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第3章

第14話『助っ人-前編-』

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「じゃあ、今日はここまで。次の登校日は来週の月曜日だよ。まずはゴールデンウィーク前半を楽しく過ごしてね。では、号令を」
「起立、礼」
『さようならー』

 クラス委員の男子生徒の号令によって、今週の学校生活が終わった。明日からゴールデンウィークなので、多くのクラスメイトが楽しそうな様子で教室を後にする。
 道本が教室の掃除当番なので、彼を除いた5人で陸上部の部室へ行くことに。高校に入ってから運動系の部活の部室に行くのは初めてだ。中学を含めても退院した直後に荷物を取りに行ったとき以来。なので、放課後になってすぐに部室に行くのは新鮮に感じられた。

「ちわっす! お疲れ様っす!」
「お疲れ様です」

 陸上部の部室に入る際、鈴木と海老名さんがそう言う。こういう挨拶はバイト先でしているので馴染みがある。ただ、俺は部外者なので、あおいと愛実と一緒に「失礼します」と挨拶した。
 部室の中には、部員と思われる生徒達が既に何人もいた。その中には練習着や体操着姿の生徒もいて。部外者の人間が3人も来たからか、部室にいるほぼ全員が俺達のことを見ている。中には目を見開く生徒も。そりゃそうだよな。

「あの子達って……この前、校庭で走ってた2年の麻丘君と桐山さん?」
「そうだよっ。海老名ちゃんと一緒だもん。麻丘君、道本君並みにかっこいい!」
「イケメンだよね! 体験入部しに来たのかな?」

「動画でも見たけど、桐山っていう女子可愛いなぁ」
「そうだな。一緒にいる茶髪の女子も可愛いぜ。麻丘って男子が羨ましいぜ。でも、どうして来たんだろう?」

 といった話し声も聞こえてくる。朝礼前に俺達がマネージャーの助っ人として部活に参加するのが決まったけど、そのことはまだ一部の生徒や顧問の先生にしか伝えていないのかもしれない。あと、先日のレースの影響で、俺とあおいは陸上部の中では有名人になっているようだ。

「理沙ちゃん、鈴木君、お疲れ様。そして、3人ともようこそ、陸上部へ!」

 そんな中で、淡い桃色の練習着姿の女子生徒が俺達のところにやってくる。セミロングの黒髪と整った顔立ちが特徴的だ。爽やかな笑顔が素敵で。この女子生徒……最近どこかで見たことがあるな。そんなことを考えながら、俺は愛実とあおいと一緒に「こんにちは」と挨拶する。

「愛実、あおい、麻丘君。部活動説明会で説明していたから覚えているかもしれないけど、この方は陸上部部長の颯田旭さつたあさひ先輩。3年生だよ」

 どこかで見たことがあると思ったら、部活動説明会だったか。彼女……颯田部長が陸上部のことについて説明していたのを思い出した。

「初めまして。陸上部の部長をやっている3年の颯田旭といいます。短距離走を専門にしています」
「初めまして、麻丘涼我です」
「桐山あおいです。初めまして」
「初めまして、香川愛実です」
「麻丘君に桐山さんに香川さんね。今日はマネージャーの手伝いをしに来てくれてありがとう! 理沙ちゃんから聞いていると思うけど、今日は3人休んじゃってね。だから、本当に助かるよ!」

 さっき以上に爽やかな笑顔でそう言うと、颯田部長は俺達にそれぞれ握手してくる。とても明るくて気さくな人だ。こういう人が部長だと、部活の練習も伸び伸びとできそうな気がする。
 颯田部長の言葉が聞こえたのか、部室にいる生徒達は「おおっ」と声を上げる。

「あと、この前の麻丘君と桐山さんのレース、教室の窓から生で見たよ。2人とも速くていい走りをしていたよ! フォームも良かったし!」

 いいものを見させてもらったよ、と颯田部長は満足げに言う。速さだけでなく、フォームまで言及するとは。さすが、短距離走を専門にしているだけのことはある。部長が高評価してくれるのも、俺とあおいが陸上部の中で有名になっている一因かもしれない。

