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第4章

第25話『関東大会-後編-』

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 道本は男子100m決勝、鈴木は男子やり投げで4回目以降の試技に進出した。これだけでも、去年の関東大会よりもいい結果を残せている。ただ、今の2人の目標はインターハイ出場。この勢いでインターハイの出場権を掴み取ってほしい。
 道本が進出した男子100m決勝まではまだ時間はあるけど、鈴木が出場している男子やり投げの試技が続いている。今は4回目の試技まで終了しており、鈴木は第4位だ。

「道本君も鈴木君も、インターハイまであと一歩なんですよね。インターハイ出場の具体的な基準って何なのですか?」
「100m走は決勝のレースでの上位6人までがインターハイに出場できるよ」
「そうなのですね。決勝レースは8人で行ないますから……8分の6ですか。そう考えると壁は低く感じますが、油断してはいけませんよね」
「そうだな」

 スポーツだから、何が起こるか分からないし。
 きっと、道本は決勝戦でも彼の持つ全力で走るだろう。その全力を発揮できれば、道本はインターハイの出場権を獲得できるだろう。俺はそう信じている。

「やり投げも同じよ。競技の上位6人がインターハイの出場権を獲得できるわ。4回目以降の試技に進めるのは8人だけだから、8人中6人というのも同じ」
「なるほどです。こちらも8分の6と考えれば壁は低そうですが、油断はもちろんできませんね」
「ええ。4回目以降の試技に残った8人は一定以上の実力を持っている。これ以降の試技で大きな記録を出せる選手が何人も出てくるかもしれないし、力弥君がファウルが続いてしまうかもしれない。みんな残り2回試技できるし、まだまだ分からないわね」
「そうですか。鈴木君が少しでもいい試技ができるように、みんなで応援しましょう」
「そうしてもらえると、彼女としてとても嬉しいわ」

 須藤さんは言葉通りの嬉しそうな笑顔になる。そんな須藤さんに、あおいはニッコリと可愛らしい笑顔を向けていて。鈴木と道本を中心に、調津高校や泉水女子高校の生徒を一緒に応援することを通じて、2人はさっそく仲良くなったようだ。
 その後も、トラック競技とフィールド競技を交互に生配信される。調津高校や泉水女子高校の生徒が映ると、みんなで応援する。
 また、男子やり投げについては8人にまで絞られたので、3回目までと比べて鈴木の試技の感覚が短くなっている。鈴木の姿をまたすぐに見られるのもあり、須藤さんはとても喜んでいて。鈴木は本当に可愛い女性と付き合っているんだなって思うよ。

「これから、男子やり投げの最終試技に入るわね」

 いよいよ、最後の試技の時間になった。
 5回目の試技が終わった時点で、鈴木は58.12mで第4位。
 インターハイに出場できるのは6位までの選手だ。さっき須藤さんが言っていたように、大記録を出す選手が何人も出てくるかもしれないし、鈴木がファウル……記録なしの試技をしてしまうかもしれない。最後まで気は抜けない。
 最後の試技が行われ始める。
 この試技で、インターハイ出場が決まるかどうか掛かっているから、どの選手もかなりの気合いが入っていて。槍を投げる際に雄叫びを上げる選手が多いが、その雄叫びにこもった気迫が凄くて。それが功を奏してか、鈴木の記録を超える記録を出す選手もいる。

「あっ、力弥君出てきた!」

 最終試技の6人目に鈴木が登場した。
 これまで、鈴木が画面に映ると、須藤さんはテレビの近くまで行ってメロメロになっていた。ただ、今はクッションに座って真剣な様子でテレビを見ている。祈るように両手を握りながら。
 鈴木はこれまで以上に真剣な様子だ。右手に槍を持ち、ゆっくりと深呼吸をしていて。その姿は、学校で見せる姿とは全然違う。

「力弥君、頑張って!」
「鈴木、頑張れ!」
「鈴木君ならきっとできますよ!」
「頑張って、鈴木君!」
「最後もしっかり投げるんだよ、鈴木君!」

 栃木の陸上競技場にいる鈴木にエールを送る。
 鈴木は真剣な表情で正面を向き、右手に持つ槍を構えると、ゆっくりと助走を始めた。頑張れ、鈴木!
 助走の速度は徐々に増していき、スタンディングラインの近くまで行ったところで、

『おりゃあああっ!』

 今日一番の大きな雄叫びを上げながら、槍を思いっきり投げた!
 鈴木の投げた槍はグングンと前へ進んでいき、60mラインを少し越えたところに刺さった! かなりの記録なので、刺さった瞬間に俺達は「おおおっ!」と声を上げた。

