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第一章 出会い編
水曜日
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そして水曜日の朝。昨夜は壬生さんのことが気になり過ぎてほとんど眠れなかった。
壬生さんは一体なにを考えているのだろう?壬生さんはどうしてあんな行動を取るのだろう?壬生さんは何を話すつもりなのだろう?
彼女ができるってこんなにも苦しいことなのだろうか?僕はもっとこう、甘酸っぱくて、青春していて、幸せでふわふわな毎日が送れるものだと思っていた。
そりゃまあ、現実と妄想が違うってことぐらいは理解している。美味しいと評判のお店が、いざ行ってみるとそれほど美味しくなかったなんてことは誰でも一度は経験したことがあるだろう。でも多少、夢を見たっていいじゃないか。
やけに日差しの強い春の朝。僕は気を重くしながら学校へと向かっていた。その時「なんか元気なさそうだね」と声をかけられた。
壬生さんだった。
「おはよう、根東くん。さっきから声かけてたのに、気づかなかった?」
「み、壬生さん!え、あの、ごめん。ちょっと考えごとしてて。おはよう」
「そうなの?体調、悪そう?」
もしそうだとしたら、原因の九割ぐらいはこの目の前の美少女のせいなのだが。
「ううん、大丈夫。それより、今日、楽しみだね」
あれ?僕は今日の放課後のデート、楽しみにしていたんだっけ?なんか致命的な間違いを犯しているような気がしたが、しかし壬生さんはただただ満面な笑みを浮かべて僕の手を握ってきて…
「そうだね。それより早く学校いかないと遅刻しちゃうよ」
僕の手を引っ張ってくれた。
彼女の手はとても心地良く、女の子ならではのすべすべしたその手の感触に勇気と元気をもらえたような気がした。
さっきまで一体なにを悩んでいたのだろう?
こんな素敵で可愛い女の子が、彼氏を裏切るようなマネするわけないじゃないか。少しでも疑っていた自分が恥ずかしく思える。
「うん、急ごう!」
僕は彼女の手を握り返して、一緒に手をつなぎながら学校へ行く。なんだか恋人同士みたいだった。…僕ら、恋人同士で良いんだよね?
そうだ、僕らは恋人同士なんだ!だから恋人同士っぽく振る舞ってもなんの問題もないんだよ!
学校に着くまでの間、今日の授業の話とか、休日はなにをして遊んでいるのか、最近見つけたネットの動画とか、特に他愛のない話をしていた。
それは他の人から見ればとてもつまらない話かもしれない。ただ僕の話を面白そうに聞いてくれる壬生さんを見ていると、なんだか自分が話上手にでもなったような気がした。
これがコミュ力という奴か?壬生さんと一緒にいるとコミュ力が二十レベルぐらい上がっている気がする。
正直、僕自身のコミュ力は低い方だと思う。女子はもちろん、同じ男同士であっても会話が長く続かない。
しかし壬生さんはとても聞き上手で、一緒にいるだけで話がどんどん広がっていくのだ。話題は尽きず、常に気持ち良く話せるように相槌をうって、僕の話を共感してくれる。
彼女と一緒にいる時間はとても楽しく、普段は長く感じる通学路が今日はやけに短く感じた。
もっとたくさん話したかったのに。彼女と一緒にいるこの時間、確かに僕は幸せを感じていた。
校門を抜けて校舎に入り、階段を上り、そして教室に入る。そこでようやく僕たちは別れ、壬生さんは自分の席へ。僕も自分の席へつく。
その時、ふと気づいた。
壬生さんって、男慣れしすぎじゃね?
なんというか、男と会話をすることにまるで抵抗感がない。確かに僕は彼氏なので、そんなに気を遣う必要とかは特にないとは思うのだが、でも付き合ってまだ数日なんですけど?
…女の子はコミュ力が高いっていうし、そんなものかな?とりあえず、その時はそう考えて無理やり納得することにした。
まだ右手には彼女の手の感触が残っている。僕はその感触を思い出しながら、その日の授業を受けることになった。そのせいだろう、ほとんど授業の内容は頭に入らなかった。うう、二年とはいえ受験生なのに、ぜんぜん勉強が身にはいらない。ちょっと泣きそうだった。
やがて授業終了を知らせるチャイムが鳴り、教室の生徒たちが帰る準備をする。
そういえば壬生さんはテニス部だよな。校庭で部活が終わるのを待った方がいいのかな?
そんなことを思っていると、「根東くん」と柔らかい声で話しかけられる。
学生鞄を後ろ手で掴みながら、こちらをじっと見つめてているのは、サラサラとした長い黒髪の美少女だった。
「行こ」
「うん」
いよいよだ。こんなにも可愛い美少女と一緒に放課後デートができるというのに、なんだか死刑台に向かっているような気分だ。
ちなみに壬生さんは今日、体調が悪いと言って部活を休んだらしい。これは部活よりも僕を優先してくれたということなのだろうか?それともなにか体調が悪くなるようなことを昨日していたのだろうか?
