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第三章 デート編
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ラブホから出た時、スマホが振動した。スマホをオンにして画面を見れば、壬生さんからメッセージが来ていた。
『今日はこのまま解散にしましょう』
『うん、宗像さんにもそう伝えるね』
『根東くんは駅前に集合』
『わかった。今から行くね』
『待ってるよ』
僕はスマホをポケットにしまうと、宗像さんを見る。
「今日はこのまま解散みたいですよ」
「あら?ならこのあとどうします?」
「えーと、壬生さんが駅前で待ってるみたいなんで、僕は駅前に行く予定ですよ」
「あらそう?なら私も帰ろうかな?律も帰ってるみたいだし」
「じゃあ駅前まで送りますよ」
「ふふふ。こうやってずっといると、本当に恋人同士みたいだね」
え、そうかな?まあ今日はずっと一緒だったからな。恋人同士ではないのに、妙な親近感がある。一緒にラブホに入ったんだから当然といえば当然か。
宗像さんは自然に僕の横にきて、腕を組んでくる。今日はずっとそうやって一緒にいただけに、僕もそれを当たり前のように受け入れていたが、よくよく考えたらもう解散しているわけだし、いつまでも恋人同士のように振舞う必要はなかったな。
だからだろう。駅前にいた壬生さんが僕たちを見たとき、かなり不機嫌そうに見えた。
「ずいぶん仲が良さそうね」
顔は笑っている。しかし目が笑っていない。なんか怖い。
「もうそんなに怒らないで、来沙羅。ちょっとからかっただけでしょ」
しかし壬生さんのこういう対応に慣れているのか、宗像さんはわざと見せつけるように頭を僕の肩に寄せて、まるでとても仲が良いかのようにアピールする。
彼女の柔らかな髪が舞い、良い香りがした。
ちょ、それまずいって。宗像さん、あんまり壬生さんを挑発しないで!
「もう彼氏交換は終了したはずだけど?」
「あらそうなの?残念。根東くん、また今度遊ぼうね」
宗像さんはすっと僕から離れると、「またね」と手を振って駅の中に消えていった。
そろそろ日が落ち始め、あたりはうっすら暗くなる。
「あ、うん、またね、宗像さん」
「うん?また会う約束でもしてるの?」
「え!いやいや、してないよ!ただ釣られて言っただけだよ!」
またねって言われたら、こっちもまたねって言いたくなるじゃん。それだけだよ!
「本当に?実は内緒でいやらしいことしてたんじゃないの?」
なんかすごい怪しまれてる。壬生さんは僕をじと目で観察する。こんな反応する人だったっけ?
「もしかして嫉妬してる?」
まさかね、するわけないよね、あのドSの壬生さんがそんな感情を抱くわけないよねと思いつつ、冗談交じりで言ってみた。
すると壬生さんは僕の方に近寄り、抱きついてきた。彼女の綺麗な黒髪がサラサラと揺らめき、甘い香りが僕の鼻孔に伝わってくる。
「嫉妬したよ。もしかしたら取られるかもしれないって怖かった」
え、あの壬生さんが?
彼女の声はとても弱弱しく、普段のドSな壬生さんとはまるで違う。もしかして、今の壬生さんはいちゃラブモードの壬生さんなのか?
僕は彼女を抱きしめる。成績優秀でスポーツも万能な壬生さんは高嶺の花のような存在だったのだが、こうして抱きしめるとただのどこにでもいる、普通の女の子のように感じた。
「壬生さん、二人っきりになれる場所に行こうか」
「うん」
彼女は僕の胸の中で頷いた。そんな彼女のことを可愛いと思った。
といっても二人っきりになれる場所って意外と限られてる。契約がある以上、ラブホなんて論外だし、飲食店だと他の人の目がある。
結局、ネカフェの個室が一番妥当だよな、ということで壬生さんと一緒にネカフェに行った。
といっても前回行ったネカフェはなんか危険な香りがしたので、今回は別のネカフェにする。その道中、壬生さんに今回のことについてちょっと聞いてみた。
「壬生さんはさ、僕が他の女の子とエッチするかもしれないって時、どんな気分だった?」
「最悪だった」
あ、やっぱそうだよね。うん、それが普通の反応だよ。
「私ね、自分で言うのもあれだけど、すごく幸運で幸福な人生を歩んでいる、勝ち組ルートの人生を歩んでると思うの」
うん?自慢かな?でもなぜこのタイミングで?
