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第12話 イって! 主任の手綱を生涯握ります(下)
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「あの……最近、インスタントカメラでよく写真を撮っていたのは……」
「ああ、まほろとの思い出作りの意味ももちろんありますが、いつかこうなる日が来るかもしれないと思って、アリバイを証明するためですよ。デジカメの写真だとデジタル加工を疑われてしまいますが、日付の入るインスタントカメラの写真ならほぼ間違いなく証拠になりますからね」
「姉が……売春してる、って……」
「ああ、それは完全に憶測です。けれど、ろくに働いてもいない若い女性が遊びまくっているということは、ほぼ十中八九、売春をしているからでしょう。ご実家が太くて経済的に余裕がある場合もあるかもしれませんが、そういうお家柄だとはまほろから聞いていませんでしたしね。二十代の女性に梅毒が流行っていることなんて、昨今のニュースを見ていればわかります」
「すみ、ません……本当に……」
「ああ……まほろ」
電車の中だというのにはらり、と涙を流してしまったまほろに狼狽し、聡介は慌ててポケットティッシュを取り出した。そして、まほろの頬や目元の涙をやさしく拭いながら、まほろに声をかける。
「君が謝ることはないんですよ。君とあの三人は血のつながった家族でしょうが、あの三人のそれぞれの行動に、君は責任を持っているわけではないんです」
「でも……っ」
「まほろは自分で働いて自分の生活を支えている、自立した立派な女性です。放蕩者のお姉さんも、そのお姉さんを甘やかして自分も夫に甘えてばかりの自立していない世間知らずなお母さんも、そしてそんな二人を見て見ぬふりして都合の悪いことからは逃げてばかりいるお父さんも、自業自得です。毎日真面目に働いて頑張って一人暮らししている君が、彼らの行動に関して俺に謝る必要は何もないんです」
「それ、でも……っ」
聡介はそう言ってくれるが、自分の家族が聡介に迷惑をかけたことは事実だ。そのことを申し訳なく思う気持ちは、どうしてもまほろの中から消えてくれない。
「お姉さんがもう一度俺にちょっかいをかけてくることはないと思いますが、君には何かしらの報復行為をしそうで心配です。だからまほろ、早く承諾してくれませんか」
「な……何を……ですか」
涙は止まったものの、鼻の奥がずんと痛む感じがして、まほろは途切れ途切れに尋ねた。
「俺との結婚ですよ。君が承諾さえしてくれれば、一気に話を進められます。君はあの三人の家族ではなく、俺の家族になる。だから堂々と俺を頼れるし、俺が君を守ってあげられます。去年の夏に一、二年は待つと言いましたが、五年は長いと言ったでしょう? 急かさない俺は、結構辛抱強く待っていると思いませんか」
急かさない? いま現在進行形で急かしているのに?
確かに聡介は辛抱強く待ってくれているのかもしれないが、付き合い始めたのは去年の夏で、今は春の終わりだ。まだ一年も経っていない。聡介が待っている期間は評価できるほどまだそんなに長くないとまほろとしては思うのだが、聡介の中ではそうではないのだろう。
謙虚なんだか厚かましいんだか、まほろが第一なんだか自分の欲望が第一なんだか。まっすぐに愛してくれるのはわかるのだが、本当に「まっすぐ」なのか疑念は消えない。けれども、そんなおかしな聡介が自分の隣にいない日々というのは、きっとこの先実現しないのだろう。
「聡介さん」
「はい」
「まだ……待っていてください。ちゃんと、自分の心から納得して……聡介さんと結婚したいので」
泣いてわずかに赤くなった目元に苦笑を浮かべて、まほろははっきりと言った。すると聡介は最後の部分だけを聞いていたのか、「ああ、まほろ……承諾してくれましたね?」と返してきたので、「待ってください! 結婚は、私がするって言った時です!」とまほろは強い声で再度言った。するとようやく聡介はおとなしくなり、「わかりました」と答えた。それはまほろが聡介の手綱をしっかりと握って、初めて明確に主導権を持てた瞬間だった。
◆◇◆◇◆
それから二週間が経った。最高気温は日々上がり、梅雨がまだだというのに早くも夏を感じる季節だ。
あのあと、話し合いがあったのか説得されたのか、唯依佳はエコー写真をフリマアプリで購入したことを認めた。また、去年の夏以降からたびたび売春をしていたことも認め、母と共に病院へ行って検査をし、妊娠はしていないが梅毒に罹患していることは確定したそうだ。