やばい、どうしても変なことが頭をよぎってしまう。
聞きたい。聞きたい。なにがあったのか、聞きたい。
昨日、部活が終わった後。カラオケに向かった壬生さんたちは、そこで僕が知らない男たちと遊んでいた。一体どんな遊びなの?というか、遊び以上のことをしたのか?そもそもカラオケが終わった後、本当にまっすぐ自宅に帰ったのか?
どうしても最悪の想像が頭を支配してしまう。もしその想像が本当だったら、僕はどうなってしまうのだろう?脳が破壊されるかもしれない。
そんな僕の複雑な心中を知ってか知らずか、途中で立ち寄ったアイスクリームショップで買ったアイスを頬張る壬生さんの姿はなんというか、天使みたいに可愛い。彼女はメロン味のアイスで、僕はチョコレート味のアイスを買った。
「あ、根東くん」
「え、なになに?どうしたの?」
「動かないで」
今まで笑顔だった壬生さんが急に真顔になる。一体なにがあったのだろう?変に緊張してしまい、彼女の動きがやけにゆっくりに感じた。いや、本当にゆっくり動いてた。
「じっとしててね」
ゆっくり、やけに緩慢な動作で壬生さんの白く綺麗な指が僕の頬に触れる。
「アイス、頬についてたよ」
ペロリ。指先についた僕のアイスを壬生さんは舐める。
「うん、こっちも美味しいね」
赤い舌先が指を舐める姿がやけに艶めかしく見えて、この女子高生のことがますます好きになった。
「そう?壬生さんのアイスの方がおいしそうだよ」
「うん?じゃあ、一口食べる?」
「え?」
壬生さんが可愛い顔をこちらに向けながら、食べやすいようにアイスを僕の口元へ差し出す。
僕は彼女のアイスを食べた。美味しかった。
そんな僕が食べたばかりのアイスを、壬生さんが食べる。そしてこちらを見て、「もうあんまりじろじろ見ないでよ。恥ずかしいよ」とはにかむ姿を見せてくれた。
どうしよう、僕の彼女が可愛すぎる。今ならどんな悪さをしても許してしまいそうだった。
壬生さんに対する好感度がこれでもかってぐらい上昇してく最中、駅から歩いて十分ほどの場所にあるカラオケに到着した。
本当ならもっと早く到着できたのだが、一緒に楽しく歩いていたせいで遅くなった。だってしょうがないよ。壬生さんと一緒にいるの、楽しいんだもん。
受付をするとき、壬生さんが指定した部屋に案内された。そこはいたって普通のカラオケルーム。防犯のためなのか、天井に監視カメラがあり、それを確認してなんとなくホッとした。
よかったあああ。とりあえず、ここで最悪なことは起きてないはず、だよね。だって監視カメラがあるんだもん!監視カメラの前で悪いことはできないよね!
「根東くん、知ってる?」
「え?なにが?」
「あの監視カメラって真下が死角になってるんだって」
――だから、あの下でエッチなことをする人が多いらしいよ、と彼女は僕の耳元で囁いた。
「監視カメラに映らなきゃ、なにしてもバレないもんね」
「へ、へえ、そうなんだー」
なぜだろう、声が乾いていた。きっとアイスを食べていたせいで口内の水分が氷結してしまったのだろう。
「そうだよ、だからいけない事をしたい時は、監視カメラの下が安全だよ」
「え、いや、あの、その、僕は、そういうことはしないから!ちゃんと分別は弁えてるから!」
「うん?そう?じゃあ今日は安心だね」
今日は安心ってどういうことだろう?まるで昨日は安心じゃなかったみたいじゃないか。
壬生さんはなぜか近くではなく、少し遠く離れたソファに座った。警戒されているのだろうか?
「昨日はね」壬生さんが口を開く。
「この部屋の、このソファに座っていたんだ」
そういえば、昨日送られてきた画像。この部屋そっくりだ。同じ部屋ならそっくりなのも当然だよね。
壬生さんはマイクを掴み「あー、あー」とマイクテストをする。彼女の綺麗な声が拡声され、僕の耳によく響いた。
「それで、どうする?」
壬生さんはマイク片手に続ける。
「昨日の話、する?それとも一曲歌う?」
「え…じゃあ五曲入れてください」
僕はとりあえず、この異様な雰囲気をぶち壊したくて、アニソンを五回歌った。あえて二十年ぐらい前のアニソンを選んだのでたとえ博識な壬生さんといえど絶対このアニソンは知らないだろうなあと思いつつ、僕の熱唱を楽しそうに壬生さんは聞いてくれた。ときどき、ぷぷぷ、と堪えるような笑い声がしたので、きっと楽しんでもらえたと思う。
「ふぅ、すごい歌った」
「ねー、汗だくだよ」
「あ、ごめん。臭うかな?」
しまった。張り切りすぎた。壬生さんの汗だったら大歓迎だが、僕の汗なんて嗅がせようものなら絶対嫌われるよ!