「ありがとうございます! 中学は3年間テニスをしていた影響かもしれません」
「ありがとうございます。俺は……中2の春まで陸上の短距離走をしていたので」
「中学のときから知っていたよ、麻丘君。あおいちゃんはテニス部か。なるほどね~」

 納得したのか、颯田部長はうんうんと笑顔で頷いている。
 颯田部長は中学時代から俺のことを知っていたなんて。1年ちょっとしか活動していなかったのに。部長は女子だけど、短距離走専門だから、中1のときに100m走と200m走で関東大会に出場した俺のことを覚えていたのかも。

「3人とも、今日はよろしくね!」
『よろしくお願いします』

 自然と俺達3人の挨拶の声が重なった。だからなのか分からないけど、颯田部長はニッコリ笑って頷いた。
 その後、部室の端の方に荷物を置かせてもらい、俺達は外での体育の授業で使うシューズに履き替える。また、制服のジャケットを脱ぐ。緊急のことだったので、体操着姿ではなく制服のワイシャツやブラウス姿で手伝うことに。
 俺達が準備する中で、道本を含めた陸上部の部員やマネージャーが続々と部室にやってくる。以前、道本達から部員は結構いると言っていたけど、こうして部室にいるとその多さを実感する。都立高校の中では強い方だからだろうか。
 部室の中が練習着や体操着姿の生徒で賑わう中、顧問の先生と思われるジャージ姿の女性教師が部室に入ってきた。愛実とあおい曰く、体育で教わっている先生とのこと。それもあって、先生は気さくに俺達に「よろしくね」と声を掛けてくれた。
 顧問の教師が来たので、軽くミーティング。その中で、顧問の教師と颯田部長から俺達3人が本日限定でマネージャーの手伝いをすると紹介された。あおいと愛実がいるからか、男子中心に盛り上がっていた。「やる気が漲ってきたぜ!」と言う生徒もいるほどだ。
 ミーティングが終わり、道本や鈴木を含めた部員はウォーミングアップへ。

「理沙ちゃん、私達はどのような仕事をすればいいですか?」

 マネージャーの生徒と挨拶を交わした後、あおいは海老名さんにそう問いかける。

「あおいと麻丘君は、トラック競技の部員のタイム計測と記録。愛実はまず、私と一緒に部員達が飲むスポーツドリンク作りをしてほしいって考えてる。先輩、それでいいですか?」
「うん、いいよ。それなら、3人にもすぐにできると思うから」

 先輩と呼ばれる女子部員が笑顔で快諾した。
 タイム計測と記録か。中学の陸上部で、海老名さんとかマネージャーの生徒達が走ったタイムを計って記録してくれていたな。
 あと、スポーツドリンク作りか。中学では土日や夏休み中の練習、合宿とか長時間の練習や暑い時期には、マネージャー達がウォータージャグに冷たいスポーツドリンクを作ってくれたな。休憩のときに飲むスポーツドリンクはとても美味しかったことを思い出す。

「3人ともそれで大丈夫かしら」
「ああ。タイム計測と記録は中学のときにやってもらっていたから。できると思う」
「涼我君と一緒であれば」
「飲み物作りなら私にもできそう。理沙ちゃんも一緒だし」

 俺はあおいと一緒にタイム計測と記録か。中学の陸上でやってもらっていたけど、あおいと一緒なのは心強い。愛実は俺達と別行動だけど、海老名さんと一緒なら大丈夫だろう。
 俺達が前向きな返事をしたからか、海老名さんは微笑んで小さく頷く。

「分かったわ。何かあったり、分からないことがあったりしたら、あたし達マネージャーに遠慮なく訊いて。あおいと麻丘君は道本君や颯田部長でもいいから。じゃあ、3人ともよろしくね」

 そう言うと、海老名さんはニッコリ笑った。そういえば、中学の部活でいいタイムで走れると海老名さんは今みたいにニッコリ笑ってくれたっけ。そう思うと何だか懐かしい気分になった。
 俺はあおいと一緒に、3年生のマネージャーの女子生徒から、ストップウォッチの使い方や記録表の書き方を教えてもらう。
 ストップウォッチと記録表の紙を挟んだバインダー、ボールペンを持って、俺はあおいやマネージャー達と一緒に部室を出て、校庭に向かう。その際、愛実と海老名さんと「頑張ろうね」と言葉を交わした。

