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第六章

人から出るもの②

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 ディブリーフィングが終わり、いつもより早めの時間に昼食に向かうと幹部食堂はごった返していて、二人は何とか空いている席を見つけると向かい合って腰を下ろした。
 お互い昨日の出来事には触れぬよう、意識的に他愛もない話題を交わしながら箸を進める。
 周りの隊員達もどことなく空々しさを感じるのは、やはり同じような気持ちからだろう。
 現実逃避ゆえの甘い会話を織り交ぜながら、二人とも努めて明るく振る舞う。やがて食事も終わり、お茶を飲みながらの会話にぎこちなさも消えかけた時だった。
 突然、敏生の視線が宙で止まり、その表情が凍りついた。彼の変化に気づいた夕陽が、その視線の方向を慌てて振り向くと、食堂備え付けのテレビ画面に見知った顔が大きく映し出されていた。
 そんな、まさか…。
「深山……」
 敏生が呆然と呟く。それは昨日から夜通し続いている民放の報道番組で、今回の犠牲者である若葉にスポットを当てる内容だった。やがて画面が切り替わり、女性防衛大臣の会見の様子が映し出される。涙ながらに記者たちに若葉の最期の様子を語る防衛大臣。彼女の最期に立ち会った「てるづき」のクルーの報告書に感極まった様子で、その一部始終を克明に語っている。
 会見の場面が終わると、「哀しみのアダージョ」をBGMに、今度は再び若葉の写真や生前の動画が流され、どこで探ってきたのかその生い立ちから果ては和馬との馴れ初めまでが次々と白日の下に曝け出されていった。
 ダァンッ!!!
 突如、食堂に大きく響き渡る殴打音。夕陽がびっくりして振り返ると、敏生が立ち上がってテーブルに拳を突き立て、唇を噛み締めてテレビ画面を睨み付けていた。
「お前ら……お前らふざけんなよ……」
 温厚な敏生の、昨夜以上に怒りに満ちた鬼のような形相。そんな彼を夕陽はただ息をのみ、呆然と見つめているしかなかった。


 鎮静化を図ろうとする両国政府の思惑をよそに、事態の二日後には日中双方において世論が沸騰し始めた。
 中国では銀行の破綻に端を発した裕福層への反発デモがいつしか反日デモにすり替わり、日本の護衛艦を沈めたことに気をよくした民衆が、不満のはけ口を求めるように尖閣諸島奪還を叫んで日系の工場やデパートを襲い始めたのだ。そして、今回の事態について世界中の国々から寄せられた中国に対する非難声明が、尖閣を自分達の固有の領土と信じて疑わない民衆の怒りに油を注ぐ結果となり、さらにその反日の世論が激しさを増していく。
 一方の日本でも当初こそ戸惑いが見られたものの、護衛艦の乗組員達の悲劇的な最期や、中国で激化する反日暴動がマスコミの手でニュースショーとしてクローズアップされ始めると、その理不尽さから一気に反中感情が爆発し、中国討つべしの世論が湧き上がった。
 そしてその反中の御旗(みはた)にされたのが若葉だった。迂闊な女性防衛大臣によって、世間の目に曝されてしまった可愛い後輩。最後まで恋人の無事を気にかけ、息を引き取った女性士官の切ない物語をマスコミや大衆が放って置くはずがない。
 彼女の最期に立ち会った「てるづき」のクルー達は頑なに口を閉ざしたが、それが却って今回の悲劇の深さを想像させ、若葉の端正なルックスも相まって、一躍彼女は悲劇のヒロインに祭り上げられたのだ。
 敏生は荒れた。親友と後輩の二人が大切に温め育んできた恋が、マスコミによって面白おかしく興味本位に曝け出されていく。それもあろうことか憎しみを煽るスパイスとして。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」
 怒りに任せてゴミ箱を蹴り上げ、机の上の書類をぶちまけて真っ赤な顔で喚き散らす敏生を、仲間のパイロット達が数人がかりで羽交い締めにする。
 最初に止めに入って無意識の彼に突き飛ばされた夕陽は、もうどうやって彼を慰めてあげたらよいのかも分からなくなり、床に力なく座り込んだまま黙って涙を流すしかなかった。


 事態から三日後には、東京・元麻布にある中国大使館を取り囲んでの数万人規模の反中デモが行われた。これまでの日本ではあまり見られなかった光景。
 かつて韓国政府と結託して韓流ブームを先導した放送局が市民の反感を買って大規模なデモのターゲットになり、それがきっかけで韓流ブームが急速に終焉したことがあったが、その時と違うのは、マスコミ各社が煽るようにこぞってこの反中デモを取り上げたことだ。
 これが契機となって、全国各地で大規模な反中運動が繰り広げられ始めた。誰もが自分達の主観に基づいて中国の理不尽さ、横暴さを糾弾し、顔を真っ赤にして許すまじと叫ぶ。
 そんな中、反中運動は意外なところにも飛び火する。防衛出動待機命令を出したきり、全く動こうとしない政府に業を煮やした市民達が横須賀基地や厚木基地を始めとする自衛隊の主要基地を取り囲み、部隊の出動を訴え始めたのだ。忍び寄る不況の影に怯え、不満のはけ口を求めていたのは何も中国の民衆だけではなかった。
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