このたびゲスの極み上司に脅されまして

猫田けだま

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反撃です、なりふり構っていられません

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「失敗したら、どう責任を取る?」


小森さんが言う。


「失敗はしません」


私が答える。


たったこれだけのやり取りに、互いの思惑と計算が集約されていた。


彼は私が憧れ続けたデザイナーで、雲の上の人だった。
でも――今は違う。


『クールンルン』という商品を世に送り、ヒットさせるという同じ志を持った、対等な人間でしかない。


小森さんは黙って私の顔を見ていた。まっすぐに……まるで心の内を見透かすように。
だから私も顔を上げ、彼の視線を受け止めた。


一分、二分――。
凍り付くような時間の中、壁掛け時計の秒針の音だけが聞こえる。


「……いいだろう」


静寂を破ったのは、小森さんだった。


「パッケージデザインの引き上げは撤回する」
「ありがとうございますっ、絶対に後悔はさせません!」


私の喜びを笑顔で受け止めてくれた小森さんは、ゆっくりと立ち上がり。


「君と……こいつの熱意には負けたよ」


と、陽介に視線を移した。
ああ、そう言えば。


「陽介はどうしてここに?」


私の質問に彼は照れたように頭をかき、ボソボソと口を開く。


「うん、七海の役に立ちたくて談判しに来たんだけど……でも、俺の出る幕なんてなかったな」


弱々しく笑う彼の目には、一点の曇りもなかった。


「ううん、本当にありがとう。すぐに会って貰えたのは、陽介のお陰でしょう?」
「そうだよ」


と、答えたのは小森さんだった。


「まったく、久しぶりに連絡を寄越したらと思ったら、オフィスまで来ているって言うじゃないか。仕方なくここに通したら、いきなり土下座して『谷川七海を助けて下さい』なんて、青春ドラマの撮影かと思ったよ」


彼の豪快な笑い声で、室内の空気が一気に明るくなる。


「その直後に、谷川さんが現れたんだから、会わない訳にはいかないだろう?」


やけにすんなり、受付を突破できたのは、やはり陽介のお陰だったんだ。


「ありがとね、陽介」
「いや、俺は別に……最後くらいは……な」
「最後?」


首を傾げる私に、陽介は寂し気な笑みを向ける。


「ああ……俺、会社やめようと思っているんだ」
「え、どうして!?」
「うん……これって多分……凛の仕業だろう?」


ああ、やっぱり陽介も気づいていたんだ。


「今、不正アプリの話を聞いて確信したよ、あの日、凛は七海が落としたスマホを持ち帰るって聞かなかったんだ……もちろんダメだって言ったんだけど、ヒステリックに泣き喚かれて……。それにアイツ、SNSとかすげえ詳しいし」


言葉の端々に、松本凛との親密さが滲んでいる。なのに、不思議と心はざわつかなかった。


「でも、だからといって陽介が会社を辞める必要はないでしょう」
「いや、元はといえば俺の浮気が原因だし。すべてを会社に話して、責任を取る……だから、七海はこれからも、企画部で輝いていて欲しい」


ゆったりと語られる彼の言葉に、泣きたくなった。

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