「麻丘君。ライン引きを手伝ってくれるかな?」
「はい。……あおい、バインダーを持っていてくれるか?」
「分かりました。いってらっしゃい」
「おう、いってきます」

 あおいにバインダーを渡して、3年のマネージャーの女子生徒と一緒に、ライン引きを使ってスタートラインとゴールライン、トラックに白線を引いていく。
 中学ではウォーミングアップをしている間に、海老名さんなどのマネージャーが引いていてくれたな。今日の陸上部のように、マネージャーが休んだりすると、短距離走の部員がライン引きをしたっけ。

「こんな感じでいいですか?」
「オッケー。慣れている感じだね。理沙ちゃんや道本君から聞いたけど、中学では陸上をやっていたんだよね」
「そうです。中2の春に事故に遭ったので、1年ちょっとですが。ライン引きも何度かやっていました」
「なるほどね。もうすぐ道本君達がウォーミングアップから戻ってくるから、桐山さんと一緒にタイム計測と記録をよろしくね」
「はい、頑張ります」

 俺がそう言うと、女子生徒はニッコリと笑って「うんっ」と言った。
 女子生徒にライン引きを渡して、俺はあおいのところに戻る。

「涼我君、ライン引きお疲れ様でした」
「中学以来にやったよ。懐かしかった。バインダーを持っていてくれてありがとう」
「いえいえ」

 あおいからバインダーを受け取る。

「あと、あの先輩曰く、もうすぐ道本達がウォーミングアップから戻ってくるらしい」
「そうですか。了解ですっ」

 あおいは元気よく返事した。彼女のようなマネージャーがいると部活も活気づくのかなとふと思う。部活の勧誘期間のとき、サッカー部の男子生徒があおいに声を掛けたのも納得できる。
 先輩の言う通り、それから数分ほどで陸上部の部員が校庭に戻ってきた。
 その中でも道本や颯田部長を含めた何人かの生徒が、スタートラインの近くで集まる。あそこに集まっている生徒がトラック競技の部員なのだろう。男子がやや多めって感じで、女子も結構いるな。
 マネージャーの生徒達と一緒に、俺達は道本達のところへ向かう。

「じゃあ、これから100m走のタイムトライアルをやるよ。2人ずつ走ってね」

 颯田部長が笑顔でそう言うと、他の部員は「はーい」と返事する。

「あと、いつもと違って、今日は麻丘君と桐山さんがタイム計測と記録をしてくれます。だから、走り終わったときは2人に自分の名前を言ってね」

 部長が追加でそう言うと、部員はさっきよりも元気よく「はーい!」と返事してくれる。道本を含めて知っている部員が何人もいるけど、知らない部員の方が多い。部長のお願いは俺にとって有り難いことだった。
 話が終わったので、俺はあおいと一緒にゴールラインへ向かう。その際に、あおいはトラック側、俺は校舎側のレーンを走る部員のタイムを計測することを決めた。
 ゴールラインに到着して、俺は校舎側の方に立つ。
 スタートラインの方を見ると……スタートラインの近くにストップウォッチなどの使い方をレクチャーしてくれたマネージャーの先輩。コースの真ん中辺りの校舎側に白線を引いてと言ったマネージャーの先輩が立っている。また、白線先輩はビデオカメラを持っている。動画撮影をして、部員の走るフォームを記録するのだろう。

「じゃあ、これから始めるよー。3人とも準備はいい?」
「大丈夫でーすっ!」
「準備OKです!」
「いいわよ!」

 レクチャー先輩からの問いかけに、あおい、俺、白線先輩の順番で大きな声で返事した。
 スタートラインには金髪の男子生徒と、黒髪の男子生徒が立っている。校舎側にいるのは黒髪の生徒だから、彼の走るタイムを計る。