「才能があっても環境に恵まれなかったらその才能は無駄に終わってしまうでしょ?逆に環境が良くても才能がなければただのつまらない人生で終わってしまう。そういう意味では、才能も環境も恵まれてる私って、すごい勝ち組かな、って思って今まで生きてきた。根東くんのせいでそのプライドがずたずたに切り裂かれたよ」
え、僕そんな酷いことした?
「ごめん、そこまで傷ついてたなんて知らなかったよ」
「ううん、違うの。ただね、私ならできるって過信してたのが良くなかったのかもしれないね。私って今まで、できないことってなかったから。やればなんでもできた。でも今回はできなかった。根東くん、私、根東くんが取られるかもしれないって時、そこに喜びを見出すことはできなかったよ」
――あるのはただの恐れだけ、それだけだった、と壬生さんは続ける。
「こんなにも恐怖を感じたのは生まれて初めてかも。すごくドキドキした。危うくつり橋効果が発生して別の男を好きになりかけたほどだよ」
「え!そうなの!」
「嘘だよ」
あ、よかった。嘘か。びっくりした。壬生さんはたまに爆弾を放り投げるから心臓に悪い。あれ、でもなぜ僕はこんなにも喜んでいるのだろう。壬生さんが他の男を好きになったかもしれないと言ったとき、期待感がなぜか僕の中に芽生えていた。
いや、期待してないからね。僕、壬生さん大好きだし。別れるなんて言語道断だよ!
「もしかしたらいなくなるかもしれない。それがすごく怖くてね、でも同時にね、私って本当に根東くんのことが好きなんだなって、再確認もできたよ」
僕と壬生さんは腕を組んで歩いているわけなのだが、そんな彼女の手の力が少しだけ強くなった。
顔をあげて僕を見る壬生さんの目が、熱っぽく潤んでいる。その目がとても可愛くて、自制心をもって抑えないとそのままキスしてしまいそうだった。
こんな人の多い往来でキスはさすがにまずい。
僕は早く二人っきりになりたくて、ネカフェに急いだ。
しばらく歩いて目的のネカフェに着くと、そこで受付を済ましてカップルシートに行く。
ネカフェの個室に入ると、僕は壬生さんの体を抱きしめて、そのまますぐに唇を奪ってキスをした。
「ん」
キスすると壬生さんの口から甘い吐息が漏れ、目を閉じて僕を受け入れてくれる。そのまま彼女を抱きしめた状態で、倒れるようにネカフェの個室で僕たちは横になった。
正直、今日は疲れた。このままだらだらと壬生さんと退廃的にいちゃいちゃしても良いかもしれない気分だった。
「ふふ」
壬生さんも同じ気分だったのかもしれない。僕の背中に手をまわしてぎゅっと抱きついてくる。
その姿が可愛いので頭を撫でてあげると、ますます抱きしめる腕に力が入り、彼女の足が僕の足に絡んできた。
なんだかすごい甘えてくるな。
「根東くん」
「うん?なに?」
「杏とはなにもなかったんだよね?」
「うん、なかったよ」
「本当に?」
「本当」
「それ証明できる?」
僕の腕の中で、壬生さんが顔をあげ、僕の顔をじっと見つめる。
うーん、そうきたか。女と違って男は証明できるような物がないからな。どうしよう?