そのことを、まほろは母からの電話で聞いた。しかし、母に返せたのは「そう」の一言だけだった。姉がどんな風に生きて、そしてその結果、彼女の身体がどうなってしまうのか。それは、自分の人生には関係がない。二人ともとうに成人して、今は生活すら共にしていないのだ。血のつながり以外に唯依佳との関わりはない。これ以上関わりたくもないし、関わるつもりもない。「治療、頑張って。じゃあ」と、まほろは最後にそう母に伝えて通話を切った。
年末年始休暇で帰省した際のまほろとの会話から、唯依佳は敏感に、まほろにとっての良い人か恋人の存在が社内にいることを嗅ぎ取ったのだろう。まほろは否定して沈黙してうまくやり過ごせたと思っていたが、まほろが頑なになったからこそ、唯依佳の嗅覚に感知されてしまったのかもしれない。だから一月の終わり、唯依佳は会社にやって来たのだ。
聡介のガードが固く、アリバイ証明も完璧だったからこそ、唯依佳の思惑通りにはならなかった。聡介のたくましさと、そして自分への誠実さには頭が上がらない。まほろは心底そう思った。
「あの……これなんですけど」
そんな五月のある日、久しぶりに映画館で映画を見てから聡介の家に行ったまほろは、バッグの中からあるものを取り出して聡介に渡した。絵の具のパレットのようにカラフルな石が複数はめ込まれたシルバーのそのタイバーは、去年の四月終わりくらいに会社の廊下に落ちていたのを拾ったものだった。社内の誰かのものだろうと思って、あとで総括担当かビル管理者にでも届けようと思ってひとまず会社のデスクの引き出しにしまったのだが、なんやかんや思い出すタイミングが少なくて、結局一年以上も自分が持ってしまっていた。
聡介と付き合ってからいつの頃だったか、彼が多くのネクタイピンを所持していることに気付き、もしかしたら持ち主は聡介かもしれないと思ったのだ。会社で渡してもよかったのだが、社内での自分たちはあくまでもあまり関わりのない部署の人間同士なので、あらぬことを言われてしまいそうだと思い、まほろはこうしてプライベートの時間に渡すことにしたのだった。
「ああ……っ! そうです、間違いなく俺のです。なんということでしょうか、まほろが持っていたなんて……運命ですね。まさに運命です」
「は……はい?」
今日も早速スイッチが入ってしまったのか、聡介は眼鏡の奥で瞳をキラキラと輝かせながら、まほろからタイバー受け取った。
「忘れもしません。このタイバーをなくした日だったんです、俺がまほろに一目惚れをしたのは」
「えっ?」
「どこかで落としてしまったことに気が付いてずいぶんと落ち込んだのですが、その直後に君とすれ違って……自分でもびっくりするくらい、わけもわからないほどに君の姿に夢中になりました」
「そ……そうなんです……ね」
「ええ。部署を隔てるあのパーティションのせいで君を見ることはなかなか難しかったですが、それからはもう、服装の雰囲気が違うこともメイクが少し変わったことも気付くくらい、君が視界に入るたびに夢中でした。ああ、運命ですね、まほろ。あの日心から恋い焦がれた君とこうして恋人になれて、俺は本当に嬉しい。本当に幸せです」
聡介はタイバーを収納ボックスの定位置に戻したあと、ソファに座っているまほろを押し倒さんばかりの勢いで抱きしめた。
「うっ……聡介、さん……っ」
「君のためなら、俺はなんでもできます。なんでもします。俺と同じくらい君にも幸せを感じてほしいので、どうすれば君が幸せなのか、教えてください」
「そんな……こと……言われても……」
これまでずっと、主に姉と母のことで卑屈に生きてきたまほろは、自分が幸せに生きられるなんて思いもしなかった。だから、自分の幸せがどこにあるのか、どうなれば自分は幸せになれるのか、自分でもわからない。人に教えることなんて無理だ。
(でも……)
これまではそうだった。だからといって、この先もずっとそうとは限らない。晴天と雨天が、間隔は違えども交互にやってくるように、人の人生はいつまでも同じ暗さが続くわけではない。ずいぶんと長いこと曇天と雨天が続いていたが、聡介のおかげでようやく晴れてきたまほろの人生はきっとこの先もっと明るくなって、様々なものが見えてくるのだろう。
「じゃあ、あの……シャワーを浴びてから……やさしく抱いてください」
「っ……わかりました!」
