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最終章

第11話『海へ行こう!』

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 7月24日、日曜日。
 いよいよ、みんなで海水浴へ行く日がやってきた。
 俺達が住む調津はもちろんのこと、海水浴場がある湘南地域も一日快晴だ。雨が降る心配もなく、最高気温は33度と絶好の海水浴日和である。

「海水浴当日になりましたね!」
「そうだね! 晴れて良かったよ!」

 午前8時15分。
 俺はあおいと愛実と一緒に、待ち合わせ場所である佐藤先生の家があるマンション前に向かって歩いている。今の時間から晴れていて気温が高いけど、これから海水浴に行くからか、あおいも愛実も楽しげな笑顔だ。膝丈のスカートにノースリーブのパーカー姿のあおいも、ノースリーブのワンピース姿の愛実も可愛くて。そんな2人を見ていると、炎天下で荷物を持って歩くのも悪くないと思える。
 調津に住んでいる俺、あおい、愛実、道本、海老名さん、佐藤先生は、午前8時半に先生の家があるマンション前で集合することになっている。
 佐藤先生が運転するレンタカーで、鈴木と須藤さんの家の最寄り駅であるつくしヶ丘駅というところに行き、そこで2人と合流。そこから湘南の海水浴場へと向かう流れだ。

「あおいちゃん。昨日はちゃんと眠れた? 前に、イベントの前日はなかなか眠れないことが多いって言っていたから」
「今回は眠れましたね。昨日は日中いっぱいバイトがあったからかもしれません。ベッドに入ったら2、3分ほどで眠れました」
「そうだったんだ。良かった」

 愛実は優しい笑顔でそう言った。
 海ではいっぱい体を動かすだろうからな。日陰で休めるようにビーチパラソルは持っていくけど、それでも暑い屋外だし。それに、熱中症対策として、睡眠をたっぷりと取ることは重要だから。あおいがよく眠れたと分かってほっとした。

「涼我君と愛実ちゃんは眠れましたか?」
「俺も眠れたよ。夕方までバイトして、家に帰ってからは課題をやって眠気が来たから」
「まあまあ眠れたよ。今日が楽しみで、いつもよりも寝るまでにちょっと時間がかかったけど」
「ふふっ、そうですか。お二人も眠れて何よりです」

 あおいは快活な笑顔でそう言った。
 毎年恒例の海水浴だし、愛実も毎年楽しそうに遊んでいる。だから、愛実も普段よりもちょっと眠りに入るまで時間がかかったか。それでも、愛実の笑顔は普段通りで、顔色も悪くない。きっと大丈夫だろう。

「涼我君! 今日のために買った水着、楽しみにしていてくださいね!」
「わ、私も新しい水着を買ったから、楽しみにしてくれると嬉しいな」
「ああ、2人とも楽しみにしているよ」

 俺だって男だ。一緒に行く女子の水着姿が、毎年恒例の海水浴の楽しみの一つになっている。しかも、今年は11年ぶりにあおいも一緒だ。再会してからのあおいの水着姿は一度も見たことがないので、今まで以上に楽しみだ。
 ちなみに、俺の水着は去年も穿いていた緑の海パン。好きな緑色だし、デザインも気に入っているので今年も穿くことにしたのだ。もちろん、昨日のうちに海パンが穿けることは確認済みだ。
 それから数分ほどして、佐藤先生のご自宅がある淡いグレーのマンションが見えてきた。目印が見えると、集合場所まであと少しなのだと実感できる。心なしか、持っている荷物がちょっと軽くなった気がする。

「あそこにいるの、理沙ちゃん達じゃないですか?」

 あおいはそう言い、正面の方を指さす。
 あおいが指さした先を見てみると……スラックスに半袖のVネックシャツ姿の道本に、膝丈のスカートにフレンチスリーブのブラウス姿の海老名さん、ジーンズパンツにタンクトップ姿の佐藤先生の姿が見える。3人とも夏らしい服装で似合ってるな。あと、みんな美男美女だから、近くを歩いている人の多くが3人のことを見ている。

「そうだな、あおい」
「理沙ちゃんと道本君はもう着いたんだね」
「ですね。おはようございまーすっ!」

 大きめの声であおいがそう言って手を振ると、道本達はすぐに気づいたようで、こちらに笑顔で手を振ってくれる。俺と愛実も道本達に手を振った。
 また、道本達のすぐ側にはシルバーボディのミニバンが停車されている。かっこいい。きっと、あれが先生が借りてきた車なのだろう。
 道本達のところに辿り着いて、俺達は朝の挨拶を交わしたり、女性陣は互いの服を褒め合ったりする。
 道本と海老名さんは昨日まで部活があり、佐藤先生は夏休みに入っても平日に仕事があるけど、3人とも元気そうだ。良かった。

