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最終章

第28話『インターハイ-後編-』

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 午後4時過ぎ。
 予定通りであれば、道本が出場する男子100m走決勝戦まであと10分ほどになった。そのため、それまで二次元コンテンツの話で盛り上がっていた俺達は、インターハイの様子が映っているテレビ画面を注目するように。

「もうすぐ道本の決勝戦だな」
「そうですね。いい結果になるように応援しましょう!」
「そうだね!」
「全国大会の決勝戦だから、思いっきり走ってほしいわ!」
「道本が満足できる走りをしてほしいよな」

 都大会から始まったレースも、次の決勝戦で最後。泣いても笑っても最後だ。須藤さんの言う通り、思いっきり走ってほしい。きっと、そうすることで一つでもいい結果に繋がると信じている。
 それから程なくして、トラックのスタート地点が映し出される。
 8人の選手達が続々と姿を現し、その中には道本が。道本は6レーンのところに立った。もうすぐレースが始まるのだと実感する。

「道本頑張れよ!」
「頑張ってくださいっ!」
「頑張ってね、道本君!」
「頑張って!」

 俺達はスタート地点にいる道本にエールを送る。
 選手達はそれぞれのレーンのスターティングブロックで、クラウチングスタートの姿勢を取る。
 さあ、いよいよインターハイの決勝戦だ。高校生男子の中で最速の選手が決まる試合が始まる。頑張れ、道本!
 ――パァン!
 スターターピストルの音が鳴り響き、選手達はゴールに向かって走り出した。道本はいい反応ができたと思う。
 3レーンと5レーンの選手はロケットスタートを切るタイプなのか、他の選手よりも前に出ている。ただ、道本は後半で追い上げるタイプだし、2人の選手との差もそこまで開いていない。追いつける可能性は十分にある。

「道本、いけー!」

 俺の応援を筆頭に、あおい、愛実、須藤さんも「頑張れ!」と大きな声で応援する。
 レースも中盤になり、道本を含め3レーンと5レーン以外の選手が複数人追い上げてきた。前半リードしていた2人の選手との差が縮まっていく。これなら、道本は逆転できるかもしれないぞ!
 ただ、ここはインターハイ決勝の舞台。
 前半からリードしていた3レーンと5レーンの選手も、グングンとスピードを上げてきたのだ。特に5レーンの選手の上げ方は凄まじいものがある。
 5レーンの選手が最初にゴールし、次に3レーンの選手。その後に道本を含めた5人の選手がほぼ横一線でゴールした。

「道本君、何位でしょうか?」
「3位争いだよね。リョウ君はどう思う?」
「はっきりとは分からないな。横一線だったから。上位に入っていると思いたい。道本も速かったけど、3レーンと5レーンの選手の走りは一段と速かったな」
「その2人はスタート直後から速かったものね」

 須藤さんは真剣な様子でそう言う。テレビ越しだったけど、全国大会で優勝したり準優勝したりする選手達の凄さを見せつけられた気がする。
 テレビ画面には電光掲示板が映し出され、今の男子100m走決勝のレース結果が表示され始める。1位から順番に選手の名前が表示されていく。1位と2位はもちろん道本ではない。3位の選手の名前も表示されるが……3位は道本ではなかった。

『5位:道本翔太 (東京・調津) 10.61』

 5位の選手として、道本の名前が表示された。5位に入賞したし、タイムも準決勝よりも伸びているので本当に立派だと思う。だから、気付けば拍手を送っていた。そんな俺を見てか、あおいと愛実、須藤さんは拍手を送る。

「5位ですか。全国大会の5位ですから立派ですよ!」
「そうだね! それに、タイムも準決勝より速かったし」
「3位までも僅差だものね」
「3人の言う通りだ。道本らしく後半に追い上げる走りもして、タイムも伸びた。立派な走りだったよ」

 それに、インターハイに出場するだけでなく、決勝まで進出できたんだ。中学時代に一緒に走った友人として、とても誇らしく思う。
 テレビ画面には、呼吸を荒くしながら電光掲示板の方を見ている道本の姿が映る。道本の目つきは真剣そのものだけど、口角を少し上げて何度か小さく頷いていた。5位入賞できたことの嬉しさと、もっと上の順位を取りたかった悔しさが入り混じっているのかもしれない。3位までは0.05秒以内とかなりの僅差だったし。本人は複雑な心情かもしれないが、俺から見れば立派であることは揺るぎないことだ。
 その後、100m走決勝で1位から3位までの選手のインタビューが放送され、映像は競技場内のフィールドへと切り替わる。予定通りであれば、もうすぐ男子やり投げの決勝戦が行なわれるはずだ。そんなことを考えていると、槍を持つ選手達がフィールドに登場してきた。

「力弥君出てきた! 頑張って!」

 鈴木の姿も映し出される。決勝の舞台だからか、鈴木は予選のとき以上にやる気に満ちているように見える。

「美里ちゃん。関東大会のように途中まである順位以上に入らないと、途中で敗退ということがあるのですか?」
「あるわ。3回目の試技が終わった時点で8位までに入らないと、4日目以降の試技ができずに敗退になるの」
「関東大会と同じような感じですね。では、まずは8位以上を目指すことが目標ですね」
「そうね」