そんな風にまほろがはっきりとセックスをねだることが珍しいので、聡介は破顔した。そして嬉々として浴室の準備をして、順番にシャワーを浴びる。そしてしっかりとカーテンを閉めた部屋のベッドの上に寝転んだ素っ裸のまほろに覆いかぶさると、聡介はまずまほろの身体へのフェザータッチから始めた。
「あの……オーソドックスなんですけど、十一月二十二日がいいです」
それから、聡介はまほろの身体を濡らしたタオルで丁寧に清めて、パジャマを着せた。そして自分も寝間着を着て、まほろを抱きしめながらベッドに横たわる。
「それは入籍日のことですか?」
「はい……」
「ああ、まほろ……」
「あの、でも……準備、とか……会社に……その……」
「そうですね、新居探しに両家への報告、諸々の手続き……やることは山積みですね」
「本当に……私なんかでいいんですか。あんな……家族がいるのに……」
まほろは聡介と向かい合うように寝返りを打った。そんなまほろを、聡介はしっかりと抱きしめる。そしてまほろの後頭部をなでながら答えた。
「構いません。俺は君の家族と家族になるんじゃない。君と家族になるんです。むしろ、俺の方こそしっかりと確認をしておかなければなりません。申し訳ありませんが、君を蔑ろにする篠崎家の方々が将来的に困窮したところで、俺はびた一文も援助はしません。金銭以外の支援も一切しません。君が君の裁量で何かするのは構いませんが、それで君自身が傷つくようなら必ず俺は止めます。俺にとって一番大事なのはまほろですから」
「はい……」
聡介の熱量は、告白されたあの夏の夜から何も変わらない。彼がそこまで愛してくれることがどうしても不思議ではあるが、聡介と一緒にいて不幸になる未来がおとずれることがないことを、まほろは確信できた。
こののち、新居探しや会社への報告などすべきことをひとつずつ片していって、二人は無事に結婚した。まほろの家族のことがあるので結婚式はしなかったが、せっかくなので時間をかけて準備をして、二人でウェディングフォトを撮った。その写真を、聡介もまほろも生涯ずっと大事にするのだった。
「ああ、まほろとの思い出作りの意味ももちろんありますが、いつかこうなる日が来るかもしれないと思って、アリバイを証明するためですよ。デジカメの写真だとデジタル加工を疑われてしまいますが、日付の入るインスタントカメラの写真ならほぼ間違いなく証拠になりますからね」
「姉が……売春してる、って……」
「ああ、それは完全に憶測です。けれど、ろくに働いてもいない若い女性が遊びまくっているということは、ほぼ十中八九、売春をしているからでしょう。ご実家が太くて経済的に余裕がある場合もあるかもしれませんが、そういうお家柄だとはまほろから聞いていませんでしたしね。二十代の女性に梅毒が流行っていることなんて、昨今のニュースを見ていればわかります」
「すみ、ません……本当に……」
「ああ……まほろ」
電車の中だというのにはらり、と涙を流してしまったまほろに狼狽し、聡介は慌ててポケットティッシュを取り出した。そして、まほろの頬や目元の涙をやさしく拭いながら、まほろに声をかける。
「君が謝ることはないんですよ。君とあの三人は血のつながった家族でしょうが、あの三人のそれぞれの行動に、君は責任を持っているわけではないんです」
「でも……っ」
「まほろは自分で働いて自分の生活を支えている、自立した立派な女性です。放蕩者のお姉さんも、そのお姉さんを甘やかして自分も夫に甘えてばかりの自立していない世間知らずなお母さんも、そしてそんな二人を見て見ぬふりして都合の悪いことからは逃げてばかりいるお父さんも、自業自得です。毎日真面目に働いて頑張って一人暮らししている君が、彼らの行動に関して俺に謝る必要は何もないんです」
「それ、でも……っ」
聡介はそう言ってくれるが、自分の家族が聡介に迷惑をかけたことは事実だ。そのことを申し訳なく思う気持ちは、どうしてもまほろの中から消えてくれない。
「お姉さんがもう一度俺にちょっかいをかけてくることはないと思いますが、君には何かしらの報復行為をしそうで心配です。だからまほろ、早く承諾してくれませんか」
「な……何を……ですか」
涙は止まったものの、鼻の奥がずんと痛む感じがして、まほろは途切れ途切れに尋ねた。
「俺との結婚ですよ。君が承諾さえしてくれれば、一気に話を進められます。君はあの三人の家族ではなく、俺の家族になる。だから堂々と俺を頼れるし、俺が君を守ってあげられます。去年の夏に一、二年は待つと言いましたが、五年は長いと言ったでしょう? 急かさない俺は、結構辛抱強く待っていると思いませんか」
急かさない? いま現在進行形で急かしているのに?
