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日が昇り、男は子供に薬の作り方を教え始めた。
「この背中に一本白い線のあるカエルがいるだろう?」
「うん」
「こいつの腹が紫色ならそれを捕まえてくれ。お前さんの薬の原料になる」
「分かった!」
子供に指示を出し、男はすり鉢の中に材料を入れ、潰していく。
「背糸カエルは知恵を持たない妖獣の一種で滋養強壮に良いんだ。お前さんの体も丈夫にしてくれるだろう。あとは、こういう澄んだ川の中にいる偽水と呼ばれる妖獣。水の中にいて水みたいな見た目をしているやつだ。触るとぷにぷにしているが、水を覗き込むだけじゃ見つけられねぇから、こいつは探そうと思うとちと手間だな」
「へー。あ、カエル! いたよ! こいつでしょう?」
子供は嬉しそうにカエルを鷲掴み、男の元に近寄った。
「んー、うん。こいつだ。見つけるのがうまいな」
「僕はここで生まれ育ったんだ。この森のことならなんだって分かる。って思ってたけど。でも、偽水? ってのは僕は見たことないよ?」
「そうか。んじゃあ、次はその偽水だな」
「どうやって探すの?」
「これを使うんだ」
男は先ほど子供が持ってきた背糸カエルをぷらりと子供の前に差し出した。
子供の眼前でカエルがプラプラと揺れる。
「それ、僕が見つけてきたカエル?」
「そうだ。偽水はこいつが好物でな。これで釣れば一石二鳥だろ?」
「へー。なんだかすごいね」
「こいつを糸と枝で簡単に作った釣竿の先にくくりつけて、水面につかないくらい……まぁ、一寸ほど水面から浮かして偽水がかかるのを待つ」
「でも、偽水って水みたいに透明なんでしょう? どうやったらかかったって分かるの?」
「水みたいってのは透明ってことじゃない。まぁ、見てれば分かるさ」
男が水面に背糸カエルを近づけてからしばらくすると、背糸カエルを下げているあたりの水面だけが盛りあげり始めた。
「わ……すごい」
盛り上がった水面が背糸カエルを飲み込んだタイミングで男は枝をぐいっと引きあげた。
パシャッ
糸に括り付けられたカエルの周りを掌サイズの水で作った饅頭のようなものが覆っている。
「あれが偽水?」
「そうだ。こいつを1日天日干しにしておくと、翌日にはすっかり乾燥して小さくなる。偽水の影響で、中に入ってる背糸カエルも一緒に乾燥するからますます一石二鳥ってわけだ」
「すごい」
「あとはたんぽぽの綿毛と、水辺の岩に生えた苔を乾燥させたものを混ぜて煎じれば薬の完成だ。この2つは俺が乾燥させたものを持っていたから明日にはもう薬は出来上がるぞ」
「ありがとう、おじさん」
「おじさんじゃねぇっての」
夜になるまで男と子供は魚を釣ったり火を起こしたりして過ごした。
焚き火で焼いた魚を一緒に食べる間も、子供は終始ニコニコと嬉しそうだ。
「おいしいね! 魚ってこんなに美味しいんだ」
「そうだろう。これからはこうして魚を食べるといい」
「……うん」
「どうした?」
「明日にはおじさん、行っちゃうんでしょ?」
「ああ」
「ずっとここに居たらいいのに」
拗ねるように口を尖らせてそう言う子供に、男は朗らかに笑った。
「嬉しいこと言ってくれるなぁ。だが、俺は薬屋さんだ。お前みたいに困ってるやつを助けに行くのが仕事だからな」
「じゃあ……、じゃあ、僕を一緒に連れてってよ」
「そいつは」
できない。そう答えようとしている男を、子供は真剣な目で見据えた。
「僕はどうせここに1人だ。物心ついた時からずっと。今日はおじさんと一緒にいて楽しかった。だからもう1人ではいられないよ」
男は子供の言葉を聞き、ゆっくりと息を吐き目を閉じた。
男はそうして目蓋の裏で子供の頃の記憶を思い出していた。
『人間と妖怪は決して分かり合うことなどできぬ』
『そんなことない! あいつらだって俺たちと同じように考えて、話して、食べて、笑って、そんな風に生きてるんだ!』
『なぜ、お前がそんなことを知っている。余計なことを考えるな。余計な行動をするな。お前はただ妖怪を殺すことだけ考えろ』
『だって、だって、人間と妖怪は分かり合うことができるよ。俺の存在が証明だ』
『なにを! それ以上言ってはならん!!! お前もいずれ分かるようになる。あいつらはわしらにとって害にしかならんのだ』
(じいさん。俺は今でもあんたの言ったことが分かるようにはなってねぇよ)
目を開いた男は、男を一心に見つめる子供に答えた。
「お前さん、名前は?」
「名前?」
「一緒に旅をするのに、お前さんばかりじゃ不便だろう」
「っ!! 連れてってくれるの!? 僕は……あれ? 僕はなんて名前だっけ」
「自分の名前が分かんねぇのか?」
「ううん!! 絶対! 絶対思い出せるはずなんだ! あと少しで、でも」
「分かった分かった。落ち着け。思い出したら教えてくれればいい。俺の名前はキオウだ。お前さんは名前を思い出すまで呼ばれたい名前はあるか?」
「ううん。おじさんがつけてよ」
「おじさんじゃねぇ。キオウだって言ってんだろ。じゃあ、お前さんのことはケイと呼ぶ。いいか?」
「うん!」