やってないのは確かなので別にこちらとしてはやましいことはないのだが、それを証明しろってちょっと無理があるな。
こうなったらあれだ、誤魔化そう。
僕は壬生さんの唇にそっとキスして、「これが証拠だよ」と囁いてみた。
「それ誤魔化してない?」
通じなかったわ。壬生さんは賢いからな、こんな小細工は通じないか。
しょうがない、こうなったら強硬策だ。
僕は壬生さんの体をがっつりとホールドして抱きしめて逃げないように拘束する。
「え?え?なに?」
「壬生さん、大好きだよ」
「あ、それダメ、耳は反則💓」
僕は壬生さんが逃げられないようにしっかり抱きしめた状態で、壬生さんの耳元で「好きだよ」「愛してる」「大好きだよ、壬生さん」「来沙羅が一番好き」といっぱい囁いてあげた。
いちゃラブモードの壬生さんはこうやって愛を囁いていちゃいちゃするとすごく喜んでくれるので効果抜群だ。
「ん、だめだって、あ、もう、根東くん、それ卑怯…ん、ダメだってばもう、耳で囁いちゃダメ💓」
「壬生さん、大好きだよ。だから信じて」
「わかった、わかったから、信じるからもうやめて、お願いだよ、はあはあ💓」
よっしゃ、説得に成功した。
さんざん耳元で甘く囁いたせいか、今の壬生さんははあはあと荒い呼吸をあげて息も絶え絶えだ。体は熱く火照り、汗をかいているからその白い肌が湿っぽい。頬は熱く赤くなり、目はトロンと蕩けている。
「もうバカなんだから」
「バカでいいよ」
そう言って壬生さんにキスをすると、ぎゅっと彼女は僕に抱きついてきた。
しばらくそうしてイチャついていると、やがて冷静になってきたのか、壬生さんがジト目で僕の方を非難がましく睨んできた。
「なんだか上手くあしらわれた気分ね」
いちゃラブモードからドSモードに変わってしまったかもしれん。
「でも信じてくれたんでしょ?」
「…そもそも疑ってないよ。杏は信じれる友達の一人だし。杏がやらないって言ったら、やってないって信じるよ」
そういえばそんなこと言ってたね。
壬生さんは友達に恵まれているが、本当に心を開いている人はもしかしたら少ないのかもしれない。宗像さんはそういう意味では、壬生さんにとって数少ない信用できる人なのかも。
「それで、根東くんの方はどうなの?」
「え?なにが?」
「大事な彼女が他の男に寝取られたかもしれない。それを想像して、どんな気分になったの?」
さきほどまでのいちゃラブ度満点の壬生さんはすでにそこにおらず、今そこにいるのは魔性のような笑みを浮かべるドSの壬生さんだった。
「壬生さんが他の男とエッチするかもしれない、そう思うと胸がすごく苦しかったよ」
「そう…で本心は?」
「他の男に抱かれるかもしれない、その姿を想像して興奮して喜んでました」
「そう、最低だね」
「ごめん」
「いいよ、彼女だから許してあげる」
「ありがとう」
「どういたしまして」
もしかしたらさっき、僕が耳元で囁いて攻めたことに対する意趣返しなのかな?僕が謝ると、壬生さんはやけにサディスティックな笑みを浮かべる。
「じゃあ、抱かれてきた方が根東くんは喜んだのかな?」
壬生さんは僕の耳元で、蠱惑的な声で囁いた。
「え、いや、そんなことは…ないよ」
「いくら約束とはいえ、相手は男。私は女。下着姿を見て興奮した男が、約束を破って無理やり私を襲って、この体を貪ったかもしれないね」
どくん、僕の心臓が大きく鼓動した。
「あ、喜んでる。彼女が襲われてたかもしれないのに、根東くんは嬉しいんだ」
「そ、そんなことはない…」
「本当に?杏の彼氏ってすごくエッチが上手らしいね。根東くんが知らない、とーってもエッチな私の姿、あの彼氏に見せちゃったかもしれないね」
な、なんだと!僕が知らない壬生さんだと!一体それはどんな壬生さんなんだ!
「私、体力はある方だけど、やっぱり男の人には腕力では勝てないよ。いざ男の人に襲われたら、こんなのダメだよ、やめてって抵抗しても、力で無理やりされちゃったらもう抵抗できないよね。最初は嫌かもしれない。でもあの人、エッチが上手いからだんだん気持ちよくなって、最後には自分から求めてしまったかも。彼氏がいるのに、欲しいよ、もっと欲しいよっておねだりしちゃったかもね…」
――なーんてことがあったかもね、と壬生さんは僕に甘く切ない声で語り掛ける。
これは、あれだ。壬生さんの嘘と本当を混ぜた、寝取られストーリーか!
