熱烈に溺愛してくる主任の手綱が握れません!(R15版)

矢崎未紗

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第09話 いいの! 主任の謝罪が止まりません(下)

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 眉をへの字に曲げて頼み込んでくる上原の背中越しに、聡介はちらりとテーブルを見やる。そこにいる初対面の男にも女にも興味はないが、同期の上原とは、新人の頃によく励まし合った仲だ。こんな風にだまし討ちをしてくるような不誠実な男ではなかったはずだが、土壇場でここまで頼み込んでくるということは、一応彼なりに事情があるのだろう。

「完全に塩対応をさせてもらいますからね。あとで苦情が出ても俺は知りません」
「助かる!」

 聡介はため息をつくと、コートを脱いでハンガーに掛け、男性側のダイニングチェアに座った。
 そうしてメンツのそろった大人の合コンは、乾杯と自己紹介を皮切りにスタートした。上原以外の男は上原の趣味のオンラインゲームで知り合った友人で、少し年下の二十八歳、二十九歳とのことだった。そして相手の女性四人は学生時代の友人同士とのことで、職業は看護師、秘書、それにキャビンアテンダントが二人で、四人ともなかなか気合の入った服とメイクだった。聞けば上原の友人の二人が名のある会社なので、狙いはそちらなのだろう。それなら、自分が万が一にもロックオンされることはない。聡介はそう思ったのだが、高身長のスマートな体型でダークスーツを着こなし、タイバーでおしゃれさも感じさせる聡介はそこそこ優良物件と思われたのか、そこはかとなくターゲットにされてしまった。

「伊達さんって、なんかすごくスーツが似合ってますね~」
「こいつ、ダークスーツしか着ないんだよ」
「えっ、そうなんですか? なんで~?」
「ネクタイピン、おしゃれですね~。何かこだわってるんですか~」

 最初は若い男性陣二人の方に話題が集中していたが、途中から女性陣の視線が聡介に向けられた。聡介は最低限の相槌しか打たなかったので、隣に座る上原が代わりにと言わんばかりに答えたが、なかなか本人から答えを得られないことが逆に女性陣を燃えさせたのか、ひとつでも多く聡介の情報を入手しようと、女性陣の質問が聡介に相次いだ。

「伊達さんが一番年上ですけど、もう役職に就いてたりするんですか~」
「ああ、伊達は同期の中で一番に主任になったんだよ」
「えっ、すごーい! じゃあ出世頭なんですかぁ?」
「さあ、どうですかね。運が良かっただけですよ」
「結婚したいなーとか、考えてますか~」

 なかなか直接的な質問が飛んでくる。「考えていますよ、ものすごく愛らしくてかわいいまほろという彼女との結婚をね」、と答えたいのを聡介はぐっと我慢し、「どうでしょうね」ととても曖昧に濁した。

「最近俺さ、絶叫マシンが有名なあのテーマパークに行ってみたいんだよね~」

 すると、上原の友人の一人がそう言って話題を変えた。

「車でですか?」

 女性側の幹事である、職業が秘書の女性がハイボール片手に質問をして、その話題を広げる。興味を持たれたと思って気を良くした彼は軽い調子で頷いた。

「そうそう。やっぱり車がラクっしょ」
「伊達さんって免許……っていうか、車は持ってますか?」

 しかし、そこで看護師の女性が聡介に話を振ると、女性陣の視線が一気に聡介に向いた。マイカーの有無で、聡介の経済力を測ろうとする意思が丸見えだ。

「女性でも免許を持っている人は多いですよね。皆さんはどうなんです?」

 聡介は質問に明確に答えることなく、自分に投げられたボールを全方向へ打ち返した。話題が自分に集中するのは勘弁願いたい。アピールする気があるようだし、上原と上原の友人二人に頑張ってもらいたかった。

「あたしは免許持ってまーす。マイカーは持ってないけど、カレシと二人で運転を交代しながらの旅行とか、ちょっと憧れてます。カレシがいないからまだできてなくてー」
「私は免許を持っていないので、ナビ専門ですかねぇ」
「え、ちゃんと地図読めるのぉ?」
「読めるよ~!」
「女の子って、地図を見るのが苦手ってよく言うじゃん。しっかりナビできる子が隣にいたら安心だなあ」

 運転できますアピールや、運転できないアピール、それから、助手席に女の子がいてほしいアピール。双方の言外に込められた狙いはどれもあからさまだったが、聡介は自分に向けられた視線がそれたことに安堵して、全員の話を聞き流す。そしてエビの乗ったシーフードピザを黙々と食べて、指先に付いた油を丁寧に紙ナプキンで拭き取った。

