空を泳ぐ金魚

 その少女は、風のように現れ、僕の世界のすべてを変えてしまった――。

 内気で、本の世界だけが自分の居場所だった小学五年生の少年、神谷春樹。彼の退屈な日常は、一人の転校生によって、静かに、しかし決定的に壊されていく。

 彼女の名前は、天野七海。
 明るく、天真爛漫で、誰もが好きになってしまうような笑顔の裏に、どこか触れてはいけないような儚さを秘めた少女。春樹のクラスにやってきた彼女は、あっという間にその中心になる。そして、教室の隅で本ばかり読んでいた春樹にも、屈託なく声をかけてくるのだった。
「ねえ、あの雲、金魚みたいじゃない?」
 彼女の瞳を通せば、見慣れたはずの世界は、魔法のようにきらめき始める。

 そんな七海が、ある日一冊のノートを取り出した。
 お楽しみノートと名付けられたその手帳には、彼女のささやかな「やりたいことリスト」が、子供らしい文字でたくさん綴られていた。

《潮見ヶ丘の駄菓子屋さんで、100円分お菓子を買う》
《みんなで写真を撮る》
《駅前の観覧車に乗りたい》
《夏祭りで、浴衣を着て花火を見る》

「お願い。私に残された時間で、これを全部叶えたいの。手伝ってくれないかな?」

 七海がこの町にやってきた本当の理由。そして、彼女に残された時間が限られているという秘密。
 その事実を知った時、最初は戸惑っていた春樹とクラスメイトたちは、彼女の切ない願いを叶えるため、一つになって動き出す。

 駄菓子屋への小さな冒険、病室での真夜中のピクニック、ファインダー越しの忘れられない笑顔。
 リストの項目が一つひとつ達成されていくたびに、彼らの絆は深まっていく。春樹もまた、彼女の隣で笑ううちに、今まで知らなかった「誰かのために行動する」という喜びと、胸を締め付けるような淡い想いを覚えていく。

 だが、楽しい夏の時間が輝きを増すほどに、終わりの予感もまた、すぐそこに影を落としていた。

 そして、運命の夏祭りの夜。
 夜空に舞う、色とりどりの打ち上げ花火。それを「金魚みたい」だと無邪気に笑う七海。
 彼女が本当に伝えたかった想いとは、そして、その小さな手に握りしめていた最後の願いとは――。

 これは、限られた時間の中で、誰よりも自由に、強く生きようとした小さな命の輝きと、残された者たちが紡ぐ物語。
 あの夏、僕たちが失ったもの。そして、見つけたもの。
 切ないほどの感動と、温かい涙が、心の中を満たしていく。
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