やばい、壬生さんの蠱惑的な声がどんどん僕の脳裏に響いて、嫌なのに勝手に想像してしまう。壬生さんがあの男に襲われて、やられてしまっている姿が。そしてついにその手腕に陥落して、堕ちてしまって女にされてしまった壬生さんの姿が…
「う、やだよ、そんなの、壬生さん…」
そのあまりにも悲惨な脳内イメージに僕の脳が破壊される。思わず壬生さんをぎゅっと抱きしめる。
「うん?どうしたの?辛い?」
「うん、辛い」
「でも興奮してるんでしょ?」
「…うん」
本当に、どうなっているのやら、この体は。
「そんなに興奮してるなら、試せばいいのに」
「え?」
「私とエッチして試してみれば、すぐに答えがわかるよ」
壬生さんは僕を誘惑する。そっと僕を抱きしめ、僕の耳をはむはむと甘噛みしてきた。
そして囁く。「試してみる?」
「それは、ダメだよ」
「どうして?」
「だってそれやったら、壬生さんと別れないといけないんでしょ?」
「そうだね」
「じゃあ無理だよ。僕、確かに寝取られで興奮してるのは事実だけど、壬生さんと別れることの方がもっと無理だよ」
ぴくん、と壬生さんの体が震えた気がした。
「寝取られてるかもしれないって思うとね、胸が苦しいし、性癖のせいで興奮もする。でもそれと同時に、壬生さんに対する愛情がどんどん溢れて止まらないんだ。もう壬生さんと離れるのは無理だよ。だから契約は絶対に守る。卒業までは我慢するよ」
「そっか」
壬生さんはそっと僕の頭に手をやり、撫でてくれた。
「私のこと、信じてくれるんだね」
「うん。信じるよ」
「ごめんね、辛い想いさせちゃって。信じてくれて嬉しいよ」
そして壬生さんは僕にキスしてきた。
「根東くんに好きだって言われると、私ね、嬉しくなる。だからね…」
――これからも頑張って根東くんを喜ばせ続けるね、と壬生さんは僕の脳内に刻むようにしっかりと明言した。
…え?この流れって、もう寝取られプレイはしないって流れじゃなかったの?
壬生さんは止める気がまったくないようだった。
『今日はこのまま解散にしましょう』
『うん、宗像さんにもそう伝えるね』
『根東くんは駅前に集合』
『わかった。今から行くね』
『待ってるよ』
僕はスマホをポケットにしまうと、宗像さんを見る。
「今日はこのまま解散みたいですよ」
「あら?ならこのあとどうします?」
「えーと、壬生さんが駅前で待ってるみたいなんで、僕は駅前に行く予定ですよ」
「あらそう?なら私も帰ろうかな?律も帰ってるみたいだし」
「じゃあ駅前まで送りますよ」
「ふふふ。こうやってずっといると、本当に恋人同士みたいだね」
え、そうかな?まあ今日はずっと一緒だったからな。恋人同士ではないのに、妙な親近感がある。一緒にラブホに入ったんだから当然といえば当然か。
宗像さんは自然に僕の横にきて、腕を組んでくる。今日はずっとそうやって一緒にいただけに、僕もそれを当たり前のように受け入れていたが、よくよく考えたらもう解散しているわけだし、いつまでも恋人同士のように振舞う必要はなかったな。
だからだろう。駅前にいた壬生さんが僕たちを見たとき、かなり不機嫌そうに見えた。
「ずいぶん仲が良さそうね」
顔は笑っている。しかし目が笑っていない。なんか怖い。
「もうそんなに怒らないで、来沙羅。ちょっとからかっただけでしょ」
しかし壬生さんのこういう対応に慣れているのか、宗像さんはわざと見せつけるように頭を僕の肩に寄せて、まるでとても仲が良いかのようにアピールする。
彼女の柔らかな髪が舞い、良い香りがした。
ちょ、それまずいって。宗像さん、あんまり壬生さんを挑発しないで!
「もう彼氏交換は終了したはずだけど?」
「あらそうなの?残念。根東くん、また今度遊ぼうね」
宗像さんはすっと僕から離れると、「またね」と手を振って駅の中に消えていった。
そろそろ日が落ち始め、あたりはうっすら暗くなる。
「あ、うん、またね、宗像さん」
「うん?また会う約束でもしてるの?」
「え!いやいや、してないよ!ただ釣られて言っただけだよ!」
またねって言われたら、こっちもまたねって言いたくなるじゃん。それだけだよ!