「ううん、大丈夫だよ。お茶飲む?」
「ありがとう」
そういえば歌っている最中になにか注文してみたいだけど、いつの間にかテーブルにドリンクが二つ、それとポテトとチキンナゲットがあった。
お茶を飲むと、乾いた喉が潤った。これならもう一曲歌えるかもしれない。
「えーと、じゃあ六曲目を…」
「そんなに歌ったら喉潰れるよ?」
壬生さんはちょっと困ったような顔をする。そんな彼女の表情もすごく可愛くて、まさかこんな可愛い彼女が昨日、このカラオケで他の男と一緒に遊んでいたというのがまだ信じられなかった。
いや、信じたくないだけだ。
「じゃあ、昨日の話しようかな?」
その長い黒髪をかきあげながら、こちらを見る。まっすぐに透き通るようなその瞳で見つめられると、別に悪いことなんてしてないのになぜか疚しい気分になる。ていうか、やましいことをしたのは彼女の方では?
「うん、教えてくれる?」
「いいよ。って言っても、そんなに語るようなことってあんまりないんだけどね。たぶん、根東くんが思ってるような疚しいことなんて何もないよ」
「あ、そうなの?」
いや、まあよく考えたらそうかもな。男と女が一緒にいたからといって、必ずしもエロいことが発生するとは限らないじゃないか。
そうだよ。なにをバカなことを考えていたのだろう。だいたい壬生さんは友達と一緒に遊ぶって言ってたじゃないか。壬生さんみたいに交友関係が広い女性なら、男友達の一人や二人、いや十人ぐらいいたっておかしくないよね!
「うん、昨日はね、ただの合コンだったよ」
それのどこが大したことではないのだろうか?
「えっと、それは僕と別れて、新しい彼氏と付き合いたいってこと?」
「ううん、違うよ。もともと美香に人数合わせで来て欲しいって言われてただけ。誘われた時はまだ付き合う前だったから彼氏いなかったけど、その時も別に彼氏欲しいって気分でもなかったから。断るのもなんだし、付き合いで参加しただけかな?」
壬生さんは、彼氏がいるのに合コンに行ったことに対して、まったく後ろめたい態度はない、それどころか堂々と当時の心境まで打ち明けてくれた。その堂々たる振る舞いには恥じるところなど一切ないと言わんばかりだった。
なぜそんな堂々としているのだろう?これは僕のことを信用してくれてる証ってことで良いのだろうか?うん、そうだよね。
「そうなんだー。じゃあ本当にカラオケで遊んだだけだったんだ」
「そうだよ。彼氏が心配するようなことは何もなかったよ」
よかったー。はあ、よかったー。すごく、本当に、よかったー。
「帰る時、槍倫高校の人達と連絡先を交換したぐらいかな?」
それはアウトではないのだろうか?しかも槍倫高校って確か…
私立槍倫高校。それはこのあたりでもっとも有名な偏差値の高い進学校だ。そういうとただの優秀な学生が集まる、とても善良な高校のように聞こえる。しかし、槍倫高校には善良な進学校という評判とは別に、もう一つの噂がある。
槍倫高校の男子はチャラい奴が多いので気を付けて、と。
槍倫高校の槍はヤリチンの槍だから女子は注意しろよ、と。
なんでも槍倫高校の男子が他校の女子テニス部の女の子と淫行に耽っていたとか、妊娠させたとか、乱交パーティしてたとか、その手の噂を上げたらきりがないほどだ。
っていうか、壬生さんて女子テニス部なんですけど?え、関係ないよね?
どうしよう?お茶を飲んで体を冷ましたはずなのに、今度は別の汗が出てきて止まらない。
考えれば考えるほど心が苦しくなる。なんかお腹がキュゥと痛くなってきた。
「そそそ、そうなんだ」
「根東くん、なんかコップを持つ手が振るえてるよ?大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ちょっと脳が破壊されそうになっただけだよ」
「それは大丈夫なのかしら?」
心配しているのか、壬生さんがそっと手を伸ばし、僕の手を握ってくれた。彼女の手が僕の手と重なる。その手の温もりのおかげで、少しだけ元気が出た。なんだかお腹の調子も良くなった気がする。
…あれ?でもそもそも壬生さんのせいでお腹の具合が悪くなったんじゃなかったっけ?なにか間違えてる気がするな。
「どうする?続ける?それとも止める?」
「いや、聞くよ。最後までちゃんと聞きたい!」
「そう?でももう話すことないよ?」
あ、これで終わりなんだ。やっと解放された。そうだよな。いくら変な噂があるからって、高校生が知り合ったばかりの女子生徒に手を出すわけないよね!
「そうなんだ。じゃあ、カラオケ終わったら美香さんと一緒に帰ったの?」
「ううん」
なぜ否定する?ちょっと待ってよ。このタイミングの否定ってなんかすごく嫌な気がするんですけど?美香さん以外に一緒に帰る相手なんて、えーと、あのー、いないよね!
「一人で帰ったよ」
あれ?なんか期待した答えと違った。いや、いいんだけどね。ということはあのギャルっぽい雰囲気が特徴的だったあの女の子、美香さんはどうしたんだろう?
「美香はなんか、槍倫の男の子と一緒に帰ってったよ」
…
…
…
…
あっぶねえええええええええ。
っていうかあのギャル、お持ち帰りされてるじゃないか!やっぱり槍倫の槍はヤリチンの槍じゃねえか!
