このたびゲスの極み上司に脅されまして

猫田けだま

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反撃です、なりふり構っていられません

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「そういう訳にはいきません」


首を振り「ほら、早く持って行って下さい」と追い立てるけど、彼は尚も食い下がってくる。


「どうしてだよ、家賃もいらねえし、生活費も俺持ちなんだから、こんないい話はないだろ」
「……そうですね、とても恵まれていると思います」
「だったら――」
「でもっ!」


彼の言葉を遮って、ギュッと拳を握りしめた。
そんなのは分かっている。広い家に住めて、家事だって、なんだかんだ言いながらも類さんが手伝ってくれる。彼のいう通り、たとえば将来、理想の結婚をしたとしても、こんな好条件に恵まれることは二度とないと思う。でも……それでも私は。


「いい加減に、前に進みたいんです」


私にとって類さんは、長い人生における止まり木のような存在だったのだと思う。傷ついて疲れ果てた時に見つけた、安心して羽根を休められる場所。止まり木は永遠に留まる場所ではない。


「ここにいたら、類さんに甘えて、どんどん自分が弱くなってしまいます」
「甘えればいいだろう、俺はなんとも思っていないんだから」


そう――類さんは、なんとも思っていない。
ユキさん以外に心を動かすことはない。
そしてそれが私にとって、なによりも苦しいことを知らない。


「いいえ、類さんに依存するつもりはありません」


きっぱりと言い切った私の表情を見て、彼はなにか言いかけたけど、言葉をため息に変えて吐き出した。


「……そうか、分かった」


自分で言い出したことだ。
それなのに、引き止めて欲しいなんて矛盾している。
ああ、参ったな。やっぱり、恋なんてするものじゃない。


そう思いながら、空気を変えるよう、明るく笑った。


「熱々に入れたお茶が冷めちゃいますよ」
「ああ、そうだな」
「私は急須にお湯を入れてから行きますね」
「了解」


類さんを追い出してから、へたりと床にしゃがみこんだ。
なんだか、気が抜けてしまったのだ。


成り行きとはいえ、いきなり出ていきます宣言をすることになるとは思わなかった。
これで後戻りは出来なくなったけど……でも、それでよかったのだと思う。


「さて、気持ちを切り替えますか!」


景気づけに自分の頬を、両手でパチンと叩く。そしてもう一度、心の中で誓った。
迷惑をかけた皆の将来、そしてこの企画だけは、なんとしても守るんだ――と。





その日、作戦会議は、深夜にまで及んだ。


最も確実で効果的な方法を導き出す中、ただ一つ、私の我儘も聞いて貰った。
コモンズのパッケージデザインについてだ。
大文字さんが間に入れば、おそらく使用許可はもらえる。仮に小森さんが渋るようなら、モジーノが引き受けるとまで言ってくれた。
世界のモジーノがパッケージを手掛けるとなれば、そりゃあ話題性は抜群だけど――。


「お願いします、小森さんの件は、まず私に任せて貰えませんか?」


ずっとコモンズのデザインに憧れていた。いつか自分が商品開発に関われたら、小森さんお願いするんだって決めていた。
もちろん、コネもツテもなかったから、最初は相手にもされなかった。それも、小森さんが首を縦に振るまで諦めなかった。何度もオフィスに通って、駐車場で待ち伏せしたりもして……しまいには、偶然を装って彼と同じスポーツジムに入会したりもした。
ストーカーまがいのしつこさが功を奏し、彼の口から「君には負けたよ」という了承を引き出せたときの喜びを、昨日のことのように鮮明に覚えている。


あのときの、私の熱意だけは、小森さんにも伝わっていると信じたいから。


「明日の朝一番に、人目につかないよう変装してコモンズさんに伺います。問題解決へのプロセスと、真心を伝えて……それでもダメなら……大文字さん、どうか力を貸して下さい」


畳の上に両手を揃え、深く頭を下げる。
すると春の陽だまりみたいな声が降ってきた。


「七海さん……僕は君の手助けが出来ることを、心から光栄に思うよ」


――と。


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