確かに聡介は辛抱強く待ってくれているのかもしれないが、付き合い始めたのは去年の夏で、今は春の終わりだ。まだ一年も経っていない。聡介が待っている期間は評価できるほどまだそんなに長くないとまほろとしては思うのだが、聡介の中ではそうではないのだろう。
謙虚なんだか厚かましいんだか、まほろが第一なんだか自分の欲望が第一なんだか。まっすぐに愛してくれるのはわかるのだが、本当に「まっすぐ」なのか疑念は消えない。けれども、そんなおかしな聡介が自分の隣にいない日々というのは、きっとこの先実現しないのだろう。
「聡介さん」
「はい」
「まだ……待っていてください。ちゃんと、自分の心から納得して……聡介さんと結婚したいので」
泣いてわずかに赤くなった目元に苦笑を浮かべて、まほろははっきりと言った。すると聡介は最後の部分だけを聞いていたのか、「ああ、まほろ……承諾してくれましたね?」と返してきたので、「待ってください! 結婚は、私がするって言った時です!」とまほろは強い声で再度言った。するとようやく聡介はおとなしくなり、「わかりました」と答えた。それはまほろが聡介の手綱をしっかりと握って、初めて明確に主導権を持てた瞬間だった。
◆◇◆◇◆
それから二週間が経った。最高気温は日々上がり、梅雨がまだだというのに早くも夏を感じる季節だ。
あのあと、話し合いがあったのか説得されたのか、唯依佳はエコー写真をフリマアプリで購入したことを認めた。また、去年の夏以降からたびたび売春をしていたことも認め、母と共に病院へ行って検査をし、妊娠はしていないが梅毒に罹患していることは確定したそうだ。
そのことを、まほろは母からの電話で聞いた。しかし、母に返せたのは「そう」の一言だけだった。姉がどんな風に生きて、そしてその結果、彼女の身体がどうなってしまうのか。それは、自分の人生には関係がない。二人ともとうに成人して、今は生活すら共にしていないのだ。血のつながり以外に唯依佳との関わりはない。これ以上関わりたくもないし、関わるつもりもない。「治療、頑張って。じゃあ」と、まほろは最後にそう母に伝えて通話を切った。
年末年始休暇で帰省した際のまほろとの会話から、唯依佳は敏感に、まほろにとっての良い人か恋人の存在が社内にいることを嗅ぎ取ったのだろう。まほろは否定して沈黙してうまくやり過ごせたと思っていたが、まほろが頑なになったからこそ、唯依佳の嗅覚に感知されてしまったのかもしれない。だから一月の終わり、唯依佳は会社にやって来たのだ。
聡介のガードが固く、アリバイ証明も完璧だったからこそ、唯依佳の思惑通りにはならなかった。聡介のたくましさと、そして自分への誠実さには頭が上がらない。まほろは心底そう思った。
「あの……これなんですけど」
そんな五月のある日、久しぶりに映画館で映画を見てから聡介の家に行ったまほろは、バッグの中からあるものを取り出して聡介に渡した。絵の具のパレットのようにカラフルな石が複数はめ込まれたシルバーのそのタイバーは、去年の四月終わりくらいに会社の廊下に落ちていたのを拾ったものだった。社内の誰かのものだろうと思って、あとで総括担当かビル管理者にでも届けようと思ってひとまず会社のデスクの引き出しにしまったのだが、なんやかんや思い出すタイミングが少なくて、結局一年以上も自分が持ってしまっていた。
聡介と付き合ってからいつの頃だったか、彼が多くのネクタイピンを所持していることに気付き、もしかしたら持ち主は聡介かもしれないと思ったのだ。会社で渡してもよかったのだが、社内での自分たちはあくまでもあまり関わりのない部署の人間同士なので、あらぬことを言われてしまいそうだと思い、まほろはこうしてプライベートの時間に渡すことにしたのだった。
「ああ……っ! そうです、間違いなく俺のです。なんということでしょうか、まほろが持っていたなんて……運命ですね。まさに運命です」
「は……はい?」
今日も早速スイッチが入ってしまったのか、聡介は眼鏡の奥で瞳をキラキラと輝かせながら、まほろからタイバー受け取った。