「私も送ってくって言われたんだけどね。でもほら、私彼氏いるし。やっぱりそういうのは良くないかなって」
「そ、そうなんだ。よかった。本当によかったー」
「え?泣いてるの?」
「泣いてないよ。ちょっとまつ毛が目に入って痛かっただけだよ」
「あー、それ痛いよね」
私もそれ、たまに経験するよ、とまるで他人事のように笑いかける。まあ他人事なんですけどね。
「はい、これで話はお終い。それで、根東くんは今、どんな気分なの?」
「え、なにが?」
気分って、大事な彼女が無事で嬉しいって気分しかないけど?
「私のこと、嫌いになった?」
「それは、なんかの心理テストですか?」
「そういう見方もあるのかな?」と壬生さんはなにか考えるような仕草をしながら言い、続ける。「根東くんは私の噂、なにか聞いてる?」
壬生さんの噂。それを聞いて、思い当たることがあった。
美人で、スタイルも良く、運動ができて、勉強もできる。そんなパーフェクトウーマンみたいな壬生さんは当然ながら良い噂が多い。
いわく性格が良く、勤勉で、真面目で、清楚で、などなど。彼女の良い噂をあげたら枚挙にいとまがない。
そんな良い噂とは別に、悪い噂もある。いわくビッチだとか、実はあんまり性格が良くないとか、いろんな男と付き合っているヤリマンとか。
でもしょせん、そんなのは噂だ。根拠なんて無い、有象無象のデマなのだ。信じる方がどうかしている。
「あのね、根東くん、私の噂をいろいろ聞いてると思うけど、あれほとんど嘘なんだよ」
やっぱり。そうだよね。こんな可愛い女性がビッチなわけないよね!
「私、そんなに性格良くないし、別に清楚でもないよ?」
そっちかー。そっちの噂がデマなんだ。あれ?でもそうなると消去法で壬生さんはビッチさんになってしまうのでは?
「私ね、別に良い子じゃないし、良い子なりたいなんて思ったこともないよ。ただ世間が勝手にそういうイメージを作り上げているだけ。だからね、そういう噂を信じられても困るんだよね」
「まあ、それはわかる気がするね。僕もアニメが好きだってだけで勝手に陰湿なオタクみたいに扱われることあるし。アニメが好きだからって勝手に性格までイメージされたくないよね!」
「うん?うん、そうだね。根東くんも苦労してるんだね。…あれ?今そういう話だったかしら?」
「じゃなくて」と壬生さんは続ける。「本当の私を知ったら、嫌いになるかなって思ったの」
「え?なってないよ」
「…なってないの?なんで?」
いや、そんなこと聞かれても。どう説明すればいいんだ?
「確かにちょっと意外だったけど、別に嫌いにはなってないよ」
「じゃあ好きなの?」
「うん、好きだよ」
「え、あの…うん」
壬生さんはちょっと困ったような顔をすると、もじもじと太ももをこすり、右手で髪の毛をいじりながら、「この反応は想定外だな」と小さい声で囁いた。
「あの、私、清純じゃないよ。根東くんと付き合うまでに、二十人ぐらい付き合ってるよ」
え、僕は初めてなんだけど。っていうか、すごく多い。
「そうなんだ。それって最近の女子の間では平均的な数字なの?」
「わかんない。計算したことないし。でも半分以上は三日で私の性格が無理ってことで別れるから、そんなに深い付き合いはないよ」
「そうなんだあ、じゃあ安心だね!」
今の話を聞いて一体なにが安心なのかさっぱり理解できないが、とりあえず安心だねって言ってみた。
「壬生さんと一緒にいると、驚いてばっかりだよ」
「嫌にならないの?」
「ならないよ。確かに胸が張り裂けそうなほど苦しかったし、今も衝撃でちょっと足の感覚が無いけど、でも嫌いじゃないよ」
「すごいダメージ受けてるみたいだけど?」
正直、ちょっとトラウマ負ってるかもしれない。
「でも好きだって気持ちは代わらないよ。今でも好きだし、もっとずっと付き合いたいって思ってるよ」
「…そう、なんだ」
壬生さんはぼそりと、とても小さく呟いた。「根東くんってドMなのかしら」
なんかとんでもない誤解をされているような気がした。
ただこの日。僕と壬生さんの距離は今まで以上に近づいた。確かに彼女はちょっと変わってるかもしれないけど、僕の壬生さんへの気持ちは変わっていない。
確かに告白する前と今では、壬生さんに対するイメージは変わった。でも、それは良い意味だ。だって前以上に壬生さんのことを好きだって思ってるんだもん。
この気持ちに嘘はない。壬生さんが他の男と遊んでいるという話を聞いて、確かに身を裂かれるような苦しみや切なさはあったし、今もちょっと心がボロボロだけど、嫌いになるなんてことはないし、むしろ好きになってるくらいなんだ。だから僕が、壬生さんが好きって感情に間違いはないんだ!
……これ、寝取られ性癖じゃないよね?
