勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里

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第一部 勇者パーティ追放編

35 ロザリーは断罪する

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「ロウはもしかして、大魔法使いさまの――右腕ですか?」
 
 私の推測を聞いたロウは、盛大に転けた。
 あれ? 違った?
 
「は? どうしてそうなる?」
「だって、大魔法使いさまの代わりの駒となって、こうして働いているじゃないですか! それにロウは剣術だけじゃなくて、魔法もできるみたいだし」
 
 否定するのだから、大魔法使いさまの右腕ではないのだろう。そうではないとしたら……。
 
「それじゃあ……大魔法使いさまの下僕?」
「そんなわけあるか!」
 
 今度は全力で否定された。あれれ? 私だったら、右腕でも下僕でも、どちらでも嬉しいのにな。
 他の可能性としては……。
 
「あ、わかった。相棒だ!」
「……あ、ああ。及第点としておく」
 
 やった! これって正解ってことでいいんだよね?
 大魔法使いさまに相棒がいたとは。なんてエモいんでしょう!
 魔法使いの天才と魔道具の天才の共演。二人寄れば、まさしく鬼に金棒!
 
「なんだ、相棒だったんなら、最初から言ってくれたら良かったのに!」
「言ってたらどうしてたんだ?」
「もっと尊敬の眼差しで見てたわよ!」
 
 ロウはフッと鼻で笑った。
 
「ロザリーが尊敬の眼差し? 想像できないな」
 
 そう軽く笑っていたのに、急に打って変わって真剣な顔になった。
 
「アーサーと聖女を裁く場を設けようと思うが、ロザリーも同席してくれないか? そこで、この水晶の魔道具を使って、ロザリーから状況を説明してほしい」
「どうして? それはロウがやればいいじゃない」
 
 同席は構わないが、何も私に花を持たせてくれる必要はない。私がしたことといえば、ネイヴァを保護したのと、ロウづてに大魔法使いさまに助けを求めた程度なのに。
 
「大魔法使いさまの相棒だからこそ、俺は表舞台には出たくない人なんだ。ただの魔道具屋のロウはその場には必要ない」
「あ、影の相棒ってやつね」
 
 その響きが妙にカッコよくて、無茶苦茶な言い分なのに納得してしまった。普段は魔道具屋の店主で、裏の顔は大魔法使いさまの相棒。裏の顔があるのってちょっとカッコよくない?
 そう、影の相棒だからこそ、世間には顔を隠す必要があるのだろう。
 
「ロウがいないと少し心細いけど、大魔法使いさまの相棒の頼みだものね。私、頑張るわ」
「頼んだ」
 
 よし。大魔法使いさまの相棒のために、一肌脱ぐことにしますか!


 
 そして数日後。私は王宮内の裁判室にいた。
 裁判長は大法官が務め、民衆の苦情などの裁きを行われることとなっていたが、今回は異例なことに国王陛下と皇后陛下が同席していた。
 
 表向きは大魔法使いさまからの指名手配されたネイヴァについての経過報告だ。
 それを聞きつけた貴族たちが多数出席している。私はアーサーたちを油断させるために、あえて証言席には座らず、傍聴席で貴族たちに紛れ込んでいた。
 
「メイドのくせに、コーヒーの一つもまともに淹れられないのか!」
「す、すみません……」
 
 当事者席に座るアーサーが、新人のメイドを怒鳴り散らしていた。ソーサーに少しこぼれただけなのに、酷い言いようだ。その隣には、アーサーの通常運転に何食わぬ顔をしたソニアがいる。
 
 すっかり萎縮したメイドがコーヒーを淹れ直すと、アーサーはフンッと言いながら受け取った。
 裁判長は「では始める!」と言いながらガベルを叩いた。
 
「魔獣の封印を解き、逃亡している犯罪人についての経過報告だったな。大魔法使いよ。このような場を設けた理由について、改めて聞かせてほしい」
 
 大魔法使いさまは「はい」と返事をして、続けた。
 
「これから経過報告をさせてもらうが、複数人に協力を求めた。その者らを証言台へ呼んでもよろしいか」
「よい、始めよ」
「はい。助手を雇い、独自に調査をしたところ、新たな証拠が見つかりました。ロザリー、前へ」
 
