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最終章

第18話『私も。』

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 愛実の受けたナンパの一件があってからは、道本と鈴木と一緒にクロールの競走をしたり、砂風呂を希望する鈴木にみんなで砂をかけたり、おやつに海の家でかき氷を買って食べたりするなど楽しい午後の時間を過ごしていく。
 ただ、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので。
 気付けば、陽も傾き始め、海水浴場の近くにあるスピーカーから、防災無線チャイムの童謡のメロディが聞こえてきて。そのメロディが聞こえたことで午後5時であると分かり、そろそろ帰ろうということになった。
 レジャーシートやビーチパラソルを片付け、更衣室で水着から私服へと着替えた。午前中からずっと水着だったし、色々なことがあったから、随分と久しぶりに私服を着た感覚になった。
 帰りももちろん、佐藤先生による運転だ。
 座る場所は行きと同じで後部座席の後ろの列の真ん中の席。右側にあおい、左側に愛実が座るのも同じである。俺達や佐藤先生以外のメンバーも同じ場所に座っていた。
 佐藤先生に運転してもらっているし、家の近くまで連れて行ってもらえるし、車の中は涼しいから楽だな。去年までは電車が移動手段だったから、途中で電車の乗り換えもしないといけなくて、俺達以外の人もいっぱい乗っていたから。

「涼我君……」

 あおいは俺の右腕を抱きしめながらぐっすりと寝ている。俺が夢に出ているのか、あおいの寝顔には笑みが浮かんでいて。とても可愛い。

「あおいちゃんの寝顔、可愛いね」
「そうだな。海でいっぱい遊んだからかぐっすり眠っているな」
「そうだね。車の中が涼しくて気持ちいいもんね」
「ああ」

 あおい以外にも、道本と鈴木と須藤さんも寝ている。4人眠っているので、彼らの寝息がはっきりと聞こえてくる。

「何だか、遠足とか修学旅行から帰ってくるバスや新幹線の中みたいだ」
「帰りの途中で寝る子って結構いるよね。リョウ君はそんなに寝るタイプじゃないよね」
「ああ。友達と喋ったり、隣の席の人が寝ていたらラノベを読んだり、音楽を聴いたりすることが多かったな。愛実もあまり眠らないよな」
「うん。私もお友達と喋ったり、隣の席の人が寝ていたら音楽を聴いたり、景色を楽しんだりしていたよ。理沙ちゃんと隣同士のときは、ずっと理沙ちゃんと喋っていたけど」
「あたしもそんなに寝ないタイプだからね」

 俺達の会話を聞いていたのか、気付けば海老名さんがシートの上から顔を出してこちらを見ていた。

「ふふっ、あおいもぐっすり寝ているわね。可愛いから写真撮ろうっと」
「その写真、私に送って」
「分かったわ」

 海老名さんは楽しげな様子であおいにスマホを向け、写真を撮っていた。寝ている間に勝手に撮ったらあおいは……俺の腕を抱きしめているし、その写真を送ってほしいと嬉々としてお願いしそうだ。
 今回は海で体をたくさん動かしたけど、お昼ご飯の直後にあおいの膝枕で30分ほど昼寝をしたから、眠気はあまりない。なので、車の中で寝ることはないだろう。
 寝ている人がいるので、愛実や海老名さんとたまに小声で話したり、俺が持ってきた携帯音楽プレーヤーで愛実とイヤホンをシェアしながら音楽を聴いたり、スマホにある写真を見たりして車内での時間を楽しむ。
 音楽を聴いたり、写真を見たりするからだろうか。行きよりも愛実は俺に体を寄り添わせていて。ナンパから助けたりしたことも影響しているのかもしれない。車内が涼しいのもあり、愛実の温もりはかなり心地良く感じられた。
 途中、鈴木と須藤さんの最寄り駅であるつくしヶ丘駅前に到着する。その直前にあおい達はみんな起きた。

「今年もみんなと遊べて楽しかったぜ! 桐山と佐藤先生がいたから去年以上に楽しかったぜ! 明日からまた練習を頑張れそうだ!」
「今年もみんなと海水浴に行けて楽しかったわ。ありがとう。夏休みは始まったばかりだし、夏休み中にまた会いましょう」

