セフレのこいつは俺のことが好きらしい

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心の場所

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 朝が来るのがずっと怖かった。隣にいる人が突然いなくなるなんてことはよくあることで、朝目覚めるたびにその恐怖が俺の体を蝕む。もうずっと昔のことなのに。


 俺が小学校に上がってすぐの頃だった。母親が家を出て行った。何も言わずになんの前触れもなく突然だった。
 母子家庭で母親がずっと俺を育ててくれていた。俺の記憶の限りでは母親は優しくて、俺を力一杯抱きしめてくれた。よく俺は寝たふりをして、いつも夜勤で遅くなる母がそっと俺の寝顔を覗き込み、優しく俺の頭や頬を撫でてくれた。働き者の母の手は荒れがひどくひび割れていた。でも母の手は無性に優しくて温かくてそれだけで俺は満足だった。寂しくても我慢できた。
 
 なのに、母は俺の前から消えた。冬の朝だった。キラキラとした朝日が差し込む部屋の中でただ一人で途方に暮れた。夜遅くに帰ってくる母の優しい手は一生俺に触れることはないんだと思った。
 そのうち、児童相談所の大人が家に来て子供の俺を抱きしめた。辛かったね、もう大丈夫だと繰り返す。
 その時の自分の気持ちをよく思い出せない。ただ無だった。何も出来なくて、どうすることもできなくて母親を憎んだこともある。なぜ俺を捨てたんだと。
 でも母の苦しみもわかる。毎日、寝ている俺の頭を撫でながら、母はもう限界だったのかもしれない。
 
 でも、朝が怖い。また一人かもしれないと思うと怖いのだ。一人になるくらいならずっと一人でいい、そう思う。あの朝だけが俺をいつでも無力の子供に戻してしまう。


 俺を一人にしないで。




 寝ぼけた頭で手を動かした。隣に寝ていたはずの男の存在を確かめるみたいに。



 「ひかる?」



 シーツが手をかすめるばかりでひかるはいなかった。



 「ひかる?」



 昨日はひかると抱き合って、ラーメンを食べに行ってそのまま眠りに落ちた。充実した時間だった。なのに今、こんなにも不安なのはどうしてだろう。ひかるを呼ぶ自分の声が情けないほど細くて頼りない。


 「ひかるーー」



 「どうした?」


 
 部屋の入り口付近にひかるが立っていた。



 「家に食べられるものがあんまりなくて、ちょっとコンビニまで行ってたんだ。大丈夫か?」



 ひかるが持っているビニール袋がカサカサと音を立てる。袋をテーブルに置き、ひかるがベッドに腰掛ける。



 「泣きそうな顔してるぞ」



 「別にそんなことない。ただ、嫌な夢を見ただけだ」



 「どんな夢?」



 「遠い昔の夢。でも、もう忘れた」



 「なんだそれ」



 ひかるが苦笑する。カーテンの隙間から溢れる朝日がひかるの横顔を照らす。ひかるの声を聞くだけで、顔を見るだけでこんなにも安心している自分がいる。ひかるが隣にいるだけで俺は大丈夫だと思える。
 ひかるは俺を一人にしない。ひかるはどれだけ急ぎの会議があっても勝手に俺を置いて行ったりしない。必ず声をかけてくれる。


 
 ひかるが好きだ。大好きだ。この男だけが俺をめちゃくちゃにする。俺をかき回して、俺を安心させる。今、分かった。俺はひかるのことが好きなんだ。



 「ひかる」



 「ん?」



 振り向いたひかるに向かって唇を重ねた。そっと触れて、ゆっくり離れる。




 「ありがとう」



 一緒にいてくれて、俺を一人にしないでくれてありがとう。


 「何が?」



 「なんでも」



 俺ははにかんだ。ひかるは不意をつかれたように目を見開く。不思議そうに俺を見るひかるを見上げながら俺は思った。


 ひかるに告白しよう。セフレじゃなくてちゃんと付き合いたい。ひかるの特別になりたい。
 冬の朝の光は優しく俺とひかるの上に降った。


 
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