「本当に?実は内緒でいやらしいことしてたんじゃないの?」
なんかすごい怪しまれてる。壬生さんは僕をじと目で観察する。こんな反応する人だったっけ?
「もしかして嫉妬してる?」
まさかね、するわけないよね、あのドSの壬生さんがそんな感情を抱くわけないよねと思いつつ、冗談交じりで言ってみた。
すると壬生さんは僕の方に近寄り、抱きついてきた。彼女の綺麗な黒髪がサラサラと揺らめき、甘い香りが僕の鼻孔に伝わってくる。
「嫉妬したよ。もしかしたら取られるかもしれないって怖かった」
え、あの壬生さんが?
彼女の声はとても弱弱しく、普段のドSな壬生さんとはまるで違う。もしかして、今の壬生さんはいちゃラブモードの壬生さんなのか?
僕は彼女を抱きしめる。成績優秀でスポーツも万能な壬生さんは高嶺の花のような存在だったのだが、こうして抱きしめるとただのどこにでもいる、普通の女の子のように感じた。
「壬生さん、二人っきりになれる場所に行こうか」
「うん」
彼女は僕の胸の中で頷いた。そんな彼女のことを可愛いと思った。
といっても二人っきりになれる場所って意外と限られてる。契約がある以上、ラブホなんて論外だし、飲食店だと他の人の目がある。
結局、ネカフェの個室が一番妥当だよな、ということで壬生さんと一緒にネカフェに行った。
といっても前回行ったネカフェはなんか危険な香りがしたので、今回は別のネカフェにする。その道中、壬生さんに今回のことについてちょっと聞いてみた。
「壬生さんはさ、僕が他の女の子とエッチするかもしれないって時、どんな気分だった?」
「最悪だった」
あ、やっぱそうだよね。うん、それが普通の反応だよ。
「私ね、自分で言うのもあれだけど、すごく幸運で幸福な人生を歩んでいる、勝ち組ルートの人生を歩んでると思うの」
うん?自慢かな?でもなぜこのタイミングで?
「才能があっても環境に恵まれなかったらその才能は無駄に終わってしまうでしょ?逆に環境が良くても才能がなければただのつまらない人生で終わってしまう。そういう意味では、才能も環境も恵まれてる私って、すごい勝ち組かな、って思って今まで生きてきた。根東くんのせいでそのプライドがずたずたに切り裂かれたよ」
え、僕そんな酷いことした?
「ごめん、そこまで傷ついてたなんて知らなかったよ」
「ううん、違うの。ただね、私ならできるって過信してたのが良くなかったのかもしれないね。私って今まで、できないことってなかったから。やればなんでもできた。でも今回はできなかった。根東くん、私、根東くんが取られるかもしれないって時、そこに喜びを見出すことはできなかったよ」
――あるのはただの恐れだけ、それだけだった、と壬生さんは続ける。
「こんなにも恐怖を感じたのは生まれて初めてかも。すごくドキドキした。危うくつり橋効果が発生して別の男を好きになりかけたほどだよ」
「え!そうなの!」
「嘘だよ」
あ、よかった。嘘か。びっくりした。壬生さんはたまに爆弾を放り投げるから心臓に悪い。あれ、でもなぜ僕はこんなにも喜んでいるのだろう。壬生さんが他の男を好きになったかもしれないと言ったとき、期待感がなぜか僕の中に芽生えていた。
いや、期待してないからね。僕、壬生さん大好きだし。別れるなんて言語道断だよ!