 決勝では6回の試技が行なわれる。もし、3回目で敗退したら、悔いが残ることだろう。
 鈴木は全体6位で予選を通過している。なので、予選通りの調子の良さで試技ができれば、4回目以降の試技に進める可能性は高い。頑張れよ、鈴木。
 いよいよ、男子やり投げの決勝戦が始まる。
 決勝戦だけあって、どの選手も気合いが入っているなぁ。投てきした瞬間の雄叫びが凄い。ああやって雄叫びを上げると、記録が少し伸びたりするのだろうか。そして、

「力弥君が出てきたわ! 予選以上に筋肉仕上がっているわよ! 頑張ってえっ!」

 ついに鈴木の1回目の試技の時間となった。それもあって、須藤さんの黄色い声に乗せた応援が部屋の中に響き渡る。須藤さんはテレビのすぐ近くまで移動して。あそこが鈴木を応援するときの定位置になったな。

「鈴木頑張れ!」
「道本君のように上位入賞してください!」
「頑張ってね、鈴木君!」

 俺達も鈴木に向かってエールを送る。ここから、鈴木の決勝が始まるんだ。4回目以降の試技に進み、上位入賞を目指してほしい。
 鈴木はスタート地点に立ち、深呼吸を何度かする。
 ゆっくりと助走し始め、勢いをつけるために段々と速くなっていく。

『おりゃああっ!』

 スタンディングラインの近くまで行ったところで、鈴木は右手に持っていた槍を思いっきり投げた!
 雄叫びを上げながら放たれた槍は綺麗な放物線を描き、どんどん前へと進んでいく。

「行って行って行ってえっ!」

 須藤さんは予選のとき以上に、槍が前に進むように念を送っている。
 須藤さんの想いが後押ししたのだろうか。鈴木の放った槍は60mラインを少し越えたところでフィールドに刺さった。

「力弥君、結構いいところまで飛んだんじゃない?」
「60mは越えたからな。予選よりいい記録が出るかもしれないぞ!」
「可能性ありそうですよね。少なくとも、予選と同じくらいには出ていそうです」
「そうだね。調子が良さそうで一安心だよ」

 インターハイ決勝という大舞台の一投目で、予選並みかそれ以上の記録を出せそうな投てきをしてくるとは。さすがは鈴木だ。
 映像がフィールド表示盤に切り替わり、表示盤には『60.81』と表示された。その瞬間、俺達4人は自然と拍手が湧く。

「予選よりもいい記録が出たわ!」
「そうだな! 凄いぞ、鈴木!」

 予選以上にいい記録を出してくるとは!
 テレビには鈴木の姿が映し出され、『よしゃあっ!』と鈴木は雄叫びを上げながら喜んでいた。そんな鈴木に向かって、須藤さんは何度も投げキッスしている。
 その後、鈴木は2回目、3回目の試技に臨み、それぞれ60.17m、60.92mと予選のときよりも安定した記録を出す。それもあり、3回目の試技が終わった時点で全体の第6位となり、4回目以降の試技に進むことができた。

「まずは4回目以降の試技に進むことができましたね」
「ええ。力弥君が最後の試技までできることを嬉しく思うわ」
「そうだね、美里ちゃん。今は第6位か。一つでも上の順位に行けるといいよね」
「そうだな。この後もみんなで鈴木を応援しよう」

 俺の言葉に、あおいと愛実は笑顔で頷く、そんな俺達3人を見て、須藤さんはとても嬉しそうに「ありがとう」と言った。
 12人から上位8人に絞られ、男子やり投げ決勝戦は4回目以降の試技が行なわれる。
 上位入賞や表彰台、優勝へと一歩近づいたのもあり、鈴木を含めどの選手も3回目までよりも気迫のこもった投てきをしていく。
 鈴木は4回目の試技で61.05m、5回目の試技で60.84mと安定した投てきを続ける。ただ、順位は3回目までと変わらず6位だ。
 男子やり投げ決勝戦は最後の試技に入っていく。
 これがラストなのもあり、どの選手も表情や槍を放つときの雄叫びから、物凄い気合いが入っているのが伝わってくる。中にはこの試技で一番の記録を出す選手もいて。
 そして……いよいよ、鈴木の番となった。

「鈴木君、頑張って!」
「最後の一投、全力で投げてください!」
「鈴木ならきっと最高の試技ができるぞ!」
「悔いなく全力で投げるのよ、力弥君!」

 俺達は本日最後のエールを鈴木へ送る。この第6投が最高記録になるくらいの投てきを期待したい。
 鈴木は少し俯きながら、何度も深呼吸をして集中を高めている様子だ。いつもの朗らかで明るい笑みを見せる鈴木とは違い、目つきや表情は真剣そのもの。これが選手としての鈴木の姿だ。本当にかっこいい。
 ゆっくりと顔を前に向き、鈴木は助走し始める。その助走は段々と速くなっていき、

『おりゃあああっ!』

 これまで以上に気合いの入った雄叫びを上げて、鈴木はスタンディングラインの近くで槍を思いっきり投げた!

