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動き出した歯車

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 護衛を付けると言うお父様の提案があったけれど、王族が参加するこの祭りでは警備態勢が厳重になっているから問題ないと一人行動を勝ち取った私。

 何かと一人の方が動きやすいし、何より目立たない。


 そうなれば向かう先はただ一つ――。

 



「んん~お美味しい~!」





 出店に並ぶクリームがふんだんに使われたシュークリームを頬張る私は、思わず自然と綻ぶ頬を押さえてはもう一口頬張った。

 一度は食べてみたかったのよね!

 お祭り限定で出店されるこのシュークリーム!

 なんで今までの人生こんな美味しいもの食べずに来たのかしら。本当に人生損してる!!

 楽しめなかった分、思う存分祭りを楽しんでやるんだから!

 そう思って大きな口を開けて噛り付こうとする私の前に、フードの下に潜む綺麗な蒼い瞳が驚きの色を混ぜて私を映し出していた。



「エリーザ?」


「へ……?」
 


 拍子抜けた私の声が賑やかな声にかき消されて消えていく。

 本日二度目のどうして?と慌てる思考回路に陥った私との距離を縮めてくるその人に、思わず心が高鳴った。

 全身を駆け巡る血が一気に熱くなり、顔が瞬時に火照るのが分かった。



「殿、下っ……?!」



 こんな場所に居るはずもない殿下に困惑するあまり、咄嗟に全力でその場から逃げ出した。

 人混みに紛れて、とりあえず隠れられそうな出店の裏に隠れ込む。

 ここまでする必要もないのに、反射的に動いてしまった……。

 改めて会った殿下のあまりのカッコよさに狼狽えるなんて……私ったら何してるのよ……。

 今まで散々自分からアプローチしてきたじゃない。なのに今更、どうしてこんな!

 

「はあ……」



 落ち着くのよ、エリーザ。

 まずは手に持っているこのシュークリームで気持ちを落ち着かせて。うん……美味しい。

 気持ちが落ち着いた所で冷静に今の状況を分析するのよ。

 私が逃げた事で私の死が動く引き金は引かれていないはず。それどころか逆に良い動きをしたのでは?

 サラと上手く結ばれるには、私のことを嫌ってもらった方が好都合だ。

 殿下の幸せのために愛想のない婚約者の動きをすれば、より二人の新密度は上がっていき、二人の恋路の邪魔をしない私は死なずに済む。

 サラには恋の応援をして今までとは違う互いに良い関係を保って、殿下に嫌われるように彼の前だけは悪役令嬢を演じればいい。

 これよ。この作戦で動けば、今回は皆が幸せになれるはず!



「この後は殿下とサラが出会うのを見守って帰るわよ!」



 こそこそとする私を周囲から変な目で見られているとは気づかないまま、パレードが始まるのを待った。

 勿論、美味しそうな出店の品を堪能しながら。

 お腹が大分満たされた頃、大通りにぞろぞろと人が集まり始め、高らかな演奏と共に行進する騎士の後ろを王家の紋章が刻まれた馬車がゆっくりと進んでくる。

 馬車の先頭で行進を導くように、馬に乗った殿下の姿がはっきりと見えた。

 ――遂に始まった。始まりの日の運命の出会いがやって来る。

 無駄に緊張が走っては、体が震えそうになるのをぐっと堪えた。

 大丈夫、私は生きている……。

 確かめるようにそっと胸を撫でると、命を刻むように規則正しく心音が伝わってきて妙に安心する。

 だけど、響き渡った悲鳴で緊張感は一気に高まった。

 ああ、遂に二人が出会ってしまう。

 大通りから飛び出した子供に驚いた王家の旗を掲げた殿下の隣を進む馬が暴れ、子供を庇おうと一人の少女が助けに出る、この未来を私は知っている。



「サラ……」



 助けに出た少女こそ、殿下の想い人であるサラ。

 馬を宥める為に咄嗟に動いた殿下が傷を負い、そこでサラが聖なる力である癒しの力で殿下の傷を治す――こうして聖女という存在が皆に知れ渡ることになる。

 数百年に一度、女神が地上へ光の力を産み落とす。その力を授かった者である聖女を大切に庇護する定めがあり、この祭りの殿下の晴れ舞台でそのことが伝えられるとサラは常に殿下の傍に居るようになるのだ。

 婚約者である私はどんどんと周囲の目に映らなくなるようになって、最期には……。
 
 震える程体が冷えるような最悪な過去の出来事が思い浮かびあがっていると、過去と同じように殿下がサラを助けた。

 見てるのがこんなにも辛いだなんて思わず、ダニエラ様から頂いたネックレスを強く握っていると、チェーンが切れてしまった。

 やっぱりついてない。

 出会った所を見届けられたのだ。後はもう帰ろうと踵を返そうとしたが、見たことのない光景がそこにはあった。



「なん、で……?」



 癒しの力ではなく、軟膏を塗って処置し始めたサラは処置が終わるとそそくさと子供の手を引いて人混みの中へと紛れて消えていった。

 一度は不穏な空気になりかけたのを殿下が吹き飛ばすように笑顔を振りまき馬を進めて、パレードを再開させた。

 嘘でしょ……?サラを乗せて、祭壇に向かうんじゃないの?

 これまでとは違う時間が今、流れていくことに呆然と立ち尽くすことしか出来ない。



「エリーザ!」



 自分が呼ばれていることに気付きもしないまま、状況を把握しようと頭をフル回転させていると大きな影が落ちた。

 ふと見上げれば、殿下を乗せた馬がふんと鼻を鳴らす。



「ずっと探していた。行くぞ」


「殿、下……?」



 いつの間にか殿下は馬から降りて、そのままひょいと体を持ち上げられてしまう。私を支えるようにして再び馬に跨った殿下の体温が背中にそっと伝わってくる。

 私を乗せたまま殿下は馬を進ませると、喜びを噛みしめるように私に笑って見せた。



「俺の瞳の色のドレスを着てくれたお陰で、すぐにエリーザが分かった」


「あの、これはどういう……?!」
 

「今日の俺の晴れ舞台を愛しい婚約者にはすぐ近くで見てもらいたいんだ」



 耳元でそう囁かれると、冷たくなっていた体が一気に熱くなる。

 冷静に今の状況を把握したいのに、うるさい程に鳴り響く心音のせいで何も考えられない。

 動揺を隠せない私を乗せた馬は止まることはなく、殿下との訳の分からない幸せな時間が私にやって来てしまった。

 まさかの新たな、破滅エンドの道開拓しちゃってる?!

 うそ!死にたくないのに!死にたくないのにー!!

 赤くなったり青くなったりする私を置いて、今日という日は目まぐるしく進んで行ってしまった。




 
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