 と言って車から降りていった。今年も2人にとって楽しい海水浴になって良かった。鈴木にとってはインターハイ前のいいリフレッシュになったようで何よりだ。
 つくしヶ丘駅を後にして、残りの6人のメンバーの集合場所である佐藤先生の家のマンション前に向かう。つくしヶ丘駅からは20分ほどなので、あおいと道本が二度寝することはなかった。

「さあ、マンション前に到着したよ」

 午後7時過ぎ。
 出発地点である佐藤先生のマンション前に到着した。
 俺達は車から降りて、トランクからそれぞれの荷物を下ろす。

「じゃあ、ここで解散だね。久しぶりに海水浴だったけど楽しかったよ。運転も楽しかったな。ありがとう」
「俺も楽しかったです。いいリフレッシュになりました。鈴木と同じで、明日からまた練習を頑張れそうです」
「あたしも明日からマネージャーを頑張れそうです。あおいと樹理先生も一緒だったから去年以上に楽しかったです。来年は部活に加えて受験勉強もあるから難しいかもしれないけど、リフレッシュとして海水浴に行くのもありかも。中3のときも行ったし」
「是非行きましょう! 私も凄く楽しかったですから! 涼我君とは11年ぶりに行けましたし、愛実ちゃんや理沙ちゃん達とは初めての海水浴に行けて満足です!」
「私も満足だよ、あおいちゃん。来年も一緒に行きたいですね」

 佐藤先生、道本、海老名さん、あおい、愛実はそれぞれ今日の海水浴の感想を言う。みんなも海水浴がとても楽しかったと分かって嬉しい。

「俺も去年のメンバーに加えて、久しぶりのあおい、初めての佐藤先生と行けて楽しかったです。来年も一緒に行きましょう。できれば、今日と同じメンバーで」

 俺がそう言うと、あおいや愛実達はみんな俺に向かって頷いてくれた。
 海老名さんの言う通り、来年は受験勉強もあって忙しいだろうけど、リフレッシュとして海水浴で一日遊ぶのはありだと思う。高校受験ではあったけど、中3のときは俺、愛実、海老名さん、道本の4人で海水浴に行ったし。
 道本と海老名さん、佐藤先生とは別れて、俺はあおいと愛実と一緒に帰路に就く。

「さすがにこの時間だと暗くなってきていますね」
「そうだね。ただ、そのおかげで今日は一日中海水浴に行ったんだって実感する」
「それ言えてますね!」
「分かるなぁ。実際に今日は海でたっぷり遊んだからな。朝、マンションに向かって歩いているときが遠い昔のことのように感じる」
「それも言えてますね!」

 愛実の言葉にも俺の言葉にも、あおいは元気よく同意してくれる。それもあって俺達3人は笑いに包まれる。
 海では、あおいは水着が脱げてしまい、愛実はナンパに遭ってしまうハプニングもあったけど、2人の笑顔をたくさん見ることができた。それがとても嬉しい。
 あおいとは11年ぶりの海水浴で、佐藤先生とは初めての海水浴だった。それもあって、今年の海水浴は例年以上に思い出深い海水浴になった。
 今日のことを話しながら歩いていると、3件並ぶ俺達の家が見えてきた。どの家も親が在宅しているからか、家からは灯りが。灯りのある自宅が見えると安心感がある。
 最初に通る愛実の家の前で、俺達は立ち止まった。

「2人ともここでお別れだな」
「そうですね。今日は楽しかったです!」
「そうだね。楽しかった」
「俺も楽しかった。じゃあ……」
「2人とも待って」

 俺とあおいがそれぞれ自分の家に向かって歩き始めようとしたとき、愛実は俺達のことを呼び止めた。そんな愛実の表情はとても真剣で。どこか緊張しい感じもして。

「リョウ君に話したいことがあるの。それをあおいちゃんにも聞いていてほしいんだ」
「そうか。聞くよ」
「愛実ちゃんがそう言うのなら、私も聞きます」

 愛実が俺に話したいことって何なんだ? とても真剣に、しかも緊張するような様子を見せるほどのこととは。あおいを呼び止めて、彼女にも聞いてほしいこととはいったい何なのか。
 一度、愛実は長く息を吐くと、目線を俺に向ける。

