワクワクした顔を見せてくれました。


 私は栗原さんたちと別れ、ぽんすけを連れて店へと戻る道を歩きました。

「ねぇ、ぽんすけ。唯ちゃんと遊んで楽しかったでしょう」

 私の声に、ぽんすけはこちらを向いて笑ったような顔をしています。

「うん、楽しかった!」と言っているかのような表情です。

「唯ちゃんと植えたお花たちにお水やらないとね」

 昨日、唯ちゃんと歩いた道を、ぽんすけとのんびり歩きます。

 一緒に植えた、ストックとカンパニュラ。

 いつか芽が出て、花が咲くのが楽しみです。

 泥の付いた、二組の軍手とスコップが、唯ちゃんが居たという何よりの証拠ですね。
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