「行ってえええっ!」

 鈴木が槍を投げた直後、須藤さんは今日の中で一番といっていいほどの大きな声で叫んだ。
 鈴木の右手から放たれた槍は綺麗な放物線を描いて飛んでいく。須藤さんだけでなく、俺達3人も「行け行け!」とテレビに向かって声を上げる。
 槍の飛距離はどんどんと伸びていき、60mラインを大きく越えたところで、槍がフィールドに突き刺さった!

『やったー!』

 突き刺さった瞬間、あおいと愛実、須藤さんは歓喜の声を上げた。とても嬉しそうに拍手している。

「これは今日一番の記録が出るんじゃないか?」
「60mラインを大きく越えたものね! きっと出るわ! 順位上がるかも!」

 とても興奮した様子でそう言う須藤さん。鈴木絡みになると興奮することが多い須藤さんだけど、ここまで興奮する姿は見たことがない。それほどに心震えた投てきだったのだろう。

「早く結果が知りたいですね!」
「そうだね! きっといい記録が出るよ!」

 あおいも愛実もかなり期待している様子だ。こんなに遠くまで飛んだのは初めてだもんな。
 それから程なくして、テレビ画面にはフィールド表示盤が映し出される。さあ、鈴木の放った槍はどのくらい飛んだか!

『62.30』

 これまで、鈴木が出した最高記録よりも1m以上も長い記録を出した! それもあって、俺達4人は『おおっ!』と声が漏らす。

「最高記録ですよ最高記録!」
「1m以上伸びたんじゃない? 鈴木君凄いよ!」
「最後の試技で一番の記録を出すなんて! さすがは力弥君だわ!」
「鈴木は凄い男だ!」

 ここぞというときの勝負強さが出たんじゃないかと思う。

『うおおおっ!』

 と、鈴木が両手を突き上げながら喜ぶ様子が映し出されて。鈴木に向かって俺達は「おめでとう!」と拍手を送り、須藤さんはテレビ画面にキスしていた。
 鈴木のファインプレーが出たことで、鈴木の順位は6位から5位にランクアップした。
 この後の選手も試技を行なったが、鈴木が抜かれることはなく、5位で男子やり投げの決勝戦を終えた。

「鈴木君も5位でしたか」
「そうだね。全国の高校選手の5位だから凄いよ」
「愛実の言う通りだな。鈴木も道本もインターハイ決勝の舞台で堂々と戦って凄いよ。本当に尊敬する」
「みんなにそう言ってもらえて嬉しいわ。力弥君が帰ってきたら、いっぱいご褒美をあげるわ!」

 それを知ったら、鈴木は大喜びしそうだ。今日中に帰ってくるんじゃないか?
 道本の男子100m走と、鈴木の男子やり投げの決勝戦は終わっている。それでも、俺は会場の様子が映っているテレビ画面に向かって拍手を送った。道本、鈴木、お疲れ様。



 俺、あおい、愛実、須藤さんは海水浴に行ったメンバーのグループトークに、道本と鈴木に対して、5位入賞おめでとうという祝福と、インターハイお疲れ様という労いのメッセージを送った。
 また、佐藤先生も俺達と同様のメッセージを送っていた。休憩時間に結果を確認したり、仕事が一段落した後に、他の先生と一緒にネットの生配信で2人の決勝戦の様子を見たりしたらしい。
 俺達5人がメッセージを送ってから10分ほどで、

『みんなありがとう。決勝まで走れて嬉しかったし、楽しかった。5位なのは嬉しいし、悔しさもある。来年のインターハイに向けてまた頑張るよ。ただ、200mと400mリレーがあるから、まずはそっちを頑張ります』

『応援ありがとな! 5位になって嬉しいぜ! 全国には強い選手がいるって実感したぜ! 来年のインターハイではもっと上の順位になれるように頑張るぜ!』

『道本君と鈴木君を応援してくれてありがとう。インターハイで入賞する部員が2人出たことをマネージャーとして嬉しく思うわ』

 道本、鈴木、海老名さんからそんなメッセージが送られてきた。
 道本も鈴木も嬉しさだけじゃなく、悔しさを抱いたり、来年のインターハイを考えたりしている。そんな2人ならきっと、来年のインターハイでは今回よりもいい結果を掴み取れるだろう。
 また、海老名さんは道本と鈴木が笑顔で肩を組み、5位を示しているのか手を広げた状態の写真を送ってくれた。凄くいい写真だ。そう思いながら、保存ボタンをタップした。



 また、翌日には道本が男子200m走、翌々日には道本がメンバーの男子400mリレーが実施された。200m走は決勝まで進み7位入賞、400mリレーも決勝まで進んで6位入賞を果たした。
 道本と鈴木をはじめとした、調津高校陸上部のみんなお疲れ様。
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