「もしかしたらいなくなるかもしれない。それがすごく怖くてね、でも同時にね、私って本当に根東くんのことが好きなんだなって、再確認もできたよ」
僕と壬生さんは腕を組んで歩いているわけなのだが、そんな彼女の手の力が少しだけ強くなった。
顔をあげて僕を見る壬生さんの目が、熱っぽく潤んでいる。その目がとても可愛くて、自制心をもって抑えないとそのままキスしてしまいそうだった。
こんな人の多い往来でキスはさすがにまずい。
僕は早く二人っきりになりたくて、ネカフェに急いだ。
しばらく歩いて目的のネカフェに着くと、そこで受付を済ましてカップルシートに行く。
ネカフェの個室に入ると、僕は壬生さんの体を抱きしめて、そのまますぐに唇を奪ってキスをした。
「ん」
キスすると壬生さんの口から甘い吐息が漏れ、目を閉じて僕を受け入れてくれる。そのまま彼女を抱きしめた状態で、倒れるようにネカフェの個室で僕たちは横になった。
正直、今日は疲れた。このままだらだらと壬生さんと退廃的にいちゃいちゃしても良いかもしれない気分だった。
「ふふ」
壬生さんも同じ気分だったのかもしれない。僕の背中に手をまわしてぎゅっと抱きついてくる。
その姿が可愛いので頭を撫でてあげると、ますます抱きしめる腕に力が入り、彼女の足が僕の足に絡んできた。
なんだかすごい甘えてくるな。
「根東くん」
「うん?なに?」
「杏とはなにもなかったんだよね?」
「うん、なかったよ」
「本当に?」
「本当」
「それ証明できる?」
僕の腕の中で、壬生さんが顔をあげ、僕の顔をじっと見つめる。
うーん、そうきたか。女と違って男は証明できるような物がないからな。どうしよう?
やってないのは確かなので別にこちらとしてはやましいことはないのだが、それを証明しろってちょっと無理があるな。
こうなったらあれだ、誤魔化そう。
僕は壬生さんの唇にそっとキスして、「これが証拠だよ」と囁いてみた。
「それ誤魔化してない?」
通じなかったわ。壬生さんは賢いからな、こんな小細工は通じないか。
しょうがない、こうなったら強硬策だ。
僕は壬生さんの体をがっつりとホールドして抱きしめて逃げないように拘束する。
「え?え?なに?」
「壬生さん、大好きだよ」
「あ、それダメ、耳は反則💓」
僕は壬生さんが逃げられないようにしっかり抱きしめた状態で、壬生さんの耳元で「好きだよ」「愛してる」「大好きだよ、壬生さん」「来沙羅が一番好き」といっぱい囁いてあげた。
いちゃラブモードの壬生さんはこうやって愛を囁いていちゃいちゃするとすごく喜んでくれるので効果抜群だ。
「ん、だめだって、あ、もう、根東くん、それ卑怯…ん、ダメだってばもう、耳で囁いちゃダメ💓」
「壬生さん、大好きだよ。だから信じて」
「わかった、わかったから、信じるからもうやめて、お願いだよ、はあはあ💓」
よっしゃ、説得に成功した。
さんざん耳元で甘く囁いたせいか、今の壬生さんははあはあと荒い呼吸をあげて息も絶え絶えだ。体は熱く火照り、汗をかいているからその白い肌が湿っぽい。頬は熱く赤くなり、目はトロンと蕩けている。
「もうバカなんだから」
「バカでいいよ」
そう言って壬生さんにキスをすると、ぎゅっと彼女は僕に抱きついてきた。
しばらくそうしてイチャついていると、やがて冷静になってきたのか、壬生さんがジト目で僕の方を非難がましく睨んできた。
「なんだか上手くあしらわれた気分ね」
いちゃラブモードからドSモードに変わってしまったかもしれん。
「でも信じてくれたんでしょ?」
「…そもそも疑ってないよ。杏は信じれる友達の一人だし。杏がやらないって言ったら、やってないって信じるよ」
そういえばそんなこと言ってたね。
壬生さんは友達に恵まれているが、本当に心を開いている人はもしかしたら少ないのかもしれない。宗像さんはそういう意味では、壬生さんにとって数少ない信用できる人なのかも。
「それで、根東くんの方はどうなの?」
「え?なにが?」
「大事な彼女が他の男に寝取られたかもしれない。それを想像して、どんな気分になったの?」
さきほどまでのいちゃラブ度満点の壬生さんはすでにそこにおらず、今そこにいるのは魔性のような笑みを浮かべるドSの壬生さんだった。
