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特別編

プロローグ『酔っ払う2人』

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特別編



 8月28日、日曜日。
 俺・麻丘涼我あさおかりょうがは今、自分の部屋で同い年の女の子の幼馴染2人と一緒に、昨晩放送されたアニメ2作を観ている。
 1人は小学1年の5月に俺の家の隣に引っ越してきて、そこから10年間一緒にいる香川愛実かがわまなみ
 もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、今年の3月に10年ぶりに再会した桐山きりやまあおい。
 また、愛実は幼馴染だけでなく俺の恋人でもある。昨日の夜、愛実とあおいからの告白の返事をして、愛実と付き合うことになったのだ。
 あおいと再会してからのおよそ5ヶ月。俺と愛実とあおいは3人で一緒にいることが多かった。今のように3人で好きなアニメを観たことは数え切れないほどにあって。そんな3人での時間が好きで。ただ、俺が愛実と付き合うことになったことで、そういった時間は過ごせなくなるのかもしれないと思っていた。
 しかし、実際には、今までと変わらず愛実とあおいと3人でアニメを観て。一緒に笑って。キャラクターやストーリーのことなどで語らって。そうできることに幸せを感じている。楽しそうにしている愛実とあおいを見ると、その思いが強くなる。

「こっちの最新話も面白かったね!」
「面白かったな」
「私は昨晩も観ましたが、何度観ても面白いですね!」

 2作目の最新話も見終わり、俺達はそんな感想を言った。
 どちらのアニメも最新話が面白かったので個人的には満足だ。そう思いながら飲むアイスティーはいつも以上に美味しい。

「録画したアニメはどっちも観たな。この後もアニメ観るか?」
「いいですね! 観たいです」
「私もっ」
「了解。愛実とあおいは何のアニメが観たい?」
「そうですね……私はクリスが観たいですね」
「クリスいいね。3人では観たことがないエピソードはいっぱいあるし」

 2人が言うクリスとは、『名探偵クリス』という少年漫画を原作にしたミステリーアニメのこと。3人とも小さい頃から好きな作品だ。これまでに何度も3人で一緒に観てきたし、4月に公開された劇場版の最新作も映画館で一緒に観た。
 ただ、クリスは俺達が生まれる前から放送されている。だから、愛実の言うように3人で一緒に観たことのないエピソードはいっぱいある。

「そうだな。よし、じゃあクリスを観るか」

 それから、録画したBlu-rayが入っているケースを取り出し、これから観るクリスのエピソードを決めていく。みんなクリスが好きなので、この段階でも話が盛り上がって。それが楽しくて。
 何のエピソードを観るのか決まり、そのエピソードが録画されているBlu-rayをプレイヤーに入れたときだった。
 ――ピンポーン。
 家のインターホンが鳴り響いたのだ。

「来客でしょうか?」
「リョウ君は何か知ってる?」
「いや、何も。2人以外は誰か来るって話は聞いてないな。宅配便とか郵便じゃないかな。まあ、1階には父さんと母さんがいるし、2人が対応してくれるだろう。俺達はクリスを観よう」

 俺がそう言うと、2人とも「そうだね」と首肯してくれた。
 まあ、1階には両親がいるし、俺に用があったら俺のことを呼んだり、部屋の前まで来たりするだろう。
 俺達はクリスのアニメを観始める。ちなみに、観ているエピソードは、探偵見習いと公安警察、潜入捜査で悪の組織の一員という3つの顔を持つ男性キャラクターが活躍する内容である。このキャラクターは2人とも大好きだよなぁ。
 インターホンが鳴って10分近く経つけど、両親が俺のことを呼んだり、部屋に来たりすることはない。どうやら、俺絡みの用ではなかったようだ。
 愛実とあおいと一緒に、クリスの世界に集中しよう。そう思って、テレビ画面に視線を向けたときだった。
 ――コンコン。
 部屋の扉がノックされた。さっき、インターホンが鳴ったことに俺は関係ないと思ったんだけどな。
 はーい、と言って、俺は部屋の扉まで行く。
 扉を開けると、そこには母さんが。

「どうした、母さん」
「3人にお菓子を持ってきたの」
「お菓子ですか!」
「嬉しいですっ!」

 お菓子という言葉が聞こえたからか、愛実とあおいは弾んだ声でそう言う。部屋の中を振り返ると、2人は明るい笑顔でこちらを見ていて。2人の瞳がいつもより煌めいている。

「さっき、インターホンが鳴ったのは覚えているよね」
「ああ。10分くらい前のことだからな」
「あれは宅配便で、お母さんの学生時代の友達から洋菓子が送られてきたの。お礼の連絡をしたら、最近、その友人の家の近所に洋菓子屋さんがオープンしたんだって。ラムレーズンサンドが特に美味しいからって送ってくれたの。いっぱいあるから、3人に持ってきたってわけ」