「じゃあ、明日にはここを発つから今日はもう寝るぞ」
夜も遅くないうちに眠りついた2人は、明け方まだ暗いうちに村を出発した。
「この背中に一本白い線のあるカエルがいるだろう?」
「うん」
「こいつの腹が紫色ならそれを捕まえてくれ。お前さんの薬の原料になる」
「分かった!」
子供に指示を出し、男はすり鉢の中に材料を入れ、潰していく。
「背糸カエルは知恵を持たない妖獣の一種で滋養強壮に良いんだ。お前さんの体も丈夫にしてくれるだろう。あとは、こういう澄んだ川の中にいる偽水と呼ばれる妖獣。水の中にいて水みたいな見た目をしているやつだ。触るとぷにぷにしているが、水を覗き込むだけじゃ見つけられねぇから、こいつは探そうと思うとちと手間だな」
「へー。あ、カエル! いたよ! こいつでしょう?」
子供は嬉しそうにカエルを鷲掴み、男の元に近寄った。
「んー、うん。こいつだ。見つけるのがうまいな」
「僕はここで生まれ育ったんだ。この森のことならなんだって分かる。って思ってたけど。でも、偽水? ってのは僕は見たことないよ?」
「そうか。んじゃあ、次はその偽水だな」
「どうやって探すの?」
「これを使うんだ」
男は先ほど子供が持ってきた背糸カエルをぷらりと子供の前に差し出した。
子供の眼前でカエルがプラプラと揺れる。
「それ、僕が見つけてきたカエル?」
「そうだ。偽水はこいつが好物でな。これで釣れば一石二鳥だろ?」
「へー。なんだかすごいね」
「こいつを糸と枝で簡単に作った釣竿の先にくくりつけて、水面につかないくらい……まぁ、一寸ほど水面から浮かして偽水がかかるのを待つ」
「でも、偽水って水みたいに透明なんでしょう? どうやったらかかったって分かるの?」
「水みたいってのは透明ってことじゃない。まぁ、見てれば分かるさ」
男が水面に背糸カエルを近づけてからしばらくすると、背糸カエルを下げているあたりの水面だけが盛りあげり始めた。
「わ……すごい」
盛り上がった水面が背糸カエルを飲み込んだタイミングで男は枝をぐいっと引きあげた。
パシャッ
糸に括り付けられたカエルの周りを掌サイズの水で作った饅頭のようなものが覆っている。
「あれが偽水?」
「そうだ。こいつを1日天日干しにしておくと、翌日にはすっかり乾燥して小さくなる。偽水の影響で、中に入ってる背糸カエルも一緒に乾燥するからますます一石二鳥ってわけだ」
「すごい」
「あとはたんぽぽの綿毛と、水辺の岩に生えた苔を乾燥させたものを混ぜて煎じれば薬の完成だ。この2つは俺が乾燥させたものを持っていたから明日にはもう薬は出来上がるぞ」
「ありがとう、おじさん」
「おじさんじゃねぇっての」
夜になるまで男と子供は魚を釣ったり火を起こしたりして過ごした。
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「おいしいね! 魚ってこんなに美味しいんだ」
「そうだろう。これからはこうして魚を食べるといい」
「……うん」
「どうした?」
「明日にはおじさん、行っちゃうんでしょ?」
「ああ」
「ずっとここに居たらいいのに」
拗ねるように口を尖らせてそう言う子供に、男は朗らかに笑った。
「嬉しいこと言ってくれるなぁ。だが、俺は薬屋さんだ。お前みたいに困ってるやつを助けに行くのが仕事だからな」
「じゃあ……、じゃあ、僕を一緒に連れてってよ」
「そいつは」
できない。そう答えようとしている男を、子供は真剣な目で見据えた。
「僕はどうせここに1人だ。物心ついた時からずっと。今日はおじさんと一緒にいて楽しかった。だからもう1人ではいられないよ」
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男はそうして目蓋の裏で子供の頃の記憶を思い出していた。
『人間と妖怪は決して分かり合うことなどできぬ』
『そんなことない! あいつらだって俺たちと同じように考えて、話して、食べて、笑って、そんな風に生きてるんだ!』
『なぜ、お前がそんなことを知っている。余計なことを考えるな。余計な行動をするな。お前はただ妖怪を殺すことだけ考えろ』
『だって、だって、人間と妖怪は分かり合うことができるよ。俺の存在が証明だ』
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(じいさん。俺は今でもあんたの言ったことが分かるようにはなってねぇよ)
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「自分の名前が分かんねぇのか?」
「ううん!! 絶対! 絶対思い出せるはずなんだ! あと少しで、でも」
「分かった分かった。落ち着け。思い出したら教えてくれればいい。俺の名前はキオウだ。お前さんは名前を思い出すまで呼ばれたい名前はあるか?」
「ううん。おじさんがつけてよ」
「おじさんじゃねぇ。キオウだって言ってんだろ。じゃあ、お前さんのことはケイと呼ぶ。いいか?」
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