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第4章

第17話『体育祭⑦-障害物競走-』

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 部活動対抗リレーの後は、再びチーム対抗による種目が行なわれる。
 現在は我ら緑チームが1位。だけど、2位の青チームとの差が詰まってきており、3位の赤チームも追い上げてきている。チーム対抗リレーといった得点の高い種目も残っているので、どのチームが優勝するのかはまだまだ分からない。

『ここで招集連絡です。障害物競走に出場する生徒のみなさんは、本部テントの横にある招集場所に来てください』

 おっ、あおいが出場する障害物競走の招集がかかったか。それもあってか、あおいは張り切った様子でレジャーシートから立ち上がる。

「さあ、障害物競走頑張りますよ! 調津高校ではどんな障害物が用意されるのか楽しみですっ!」

 いつもの明るい笑顔で元気良くそう言うあおい。どんな障害物があるのかが楽しみだとは。相当な障害物競走好きだと窺える。ただ、それがあおいらしく感じて。

「頑張れよ、あおい。ここからみんなで応援してる」
「怪我には気をつけてね、あおいちゃん。頑張ってね」
「はいっ! リレーもありますからね」

 と、笑顔で答えるあおい。あと、頑張れと言う前に、怪我には気をつけてと言うところが愛実らしい。
 海老名さん達もあおいに頑張れとエールを送り、みんなであおいにグータッチする。
 障害物競走ができるワクワクからなのか。それとも午前中よりも暑くなっているからなのか。俺とグータッチするあおいの頬がほんのりと赤くて、手の温もりが強く感じられた。

「では、行ってきますね!」

 元気良くそう言って、障害物競走に出るクラスメイトの女子と一緒に招集場所に向かっていった。
 障害物競走か。小学校でも中学校でも体育祭の種目にあったな。
 小学校のときはバットで回りすぎて前に進めなかったり、中学校のときはラケットの上にピンポン球を乗せて走るところで球を落としまくったりと、苦戦した思い出ばかりだ。1位でゴールできたことがない。

「ふふっ、リョウ君。小中学校のときの障害物競走のことを思い出してるのかな?」

 隣に座っている愛実が、優しく微笑みかけながらそう問いかけてくる。どうやら、顔に出てしまっていたようだ。

「ああ。障害物競走は色々と苦戦したからな……」
「やっぱり。リョウ君は普通に走ると速いけど、障害物競走だとかなり苦戦する障害物があったもんね」
「ああ。障害物競走は苦戦したことばかり思い出すよ」
「そういうのあるよね。私は小学校も中学校も平均台が苦手だったな。フラフラしちゃって、前にゆっくりとしか進めなくて」
「細いからフラフラするよな。そこまで高くないんだけど、平均台に乗ると何だか不安になるよなぁ」
「うんうん。緊張もあってスタスタ進めなかったな……」

 当時のことを思い出しているのか、愛実は苦笑い。
 思い返すと、愛実は……平均台のとき、両手をピンと伸ばして少しずつ進んでいたっけ。緊張しい表情だったことも思い出した。

「障害物競走か。懐かしいな。色々な障害物を突破するのが楽しかったことは覚えてる」
「道本君は障害物があっても速かったものね」

 中学時代の障害物競走しか知らないけど、海老名さんの言うように、道本はどの障害物にも苦戦することなく1位を取っていた記憶がある。どうして速く走っているのに、卓球のラケットからピンポン球が落ちないのか当時は不思議に思っていたな。今思えば、俺が下手すぎたんだろう。

「あたしはバットを10回転して先に進むのが苦手だったわ。遅めに回ってもフラフラしちゃって」
「前に進むの大変だよな、あれ」
「麻丘君も経験者なんだ」
「ああ。小学校のときに勢い良く回りすぎてさ。回った後に派手に転んだ」
「レースだから速く回っちゃう子っているわよね」