「壬生さんが他の男とエッチするかもしれない、そう思うと胸がすごく苦しかったよ」
「そう…で本心は?」
「他の男に抱かれるかもしれない、その姿を想像して興奮して喜んでました」
「そう、最低だね」
「ごめん」
「いいよ、彼女だから許してあげる」
「ありがとう」
「どういたしまして」
もしかしたらさっき、僕が耳元で囁いて攻めたことに対する意趣返しなのかな?僕が謝ると、壬生さんはやけにサディスティックな笑みを浮かべる。
「じゃあ、抱かれてきた方が根東くんは喜んだのかな?」
壬生さんは僕の耳元で、蠱惑的な声で囁いた。
「え、いや、そんなことは…ないよ」
「いくら約束とはいえ、相手は男。私は女。下着姿を見て興奮した男が、約束を破って無理やり私を襲って、この体を貪ったかもしれないね」
どくん、僕の心臓が大きく鼓動した。
「あ、喜んでる。彼女が襲われてたかもしれないのに、根東くんは嬉しいんだ」
「そ、そんなことはない…」
「本当に?杏の彼氏ってすごくエッチが上手らしいね。根東くんが知らない、とーってもエッチな私の姿、あの彼氏に見せちゃったかもしれないね」
な、なんだと!僕が知らない壬生さんだと!一体それはどんな壬生さんなんだ!
「私、体力はある方だけど、やっぱり男の人には腕力では勝てないよ。いざ男の人に襲われたら、こんなのダメだよ、やめてって抵抗しても、力で無理やりされちゃったらもう抵抗できないよね。最初は嫌かもしれない。でもあの人、エッチが上手いからだんだん気持ちよくなって、最後には自分から求めてしまったかも。彼氏がいるのに、欲しいよ、もっと欲しいよっておねだりしちゃったかもね…」
――なーんてことがあったかもね、と壬生さんは僕に甘く切ない声で語り掛ける。
これは、あれだ。壬生さんの嘘と本当を混ぜた、寝取られストーリーか!
やばい、壬生さんの蠱惑的な声がどんどん僕の脳裏に響いて、嫌なのに勝手に想像してしまう。壬生さんがあの男に襲われて、やられてしまっている姿が。そしてついにその手腕に陥落して、堕ちてしまって女にされてしまった壬生さんの姿が…
「う、やだよ、そんなの、壬生さん…」
そのあまりにも悲惨な脳内イメージに僕の脳が破壊される。思わず壬生さんをぎゅっと抱きしめる。
「うん?どうしたの?辛い?」
「うん、辛い」
「でも興奮してるんでしょ?」
「…うん」
本当に、どうなっているのやら、この体は。
「そんなに興奮してるなら、試せばいいのに」
「え?」
「私とエッチして試してみれば、すぐに答えがわかるよ」
壬生さんは僕を誘惑する。そっと僕を抱きしめ、僕の耳をはむはむと甘噛みしてきた。
そして囁く。「試してみる?」
「それは、ダメだよ」
「どうして?」
「だってそれやったら、壬生さんと別れないといけないんでしょ?」
「そうだね」
「じゃあ無理だよ。僕、確かに寝取られで興奮してるのは事実だけど、壬生さんと別れることの方がもっと無理だよ」
ぴくん、と壬生さんの体が震えた気がした。
「寝取られてるかもしれないって思うとね、胸が苦しいし、性癖のせいで興奮もする。でもそれと同時に、壬生さんに対する愛情がどんどん溢れて止まらないんだ。もう壬生さんと離れるのは無理だよ。だから契約は絶対に守る。卒業までは我慢するよ」
「そっか」
壬生さんはそっと僕の頭に手をやり、撫でてくれた。
「私のこと、信じてくれるんだね」
「うん。信じるよ」
「ごめんね、辛い想いさせちゃって。信じてくれて嬉しいよ」
そして壬生さんは僕にキスしてきた。
「根東くんに好きだって言われると、私ね、嬉しくなる。だからね…」
――これからも頑張って根東くんを喜ばせ続けるね、と壬生さんは僕の脳内に刻むようにしっかりと明言した。
…え?この流れって、もう寝取られプレイはしないって流れじゃなかったの?
壬生さんは止める気がまったくないようだった。
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※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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