「今日一番の記録だよ! 力弥君!」
「60mを越えるのは初めてですよね!」
「ええ!」

 須藤さんとあおいは興奮してそう言っている。
 ここで今日の自己ベストを出してくるとは。勝負強いな。さすがは鈴木だ!
 それからすぐに、フィールド表示盤に『60.34』と表示される。記憶が正しければ、鈴木以外に60mを越えた試技をしたのは1人か2人しかいない。これでインターハイ出場は大きく近づいたと言っていいだろう。

『よしゃあああっ!』

 とても嬉しそうな様子でガッツポーズする鈴木の姿が映し出される。初めて60mを超える記録を出したんだ。彼の嬉しさが凄く伝わってくるよ。

「やったね! 力弥君!」

 黄色い声でそう言うと、須藤さんはテレビの前まで行き、鈴木の映っている部分に頬をスリスリしている。そんな彼女に俺達4人は自然と笑い声が漏れた。鈴木が帰ってきたら、たっぷりと頬ずりしたりキスしたりしそうだ。
 残り2人の最終試技も行われ、画面には男子やり投げの最終結果が1位から順に表示される。そして、

『2位:鈴木力弥 (調津) 60.34』

 2位に鈴木の名前が表示された。これでインターハイ出場決定だ!

『やったー!』

 俺、あおい、愛実、須藤さんが歓喜の声を上げる。須藤さんはもちろんのこと、あおいも愛実も佐藤先生も凄く嬉しそうだ。5人全員で拍手し、ハイタッチする。

「……やったね、力弥君。初めての全国大会だね。凄く嬉しい……」

 喜びのあまりか、須藤さんは涙を流しながらそう言った。右手で涙を拭うが、涙の止まる気配はない。そんな中で、彼女は何度も嗚咽を漏らす。
 高校からの友人の俺でもこんなに嬉しいんだ。3年付き合っている恋人だったら、感極まって涙も溢れてしまうだろう。去年は4回目の試技に進めないまま敗退してしまったし。
 嬉し泣きをする須藤さんに、あおいは「おめでとう」と言って頭を優しく撫でる。そんなあおいを見てか、愛実も須藤さんのすぐ側まで行き、同じようにおめでとうと頭を撫でている。

「とても美しい光景だね、涼我君」
「そうですね。この様子は後で鈴木に話そうと思います」
「それがいいよ。きっと、彼も喜ぶんじゃないかな」
「ですね」

 今のことを含めて、この部屋で応援した様子を鈴木に話そう。あと、鈴木の場合は須藤さんからお祝いやご褒美をいっぱいもらいそうな気がする。
 鈴木はインターハイ出場を決められた。これが道本にとっていい刺激になり、力になるといいな。
 それからも、関東大会の競技日程が進んでいく。
 男子やり投げの他にも最終順位が決定する競技が続々と。インターハイ出場が決定したのか喜ぶ選手や、決められずに悔しそうにしている選手の姿が映し出されることも。そのどちらのパターンにも、調津高校や泉水女子高校の生徒もいた。そして、

「もうすぐで、道本が出る男子100m走の決勝だ」

 ついに、このときが来たか。
 中学入学直後に出会ったときから、道本は全国大会出場を目指して陸上を頑張ってきた。3年前の事故で俺が陸上を辞めてからは、俺の分まで頑張ってくれている。インターハイ出場を初めて決める瞬間を見たい。
 画面にはトラック競技のスタート地点の映像が表示される。スタート地点には男子の選手達が何人もおり、5レーンのところに道本の姿が。

「おっ、道本君がいる。頑張れ!」
「頑張ってくださーい!」
「道本君頑張って!」
「あと一勝よ! 道本君!」
「ここから見守っているわ!」

 道本に向かってエールを送る。
 道本など100m走の8人の選手達は、それぞれのレーンのスターティングブロックでクラウチングスタートの姿勢を取る。
 インターハイがかかった決勝戦がもうすぐスタートする。こっちまで緊張してくるな。現役のとき、スタート前は結構緊張していたことを思い出す。
 頑張れ、道本。お前なら絶対に6位以内に入ることができるぞ!
 ――パァン!
 号砲が鳴り響き、男子100m走の決勝戦がスタートした。
 準決勝と同様に道本はいいスタートを切った! 隣の4レーンを走っている大柄な黒髪男子と首位争いを繰り広げている。
 ただ、この試合は決勝戦。2人以外の選手達もすぐ後ろで3位争いを繰り広げている。