ちょっとだけ、自分のことが心配になった。
壬生さんは一体なにを考えているのだろう?壬生さんはどうしてあんな行動を取るのだろう?壬生さんは何を話すつもりなのだろう?
彼女ができるってこんなにも苦しいことなのだろうか?僕はもっとこう、甘酸っぱくて、青春していて、幸せでふわふわな毎日が送れるものだと思っていた。
そりゃまあ、現実と妄想が違うってことぐらいは理解している。美味しいと評判のお店が、いざ行ってみるとそれほど美味しくなかったなんてことは誰でも一度は経験したことがあるだろう。でも多少、夢を見たっていいじゃないか。
やけに日差しの強い春の朝。僕は気を重くしながら学校へと向かっていた。その時「なんか元気なさそうだね」と声をかけられた。
壬生さんだった。
「おはよう、根東くん。さっきから声かけてたのに、気づかなかった?」
「み、壬生さん!え、あの、ごめん。ちょっと考えごとしてて。おはよう」
「そうなの?体調、悪そう?」
もしそうだとしたら、原因の九割ぐらいはこの目の前の美少女のせいなのだが。
「ううん、大丈夫。それより、今日、楽しみだね」
あれ?僕は今日の放課後のデート、楽しみにしていたんだっけ?なんか致命的な間違いを犯しているような気がしたが、しかし壬生さんはただただ満面な笑みを浮かべて僕の手を握ってきて…
「そうだね。それより早く学校いかないと遅刻しちゃうよ」
僕の手を引っ張ってくれた。
彼女の手はとても心地良く、女の子ならではのすべすべしたその手の感触に勇気と元気をもらえたような気がした。
さっきまで一体なにを悩んでいたのだろう?
こんな素敵で可愛い女の子が、彼氏を裏切るようなマネするわけないじゃないか。少しでも疑っていた自分が恥ずかしく思える。
「うん、急ごう!」
僕は彼女の手を握り返して、一緒に手をつなぎながら学校へ行く。なんだか恋人同士みたいだった。…僕ら、恋人同士で良いんだよね?
そうだ、僕らは恋人同士なんだ!だから恋人同士っぽく振る舞ってもなんの問題もないんだよ!
学校に着くまでの間、今日の授業の話とか、休日はなにをして遊んでいるのか、最近見つけたネットの動画とか、特に他愛のない話をしていた。
それは他の人から見ればとてもつまらない話かもしれない。ただ僕の話を面白そうに聞いてくれる壬生さんを見ていると、なんだか自分が話上手にでもなったような気がした。
これがコミュ力という奴か?壬生さんと一緒にいるとコミュ力が二十レベルぐらい上がっている気がする。
正直、僕自身のコミュ力は低い方だと思う。女子はもちろん、同じ男同士であっても会話が長く続かない。
しかし壬生さんはとても聞き上手で、一緒にいるだけで話がどんどん広がっていくのだ。話題は尽きず、常に気持ち良く話せるように相槌をうって、僕の話を共感してくれる。
彼女と一緒にいる時間はとても楽しく、普段は長く感じる通学路が今日はやけに短く感じた。
もっとたくさん話したかったのに。彼女と一緒にいるこの時間、確かに僕は幸せを感じていた。
校門を抜けて校舎に入り、階段を上り、そして教室に入る。そこでようやく僕たちは別れ、壬生さんは自分の席へ。僕も自分の席へつく。
その時、ふと気づいた。
壬生さんって、男慣れしすぎじゃね?
なんというか、男と会話をすることにまるで抵抗感がない。確かに僕は彼氏なので、そんなに気を遣う必要とかは特にないとは思うのだが、でも付き合ってまだ数日なんですけど?
…女の子はコミュ力が高いっていうし、そんなものかな?とりあえず、その時はそう考えて無理やり納得することにした。
まだ右手には彼女の手の感触が残っている。僕はその感触を思い出しながら、その日の授業を受けることになった。そのせいだろう、ほとんど授業の内容は頭に入らなかった。うう、二年とはいえ受験生なのに、ぜんぜん勉強が身にはいらない。ちょっと泣きそうだった。
やがて授業終了を知らせるチャイムが鳴り、教室の生徒たちが帰る準備をする。
そういえば壬生さんはテニス部だよな。校庭で部活が終わるのを待った方がいいのかな?
そんなことを思っていると、「根東くん」と柔らかい声で話しかけられる。
学生鞄を後ろ手で掴みながら、こちらをじっと見つめてているのは、サラサラとした長い黒髪の美少女だった。
「行こ」
「うん」
いよいよだ。こんなにも可愛い美少女と一緒に放課後デートができるというのに、なんだか死刑台に向かっているような気分だ。
ちなみに壬生さんは今日、体調が悪いと言って部活を休んだらしい。これは部活よりも僕を優先してくれたということなのだろうか?それともなにか体調が悪くなるようなことを昨日していたのだろうか?
