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第2章3話漫画の続きと、奪われた「拒否権」
A5サイズのジップロック~致死量の絶望を飲み干し、ただ只管に生き延びた記録~
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第2章 第3話:漫画の続きと、奪われた「拒否権」
両親が離婚し、父が家を出て行った。
母の顔には大きな紫色の痣があった。
母は「お父さんにひどい暴力を振るわれた。絶対に手を挙げないのが結婚の条件だったのに」と語った。だから別れるのだと。
薄暗い玄関で、母は私にそう話した。
「お父さんはお金も払いたくないし、会いたくもないって言ってる。どっちについていきたい?」
そう聞かれた私は、お父さんが私たちをいらないと言うのならと、迷わず母についていくことを決めた。11歳の私には、母の言葉が世界の全てだったから。
家から父がいなくなり、母はシングルマザーになった。
けれど、私たちの生活に最初は大きな変化はなかった。
ある日、母が「会わせたい人がいる」と言った。現れたのは「しんちゃん」だった。父が経営していた海の家に手伝いに来ていた、よく知る普通のおじちゃん。
母は、これからしんちゃんと一緒になるのだと告げた。
その準備として、しばらくお互いの家を行き来することになった。
母は嬉しそうに笑いながら、私たちにこう言った。
「嫌な時は、無理に行かなくていいからね」
私はその言葉を、そのまま信じていた。
いざ、しんちゃんの家に行く日。
いつもなら何も考えず、母の後ろについていく私だったが、その日はどうしても家から出たくなかった。
理由は、本当にささいなことだった。ただ、読んでいる漫画の続きが読みたかったのだ。そして何より、私の唯一の味方であり、愛してくれるおばあちゃんと、二人きりで家で過ごしたかった。
「今日は、行かない」
ただ漫画が読みたかっただけ。行きたくないわけじゃなかった。母の言葉通り、今日はやめておこうと、そう口にしただけだった。
次の瞬間、母は烈火のごとく怒り狂った。
あの怒り方は、異常だった。
母は泣き叫ぶ私の体を引きずり、無理やり車へと押し込んだ。
車の中で、私は思い知った。
「嫌な時は行かなくていい」なんて、嘘だったのだ。私に拒否権など、最初から与えられていなかった。
大好きなおばあちゃんと一緒に過ごせると思っていたのに。ただ、穏やかな時間を家で過ごしたかっただけなのに。
そのささやかな願いすら、私には許されないのだと悟った。
しんちゃんの家は広かった。どこかの部屋に、ペラペラと日本語を話すロシア人の兄弟が住んでいて、弟がその子たちと遊んでいたことだけは覚えている。
それ以外のことは、何も記憶に残っていない。
その日から、私はしんちゃんのことで逆らうのをやめた。
生きていくためには、感情を殺して「いい子」に従うしかなかった。
私の心の中で、何かが静かに、そして確実に冷えていった日だった。
両親が離婚し、父が家を出て行った。
母の顔には大きな紫色の痣があった。
母は「お父さんにひどい暴力を振るわれた。絶対に手を挙げないのが結婚の条件だったのに」と語った。だから別れるのだと。
薄暗い玄関で、母は私にそう話した。
「お父さんはお金も払いたくないし、会いたくもないって言ってる。どっちについていきたい?」
そう聞かれた私は、お父さんが私たちをいらないと言うのならと、迷わず母についていくことを決めた。11歳の私には、母の言葉が世界の全てだったから。
家から父がいなくなり、母はシングルマザーになった。
けれど、私たちの生活に最初は大きな変化はなかった。
ある日、母が「会わせたい人がいる」と言った。現れたのは「しんちゃん」だった。父が経営していた海の家に手伝いに来ていた、よく知る普通のおじちゃん。
母は、これからしんちゃんと一緒になるのだと告げた。
その準備として、しばらくお互いの家を行き来することになった。
母は嬉しそうに笑いながら、私たちにこう言った。
「嫌な時は、無理に行かなくていいからね」
私はその言葉を、そのまま信じていた。
いざ、しんちゃんの家に行く日。
いつもなら何も考えず、母の後ろについていく私だったが、その日はどうしても家から出たくなかった。
理由は、本当にささいなことだった。ただ、読んでいる漫画の続きが読みたかったのだ。そして何より、私の唯一の味方であり、愛してくれるおばあちゃんと、二人きりで家で過ごしたかった。
「今日は、行かない」
ただ漫画が読みたかっただけ。行きたくないわけじゃなかった。母の言葉通り、今日はやめておこうと、そう口にしただけだった。
次の瞬間、母は烈火のごとく怒り狂った。
あの怒り方は、異常だった。
母は泣き叫ぶ私の体を引きずり、無理やり車へと押し込んだ。
車の中で、私は思い知った。
「嫌な時は行かなくていい」なんて、嘘だったのだ。私に拒否権など、最初から与えられていなかった。
大好きなおばあちゃんと一緒に過ごせると思っていたのに。ただ、穏やかな時間を家で過ごしたかっただけなのに。
そのささやかな願いすら、私には許されないのだと悟った。
しんちゃんの家は広かった。どこかの部屋に、ペラペラと日本語を話すロシア人の兄弟が住んでいて、弟がその子たちと遊んでいたことだけは覚えている。
それ以外のことは、何も記憶に残っていない。
その日から、私はしんちゃんのことで逆らうのをやめた。
生きていくためには、感情を殺して「いい子」に従うしかなかった。
私の心の中で、何かが静かに、そして確実に冷えていった日だった。
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