熱烈に溺愛してくる主任の手綱が握れません!(R15版)

矢崎未紗

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第01話 助けて! 主任の様子がおかしいです(下)

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「仕事のことじゃないんだけどさ、もしかして今日、オペレーション部の田口や浅川たちと飲みに行ったりする?」
「あ、はい……あたしの同期の篠崎さんも一緒に」
「そっか。ちなみにどこで飲む予定なのかな。会社の近く?」
「電車で五駅ほど行ったところの――」
「――あー、ちょっと遠くに行くんだ」
「あの……やっぱり、駄目ですか?」
「え?」
「あ、いえ、駄目っていうか……その……」
「仕事が終わったあとで、次の日の仕事を休むような飲み方をしなければ飲み会は別に悪いことじゃないよ」
「はい……」

 自分の方が先輩なので、飲み会を咎められていると思われただろうか。そう感じた前園はフォローの言葉をかけたが、どうにも愛子の表情は少しばかり浮かない。

「ごめんね、プライベートのことを聞いちゃって」
「いえ……」
「じゃあ、仕事も頑張って」

 前園はそう言って会話を切り上げると、自分のデスクに戻った。愛子の浮かない表情は少し気になるが、隣の課の男性社員相手には言えないこともあるだろう。

(とにかく、伊達主任に教えた方がいいよな)

 前園は足元のボックスの中のビジネスバッグからスマートフォンを取り出すと、メッセージアプリで聡介相手に簡潔にメッセージを送った。少し離れた席にいる聡介はすぐにそのメッセージに気付いたようで、読み上げるなりぐわっと目を見開いて前園を見つめ、力強く頷いた。その頷きが何を意味するのかは正直よくわからないが、少なくとも役に立つ情報提供はできたはずだと思い、前園は仕事に集中し始めた。


   ◆◇◆◇◆


「篠崎さん、グラスが空きそうだね。次は焼酎とかにチャレンジしてみる?」
「い、いえ……空になってからで大丈夫です」

 まほろは愛想笑いで、どうにか田口の言葉を断った。
 仕事終わり、まほろは同期で一番仲良くなった経理部会計課の大橋愛子と、オペレーション部の先輩の田口と浅川の四人で、ある食事処に来ていた。酒がメインではなくあくまでも料理がメインのお勧めのお店ということで連れてこられたが、しかしアルコール類のメニューも驚くほどに豊富で、珍しい酒もあることを理由に田口も浅川もしきりに次、次、と勧めてくる。
 田口と浅川は悪い人ではない。仕事でわからないことを訊けば人当たり良く答えてくれるし、入社したばかりでまだまだ人の顔と名前を憶えられない自分たちに、「あの人はどんな人で~」と従業員たちを紹介し、つないでくれる。そういう点はとてもありがたい。しかしそれが逆に厄介だった。悪い人ではないからこそ、仕事外のこと――飲みニケーションの誘いを断りづらかったのだ。
 最初の頃はもっと大人数だった。しかし次第に集まる人は減り、今日はついに、二人からの誘いを断りきれなかった自分と愛子と、合計四人での飲み会になってしまった。しかも、たいていは会社の最寄り駅周辺での飲みなのに、今日は少し離れた駅までわざわざ移動しての飲みだ。それほど行動範囲の広くないまほろとしては、初めて来る場所で正直落ち着かず、いつもよりも強く、早く帰りたいと思っていた。

(悪くない人たちなんだけど……)

 愛想笑いで田口に相槌を打ちながら、まほろはどうしたものかと思案した。
 決して悪い人ではない。けれど少しずつ少しずつ、逃げ道をふさがれているような気もする。女の勘というご立派なものが自分のような若輩者に備わっているとは思えないが、何か言葉にできない違和感がある。追い詰められつつある被捕食者の感覚とでも言うべきか、このままでは絶体絶命のピンチをむかえる気がする。けれども決定的な悪意の言動が見えないので、無下に断るということができない。
 同期の愛子は、同じ会計課の先輩から忠告を受けたと言っていた。「田口さんも浅川さんも確かに悪い人じゃないけど、本性は超チャラいらしいよ。この会社の人相手にはさすがにしないみたいだけど、合コンで何人の女の子を持ち帰ったとか、そういう話で盛り上がる人たちらしいから。あまり頻繁に、少人数で一緒に飲みに行かない方がいいよ」と。
 しかしその忠告を受けてもなお、まほろ同様に断ることが苦手で、明確な悪意の見えない相手に決定的な拒否感を抱けない愛子は、浅川に強く誘われて今日この場にいる。まほろとしては同期の愛子がいてくれることは心強いが、しかし自分と同じくらい、どちらかというと引っ込み思案な愛子とでは、これ以上二人の先輩から逃げおおせることはできないような気がした。

