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ユハニの剣
しおりを挟む真夜中の公爵家の中に蔓延る賊たちは、まるでなにかを探しているような素振りを見せながらも、こちらに気付けば反射的に狙いを定めてくるようだ。
だが、得物のレイピアを手にしてからは、エリアスには及ばないものの、守られるだけの立場ではなくなった。それでもアウロラの身体強化とヒールで足りない部分を補充している状況。
だけどそれで、先陣を切るユハニの負担を少しでも減らせるのなら、私は立っていられる。本当にこれは……気合い次第なのだと分かる。
温室に近付くにつれて賊が捌けてくると、アウロラがふと問うてくる。
「一応聞くけど、部屋のレイピアに触れてないでしょうね」
「え……触る前に槍落ちてきたし、ユハニが止めてくれたから。何かあるの?」
「あれ動かすと上から魔法の光槍が千本落ちてくるようになってたの」
「何で……っ!?1本だけなら落ちてきたけど!」
「それは敵の攻撃だ」
すかさずユハニ。
それぞれ違う槍だったのね。
「でもやっぱり槍千本って何なの」
「お義姉さまが追放された後にエリアスが嬉々として仕掛けていた罠よ」
「あんにゃろおおぉぉっ!……あれ、でも何で……?」
「対策よ。今の公爵家の状況からして分かるでしょ?他にも金目になりそうなものとかには色々と仕掛けてる」
防犯の……ためかしら。
「エリアスはこの襲撃を読んでいたの?」
それとも招いた……としたら何故そんな対策をしたのだろう。
「そりゃぁ、アイツはリタリ侯爵家の人間なんだから、読むも聞くも何でもアリよ」
それも……そうだが。
「エリアスは、リタリ侯爵家側の人間なの?それとも……」
リタリ侯爵家側でもそれはエリアスの実家だし、自然なんだけど……。どこか腑に落ちない。
「確かめるのはあなた自身だわ」
アウロラがユハニを見る。
そう言えばアウロラは……ユハニが第1王子であることをちゃんと理解していそうな口振りだが、彼が生きていたことに何の疑問も持っていない。
あの場で私にレイピアを渡しに来たように、最初から全てを分かっていたような……。
そして温室の前に辿り着けば、お父さまから教えてもらっているキーでロックを解除する。
これはキーの他にも公爵家の人間の魔力がいる。後は嫁や婿に来た人の魔力も登録できる。
アウロラの魔力ならきっと公爵が登録しているでしょうね。一応、養女だし……。それでも何故か彼女は危険な外にいた。敵もアウロラに構わず狙ってくる。エリアスとの間に何かがあると言うこと……?
そして無事に開いた扉から、急いで温室の中を駆けていく。しかしそこにいたのはお父さまではなく……後ろ姿だって誰だか分かる。あれは……。
「え……」
名を呼ぼうとして、あの時言われたことが脳理によぎり、口ごもる。
「エリアス」
しかし、ユハニが代わりにその名を口にする。
くるりとこちらを振り向いたエリアスは、口元ににこりと笑みを作る。
そしてその笑みをどうとったのか、ユハニが素早く拳を振りかざす……!
「てんめぇっ!よくもリーリャを振ったな……っ!?いっぺんぶん殴らせろおぉぉっ!?」
「ちょおぉぉっ!?ユハニ!?待……っ」
あれ、これ止める理由あるかしら……?
しかしエリアスはユハニの拳を難なく躱したと思えば、不意に跪き、手を胸元に当てる。
「我が剣は、ユハニさま以外の他の何者のためにも振るうことはありません。ミュトスから戻られたこと、大変嬉しく思います」
ミュトス……?国の名前かしら……聞いたことがないけれど。それとも、地名……?
そしてその言葉を聞いたユハニがそっと拳をおさめる。
「公爵はどこにいる」
そして静かに問う。そうよね、アウロラの話ではお父さまもここにいるって……。
「ひとり、リタリ侯爵の遣いと共に侯爵の元へ」
「みすみす、行かせたのか……っ!」
「公爵家のものたちやその家族を人質にされては、公爵も行かざるを得ないでしょう」
彼らを人質に……っ!?それで公爵邸は賊だらけになったのかっ!――――と、言うことは。アウロラの周りにいた使用人たちはやはり、公爵家に仕えていたわけではない。
「でも……お父さまに何かあったら……っ」
だからって敵陣にひとりで赴くなんて、無謀すぎる……っ。
「それでも公爵は殺されることはないわ」
しかしアウロラが何の迷いもなく告げる。
「どうしてそう言えるの?」
「リタリ侯爵はね、タハティ公爵家が代々受け継いできた公爵の鍵が欲しいんだよ」
騎士の礼を解き立ち上がったエリアスが告げる。
「公爵の……鍵……?」
しかしエリアスは微笑むだけで、その答えをもたらさない。
「観念しなさいよ。賭けは私が勝ったのよ。お義姉さまもユハニ殿下もここに来た」
賭けって……一体何を賭けていたのかしら……?私とユハニが公爵家に戻ってくること……?