 助手ではないが、この場ではそのように口裏を合わせてある。
 私は傍聴席から立ち上がり、証言台へ歩いて行った。
 
「追放聖女のロザリーじゃないか。今さらどんなものを持ってきた?」
 
 アーサーがせせら笑ってきた。ソニアはニヤニヤ笑っている。まさか自分たちが断罪されるとは思ってもいないのだろう。二人の顔には余裕が見えた。
 
 勝手に馬鹿にしているがいいわ。これから何が起こるのか知らないくせに。
 私はアーサーの声を無視して、裁判長に向き直る。
 
「こちらの水晶の魔道具に決定的瞬間が収められています。裁判長、壁に映像をうつしてもよろしいでしょうか」
「よろしい」
 
 形式的な問答がなされる。国王陛下の方を見ると、目新しい魔道具に興味があるようで一つ頷かれた。
 
「では、上映いたします」
 
 私はうやうやしく魔道具を壁に向ける。
 魔道具の上のボタンをポチッとな。
 
「なっ……」
「これはあのときの……」
 
 映像がうつしだされた瞬間、アーサーとソニアの顔が引きつった。
 
『……ちょっとソニア、どこへ行くんだよ?』
 
 と、ネイヴァの声。
 ネイヴァの静止を振り切って、ソニアが魔獣の封印を解く様子までがしっかりと記録されていた。
 
 会場はシンと静まり返る。普段は噂話に喜んで花を咲かせる貴族たちは、決定的証拠を目の当たりにして言葉が出ないようだ。
 言い逃れのできない証拠が出てきたけど、アホ王子は一体どんな反応をするんでしょうね。
 
「アーサー。これは、どういうことかね」
「それは……」
 
 国王陛下から問いただされたアーサーは、一瞬言葉に詰まった。
 
「それは、俺はロザリーから嵌められたんです。ロザリーまったく君は。こんな偽物の映像を作って国王陛下を憚るとは、犯罪だぞ!」
 
 ありえないことに、アーサーはさらに嘘を重ねて、私に罪をなすりつけてきた。
 
 はあ? なんで私が偽物の映像を作る?
 よくもペラペラと嘘が言えたものね!
 
 怒りで煮えたぎってきた私よりも、先に言葉を発したのは、大魔法使いさまだった。
 
「映像を魔道具に転写したときは、俺もその場にいたが……。アーサーの言い分では、俺とロザリーが国王陛下に嘘を言っているということか?」
「くっ……それは」
 
 アーサーが黙ったのは、自身の発言を嘘だと認めたようなものだ。
 ところで……あれ? ふと気になるフレーズが。
 「俺もいた」って、どういうこと?
 
 あの場にいたのは大魔法使いさまではなく相棒のロウ。今はわざと割愛しているのかしら? 話がややこしくなるものね。
 そして、追い討ちをかけるように、ロウが口を開いた。
 
「俺とロザリーの証拠だけで足りないのなら、もう一人の証言人を用意しています。こちらへ」
「はい」
 
 そう言って、証言台に進み出てきたのはメイドだった。アーサーに怒鳴り散らされていた、茶髪の三つ編みにそばかすのあるどこか冴えない女性。
 
「このメイドがどうした? メイドのくせにコーヒーの一つも淹れられない役立たず――」
 
 アーサーは窮地に追い込まれているにもかかわらず、いらぬ虚勢を張った。
 メイドはアーサーの挑発に耳を貸さず、頭に手をやった。
 ズルッとカツラを取ると、燃える赤い髪のネイヴァがそこに。
 