「道本頑張れー!」

 俺達はかなりの大きな声で道本を応援していく。
 レースは中盤。道本はレース中にグングン加速していくタイプだ。いつもの道本の走りができれば大丈夫だ!
 いつも通り、道本のスピードは加速していく。
 ただ、道本のようなタイプの選手は複数いる。道本と1位争いをしていた4レーンの選手が、道本から体一つほど抜け出した。また、3レーンと6レーンの選手もかなりのスピードで追い上げてきた。

「焦るな道本! 自分の走りをするんだ!」

 届くはずのないアドバイスを俺は大声で言った。
 4レーンの選手との差は開いていくが、道本は粘りの走りをして、3レーンと6レーンの選手と2位争いをしている。
 4レーンの選手が1位でゴールし、道本は3レーンと6レーンの生徒とほぼ同時にゴールした。

「ど、道本君は何位でしょうか!」
「3レーンと6レーンの人と2位争いしていたよね」
「そうね、愛実さん。2位から4位のどこかでゴールしたと思うわ」
「他に追い上げてくる選手がいなかったからね。きっと、インターハイは確実だよ」

 佐藤先生がそう言うと、あおい、愛実、須藤さんは嬉しそうな表情に。
 道本を含めた3人の選手によって2位争いをしている状況だった。だから、最低でも4位には入っている。6位までに入ればインターハイの出場権を得られるから、佐藤先生の言うように確実だろう。それはレースを見て分かることだけど、早く結果を見たい気持ちがあって。
 それから程なくして、男子100m走決勝戦の結果が画面に表示される。1位の生徒から順番に氏名やタイムなどが表示され、

『3位:道本翔太 (調津) 10.69』

 3位で道本の名前が表示された。そのことで、ようやく嬉しい気持ちがあふれ出た感覚になった。

「やったな、道本! よくやった! おめでとう!」

 中学の陸上競技から5年目。道本はようやく全国大会への切符を掴むことができたんだ! 親友として、中学時代には一緒に切磋琢磨した仲間として嬉しいよ。

「やったね、道本君! おめでとう!」
「道本君もインターハイですよ! インターハイ!」
「道本君も凄いわね!」
「見事な走りだったよ! いやぁ、受け持っている生徒2人がインターハイに行くとはね」

 あおいや愛実達は拍手しながら、道本を称賛する言葉を言ってくれる。そのことがとても嬉しかった。俺は4人に対してハイタッチする。
 画面には、嬉しそうな笑顔を浮かべる道本の姿が映し出される。そんな道本はとても輝いていて、凄くかっこいい。誇らしいよ。
 カメラが向けられているのに気付いたのか、道本は笑顔のままこちらを向いて、

『麻丘! やったぞ!』

 大きな声でそう言って、右手でピースサインをしてくれた。
 まさか、画面越しに俺にメッセージを送ってくれるなんて。突然のことだから驚いた。その瞬間に目頭が急激に熱くなり、その熱が両頬を伝っていくのが分かった。画面に映っている道本の笑顔が歪んで見える。
 俺が自宅から生配信を見て応援していると知っているから、きっと俺に向けてメッセージを送ってくれたのだろう。それに、俺が事故に遭って陸上部を辞めてからは、俺の分まで頑張って、俺の目標でもあった全国大会出場を目指す思いがより強くなったそうだから。その目標が達成できたと、いち早く言いたかったのだろう。

「ありがとう。おめでとう……」

 気付けばそう言っていた。ただ、道本に会ったらちゃんと言わないとな。
 さっきの須藤さんのときのように、あおいと愛実が俺の頭を優しく撫でてくれた。その温もりが優しくて、しばらく涙が止まらなかった。



 俺、あおい、愛実は6人のグループトークに、道本と鈴木に対して『インターハイ出場おめでとう』の旨のメッセージを送った。
 自由に過ごせる時間なのだろうか。すぐに、道本と鈴木から『ありがとう』とメッセージが送られ、海老名さんからはユニフォーム姿の2人が嬉しそうな様子で肩を組む写真が送られてきた。とてもいい写真だ。そう思いながら、保存ボタンをタップした。



 なお、翌日。
 道本は200m走、学校対抗の4×100mリレーのアンカーとして参加した。その2種目でもインターハイ出場を決めることができた。
 道本。鈴木。初めてのインターハイ出場おめでとう。
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