やばい、どうしても変なことが頭をよぎってしまう。
聞きたい。聞きたい。なにがあったのか、聞きたい。
昨日、部活が終わった後。カラオケに向かった壬生さんたちは、そこで僕が知らない男たちと遊んでいた。一体どんな遊びなの?というか、遊び以上のことをしたのか?そもそもカラオケが終わった後、本当にまっすぐ自宅に帰ったのか?
どうしても最悪の想像が頭を支配してしまう。もしその想像が本当だったら、僕はどうなってしまうのだろう?脳が破壊されるかもしれない。
そんな僕の複雑な心中を知ってか知らずか、途中で立ち寄ったアイスクリームショップで買ったアイスを頬張る壬生さんの姿はなんというか、天使みたいに可愛い。彼女はメロン味のアイスで、僕はチョコレート味のアイスを買った。
「あ、根東くん」
「え、なになに?どうしたの?」
「動かないで」
今まで笑顔だった壬生さんが急に真顔になる。一体なにがあったのだろう?変に緊張してしまい、彼女の動きがやけにゆっくりに感じた。いや、本当にゆっくり動いてた。
「じっとしててね」
ゆっくり、やけに緩慢な動作で壬生さんの白く綺麗な指が僕の頬に触れる。
「アイス、頬についてたよ」
ペロリ。指先についた僕のアイスを壬生さんは舐める。
「うん、こっちも美味しいね」
赤い舌先が指を舐める姿がやけに艶めかしく見えて、この女子高生のことがますます好きになった。
「そう?壬生さんのアイスの方がおいしそうだよ」
「うん?じゃあ、一口食べる?」
「え?」
壬生さんが可愛い顔をこちらに向けながら、食べやすいようにアイスを僕の口元へ差し出す。
僕は彼女のアイスを食べた。美味しかった。
そんな僕が食べたばかりのアイスを、壬生さんが食べる。そしてこちらを見て、「もうあんまりじろじろ見ないでよ。恥ずかしいよ」とはにかむ姿を見せてくれた。
どうしよう、僕の彼女が可愛すぎる。今ならどんな悪さをしても許してしまいそうだった。
壬生さんに対する好感度がこれでもかってぐらい上昇してく最中、駅から歩いて十分ほどの場所にあるカラオケに到着した。
本当ならもっと早く到着できたのだが、一緒に楽しく歩いていたせいで遅くなった。だってしょうがないよ。壬生さんと一緒にいるの、楽しいんだもん。
受付をするとき、壬生さんが指定した部屋に案内された。そこはいたって普通のカラオケルーム。防犯のためなのか、天井に監視カメラがあり、それを確認してなんとなくホッとした。
よかったあああ。とりあえず、ここで最悪なことは起きてないはず、だよね。だって監視カメラがあるんだもん!監視カメラの前で悪いことはできないよね!
「根東くん、知ってる?」
「え?なにが?」
「あの監視カメラって真下が死角になってるんだって」
――だから、あの下でエッチなことをする人が多いらしいよ、と彼女は僕の耳元で囁いた。
「監視カメラに映らなきゃ、なにしてもバレないもんね」
「へ、へえ、そうなんだー」
なぜだろう、声が乾いていた。きっとアイスを食べていたせいで口内の水分が氷結してしまったのだろう。
「そうだよ、だからいけない事をしたい時は、監視カメラの下が安全だよ」
「え、いや、あの、その、僕は、そういうことはしないから!ちゃんと分別は弁えてるから!」
「うん?そう?じゃあ今日は安心だね」
今日は安心ってどういうことだろう?まるで昨日は安心じゃなかったみたいじゃないか。
壬生さんはなぜか近くではなく、少し遠く離れたソファに座った。警戒されているのだろうか?
「昨日はね」壬生さんが口を開く。
「この部屋の、このソファに座っていたんだ」
そういえば、昨日送られてきた画像。この部屋そっくりだ。同じ部屋ならそっくりなのも当然だよね。
壬生さんはマイクを掴み「あー、あー」とマイクテストをする。彼女の綺麗な声が拡声され、僕の耳によく響いた。
「それで、どうする?」
壬生さんはマイク片手に続ける。
「昨日の話、する?それとも一曲歌う?」
「え…じゃあ五曲入れてください」
僕はとりあえず、この異様な雰囲気をぶち壊したくて、アニソンを五回歌った。あえて二十年ぐらい前のアニソンを選んだのでたとえ博識な壬生さんといえど絶対このアニソンは知らないだろうなあと思いつつ、僕の熱唱を楽しそうに壬生さんは聞いてくれた。ときどき、ぷぷぷ、と堪えるような笑い声がしたので、きっと楽しんでもらえたと思う。
「ふぅ、すごい歌った」
「ねー、汗だくだよ」
「あ、ごめん。臭うかな?」
しまった。張り切りすぎた。壬生さんの汗だったら大歓迎だが、僕の汗なんて嗅がせようものなら絶対嫌われるよ!
