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77会えない時間と、積み重なる想い。

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朝日を反射する一面の銀世界に目が眩む。
純白が夜の間に降り積もり、周囲の音を全て奪って静寂で満たす。

つん、と、張り詰めた空気を、思い切り深呼吸して肺に取り込むと、体の芯から目の覚める思いだ。






「さて、今日もやりますか!」

気合いを入れるために、少し明るめに声を発する。
そして、屋敷と向き合うかたちで立ち、手を翳す。


ふわり、風が動く。
ゆっくり、確実に降り積もった雪を舞いあげていく。

屋根・畑・生い茂る木々…

徐々に昨日と変わらぬその姿を現していく。




舞いあげた雪は、上空で熱を僅かにもたせ、水分としてこの地を濡らす。



もちろん、植物が根腐れを起こさない程度に、慎重に量を調整する。

十分に大地を潤したところで、未だ上空に揺蕩う雪の結晶を、さらに冷やしていく。
そしてそれを、庭の一角に集結させ、ちょっとした氷像を作り上げる。






「うん、今日もうまくいったわね。」

庭の一角、周りの景色に不釣り合いではあるが、立派な氷の樹がそびえ立っている。

日に日に上達していくその氷像に満足しつつ、屋敷へ入ろうと足を進める。







「お邪魔しますわよ、フリアさま!---て、どうなさったの!?ずぶ濡れじゃないの!」
「――おはようございます。アメーリエ様。--あぁ、少々、水遊びをしていたもので…。」




--今日も変わりなく過ぎる穏やかな時間を。

と、思っているときに現れたのはアメーリエ嬢。





本当に、この令嬢は自由気ままに現れる。

先程、雪を雨に変えて降らせたために、頭からつま先まで、程よくしっとりと濡れている。

――決して、ずぶ濡れと言うほどでは無い。





「こんなに寒い日に、水遊びなんて、風邪を引いてしまいますわよ!?何を考えていらっしゃるのかしら!」
「――別段、寒さを感じませんので…それに、こうすれば、すぐに乾きますから。」

言うのと同時に、指を鳴らす。
すると、濡れていた部分はしっかりと乾き、緩やかな風に遊ばれ、ゆらゆらと揺れる。






「なっ…!そんなの、魔力の無駄使いではありませんの!?」
「--いえ、私は使ってもすぐに魔力が回復しますから…。魔力を惜しむ必要は、無いですし…。」

--そんなこと、とっくの昔から、彼女は知っているはずであるのに。
今更どうしてそんなに慌てるのだろう。




「フリアさまが、魔力を使えば使うほど、身体に負担がかかる、と、わたくしが知らないとでも思っていまして?」
「―――知らないと、思っていました。ですが、この程度であれば、全く問題はありませんよ。」


--まさか、アメーリエ嬢がこちらの事を知っているなんて思ってもいなかった。
幼少の頃に共に過ごした記憶はあれど、そこまで親密な仲ということでも無かったのだから。


「そもそも、フリアさまが雪掻きなどせずとも、あの魔術師に言付ければ済むことではありませんこと!?同じように彼も、魔術を扱うことができるのでしょう?」
「―――グレンは…。今、この屋敷には、来ていないので…。」

--ダメだ、せっかく上げた気持ちが俯いてしまう。

「そんなことより、私になにか用事があって来たのではありませんか?--とりあえず、中へどうぞ。」

努めて、明るい表情を作る。
アメーリエ嬢を先導しながら、屋敷へと入り、もてなしの用意をする。







「それで…なにか、あったのですか?」

互いにテーブルを挟んで向き合い、口を開く。






「別に、特別なことはありませんわよ。---ただ…」

--彼女が言い淀むとは、珍しいこともあるものだ。




常に歯に衣着せぬ物言いをする彼女が、言い淀む様など誰が予想出来ただろうか。

軽く目を瞠り、あまり見詰めては失礼にあたるので、そっと視線を外す。




「――ユリエル様からの打診を、断ったそうね。」
「えぇ、…それは、殿下から?」


問いかけに、アメーリエ嬢は一つ頷く。
そして、またしても珍しい表情を浮かべながら、言いにくそうに口を開く。




――アメーリエ嬢に、躊躇いという感情があったことに、衝撃を受けている場合では、ないのかもしれないけれど…。

わかってはいるが、どうしてもその表情の変化に驚いてしまう。





「フリアさまは、“ユリエル様が嫌い”でいらっしゃるの?それとも、“わたくしが正妃”の座に座るから、ユリエル様の元を去るの?」
「どちらでも、無いわ。ただ、私には他にやるべき事があるから、ここを去るだけ。そこに、殿下への気持ちや、アメーリエ様への配慮など、在りはしないわよ。」