「ネ、ネイヴァだと……!?」
 
 お化けでも見たように驚きを隠せないアーサー。
 大魔法使いさまはニヤリと笑った。
 
「こちらの方は指名手配されましたが、彼女の言い分を皆に知らしめる必要があることから、我々が保護していました。では、ネイヴァ。証言をお願いします」
 
「さっきのロザリーが見せてくれた魔道具の映像は、嘘ではなく真実だ。ソニアが魔獣の封印を破ったのに、アーサーがその罪を私になすりつけてきた!」
 
 会場がザワザワとしてきた。犯人がアーサー並びにソニアの二人だと知れ渡ったようだ。

 断罪され始めてからというもの、ずっと青白い顔をして黙り込んでいたソニアは、椅子から立ち上がり、両手を床について頭を下げた。
 
「どうか裁くのは私だけにしてください。アーサーは私を庇ってくれただけ。彼は何も悪くありません。私が己の弱い心に負けてしまったのが悪かったんです……っ」
 
 ソニアが得意としている、庇護欲を誘う目で大魔法使いさまを見る。
 こんな状況にもかかわらず、色目を使えばいいと思ってるの!?
 私はフッと息が漏れ、怒りが沸点に達した。
 
「今さら涙をちょうだい? 呆れて笑っちゃう。私、ずっと我慢していたけど言わせてもらうわ。ほんとあなたたちは虫が良すぎる。今さら謝罪されても遅いのよ! ソニアも謝罪するなら、魔獣を解き放った時点ですぐしなさいよ!」

「それは、私がひどく混乱していて……アーサーの指示に従ってしまいました」

「この期に及んで、あなたも人のせいにするの?」

 ソニアの言い分を聞いて、イラッとしてしまった。

「私のせいなんです! アーサーはアドバイスしてくれただけで」

 話が噛み合っていない。
 残念ながら、人間の本質は変えられないものらしい。

 私からそれ以上何かを言うのも、無駄な労力のような気がして、大魔法使いさまの言葉を待った。
 
「国王陛下、いかがしましょうか?」
 
 大魔法使いさまがそう話を促すと、国王陛下は重々しく頷いた。
 
「すべてはロザリーの言うとおりである! 我が息子に謀られるとは、まったくもって腹立たしい! アーサーとソニアの処分については……相当に重い処分とする!」

 アーサーはショックを受けて目を見開き、ソニアは手で顔を覆った。
 アーサーは国王陛下の決定に不服があるようで、なおも言い募った。
 
「……国王陛下、俺はソニアから助けてほしいと懇願されたんです。それで――」
「まだ言い訳か? 往生際が悪い! 助けてほしいと懇願されれば他人を傷つけても良いと言うのか? もし、そう思うのなら王子としての資質も欠格している!」
 
 そう厳しく言い切った国王陛下は一呼吸置くと、冷ややかな表情を消して、次の言葉を発した。

「剣士のネイヴァ殿よ」
「は、はい……!」
 
 国王陛下から急に話を振られたネイヴァは、思わず背筋を伸ばした。
 
「冤罪であったのに、指名手配して大変迷惑をかけた。この通りだ、許してほしい」
「そんな……国王陛下。頭を下げないでください!」
 
 国王陛下は椅子から立ち上がって、頭を深く下げた。ネイヴァが「それはやめてください!」と言っても、頑なに頭を下げている。

「国王陛下のお気持ちはわかりました。指名手配されたときの悔しさや無念さは今もなくならないですが、謝罪を受け入れます」
「ネイヴァ殿の温情に感謝する」

 そうして、国王陛下とネイヴァの和解は成立した。損害賠償として、金品を渡そうとしたそうだが、ネイヴァは頑なに受け取らなかったという。
 
 その後わかったことだが、国王陛下自ら謝罪しているのに、アーサーからは謝罪も反省の言葉もなかったことから、さらに怒りを買ったのだとか。
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