「今日、岩場で滑って転びそうになったり、ナンパに絡まれたりしたとき、どっちもリョウ君が助けてくれたね。ありがとう」
「いえいえ」

 ありがとう、の言葉で愛実の口角が上がる。
 まさか、これがあおいにも聞いてほしいことなのか? ……いや、愛実は普段からありがとうと言える人だ。現に、今言った2つの出来事だって、俺が助けた直後にありがとうと言っていた。きっと、俺に言いたいことは別にあるはずだ。

「ナンパから助けてくれたとき、私達……カップルのフリをしたじゃない」
「そうだったな。ナンパを手っ取り早く追い払うために」
「うん。でも……リョウ君とカップルのフリするのは嫌だよ」

 そう言う愛実の真剣な表情には頬を中心に赤みが帯びていて。空はだいぶ暗くなって、俺達を照らす灯りは香川家の玄関灯や中から漏れる光程度。そんな状況でも分かるくらいに、愛実の顔は赤くなっている。

「リョウ君のことが好きだから。リョウ君と付き合って、本物のカップルになりたいからだよ」

 愛実は持ち前の優しい笑顔になって、俺に……告白してきた。
 あおいに告白されたときと同じだ。愛実が言ってくれた今の言葉が、両耳からすっと入ってきて。その言葉が心臓を激しく動かし、その鼓動によって強い熱が全身へと瞬く間に広がっていくのが分かった。
 俺に好きだと告白する。だから、あおいにも聞いてほしいと言ったのか。自分も同じ気持ちを抱いていると知ってもらうために。それに、あおいが告白したとき、愛実が側にいたから。

「10年前からずっと好きだよ。小1の5月に兵庫から調津に引っ越してきて、寂しくて不安だった私を、リョウ君は笑顔で優しく明るく接してくれて。いつも側にいてくれて。そんなリョウ君のおかげで、調津の小学校にすぐに溶け込めて。リョウ君とはこれからもずっと一緒にいたいって思った。1学期中にはリョウ君への好意を自覚してた」
「愛実……」

 調津に引っ越してきた直後、愛実は寂しげな様子を見せることが多かった。
 ただ、俺と一緒に遊んだり、学校へ通ったりすると、すぐに笑顔を見せてくれるようになって。中2のときに遭った交通事故の直後は、罪悪感で笑顔を見せることは少なかったけど、それ以外は笑顔を見せてくれることが多くて。それは……俺のことが好きだからなんだ。この10年で愛実が見せてくれた笑顔が次々と脳裏によぎる。

「それからは学校のクラスが同じなのもあって、ずっと側にいられて。中学生になって別々の部活に入ったり、交通事故があったりしたけど、それでも側にいることができて。10年間一緒に幼馴染としてリョウ君の一番近くにいられて。それがとても幸せで」

 その言葉が本当であると示すように、愛実は幸せそうな笑顔を見せてくれる。その笑顔がとても可愛くて、体の熱がさらに上がっていくのが分かった。

「あおいちゃんが10年ぶりに調津に帰ってきて。リョウ君とあおいちゃんと3人で過ごすようになったけど、それも楽しかった。ただ、リョウ君の誕生日にあおいちゃんがリョウ君に告白して。リョウ君は返事を保留しているけど、それでも焦りが出てきて」
「愛実ちゃん……」
「告白しないと、私はあおいちゃんと同じように『リョウ君を好きな女の子』として見てもらえない。でも、10年間も側にいるから、告白しても『幼馴染としてしか見られない』ってフラれるかもしれない。今までのように接することさえできなくなるかもしれない。だから、好きだってなかなか言えなかったの。でも、リョウ君と距離が縮まっていくあおいちゃんを見て羨ましくなって。今日の海水浴での岩場やナンパのことを経て、リョウ君がかっこよくて、優しくて、側にいてほしいって改めて思えて。だから……今、勇気を出して告白しました」