 ふふっ、と海老名さんは結構楽しそうに笑っている。自分と同じことが苦手だったのが嬉しいのか。それとも、派手に転んだ俺を想像しているのか。

「オレも中学の体育祭では障害物競走やったな! オレは網くぐりが苦手だったな。入るのに一苦労だった」
「鈴木は体がデカいもんな」

 道本の指摘に俺は小さく頷く。鈴木ほどに大きいと、網の下に入るのも大変そうだ。

「私も中学時代に障害物競走があったなぁ。三輪車が苦手だった。中学に今くらいの背になったからね」

 苦笑いをしながらそう言う佐藤先生。今くらいの長身だと三輪車は苦戦しそうだ。
 道本以外はみんな苦手な障害物はあったのか。あおいは……特に苦手な障害物があるとは聞いていない。体を動かすのは好きだし、どんな障害物が用意されるのか楽しみだと言っていたほどだから、道本タイプでどの障害物も難なく突破しそう。
 まもなく障害物競走が始まるのだろうか。トラック上には平均台や網、サッカーボール、バットが設置される。また、コースの側には係と思われる生徒が何人も立っている。
 多くの生徒が招集場所からトラック内に移動する。その中にあおいがいるので、障害物競走に参加する生徒達か。

『さて、次は障害物競走です。参加する生徒のみなさんには、トラック1周の間にある4つの障害物に乗り越えてもらいます。最初に平均台を渡り、その次は網くぐり。網を出たら、サッカーボールをドリブルしながらトラックの4分の1周を進みます。最後にバットの回りを10回転してゴールを目指してください!』

 平均台に網くぐり、サッカーボールのドリブル、ぐるぐるバット10回転か。どれも定番な障害物だ。
 この障害物競走でも男子からスタートする。
 みんな勢いよくスタートするけど、最初の障害物の平均台でスピードが落ちる生徒が多い。中には地面に落下してしまう生徒もいる。
 2つ目の網くぐりでもスピードが落ちる。係の生徒が両側から押さえており、網がそこまで高く持ち上げられないからだろうか。あと、男子はそれなりの体格の生徒が多いし。
 3つ目のドリブル。得意な生徒は結構なスピードで前に進むけど、苦手な生徒は蹴ったサッカーボールが明後日の方向に飛んでしまう。特にコーナーのところでそうなっている生徒はそれなりに見受けられる。
 ラストのぐるぐるバット。勢いよく10回転したせいで転ぶ生徒もいれば、ゆっくり回ってスタスタとゴールに向かう生徒もいる。そのことで、最後の最後で逆転する展開になるレースもあった。速さを求めて勢いよく回っても転んでしまったら終わりだし、転ぶのを恐れてゆっくり回ってもその間に抜かれてしまう可能性もある。そう考えると奥深い障害物だなと思う。

『次からは女子のレースになります』

 面白いレースが多いから、あっという間に女子のレースになったか。いつ、あおいのレースになるのかが楽しみだな。
 男子のレースを見たのもあってか、女子はどの障害物も慎重な様子で乗り越える生徒が多い。ただ、得意不得意もあるようで、逆転の展開になるレースはそれなりにある。

「あおいちゃんが出てきた!」
「あっ、本当ね。頑張って、あおい!」
「あおいちゃん頑張って!」
「頑張れよ、あおい!」

 俺達はスタート地点に立つあおいに激励を送る。その声があおいにも届いたようで、爽やかな笑顔でこちらに向かって大きく手を振ってきた。
 あおいはスタンディングスタートの構えに。4つの障害物をどう乗り越えて、何位でゴールするのか楽しみだ。
 ――パァン!
 スターターピストルが鳴り響き、あおいのレースがスタートした。
 あおいは勢いよくスタートし、先頭で1つ目の障害物・平均台に辿り着く。
 さすがに普通に走るほどではないが、両手を真横に伸ばしてスタスタと歩いていく。ふらついている様子もない。そんな様子を見て、愛実は「凄い……」と呟いていた。
 先頭で平均台をクリアし、あおいは2つ目の障害物・網くぐりに到着する。
 あおいは網の前にしゃがんで、両腕で網を持ち上げる。ただ、後から生徒が来るのも考えて、素早い動きで網の中に入る。その動きがスムーズなので、鈴木が「おおっ」と声を漏らしていた。
 あおいは両手で網を上げ、しゃがみながら小さな歩幅で前に進んでいく。順調に進み、2位の生徒が網に入り始めたところで苦戦する中で、あおいは網を突破した。

『緑チーム! 平均台に続いて網くぐりも1位で突破!』

 俺達の前のコースを通り、3番目の障害物・ドリブルのスタート地点に到着する。ここから、ぐるぐるバットの手前にいる生徒の前までサッカーボールをドリブルする。
 あおいはサッカーボールをドリブルしながらコースを進んでいく。女子の中ではそれなりに速い。そういえば、昔……公園でボール遊びしたとき、ボールの扱いが結構上手かったっけ。
 2位以下の生徒との差を広げつつ、あおいはドリブルのエリアもクリアした。

