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6話

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 セレネはノクスと出会ってから、一度は怒りを飲み込むことに成功していた。
 けれど、二度目はそうはいかなかった。

「この島の人たちが、わたしという存在を抱えたことで利益だけを得たと思っているの!? なにかあれば、島民全員が処刑されるのよ!? 静かに暮らしていた彼らにとって、わたしは災いそのものなの! それでも、みんなよくしてくれたわ……、わたしの軽率な行動ひとつで、自分や大切な人たちが命を落とすかもしれない中で、親切にしてくれたのよ!」

 たとえ、それが恐怖からくる行動でも、義務であったとしても――セレネにとっては救われる行いだった。

「外から来た貴方に、わたしのことをどうこう言われるのはかまわないわ。でも、この島の人たちを、侮辱することは許さない。――たとえ貴方が、王から遣わされた使者だとしても」
「…………」

 言い切ってから、セレネはハッとした。
 すぐにでも言い返してくるかと思ったノクスが、黙っているのだ。
 最初に失望のため息をついた男だ。軽んじている女から言い返されたら、さぞや頭にくるだろう。

 黙っているのは、激怒しているからではないか?

 怯えつつも、ここは引けないと籠で防御しつつノクスの反応を待ったセレネ。

「なんだ……あんた、ちゃんと自分の言葉で話せるんじゃないか」

 ようやく口を開いた男は、安心したように、微笑んでいた。
 苦手意識も忘れるほどの、穏やかな表情に、セレネはしばし見惚れて――響いた声で我に返る。

「そこまでだよ!」

 メリッサだ。
 大声を聞いて心配したのか、メリッサが飛び出してきたのだ。

 目を真っ赤にした彼女は、セレネを背中にかばい、ノクスを叱りつける。

「ノクスさん! 女の子を泣かせるとは、どういう了見ですか!」
「別に、好きで泣かせたわけじゃ……」
「お嬢様はねぇ、お嬢様は……! うぅ」
「!?」

 途中で泣き崩れたメリッサを前に、ノクスがギョッとしたような表情を浮かべた。
 セレネも驚き、慌てて彼女を支える。

「おい、メリッサさん、泣くな!」
「そうよ、メリッサ、泣かないで! わたしは大丈夫だから!」
「でも、お嬢様にあそこまで言わせてしまって、あたしは……っ」

 やはり、言い争っていた内容は聞かれてしまっていたらしい。
 どうしようと困惑するセレネを尻目に、ノクスはなぜか鼻高々といった風に笑う。

「ふふん。立派だろう、姫は」
「ちょっと、こんな時になにを……!」

 場の空気を読んで欲しいとセレネが慌てる。
 だが、メリッサは「うんうん」とノクスの言葉に頷きながら、セレネの手を両手で包み込んで離さない。

「どういうこと?」
「あんたの言葉を待っている。――そう言っただろう」
「…………」

 セレネはずっと、感情を押し込めてきた。
 人の顔色をうかがい、望む言葉を口に出し、表面だけは和やかに……そういう日々を送ってきた。

 そうすることで、誰も傷つかないと考えていたし、自分自身も傷つかなくてすむと思っていた。

 たしかに、余計な軋轢はなく、静かな日々は今日までずっと続いていたが、同時にそれは上辺だけ取り繕った寂しい日々だった。

「……メリッサの手は、あたたかいのね」

 今日初めて知った手の温もりを口に出す。
 横から、少し荒れた大きな手が差し出された。

「オレの手もあったかいぞ。どうだ、触るか?」
「…………」

 様々な顔を持つ、怖い男。
 そのはずだった彼は、どこかズレたことを口にしながら、優しい顔でセレネを見ている。
 必要ないはずなのに、セレネやメリッサと同じように、地面に膝をつきながら。

「いいえ、結構です」
「……そうか」

 少し残念そうな声と、しゅんとした表情に、セレネの口からは自然と続きの言葉がこぼれ出る。

「でも……ありがとうございます」

 様々な顔を持つ、どこかズレたおかしな男は、セレネの言葉に笑った。

「ああ。欲しけりゃいつもで差し出すさ。――あんたにならな」

 今度は、わんぱくな子どものような笑顔だ。
  ――彼に抱いていた苦手意識は、いつの間にか小さくなっていた。
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