「お酒もだいぶ入ってきましたし、ここからはちょっとぶっちゃけてみませんか? たとえば、結婚するならどんなお相手がいいとか、どんな家庭がいいとか」

 しばらくアピール交じりの雑談が続いていたが、キャビンアテンダントの女性がとうとうしびれを切らし、核心を突いてきた。早速上原が、「よく食べてよく笑う奥さんがいいかな~。見てるだけで癒されるっていうか」と、素直に理想を述べる。すると自己開示するようにそれぞれが答えていくが、聡介は最後まで黙っていた。しかし沈黙は許されず、目の奥をきらんと輝かせたもう一人のキャビンアテンダントの女性が、しっかりと聡介をロックオンする。

「伊達さんは理想の奥さんとか理想の結婚とか、何かありますかぁ?」
「さあ……仕事のことばかり考えていますから」
「でも、考えたことぐらいありますよねぇ?」
「まあ……お互いに健康だといいんじゃないですかね」

 聡介はまるで老人のような、あまりにも無難で面白みも広がりもない回答をした。
 本音を言うならば、まほろとの結婚生活を毎日のようにあれこれと妄想――ではなく考えている。たとえば、朝起きて出かける準備をするために洗面所をどちらがどういう順番で使うだろうかとか、自分のパンツを一緒に洗濯することを嫌がられないだろうかとか、ご飯は硬めとやわらかめのどちらが好きかで揉めないだろうかとか、本当に細かくてどうでもいいことすらも考えている。もちろんそれだけでなく、そもそも新居はどこにしようとか、子供はどちらに似るだろうかとか、ふわふわと地に足が着かない感覚で未来のことを考えている。
 しかし、それらは相手がまほろだから考えることだ。まほろではない初対面の女性たちを相手に、もっと言えば有象無象の女性を相手にして、結婚のことなど考えるはずがない。

「伊達さんって出世頭っぽいし、仕事が忙しい人だと、奥さんには家にいてしっかり家庭を守ってほしいとかって思いますか~?」
「さあ……今はいろんな考え方がありますからね」
「じゃあ、何歳までに結婚したいとか、理想ってあります?」
「多様な生き方がありますし、ご縁があれば何歳でもいいんじゃないですか」
「あたしは三十歳までに結婚したいんですよねー。あと一年しかないんですけど」

 看護師の女性はそう呟くと、ちらっと聡介に視線をやった。だが聡介は特に反応することなく、黙々と牛のサーロインローストにフォークを伸ばした。塩レモンのソースがさっぱりとしていて美味しかったが、正直満腹には程遠い。
 最後まで、女性陣は聡介の攻略を諦めなかった。しかし聡介はのらりくらりとまったくやる気のない態度で煙に巻き、全員が連絡アプリで互いの情報を交換し合っている隙に、「買いたい本があるので、書店が閉まる前に失礼します」という口実を自然に述べて、大股で店を出るのだった。


   ◆◇◆◇◆


「ん、っ……」
――くちゅ、ちゅっ。

 大きな手のひらで両頬をとらまえられて、まほろは身動きができない。押さえつけられているわけではないが、仰向けのまほろの身体の上には聡介の大きな身体が四つん這いでいるので、手足の一本も動かすことが難しい。
 そんなまほろの口内に聡介はこれでもかと舌を入れて、まほろの舌とからみ合い、まるで唾液を交換するかのように水音を立てながら深いキスを続けていた。抵抗もできずにその甘ったるいキスを受け止めるだけのまほろの頭の中は、すでに相当ぼんやりとしている。

「ああ、まほろ……本当にすみません。こんなにもかわいい彼女がいながら、俺としたことが……」
「あの……それはもう、いいですから」

 土曜日の今日、まほろは午前中に家事をしてからお昼過ぎに聡介の部屋を訪れた。そして「話があります」と言って真面目な表情を浮かべた聡介から、昨夜、不本意ながら合コンに参加してしまったことを深々と詫びられたのだ。久しぶりに同期から飲みに誘われたと思ったら、そこは合コンの場だったと。帰ろうとしたが頼み込まれて、一次会の席には最初から最後までいたと。
 一言でも責め立てる言葉を発そうものなら土下座をしそうな勢いだったので、まほろはとにかく「大丈夫です、気にしません。聡介さんは不貞をするような方ではないとわかっているので」と、むしろ聡介をなだめるように返事をした。

 しかし、まほろという最愛の彼女がいながら合コンに参加した己を聡介はなかなか許せないようで、「お詫びに何かします。なんでも言ってください」と、それはもう、しつこく謝罪を繰り返した。猪突猛進モードに入ったそんな聡介の手綱をまほろはうまく握れず、「いいです、大丈夫です」とどうにか断った。それでも聡介の申し訳なさそうな表情は消えず、「じゃあ、ひとつ貸し……ということで。いつか私のお願いを聞いてください」と言うことでどうにか決着した。
 そして、まだ夕方ではあったが聡介はまほろをベッドに誘い込んで、いつも通りのゆっくりとしたセックスを始めたのだった。
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