「ところで、佐藤先生。このシルバーのミニバンが借りてきた車ですか?」
「そうだよ、涼我君。8人で行くから、8人乗りのワゴン車を借りてきた」
「そうなんですね。8人乗りですから大きくて立派ですね」
「そうだね。8人まで乗れるミニバンやワゴン車は結構あるみたいで、4日前の終業式の日でも余裕で予約できたよ。あと、交通費は全て私持ちだからね」
「ありがとうございます」

 調津駅と海水浴場の最寄り駅との往復の電車賃は結構かかる。なので、佐藤先生の運転する車に乗り、しかもタダで行けるのは凄く有り難い。
 いえいえ、と佐藤先生は落ち着いた笑みを浮かべる。そんな先生がとても大人の女性に見えた。

「あの、涼我君。私、涼我君と隣同士で座りたいです! いいですか?」

 あおいはワクワクとした様子でお願いし、上目遣いで俺のことを見つめてくる。車で行くことが決まった時点でお願いされるとは思っていた。

「ああ、いいぞ」
「ありがとうございますっ!」

 と、あおいはとても嬉しそうにお礼を言う。本当に可愛いな。
 ――キュッ。
 あおいを見ていると、俺の着ているワイシャツを後ろから少し引っ張られる感覚に。
 振り返ると、愛実が俺のワイシャツの裾をそっと掴んでいた。愛実は頬をほんのりと赤くして、俺のことをチラチラと見ている。

「わ、私もリョウ君と隣同士に座りたいな。去年も行き帰りの電車でリョウ君と隣同士で座って、楽しかったから。いいかな?」

 愛実はそう言うと、それまで散漫だった視線が俺の目に定まって。ちょっと緊張しい様子だけど、それでも可愛く思えて。

「もちろんさ」

 俺がそう答えると、愛実はぱあっと明るい表情になる。

「ありがとう、リョウ君!」
「後部座席は3列シートが2つあるからね、そのどちらかに君達3人が座るといい。私はもちろん運転席。理沙ちゃんと道本君はどうする?」
「鈴木君と美里はカップルですから後部座席の同じシートに座ってもらいましょう。だから、1人は助手席で、もう1人は後部座席になるわね」
「そうだな。海老名はどっちがいい? 好きな方でいいぞ」
「あたしはどちらでもかまわないわ。道本君は?」
「そうだな……助手席の方がゆったりできそうな気がする。俺が助手席でもいいか?」
「いいわよ。じゃあ、あたしが後部座席に乗るわ」
「決まりみたいだね。じゃあ、調津の6人が揃ったから、鈴木君と美里ちゃんが待っているつくしヶ丘に行こうか」

 俺、あおい、愛実の荷物をトランクに入れて、俺達は車に乗っていく。
 さすがは8人乗りだけあって、車内は結構広いな。うちの車は最大5人乗りなのでかなり広く感じられる。
 鈴木と須藤さんが後から乗りやすいようにと、後部座席の1列目に海老名さんが座り、俺とあおいと愛実が後部座席の2列目に座ることに。
 あおいも愛実も俺と隣同士に座りたいと希望しているので、俺は2人に挟まれる形で座る。俺の右側にはあおい、左側には愛実が座る。3人で座っているから、あおいも愛実も腕や脚が触れている。
 3席シートの真ん中の席は座り心地があまり良くないイメージがあるけど、この車はなかなか座り心地がいいな。

「あおい、愛実。腕や脚が触れているけど、窮屈さはないか?」
「全く窮屈ではありませんよ。むしろ、涼我君と触れられて嬉しいくらいです!」
「私も快適だよ」
「それなら良かった」
「リョウ君は真ん中の席だけど窮屈さはない?」
「俺も大丈夫だよ」
「良かった」

 愛実はそう言うと優しい笑顔を浮かべた。
 あおいとも愛実とも体が触れているからドキッとするけど、全く嫌だとは思わない。これなら海水浴場までの移動中も快適に過ごせそうだ。

「みんな乗ったね。じゃあ、まずは2人が待つつくしヶ丘へ行こう」

 佐藤先生がそう言うと、程なくして俺達が乗る車はマンション前を出発する。
 まだ全員は揃っていないけど、車が出発するとお出かけがスタートした感じがする。高校やバイトは徒歩だし、最近は車に乗って家族や香川家のみなさんと一緒にどこかへ出かけることも少なくなった。だから、こうして車に乗っていると特別な時間を過ごしている気がする。
 また、10年前にあおいがいた頃は、車でお出かけすることが何度もあった。だから、あおいと一緒に車に乗っていると懐かしい気持ちにもなる。

「こうして一緒に車に乗ると懐かしい気持ちになりますね」
「あおいもか。まあ、当時は今と違ってチャイルドシートに座っていたけどな。たまに、どっちかの車の後部座席にチャイルドシートを装着して、あおいと一緒に乗ったよな」
「ですね! また、涼我君と一緒に車に乗れて、しかも触れられる距離で。本当に幸せです」