「忘れもしません。このタイバーをなくした日だったんです、俺がまほろに一目惚れをしたのは」
「えっ?」
「どこかで落としてしまったことに気が付いてずいぶんと落ち込んだのですが、その直後に君とすれ違って……自分でもびっくりするくらい、わけもわからないほどに君の姿に夢中になりました」
「そ……そうなんです……ね」
「ええ。部署を隔てるあのパーティションのせいで君を見ることはなかなか難しかったですが、それからはもう、服装の雰囲気が違うこともメイクが少し変わったことも気付くくらい、君が視界に入るたびに夢中でした。ああ、運命ですね、まほろ。あの日心から恋い焦がれた君とこうして恋人になれて、俺は本当に嬉しい。本当に幸せです」
聡介はタイバーを収納ボックスの定位置に戻したあと、ソファに座っているまほろを押し倒さんばかりの勢いで抱きしめた。
「うっ……聡介、さん……っ」
「君のためなら、俺はなんでもできます。なんでもします。俺と同じくらい君にも幸せを感じてほしいので、どうすれば君が幸せなのか、教えてください」
「そんな……こと……言われても……」
これまでずっと、主に姉と母のことで卑屈に生きてきたまほろは、自分が幸せに生きられるなんて思いもしなかった。だから、自分の幸せがどこにあるのか、どうなれば自分は幸せになれるのか、自分でもわからない。人に教えることなんて無理だ。
(でも……)
これまではそうだった。だからといって、この先もずっとそうとは限らない。晴天と雨天が、間隔は違えども交互にやってくるように、人の人生はいつまでも同じ暗さが続くわけではない。ずいぶんと長いこと曇天と雨天が続いていたが、聡介のおかげでようやく晴れてきたまほろの人生はきっとこの先もっと明るくなって、様々なものが見えてくるのだろう。
「じゃあ、あの……シャワーを浴びてから……やさしく抱いてください」
「っ……わかりました!」
そんな風にまほろがはっきりとセックスをねだることが珍しいので、聡介は破顔した。そして嬉々として浴室の準備をして、順番にシャワーを浴びる。そしてしっかりとカーテンを閉めた部屋のベッドの上に寝転んだ素っ裸のまほろに覆いかぶさると、聡介はまずまほろの身体へのフェザータッチから始めた。
「あの……オーソドックスなんですけど、十一月二十二日がいいです」
それから、聡介はまほろの身体を濡らしたタオルで丁寧に清めて、パジャマを着せた。そして自分も寝間着を着て、まほろを抱きしめながらベッドに横たわる。
「それは入籍日のことですか?」
「はい……」
「ああ、まほろ……」
「あの、でも……準備、とか……会社に……その……」
「そうですね、新居探しに両家への報告、諸々の手続き……やることは山積みですね」
「本当に……私なんかでいいんですか。あんな……家族がいるのに……」
まほろは聡介と向かい合うように寝返りを打った。そんなまほろを、聡介はしっかりと抱きしめる。そしてまほろの後頭部をなでながら答えた。
「構いません。俺は君の家族と家族になるんじゃない。君と家族になるんです。むしろ、俺の方こそしっかりと確認をしておかなければなりません。申し訳ありませんが、君を蔑ろにする篠崎家の方々が将来的に困窮したところで、俺はびた一文も援助はしません。金銭以外の支援も一切しません。君が君の裁量で何かするのは構いませんが、それで君自身が傷つくようなら必ず俺は止めます。俺にとって一番大事なのはまほろですから」
「はい……」
聡介の熱量は、告白されたあの夏の夜から何も変わらない。彼がそこまで愛してくれることがどうしても不思議ではあるが、聡介と一緒にいて不幸になる未来がおとずれることがないことを、まほろは確信できた。
こののち、新居探しや会社への報告などすべきことをひとつずつ片していって、二人は無事に結婚した。まほろの家族のことがあるので結婚式はしなかったが、せっかくなので時間をかけて準備をして、二人でウェディングフォトを撮った。その写真を、聡介もまほろも生涯ずっと大事にするのだった。
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