 愛実は自分の荷物をその場に置いて、俺の目の前まで近づいてくる。

「改めて言います。リョウ君のことが好きです。あおいちゃんだけじゃなくて、私のことも考えてくれませんか? 私も……あおいちゃんと同じくリョウ君の恋人候補にしてくれませんか?」

 真剣な様子でそう言うと、愛実は俺の左頬にキスしてきた。
 唇が触れたのはほんの一瞬だったけど、愛実の唇の柔らかさや温もりはしっかり感じられて。愛実の甘い匂いが濃く香ってくるのもあり、凄くドキドキする。あおいに告白されたときにもキスされたので、当時のことを鮮明に思い出して。
 キスし終わると、愛実は俺のことを見つめてくる。
 愛実は勇気を振り絞って、10年抱き続けている俺への想いを伝えてくれたんだ。現時点での俺の気持ちを言葉にして愛実に伝えよう。

「あおいに告白されたときと同じだよ。好きだって言われて、体が熱くなって、凄くドキドキしてる。きっと……あおいと同じくらいに愛実のことを想っているからだと思う」
「リョウ君……」
「だから……あおいだけじゃなくて、愛実のことも考えるよ。告白を受け入れて恋人にするかどうかを。返事はいつになるか分からないけど」
「返事はいつでもいいよ」
「ありがとう」
「ううん、こちらこそありがとうだよ。あおいちゃんと同じように考えてくれて。それだけでも今は嬉しいよ」

 愛実は持ち前の可愛らしい笑顔でそう言ってくれる。好きだと告白してくれたのもあり、愛実らしい笑顔を見て凄くドキドキする。どこまで強くなるんだと思ってしまうくらい、体の熱が強くなっていく。

「やはり、愛実ちゃんも涼我君のことが好きなんですね」

 そう言い、あおいは俺の横に立つ。やはり……と言うだけあり、あおいは納得したような笑顔を見せている。

「愛実ちゃんはとても可愛い女の子だと思っています。ただ、涼我君に見せる笑顔や、涼我君のことを話すときの笑顔は特に可愛くて。もしかしたら、涼我君を好きかもって思っていたんです。今日、ナンパから助けてもらって、レジャーシートに戻ってくるときの腕を抱く愛実ちゃんは幸せそのものに見えましたし」
「本当に幸せだったからね」
「ふふっ、そうですか。……非常に強力なライバルが出現しましたね」

 そう言うと、あおいの笑顔がとても勇ましいものになる。その表情のまま、あおいの視線が愛実へと向く。

「私、負けませんよ。涼我君を必ず私の恋人にしてみせます!」

 あおいは愛実に向かって威勢良くそう言った。
 今の言葉を受け、愛実もあおいに負けず劣らずの勇ましい笑顔を見せ、

「私だって負けないよ。10年間抱き続けた想いを実らせたい。恋人になって、リョウ君と一緒に幸せになりたいから」

 あおいを見つめながら、しっかりとした口調でそう言った。今の愛実を見ていると、俺にフラれるかもしれないと、告白する勇気がなかなか出なかったのが嘘に思えるほどで。
 あおいは愛実を見つめながら口角を上げる。

「愛実ちゃんとは恋のライバルですが、仲のいい友達でもいたいです」
「私もだよ。友達だけどライバル。ライバルだけど友達だね」
「そうですね! 改めてよろしくお願いします!」
「うん。よろしくね」

 あおいと愛実はそう言うと、あおいから右手を差し出してくる。それに愛実が応じ、2人は明るい笑顔で握手を交わす。俺をめぐっての恋のライバルになったけど、こういうことができるのは、これまでに培ってきた友情があるからだと思う。
 あおいに加えて、愛実のことも恋愛的な意味で考えないといけない。
 あおいと愛実が幸せになるためにも、2人が言ってくれた想いに向き合って考えていかないと。期限は設けられていないけど、ちゃんと考えて、決断して、2人に伝えないと。それが2人に対してできる一番のことだと思うから。
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