(どうしよう……どうしたらいいの)

 大学生の頃、所属していたサークルでも飲み会はあった。しかし近年、大学生の集まりであっても二十歳未満の飲酒は御法度であるし、学生の不祥事にもなかなか厳しいので、いつの飲み会も健全なものだった。二十歳を超えていても飲めない、飲みたくない者に飲酒を強要する風潮はなかったし、一次会で帰りたい者は必ず帰れた。
 そんな安全な飲み会の経験しかなかったので、田口と浅川のように強制しているとまではいかなくとも、どこか断りにくい雰囲気をただよわせながらじわじわと詰め寄ってくる年上の男からの誘いを、いったいどこで線引きしてきっぱりと断ればいいのか、まほろにはわからなかった。

「あ、ほら、篠崎さん、グラス空いちゃったね。焼酎が無理そうならこっちのカクテルはどう? 少量だから飲みやすいと思うよ」

 田口がにっこりと笑ってメニューを差し出してくる。まほろは聞いたこともない銘柄だと思ったが、少量ならば大丈夫かと思って「じゃあ、それを」と頷いてしまう。事前に教えてもらったとおり、普通の居酒屋に比べると食事の一品一品がとても美味しいので、正直とても美味しくお酒も飲めてしまうのだ。
 しかし、給仕されたそのカクテルを一口飲んで、まほろは自分の選択を後悔した。細いカクテルグラスに注がれた美しいブルーリキュールは、なかなかにアルコール度数が高かったのである。

(だめ……これ以上酔うと、たぶん危ない)

 田口や浅川が、新入社員の女性を相手に手を出すとは思えない。いや、思いたくない。彼らには今まで通り、「気さくでいい人」な先輩でいてほしい。その願望があるからこそ、彼らのことを「女性を酔わせて手籠めにするような悪党」には思いたくなくて、はっきりと断れずにいたのだ。
 けれど女の勘か被捕食者の勘か、どちらでもいいがそのどちらかが叫んでいる。これ以上酔って弱っている姿を見せてはならないと。

「でさ、前のオペ部の部長って、今はあっちの支社にいるんだけどさ」

 田口はまほろたちの知らない、かつてのオペレーション部の部長の話をしている。そうして知らない人のことを知る機会はありがたいと思うが、しかし徐々に思考速度がのろくなっていくまほろの頭の中に、田口の話は何も残らない。

(どうしよう……わからない……)

 このまま意識が半分とけた状態でひとまず愛想笑いを続け、お開きになったら何事もなく解散できるだろうか。だいぶアルコールに毒されている気がするが、一人暮らしのアパートの部屋まで無事に帰宅できるだろうか。
 まほろはそんなことを考える余裕も失っていく。最初は隣にいたはずだがいつの間にか斜め向かい席にいる愛子も状況は似たようで、笑顔を張り付けて相槌は打っているが、その身体はどことなくふらふらと揺れているように見える。いや、揺れているのは自分の方なのだろうか。

「結構食べたね。そろそろ出ようか」

 まほろの正面に座っている浅川が、腕時計で時刻を確認しながらうながす。
 ああ、よかった。これで帰れる。今日は金曜日で明日は会社が休みだから、今夜はもうゆっくり休もう。

「篠崎さん、大丈夫? ちょっとどこかで休んでいく?」
「あ、いえ……だいじょ、ぶ……です」

 席を立ち、気を抜きかけたまほろは力なく首を横に振った。思考回路はいつも以上に動いていないが、安易に頷くことは危険だ。いまここで、自分のコントロール権を手放してはいけない。人に委ねてはいけない。

「でもさ、ちょっとふらついてない? その状態で電車に乗るの、危ないっしょ」
「いえ……」

 それはそうかもしれないが、だからといって親切そうな提案をする田口に頷いてしまうこともしてはいけない。それこそ危ない。彼を悪人扱いしたくはないが、しかしどうしても、まほろの理性は田口の提案に素直に乗ることを良しとしなかった。

「酔い覚ましなら付き合うからさ。どっか行こう?」
(嫌……です……)

 口に出しては言えないけれども、まほろは心の中で拒否した。
 田口という先輩は悪い人ではない。それは間違いないはずだ。しかし、酔って弱った自分を託すほど信頼していないし、後先考えずに流れに身を任せてもいいと思えるような相手でもないのだ。それに自分は、一夜の火遊びを欲しているわけでもない。
 アルコールでぐらぐらと揺れ動かされているまほろの理性だが、死んでいるわけではない。それは意識の奥深くでどっしりと構えて、どんなに優しげな声を出していようとも田口を相手に気を許してはならぬと、まほろの頭の中で首を横に振り続ける。

「それなら俺も付き合いますよ」

 その時、田口でも浅川でもない男性の声が聞こえてきて、まほろははっとした。
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