『緑チーム、ドリブルも難なく突破しました。このまま緑チームの彼女の独擅場になるのでしょうか!』

 そして、あおいは最後の障害物・ぐるぐるバットの場所に到着する。
 あおいはバットを軸にして元気よく回っているな。まあ、他の生徒との差はかなり開いているし、このまま1位を――。

『あっ!』

 10回転し終わって、ゴールに向かって走り始めた瞬間、あおいは派手に転んだ。それもあって、俺達も思わず大きな声が漏れてしまった。

『おおっと! 緑チームの生徒、ここで大ブレーキ!』

 まさか、ここで勢いが落ちてしまうとは。まあ、ぐるぐるバットでは勢いよく回っていたからなぁ。そのことで三半規管がやられてしまったのかもしれない。
 あおいは何とか立ち上がって、ゴールに向かってゆっくりとしたペースで歩いていく。
 他の生徒はどうなっているかを見ると……赤チームの生徒がぐるぐるバットで待っているところだ。青チームと黄色チームはドリブルで苦戦している。

「あおい! 歩きでいいから前に進むんだ! 無理に走ろうとはするな!」

 俺はあおいに向かって大声でそうアドバイスする。三半規管がおかしくなっている今のあおいには、この声もまずいかもしれないが。
 俺のアドバイスが届いたのか、あおいはふらつきながらもゴールに向かって歩いている。走ろうとすると、体勢が崩れて転んでしまうかもしれないからな。
 あおいがゴールまであと10mくらいのところまで歩いたとき、赤チームの生徒のぐるぐるバットが終わる。ただ、彼女も三半規管がやられたのか、走り始めてすぐに転んでしまう。ただ、起き上がるのも早いな。

「あおいちゃん、もう少しだよ! 頑張って!」
「頑張って、あおい!」

 赤チームの生徒が追い上げているから、愛実と海老名さんが大きな声で応援する。
 三半規管が少しずつ良くなってきているからか、あおいの歩みは止まることはなく、むしろ速度が上がってきている。そのままあおいは1位でゴールした。

『ゴール! 緑チームの生徒が1位です! ぐるぐるバットに翻弄されましたが、1位を守ってゴールしました!』

 あおいが1位でゴールしたので、うちのクラスを中心に緑チームの生徒達は拍手を送る。

「良かったよ、あおいちゃん……」
「ええ。ほっとしたわ」
「最後はヒヤッとした展開だったもんな」

 俺の言葉に愛実と海老名さんは頷くと、ほっと胸を撫で下ろし安堵の笑みを浮かべる。ぐるぐるバットの直後に転んだし、最後は赤チームの生徒が迫っていたからな。嬉しさよりも安堵の気持ちの方が強いのかもしれない。
 あおいは……ゆっくりとした歩みで、試合後の生徒達が集まるところに向かっている。

「あおい、1位おめでとう!」
「おめでとう、あおいちゃん! あと、お疲れ様!」
「お疲れ様、あおい!」
「1位おめでとう、桐山!」
「お疲れさん!」
「1位おめでとう。お疲れ様、あおいちゃん」

 俺達が称賛や労いの言葉を掛けると、あおいはいつもの爽やかな笑顔になり、

「ありがとうございますっ!」

 と、お礼を言って、1位の生徒が並ぶ列に向かっていった。あの様子なら、ぐるぐるバットで体調が悪くなっている心配はないだろう。
 やがて、女子の障害物競走が終わり、あおいは俺達のところに戻ってきた。普段と変わらないスピードで。

「最後のぐるぐるバットで勢い良く回ったら凄くクラクラしちゃって。派手に転んじゃいました」

 あははっ、とあおいははにかんでいる。

「凄い転び方だったな。あおい、怪我はないか?」
「背中やお尻から転んだので、特に怪我はありません。痛いところもないです」
「それなら良かった。あと、1位おめでとう」
「涼我君が歩けって大きな声でアドバイスしてくれたおかげですよ。あれで冷静になって、転ばずにゴールに辿り着けましたから。ありがとうございます、涼我君」

 あおいはニッコリと笑いながら俺にお礼を言ってくれた。こんなに可愛い笑顔でお礼を言われると、凄く嬉しい気持ちになる。

「あおいの力になれて良かったよ。お疲れ様」

 そう言って、あおいの頭をポンポンと優しく叩く。そのことであおいの顔が頬を中心に赤くなって。ただ、あおいのにこやかな笑顔は変わらなかったのであった。
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