――思ったよりも、冷たい声音になってしまった。


しかし、彼女は特に気にしなかったらしい。
僅かに眉間に皺を刻んだかと思うと、テーブルに両手で頬杖をつきながら、口を開く。




―――ご令嬢として、あるまじき姿である。

しかし、それがアメーリエ嬢らしいとも、思ってしまう自分がいる。








「魔術師・グレン。彼は今、どこにいらっしゃるの?」
「――さぁ、“遠方”としか、聞かされていませんので。」

突然、グレンのことを尋ねられ、ドキリとする。


――むしろ、居場所を教えて欲しいのは、こっちのほうだわ…。






「フリアさまは、彼を想っているから、ユリエル様の手を取ることは無い、ということでよろしいわね。」
「――――いえ、…私は…。」

思わず、言葉に詰まる。
すると、アメーリエ嬢は勢いよく立ち上がり、机に両手を振り下ろす。

--バン、
と小気味の良い音を立てる机。




「フリアさまは、向けられる想いに、鈍すぎますわ!--いいえ、違いますわね。フリアさまは、いつも、いつも、ご自分の気持ちと向き合わず、逃げてばかりだわ!いい加減、逃げの姿勢はお止めになるべきですわよ!」
「――アメーリエ様…?」

「ガロン様の時も、そう!“突然の心変わり”に対して、なんの疑問も抱かず、唯々告げられた言葉のままに受け取って背を向けた。シエル様に対しても、そう。シエル様から向けられる想いに、気付かないフリをして、遠ざけた。グレンさまに対しても、同じように背を向けるおつもり!?」
「―――だって、私には…」

「またそうやって、“一番妥当な理由”を盾に、逃げの姿勢。わたくしは、ずっと幼き頃より、フリアさまが嫌いです!」
「---は、はぁ…」

彼女の勢いに、口を挟む隙が無い。



「“異端”であることを、“特別”ではなく“悪”として受け止め、己の殻に閉じ籠もるその心根が、大嫌いなのですわ!“異端”として、周囲から蔑まれることがあるのならば、“異端”を盾に、己の心に忠実に行動を起こすべきですのよ!どんなことをしても、己を蔑む輩から、どう思われようと、関係ないではありませんか!」
「――――……」


「それに…。フリアさまが、どんなに壁をつくろうと、それを避けて、登って、あるいは破壊して、フリアさまへと寄添う者は大勢居たのではありませんこと?ガロン様も、シエル様も、グレンさまだって…。貴女と寄添おうと手を差し伸べてきた者達なのではなくて!?」
「――今の、アメーリエさまの、ように…?」
「っ!?……わたくしは…別にっ、手を伸ばしているわけでは、ありませんわ!――思い上がるのも、大概にしていただきたいわね!」
「―――ふふ…、それは…失礼いたしました。」

彼女の態度に、思わず笑みが溢れる。



アメーリエ嬢はとても、素直で、言いたいことを躊躇いも無く口にするが、どうやら、それだけではないらしい。

――所謂、ツンデレというものだろうか。



自己中心的かと思えば、他人に寄添う心も持っている。
しかし、優しいと言われると、突き放したくなる天邪鬼な性格なのか。



---なるほど、殿下も心奪われるわけだ。

なぜか、己の中で、そういう答えに落ち着いた。




「ちょ、フリアさま!笑い事ではありませんのよ!?いいですか、わたくしは、フリアさまがわたくしとユリエル様の仲を邪魔しないか、気になっているだけで…!別に、フリアさまを励ましに来たわけではありませんからね!」
「--えぇ、十分に、理解しております。--安心してください。私は、殿下になんの興味もありませんので。」

「っ、そ、そう!なら、いいのよ!―――邪魔して悪かったわね。」
「--いいえ、お気をつけて。」

ばつが悪くなったのか、さっさと屋敷を出て行ったアメーリエ嬢の背を見送りながら、一人呟く。








「--貴女を、見倣わせていただきますわ、アメーリエ嬢…。」

小さな呟きは、冬の凍えた空気に溶けて、静かに消えていく。

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