「ううん、大丈夫だよ。お茶飲む?」
「ありがとう」
そういえば歌っている最中になにか注文してみたいだけど、いつの間にかテーブルにドリンクが二つ、それとポテトとチキンナゲットがあった。
お茶を飲むと、乾いた喉が潤った。これならもう一曲歌えるかもしれない。
「えーと、じゃあ六曲目を…」
「そんなに歌ったら喉潰れるよ?」
壬生さんはちょっと困ったような顔をする。そんな彼女の表情もすごく可愛くて、まさかこんな可愛い彼女が昨日、このカラオケで他の男と一緒に遊んでいたというのがまだ信じられなかった。
いや、信じたくないだけだ。
「じゃあ、昨日の話しようかな?」
その長い黒髪をかきあげながら、こちらを見る。まっすぐに透き通るようなその瞳で見つめられると、別に悪いことなんてしてないのになぜか疚しい気分になる。ていうか、やましいことをしたのは彼女の方では?
「うん、教えてくれる?」
「いいよ。って言っても、そんなに語るようなことってあんまりないんだけどね。たぶん、根東くんが思ってるような疚しいことなんて何もないよ」
「あ、そうなの?」
いや、まあよく考えたらそうかもな。男と女が一緒にいたからといって、必ずしもエロいことが発生するとは限らないじゃないか。
そうだよ。なにをバカなことを考えていたのだろう。だいたい壬生さんは友達と一緒に遊ぶって言ってたじゃないか。壬生さんみたいに交友関係が広い女性なら、男友達の一人や二人、いや十人ぐらいいたっておかしくないよね!
「うん、昨日はね、ただの合コンだったよ」
それのどこが大したことではないのだろうか?
「えっと、それは僕と別れて、新しい彼氏と付き合いたいってこと?」
「ううん、違うよ。もともと美香に人数合わせで来て欲しいって言われてただけ。誘われた時はまだ付き合う前だったから彼氏いなかったけど、その時も別に彼氏欲しいって気分でもなかったから。断るのもなんだし、付き合いで参加しただけかな?」
壬生さんは、彼氏がいるのに合コンに行ったことに対して、まったく後ろめたい態度はない、それどころか堂々と当時の心境まで打ち明けてくれた。その堂々たる振る舞いには恥じるところなど一切ないと言わんばかりだった。
なぜそんな堂々としているのだろう?これは僕のことを信用してくれてる証ってことで良いのだろうか?うん、そうだよね。
「そうなんだー。じゃあ本当にカラオケで遊んだだけだったんだ」
「そうだよ。彼氏が心配するようなことは何もなかったよ」
よかったー。はあ、よかったー。すごく、本当に、よかったー。
「帰る時、槍倫高校の人達と連絡先を交換したぐらいかな?」
それはアウトではないのだろうか?しかも槍倫高校って確か…
私立槍倫高校。それはこのあたりでもっとも有名な偏差値の高い進学校だ。そういうとただの優秀な学生が集まる、とても善良な高校のように聞こえる。しかし、槍倫高校には善良な進学校という評判とは別に、もう一つの噂がある。
槍倫高校の男子はチャラい奴が多いので気を付けて、と。
槍倫高校の槍はヤリチンの槍だから女子は注意しろよ、と。
なんでも槍倫高校の男子が他校の女子テニス部の女の子と淫行に耽っていたとか、妊娠させたとか、乱交パーティしてたとか、その手の噂を上げたらきりがないほどだ。
っていうか、壬生さんて女子テニス部なんですけど?え、関係ないよね?
どうしよう?お茶を飲んで体を冷ましたはずなのに、今度は別の汗が出てきて止まらない。
考えれば考えるほど心が苦しくなる。なんかお腹がキュゥと痛くなってきた。
「そそそ、そうなんだ」
「根東くん、なんかコップを持つ手が振るえてるよ?大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ちょっと脳が破壊されそうになっただけだよ」
「それは大丈夫なのかしら?」
心配しているのか、壬生さんがそっと手を伸ばし、僕の手を握ってくれた。彼女の手が僕の手と重なる。その手の温もりのおかげで、少しだけ元気が出た。なんだかお腹の調子も良くなった気がする。
…あれ?でもそもそも壬生さんのせいでお腹の具合が悪くなったんじゃなかったっけ?なにか間違えてる気がするな。
「どうする?続ける?それとも止める?」
「いや、聞くよ。最後までちゃんと聞きたい!」
「そう?でももう話すことないよ?」
あ、これで終わりなんだ。やっと解放された。そうだよな。いくら変な噂があるからって、高校生が知り合ったばかりの女子生徒に手を出すわけないよね!
「そうなんだ。じゃあ、カラオケ終わったら美香さんと一緒に帰ったの?」
「ううん」
なぜ否定する?ちょっと待ってよ。このタイミングの否定ってなんかすごく嫌な気がするんですけど?美香さん以外に一緒に帰る相手なんて、えーと、あのー、いないよね!
「一人で帰ったよ」
あれ?なんか期待した答えと違った。いや、いいんだけどね。ということはあのギャルっぽい雰囲気が特徴的だったあの女の子、美香さんはどうしたんだろう?
「美香はなんか、槍倫の男の子と一緒に帰ってったよ」
…
…
…
…
あっぶねえええええええええ。
っていうかあのギャル、お持ち帰りされてるじゃないか!やっぱり槍倫の槍はヤリチンの槍じゃねえか!