 そう言うと、母さんは紫色のアルミ袋に個別包装されたラムレーズンを3つ俺に渡してきた。
 なるほど、学生時代の友達から洋菓子が送られてきたのか。その友達に連絡したのもあって、インターホンが鳴って10分近く経ってから母さんがここに来たんだな。

「ありがとう、母さん」
「智子さん、ありがとうございます! いただきます。アイスティーに合いそうですね」
「ありがとうございます! いただきます! ラムレーズン好きなので嬉しいですっ!」
「そうなのね、あおいちゃん。みんなの口に合うと嬉しいわ」

 じゃあね、と笑顔で言うと、母さんは部屋の扉を閉めた。

「さっそく食べるか」
「そうしよう、リョウ君!」
「食べましょう!」

 ラムレーズンサンドを食べられるからか、愛実もあおいも今日一番のテンションの高さになっている。可愛い恋人と幼馴染だな。
 愛実とあおいにラムレーズンサンドを渡して、それまで座っていた愛実の隣のクッションに戻る。
 個別包装されている袋を開けると……おおっ、美味しそうなラムレーズンサンドだ。

『いただきまーす』

 愛実とあおいは声を揃えて言うと、ラムレーズンサンドを一口食べる。

「ん~っ、美味しいです!」
「甘くて美味しいね!」

 愛実とあおいはニッコリとした笑顔でそう言う。そんな2人を見ると、よりラムレーズンサンドの期待が高まる。
 俺もラムレーズンサンドを一口食べる。

「……おっ、2人の言う通り甘くて美味しいな……ん?」

 レーズンを噛んだ瞬間、レーズンの甘味と共にラム酒の香りが口の中に広がっていく。この感じからして、アルコールが強めな気がする。その証拠に、レーズンサンドを飲み込むと、喉のあたりがちょっと熱くなって。

「このレーズンサンド、ラム酒が結構効いてるな」

 喉中心にある熱が全身へと少しずつ広がっていく。まあ、この程度のアルコールの強さなら、体がちょっと熱くなるくらいで済むだろう。
 ちなみに、愛実はこの10年の間に、こういうお酒が香る洋菓子や酒入りチョコを何度か一緒に食べたことがある。愛実はお酒に酔うといつも以上に柔らかい雰囲気になり、俺にボディータッチをするようになる。
 あおいは……酔うとどうなるのか分からないな。以前一緒にいたのは幼稚園の頃だったし、再会してからもこういう類いのお菓子を一緒に食べたことがないから。

「2人とも気分は大丈夫か?」
「大丈夫だよ~。むしろ、リョウ君とあおいちゃんとレーズンサンドを食べられて幸せな気分だよ~」

 愛実は普段よりも甘い声でそう言うと、俺に寄り掛かってくる。愛実の顔にはいつも以上に柔らかくて甘い笑みが浮かんでいて。可愛いな。
 愛実は左肩に頭をスリスリして、右手で俺の左脚を擦ってくる。これまでと変わらない酔い方だな。あと、今思えば、こうして体を近づけてボディータッチをするのは、俺への好意があったからなのだと分かる。
 愛実の頭を優しく撫でると、愛実の笑顔は嬉しそうなものに変わって。俺の目を見つめながらニコッと笑ってくれる。本当に可愛い恋人だ。

「私も大丈夫ですよぉ。ちょっとふわふわした気分になってるけどね。これ、本当に美味しいねぇ。お酒の香りが結構するから、このラムレーズンは大人って感じがする~!」

 あおいは恍惚とした笑みを浮かべ、普段よりも高めの声でそう言う。頬を中心に顔がほんのりと赤らんでいて。美味しいと言うだけあってか、あおいはラムレーズンサンドをパクパクと食べて完食した。

「あぁ、美味しかった!」
「良かったよ。あと、2人とも気分が悪くないようで良かった。ただ、あおいは酔うと口調が変わるタイプなんだな」
「いつも通りの口調で喋っているつもりだけどなぁ。タメ口になってるね~」
「タメ口のあおいちゃんも可愛いよ~」
「可愛いよな。あと、幼稚園の頃はタメ口だったから懐かしいよ」
「昔はタメ口だったね、涼我君」

