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第九章

その雫は風に乗って②

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 二隻のイージス艦から放たれた計四〇発のミサイルは海面まで高度を下げると、音速で敵ミサイルに向かっていく。そしてそれらは艦隊から八〇キロメートルの地点で敵ミサイルと交錯し、驚異の命中精度でその目標のほとんどを叩き落とした。
 向かって来る残りミサイルは一〇発。その迎撃の役割は「あきづき」と「てるづき」に託された。
「あきづき」型汎用護衛艦は、イージス艦が弾道ミサイル迎撃に専念している間にできる隙を補完するために開発された僚艦防空艦ミニイージスで、ESSM(発展型シースパロー)との組み合わせにより、六目標までの同時対処が可能だ。
 イージス艦のSPY1Dレーダーに勝るとも劣らない、防衛省技術研究本部が開発したFCS3レーダーが一〇発のミサイルを捕捉すると、データリンクにより目標をシェアした「あきづき」と「てるづき」の垂直発射セルから計一〇発のESSMが轟音と共に発射された。
 誰もが固唾を呑んで前方の巨大スクリーンを見つめる中、彼我のミサイルが交錯する。
「九発撃墜。残り一発、まっすぐ向かってくる。距離三〇、〇〇〇。標的は〝いかづち〟と思われる」
「ジーク06、撃墜せよ」
〝ジーク06〟は刑部のコールサイン。彼は「いかづち」の直掩だった。
 夕陽の脳裏に昨夜の刑部の言葉が蘇える。
〝アッシュ、お願い―――〟
 刑部はセーフティロックを解除すると冷静に目標をロックオンし、トリガーを引いた。
〝ジーク06、フォックスワン〟
 ライトニングのウェポン・ベイが開き、機体内部に格納されたAAM4ミサイル(九九式空対空誘導弾)がフワッと離れると、敵ミサイルに向かってマッハ四の速度で勢いよく飛翔を開始した。
 この三菱電機製の国産ミサイルは、対戦闘機戦に特化した米国製のAIM120と異なり、対艦ミサイルや対地ミサイルへの迎撃も要求事項として盛り込まれ開発された、いわば万能ミサイルだ。
 命中率は驚異の百発百中。そのため、開発時には逆に近接信管の試験ができずに苦労したという逸話を持つ。
 そのAAM4は確実に残り一発の敵ミサイルを捉えると、「いかづち」から二〇キロメートルの地点で爆散した。
「敵ミサイル、全て撃墜!!」
 CICがドッと歓声に沸く。夕陽もホッと胸を撫で下ろすと、安堵感から背もたれに身体を埋めた。
「まだだ!! お前ら気を抜くな!!」
「いずも」艦長の森川一佐の怒号が響き、夕陽はビクッと姿勢を正す。一瞬にして弛緩しかけたCICの空気が一変した。
 そうだ、まだ終わっちゃいない。
 レーダースクリーンの左端では下地島と那覇から上がったF35JとF15J改の空自部隊が、大陸から上がって来た中国空軍のSu30MKKの大編隊と対峙している。やがて、Su30MKKの大編隊がミサイルを放った事を示すBlipがまるで星空のように、画面上にパパっと煌めいた。空もまた、専守防衛であることに変わりはない。
 お願い、みんな逃げきって!!
 そこにいるのは古巣の仲間達。誰一人として欠けて欲しくなどなかった。
 イージス艦の「こんごう」と「あたご」がそのミサイル群に向けて強烈なジャミングを放つと、レーダー上のBlipが一気に減少する。実戦におけるイージス艦のその驚異の能力を目の当たりにし、夕陽は頼もしさを感じる半面、これがもし敵だったらと思うと薄ら寒さを覚えた。
 イージス艦のジャミングによりレーダーホーミング誘導が使えなくなった生き残りの敵ミサイル達は、赤外線追尾に誘導方式を切り替えて再び空自の戦闘機部隊に襲いかかった。
 しかし空自のパイロット達は冷静だった。有事の際に先制攻撃を受けることなど折り込み済みだ。彼らは反転すると一斉にフレアを放った。空一面を覆い尽くさんばかりの眩い光。
「ブレイク!!」
 直後、彼らは回避機動を開始した。フレアの光と熱に欺かれたミサイルが次々と爆発し、騙されずに越えてきたミサイル達も回避機動のGに耐えきれず爆発、または燃料切れで海中に没し、どれ一つとして命中することはなかった。
 その圧倒的な空自パイロット達の実力に、稼働率が低くてろくに訓練を積めていない中国空軍のパイロット達がおののく。反撃を恐れた彼らは反転すると、いったん戦空から退避していった。
 尾澤は表情を変えることなくその状況を一瞥すると、手元の通信用マイクを口に寄せた。
「〝いずも〟より統合作戦本部へ。〝敵〟の第一波は凌(しの)いだ。全艦艇・全作戦機共に無事だ。これより反撃に移るがよいか?」
 しかし応答はない。市ヶ谷でも目の前のレーダースクリーンと同じ状況が映し出されており、躊躇している余裕などないのは分かっているはずなのだが。
「統合作戦本部、応答してくれ。こっちに迷ってる暇などない!!」
「……反撃は許可しない。敵ミサイルの撃墜に注力せよ」
 それは本部長の首相を補佐する、統合幕僚長の苦渋の声だった。その返答に誰もが耳を疑った。夕陽も驚いて後方の司令席を振り返る。
 そんな……、あの人がそんな判断をするわけない……。
 レーダースクリーン上の敏生のBlipを見つめる。
 であれば自衛隊の最高司令官たる、軍事に無知な内閣総理大臣か。第一波が凌げたから次も大丈夫だとでも思っているのだろうか? 命の危険に晒されることのない、安全で快適な市ヶ谷の会議室で!!
「了解した。そちらの許可が下りるまで敵ミサイルの撃墜に注力する」
「司令!!」
「専守防衛だ!!」
 詰め寄る幕僚達に尾澤が一喝する。鬼気迫るその表情に、誰もそれ以上詰め寄ることはできなかった。
 幸いにして対空ミサイルはまだ温存できている。次もまた凌げるかもしれない。だが、なぜ反撃許可が下りないのかが分からず、現場の誰もが不満を抱え出した。
 少なくともこれほどまでに領海内で明確な敵対行為を受けたのだ。現在の法体系であっても反撃は可能なはずだった。
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