「私も送ってくって言われたんだけどね。でもほら、私彼氏いるし。やっぱりそういうのは良くないかなって」
「そ、そうなんだ。よかった。本当によかったー」
「え?泣いてるの?」
「泣いてないよ。ちょっとまつ毛が目に入って痛かっただけだよ」
「あー、それ痛いよね」
私もそれ、たまに経験するよ、とまるで他人事のように笑いかける。まあ他人事なんですけどね。
「はい、これで話はお終い。それで、根東くんは今、どんな気分なの?」
「え、なにが?」
気分って、大事な彼女が無事で嬉しいって気分しかないけど?
「私のこと、嫌いになった?」
「それは、なんかの心理テストですか?」
「そういう見方もあるのかな?」と壬生さんはなにか考えるような仕草をしながら言い、続ける。「根東くんは私の噂、なにか聞いてる?」
壬生さんの噂。それを聞いて、思い当たることがあった。
美人で、スタイルも良く、運動ができて、勉強もできる。そんなパーフェクトウーマンみたいな壬生さんは当然ながら良い噂が多い。
いわく性格が良く、勤勉で、真面目で、清楚で、などなど。彼女の良い噂をあげたら枚挙にいとまがない。
そんな良い噂とは別に、悪い噂もある。いわくビッチだとか、実はあんまり性格が良くないとか、いろんな男と付き合っているヤリマンとか。
でもしょせん、そんなのは噂だ。根拠なんて無い、有象無象のデマなのだ。信じる方がどうかしている。
「あのね、根東くん、私の噂をいろいろ聞いてると思うけど、あれほとんど嘘なんだよ」
やっぱり。そうだよね。こんな可愛い女性がビッチなわけないよね!
「私、そんなに性格良くないし、別に清楚でもないよ?」
そっちかー。そっちの噂がデマなんだ。あれ?でもそうなると消去法で壬生さんはビッチさんになってしまうのでは?
「私ね、別に良い子じゃないし、良い子なりたいなんて思ったこともないよ。ただ世間が勝手にそういうイメージを作り上げているだけ。だからね、そういう噂を信じられても困るんだよね」
「まあ、それはわかる気がするね。僕もアニメが好きだってだけで勝手に陰湿なオタクみたいに扱われることあるし。アニメが好きだからって勝手に性格までイメージされたくないよね!」
「うん?うん、そうだね。根東くんも苦労してるんだね。…あれ?今そういう話だったかしら?」
「じゃなくて」と壬生さんは続ける。「本当の私を知ったら、嫌いになるかなって思ったの」
「え?なってないよ」
「…なってないの?なんで?」
いや、そんなこと聞かれても。どう説明すればいいんだ?
「確かにちょっと意外だったけど、別に嫌いにはなってないよ」
「じゃあ好きなの?」
「うん、好きだよ」
「え、あの…うん」
壬生さんはちょっと困ったような顔をすると、もじもじと太ももをこすり、右手で髪の毛をいじりながら、「この反応は想定外だな」と小さい声で囁いた。
「あの、私、清純じゃないよ。根東くんと付き合うまでに、二十人ぐらい付き合ってるよ」
え、僕は初めてなんだけど。っていうか、すごく多い。
「そうなんだ。それって最近の女子の間では平均的な数字なの?」
「わかんない。計算したことないし。でも半分以上は三日で私の性格が無理ってことで別れるから、そんなに深い付き合いはないよ」
「そうなんだあ、じゃあ安心だね!」
今の話を聞いて一体なにが安心なのかさっぱり理解できないが、とりあえず安心だねって言ってみた。
「壬生さんと一緒にいると、驚いてばっかりだよ」
「嫌にならないの?」
「ならないよ。確かに胸が張り裂けそうなほど苦しかったし、今も衝撃でちょっと足の感覚が無いけど、でも嫌いじゃないよ」
「すごいダメージ受けてるみたいだけど?」
正直、ちょっとトラウマ負ってるかもしれない。
「でも好きだって気持ちは代わらないよ。今でも好きだし、もっとずっと付き合いたいって思ってるよ」
「…そう、なんだ」
壬生さんはぼそりと、とても小さく呟いた。「根東くんってドMなのかしら」
なんかとんでもない誤解をされているような気がした。
ただこの日。僕と壬生さんの距離は今まで以上に近づいた。確かに彼女はちょっと変わってるかもしれないけど、僕の壬生さんへの気持ちは変わっていない。
確かに告白する前と今では、壬生さんに対するイメージは変わった。でも、それは良い意味だ。だって前以上に壬生さんのことを好きだって思ってるんだもん。
この気持ちに嘘はない。壬生さんが他の男と遊んでいるという話を聞いて、確かに身を裂かれるような苦しみや切なさはあったし、今もちょっと心がボロボロだけど、嫌いになるなんてことはないし、むしろ好きになってるくらいなんだ。だから僕が、壬生さんが好きって感情に間違いはないんだ!
……これ、寝取られ性癖じゃないよね?
ちょっとだけ、自分のことが心配になった。
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