 えへへっ、と楽しそうに笑うあおい。涼我君呼びは昔から変わらないので、本当に懐かしい気持ちになるよ。
 あおいにつられてか、愛実も「えへへっ」と声に出して笑う。微笑ましい光景だ。2人を見ながらラムレーズンサンドを食べると、さっきよりも美味しく感じられる。

「涼我君はアルコール入りの洋菓子を食べても平気なの?」
「体が多少熱くなるくらいだな」
「そうなんだぁ。涼我君は大人だなぁ」
「リョウ君、大人っぽいよね~」

 ね~、と愛実とあおいの声が重なる。そのユニゾンが可愛らしく響く。
 アルコールが体内に入ったらどうなるかは年齢はあまり関係なさそうな気がするけど……まあ、普段と様子があまり変わりないと大人っぽく思えるのは理解できるかな。

「愛実ちゃんも、可愛い笑顔なのは変わらないね」
「それは言えてるな」
「そうかな? でも、よりいい気分になっているのは確かかなぁ。きっと、リョウ君とあおいちゃんと一緒だからだろうね~」

 愛実はニッコリと可愛い笑顔で、俺やあおいのことを見ながらそう言う。嬉しいことを言ってくれるなぁ。俺と同じ思いなのか、あおいも愛実のようにニッコリとした笑顔になる。
 これまでに酔っ払った愛実を思い出すと……愛実は笑顔で上機嫌な様子だった。それはきっと、俺が側にいたからなのだろう。

「ふああっ……」

 と、あおいは大きめのあくびをする。

「眠くなってきた……」
「あおいは酔うと眠くなるタイプでもあるのか」
「ふふっ、可愛いね~」
「愛実ちゃんの方が可愛いよ~」

 と言い、あおいは愛実に視線を向ける。ただ、その視線は段々と下がっていく。

「……愛実ちゃんのおっぱいに埋もれて寝たい」
「えっ?」

 あおいの申し出を予想していなかったからか、愛実は目を見開く。

「柔らかくて気持ち良さそうだから。いい?」
「うん、いいよ」

 愛実は笑顔で快諾した。
 再会した直後から、あおいは愛実の大きな胸を羨ましがっているし、愛実のように大きくなりたくて自分でバストアップのマッサージをするほどだ。だから、愛実の胸に意識と視線が向いたのだと思われる。

「涼我君、いい?」
「どうして俺に許可を求めるんだ?」
「愛実ちゃんの彼氏だから」
「律儀だな。まあ、愛実が許可を出しているし、あおいなら……愛実の胸に顔を埋めて寝ていいよ」
「ありがとう! 2人とも大好き!」

 あおいはニッコリと笑いながらそう言ってくる。こういうことで、あおいから大好きだと言われるとは思わなかったな。
 あおいが愛実の顔に埋めやすいように、2人は俺のベッドで横になることに。あおいが寝るので、クリスのBlu-rayの再生は止める。
 横になると、あおいはさっそく愛実の胸に顔を埋める。

「あぁ、愛実ちゃんのおっぱい気持ちいい。ニット越しでも柔らかくて、いい匂いがして最高だよ……」

 あおいはとても甘い声でそう言う。今朝、愛実の胸に直接顔を埋めていたのが凄く気持ち良かったので、あおいの今の言葉に深く頷く。
 自分の胸が褒められて嬉しいのか、愛実はニコッと笑う。

「そう言ってくれて良かったよ。私の胸の中で眠れそうかな?」
「……うん。気持ちいいからもっと眠くなってきたよ。おやすみ……」
「おやすみ、あおいちゃん」
「あおい、おやすみ」

 愛実と俺がそう言うと、あおいは返事をすることなく、可愛い寝息を立て始める。さっそく寝たのかな。
 愛実は優しい笑顔になって、あおいの頭を優しく撫でる。その姿はいつもよりも大人っぽく見えた。あおいのお姉さんのようにも見えて。

「あおい、さっそく寝始めたな」
「そうだね。私の胸が本当に気持ちいいんだろうね」
「そうだろうな。あとはベッドで横になっているし、アルコールも入っているからすぐに眠れたのかもな」
「それもありそうだね。思う存分寝かせてあげよう。お昼頃まで起きなかったらそのときには起こそう」
「それがいいな」

 お昼までは2時間近くあるし、そこまで寝ていれば、起こしてもあおいの体調は大丈夫だと思う。
 それからは愛実と2人で、今放送されているアニメやお互いに最近読んだ漫画やラノベのことで談笑した。あおいが起きてしまわないように小さな声で。
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