そしてアウロラの言葉を聞いたエリアスはやれやれと口を開く。
「確かにそうだ。賭けは君の勝ちだ。だから聞く権利もある」
「お義姉さまたちもよ」
「分かった、分かった。んーとね、それは王家から下賜された特別な宝の鍵だ。それゆえにこの公爵家は建国史に於いてずっと、序列第一位を保ってきた。リタリ侯爵はそれが欲しいんだ。そしてそれは公爵に代々受け継がれるから、君たちは受け継いでいない。公爵だけが知っていることだ」
そしてエリアスはまだ、お父さまからそれの在りかを教えられていない。
やはりユハニの言う通り、私の追放はお父さまの意思ではなかったのか、他にもお父さまがエリアスに教えなかったことに、何かがあるのか。
「そして公爵家に湧いてでたアイツらは、その鍵を強引に探すために蔓延っているのよ」
私たちを襲うためじゃなかったんだ……っ!いや、そもそも私たちの侵入を予期していたとは思えないけど……。本題は別のところにあったのだ。
「けれど屋敷のどこを探しても鍵は見つからない。公爵を万が一にでも殺せば一生見つからないどころか、国の宝を永遠に消失した罪に問われるわ。だから、殺せない」
「そうは言っても……この始末はどうつける気よ。確実にリタリ侯爵の所業は目に余る。陛下がお戻りになられたらお怒りになるわ」
陛下の留守中に序列が上の公爵家を襲撃したのよ……?いや、むしろ留守中だからこそだろうか。
しかし次の瞬間、アウロラがいつもよりも低い声で問うてくる。
「次の王になるのは、誰だか忘れたの?」
「……っ、第2王子……」
そしてそのバックには正妃と、それから帝国がある。
「さらには、その妃はリタリ侯爵令嬢よ」
エリアスの妹……しかもアウロラの親友ではなかったかしら……。だけれど、少なくとも今のアウロラもエリアスも、第2王子や王太子妃側にいるとは思えない。
むしろ……エリアスはいまだにユハニの騎士であるようだし、アウロラも王太子妃の味方をするならば、この襲撃に巻き込まれるはずもないのだ。
「リタリ侯爵は公爵位が欲しい。そして国宝を欲しているのは帝国だ」
全てのバックには……帝国がある。
タイヴァスの国宝を渡して、帝国から褒美として公爵位にあげてもらう算段なんだ……!
つまりは……帝国はタイヴァスを手に入れたがっている。
そして帝国がタイヴァスを手に入れるためには、その国宝が必要なのだ。
「因みにうちの兄は帝国から皇女をもらうんだってさ。そうじゃなきゃ弟が自分よりも高い位に着くことなんてよしとしないだろう……?」
思えばそうだ。エリアスがタハティ公爵家に婿入りするなら、将来エリアスは嫡男の兄よりも高い地位につく。
よほどできた人物ならともかく……それに不満が出ないとも限らない。エリアスは私のことをまるで見ていないようだったし、侯爵家の中のことを話すこともほとんどなかった。
多分エリアスが見ていたのはずっと……。
「……でも、どうして鍵が見付からないって分かるの……?」
「その理由を教えてもらえれば苦労しないのだけど。俺の妻は妙に頑固でね」
え……?エリアスの妻ってアウロラ……よね?
「何であなたみたいな主バカ騎士に教えないといけないのかしら?」
にっこりと笑うアウロラに並々ならぬ迫力を感じたのだが……。あの、式場の時のラブラブモードはどこに行ったの……?
「それに、公爵も迎えに行かないといけないから」
「そう……っ!そうだわ!行くわよ!いくら保険があるとしても、お父さまが心配よ!」
「リーリャが言うなら。……お前もいいな?エリアス」
「うーん……我が主の命ならば」
そうユハニの言葉にヘラヘラと笑うところは……昔のエリアスに違わない。
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