 甘い声色でそう言うと、あおいは俺に軽く寄り掛かってきて、左手を俺の右手に重ねてくる。そのことであおいの温もりや甘い匂いがより強く感じられる。
 俺と目が合うと、あおいは至近距離から幸せそうな笑顔を向けてくれて。体が段々と熱くなってきたな。

「私とも小学生の頃を中心に、麻丘家のみんなと一緒に車でたくさんお出かけしたり、旅行に行ったりしたよね。あおいちゃんみたいに、どっちかの家の車の後部座席にリョウ君と隣同士で座ることが何度もあったよね」
「そうだったな。ただ、中学以降はそういうことも減ったよな」
「そうだね。一緒にお出かけするのも、家族じゃなくて友達と一緒なのが多くなったし。そういうときは電車を使うもんね」
「そうだな。だから、個人的には車は電車以上に特別感があるよ」
「ふふっ、私も」

 あおいほどではないけど、愛実もかなり近い距離から俺に楽しそうな笑顔を向けてくれる。俺と共感してくれるのもあって心が温かくなる。

「あおいと愛実と同時に車に乗るのは初めてだから、移動の時間も楽しみたいな」
「そうですね」
「そうだね、リョウ君」
「じゃあ、初めて3人一緒に車に乗った記念に写真を撮ってあげるわ」

 気付けば、一つ前の列に座っている海老名さんが、シートから顔を出して俺達を見ていた。海老名さんは楽しそうな様子で、こちらにスマホを向けている。

「いいですね! 撮ってもらいましょうよ!」
「そうだね、あおいちゃん!」
「撮ってもらうか。お願いするよ、海老名さん」
「りょうかーい」

 撮ってもらいやすくするためか、あおいは俺の右腕をそっと抱きしめ、愛実も俺と寄り添うくらいまでに体を近づけた。そのことで、あおいはもちろん愛実の温もりや柔らかさ、甘い匂いを感じられるように。特にあおいからは胸の独特の柔らかさも感じられて。少し顔が熱くなってきたな。

「撮るよー」

 海老名さんはそう言うと、スマホで俺達のスリーショットを撮影した。顔が赤くなっていないかどうかが心配だ。
 海老名さんが今撮った写真をLIMEで送ってくれる。さっそく確認してみると……顔が赤くなっていなくて安心した。あと、体感的にあおいと愛実と寄り添っているのは分かっていたけど、こうして写真で見ると2人は俺に結構くっついていると分かって。そのことで、顔がさらに熱くなった。

「いい写真だね、あおいちゃん」
「そうですね! さっそく保存しました」
「私もっ」

 あおいと愛実はこの写真を気に入っているようだ。改めて見てみると……2人とも可愛い笑顔でピースサインをして写っている。俺もスマホに保存しておこう。

「いい写真だな。ありがとう、海老名さん」
「いえいえ」

 ニコッと笑ってそう言うと、海老名さんは前を向いてシートに座った。
 写真を撮り終わったので、愛実は俺から少し離れるが、あおいは俺の右腕を抱きしめたままだ。抱かれて特に不自由はないし、何よりもあおいが幸せそうなので、このままにしておくか。
 海老名さんに写真を撮ってもらってから15分ほどで、つくしヶ丘駅周辺まで来た。この地域に来るのは1年の頃に道本と一緒に鈴木の家に行ったとき以来なので、ちょっと懐かしく感じる。
 それから程なくして、つくしヶ丘駅が見えてきた。車窓を見ると、短パンに半袖のTシャツ姿の鈴木と、フレンチスリーブのワンピース姿の須藤さんが見えた。俺達が車内から手を振ると、それに気付いたのか2人も手を振ってきた。
 鈴木と須藤さんの近くで停車すると、2人はこちらにやってきた。
 佐藤先生が車から降りて、トランクに鈴木と須藤さんの荷物を入れる。そして、

「みんなおはようだぜ!」
「おはよう。七夕祭り以来ね。みんな元気そうで何よりだわ」

 後部座席の入口から鈴木と須藤さんが車内に入ってきた。これから海水浴に行くからか、2人とも楽しげな笑顔だ。
 鈴木と須藤さんが来たので、後部座席の1列目は運転席側から鈴木、須藤さん、海老名さんという順番で座った。これで海水浴に行くメンバーが全員集合したな。

「よし。鈴木君と美里ちゃんとも合流できたし、これから湘南の海に向かうよ」
『おー!』

 佐藤先生の言葉に、あおい、道本、鈴木、須藤さんが元気良く返事する。事前に打ち合わせしたわけでもないのに、よく4人の声が合ったな。そのことに愛実と海老名さんが「ふふっ」と楽しそうに笑う。
 佐藤先生の運転により、俺達8人が乗る車は海水浴場に向けて走り出すのであった。
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