「位置について。よーい……」

 スタート! と、レクチャー先輩の声が響いた瞬間、ストップウォッチのスタートボタンを押した。
 俺の担当する黒髪の生徒……いいフォームで走っているな。かなり速いし、背も高いから、こちらに来る迫力が凄い。あおいとのレースのとき、海老名さんや鈴木はこういう風に俺が見えていたのかな。
 黒髪の生徒がそろそろゴールに近づく。ちゃんとゴールの瞬間を見ないと。
 黒髪の生徒がゴールラインを通過した瞬間に、俺はストップボタンを押した。タイムは11秒04か。

「さすがは高校の陸上部。速いな」

 中学の陸上しか知らないので、今の黒髪の生徒の走りがとても速く思えた。俺もベストタイムは事故直前の大会で記録した11秒30くらいだったし。
 黒髪の生徒は小走りで俺のところに戻ってきた。

「近藤っす。何秒だった?」
「11秒04でした」
「おっ、結構いいタイムで走れた」

 そう言うと、黒髪の生徒……近藤君は満足そうな笑顔を浮かべた。本人にとってもなかなかの走りだったらしい。
 記録表に名前と走った長さ、タイムを記載する。
 フォールド側にいるあおいを見ると、あおいもバインダーに挟まっている記録表に名前やタイムを記載しているようだった。

「次行くよー」

 レクチャー先輩のそんな声が聞こえたので、スタートラインの方を見ると……おっ、道本が校舎側のレーンのスタートラインに立ってる。次は道本のタイムを計るのか。どのくらいのタイムで走るのか楽しみだ。

「よーい! スタート!」

 レクチャー先輩による合図と同時に、俺はスタートボタンを押す。
 道本はいいスタートを切る。ゴールラインから見ているけど、道本はどんどん加速しているのが分かる。さっきの近藤君よりも速いんじゃないだろうか。これが関東大会常連の力なのか。あと、走っている道本の真剣な表情がかっこいい。
 道本の走りに感動しながら、彼がゴールラインを通過した瞬間にストップウォッチを押した。タイムは――。

「おおっ!」

 10秒78か! やっぱり、さっきの近藤君よりも速いタイムだ。あと、11秒を切って10秒台に突入したのでテンションが上がる。

「麻丘、どうだった? あっ、俺は道本って言うんだけど」
「ははっ」

 道本は小走りでこちらにやってきて、俺にそう言ってくる。道本は普段よりも息づかいが少し荒くなっていた。まさか、部長のお願いを守るとは。

「10秒78だ」
「おっ、いいタイムが出たな。麻丘がタイム計測をしているから、普段よりも調子いいなって思っていたんだ」
「そっか。10秒台は全然見たことないから、テンション上がったよ」
「ははっ、そうか」

 道本はいつもの爽やかスマイルでそう言ってくれる。

「中学だと、10秒台になると全国優勝レベルだからな。ただ、高校だと、このタイムは関東大会で上位入賞を狙えそうかなっていうタイムなんだ」
「そうなのか。さすがは道本だ」
「ありがとう。ただ、調子が良くてこのくらいタイムなんだ。普段からこのくらい出せないと、全国に行く可能性は低いかなって思ってる。まあ、まずは来月の都大会を突破しないといけないけどさ」
「そっか。ただ、俺から見て凄くいい走りだったと思う。それは伝えておく」
「ああ。励みになるよ、ありがとう。この後もタイム計測と記録をよろしく」
「ああ」

 道本に拳にした右手を突き出すと、彼は爽やかな笑顔のまま俺にグータッチして、スタートラインの方へ歩いていった。
 記録表に道本の名前と走った長さ、タイムを記載する。
 その後も、あおいと一緒に100m走のタイムを計測し、記録していく。
 さすがに、高校の陸上部だけあって速い生徒が多いな。中学の陸上部で一緒に活動していた生徒もみんな、当時より速くなっていて。凄いなぁ……って何度思ったことか。その想いを伝えると、みんな嬉しそうにしていた。
 ただ、その中でも道本のタイムは群を抜いて速い。俺の記録している限りでは、彼が一番速いタイムを出している。今の調津高校の短距離部門のエースは道本なのだと実感するのであった。
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