11 / 13
特別な心
9
しおりを挟む人は慣れる生き物だ。苦しみにも寂しさにも。それがなくなったわけではないけれどそのやりすごし方を大人は無意識に知っている。寂しさに無防備にいられるほど俺はもう子供ではなかった。
だからこの日もいつもみたいにひかると目を合わせなかった。昼休みの時間帯。エレベーターは混み合っていた。エレベーター内でひかると隣になっても特別に意識しないように階数ランプを見つめていた。
三階で止まって人が入ってくる。すると、俺の腕を誰かが強く掴んだ。
「すみません、降ります」
隣のひかるが声をあげて俺の腕を掴んだまま前に進んでいく。エレベーターの外に出た後も三階のフロアをひかるは無言で進んでいく。俺の腕を掴む手は緩むことはなく俺は従うしかない。
「おい、ひかる、何だよ離せよ」
せっかく距離を置いていたのにまさかひかるから近づいてくるなんて思わなかった。
ひかるが止まる。三階フロアの端っこにある資料倉庫だ。ほとんどが使われなくなった資料ばかりを保管する場所でほとんどの社員が物置き部屋として認識している。
ひかるが資料倉庫の扉を開けて俺を中に引き込む。
「おい、お前何のつもりーー」
続きは唇を塞がれて言えなかった。深い口づけだった。一瞬息が止まる。
「待って、ひかる、んっ、んー」
ひかるの舌が強引に俺の口内に侵入する。俺の舌を絡め取り、強く吸い込む。歯列を執拗になぞり、腰に甘い電流が走った。
「はっ、ん、ひか、る、…んっ」
こんなにひかるが強引だったことはない。いつもひかるの触れる手は優しくて俺を傷つけないように触る。なのに今日のひかるはひかるじゃないみたいだ。
でも、久しぶりのキスに感じている自分がいる。本当はずっとこうしたかった。ひかるとキスをしたかった。
やがて唇が離れて、俺は強く息を吸い込んだ。
「…ひかる、どうして」
俺の腕を強く掴み、壁際に押さえつけられる。倉庫室は薄暗くて少しほこりっぽい。
「ひかる?」
「どうして俺を避ける」
ひかるの低い声が問いかける。
「最近、連絡も取れないし会社で会っても目すら合わない。俺、何かしたか?それなら言ってくれないとわからない」
「それは、お前が…」
「俺が?」
お前が結婚するかもしれないなんて聞いたからだ。俺のこと好きだったんじゃないのか。俺のこと好きって言ったくせに他の人と結婚するかもしれないなんて聞いた俺の気持ち、お前にわかるわけない。
黙り込む俺を見たひかるは俺を掴む手に力を込めた。
「避ける理由、言うまで離さないから」
ひかるの強い視線が俺を見つめる。この視線が好きで、でも今はこの目が怖い。そんな目で見ないで。唯一無二のような目で俺を見ないで。勘違いするから。俺はひかるが好きで好きで、せっかく諦めようとしているのにこれでは諦められないじゃないか。
「ほんと、お前何なんだよ」
泣きたくないのに涙が出てきた。鼻の奥が痛くて目からは涙が溢れて止まらなかった。
泣き出した俺を見て、ひかるはぎょっとした顔をして掴んでいた手を放した。
「悠?悪い、あの、乱暴なことして。でもーー」
「お前、結婚するの?」
「は?」
「お前、俺が好きなくせに他の奴と結婚すんのかよ。何だよ、マジで」
ひかるの胸を思いっきり叩いた。涙は止まらなくて言葉を紡ぐだけで精一杯だった。
「俺、お前のこと好きなのに何で他の奴と結婚なんかするんだよ。あんなに俺に優しくしておいて、散々抱いておいてそれはないだろ」
「ちょっ、待て、何の話ーー」
「俺はお前と一緒にいたいんだよ。ずっと一緒にいたかった。一緒にいないと寂しいんだよ」
あー何で会社でこんなにもぐちゃぐちゃになっているのだろう。自分でも何を言いたいのかわからない。めちゃくちゃだ。でもずっと言いたかったことだ。ひかるに伝えたかったこと。それが今溢れ出してくる。
「結婚してもいいよ、もう。でも俺を愛人にして。ひかるが好きな時に抱いていいから。一番じゃなくていい。2番目でも3番目でも何番目でもいいから俺のそばにいてよ。いなくならないで、ひかる…」
ひかるがいない生活は俺にとって窒息しそうだった。必死に空白を埋めようとしてもダメだ。ひかるじゃないと、ひかるがいないと寂しい。俺はダメになる。ひかるを好きになる前には戻れない。
だからもうずっとひかるのことを好きでいる。つらくても苦しくてもひかるがいないより良いから。
「悠」
ひかるの腕の中にいた。強く抱きしめられている。久しぶりのひかるの腕の中はとても安心した。ひかるの手が俺の頭を撫でる。
「悠が好きだ。誰よりも悠が好きなんだよ。他の奴なんて考えられない。結婚もしない。悠だけなんだよ、俺をこんなに幸せにしたり苦しくさせるのは」
顔を上げる。ひかるの硬い指先が俺の涙を掬う。頬に優しくキスをして、俺の唇にそっとキスをした。
「お前が考えてることは何もない。だからもう泣くな」
ひかるが優しい表情で俺を見つめる。
「今日、仕事終わったら迎えにいくから。ちゃんと誤解も解きたい」
「…うん」
もう一度、ひかるとキスをした。浮かび上がるほこりの粒子が光る。
今は何も考えず、ただ好きな男の腕に身を預けた。
12
あなたにおすすめの小説
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
パブリック・スクール─薔薇の階級と精の儀式─
不来方しい
BL
教団が営むパブリックスクール・シンヴォーレ学園。孤島にある学園は白い塀で囲まれ、外部からは一切の情報が遮断された世界となっていた。
親元から離された子供は強制的に宗教団の一員とされ、それ相応の教育が施される。
十八歳になる頃、学園では神のお告げを聞く役割である神の御子を決める儀式が行われる。必ずなれるわけでもなく、適正のある生徒が選ばれると予備生として特別な授業と儀式を受けることになり、残念ながらクリスも選ばれてしまった。
神を崇める教団というのは真っ赤な嘘で、予備生に選ばれてしまったクリスは毎月淫猥な儀式に参加しなければならず、すべてを知ったクリスは裏切られた気持ちで絶望の淵に立たされた。
今年から新しく学園へ配属されたリチャードは、クリスの学年の監督官となる。横暴で無愛想、教団の犬かと思いきや、教団の魔の手からなにかとクリスを守ろうする。教団に対する裏切り行為は極刑に値するが、なぜかリチャードは協定を組もうと話を持ちかけてきた。疑問に思うクリスだが、どうしても味方が必要性あるクリスとしては、どんな見返りを求められても承諾するしかなかった。
ナイトとなったリチャードに、クリスは次第に惹かれていき……。
記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です
クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話
雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。
塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。
真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。
一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる