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19話

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「グレン!!!」

グレンは実験室の様な部屋で横たわっていた。
ひどい汗をかいている。
一目で状態が良くないということがわかる。

「……アルクか」

起き上がる事もままならない様だ。
一体何が起きているのだろう。
急いで駆け寄り、彼の手を握る。

「グレン…ごめんね、グレン…うああん」

彼の手に触れた途端、我慢していた涙が溢れてきてしまった。
もう涙で前が見えない。
でもグレンの様子が変だから堪えないと。

「ぐす……ぐれん、どうしたの?たいちょうがわるいの?」

「……アイツらからどこまで聞いた?」

「え?えっと、多分さいごまで…」

「そうか、アイツらの言っている事は概ね正しい」

「ぐれん…でも…っ」

「アルク、聞いてくれ」

グレンは今の状況を分かりやすく教えてくれた。
彼の心臓は彼自身の物ではない事。
過去のフラッシュバックによって心臓がグレンの体内で拒絶反応を起こし始めてしまっている事。
そのせいで今はろくに魔術を使えないという事。

「ぐれん…それおれのせいだ…おれが……おれがぁ……」

「アルク、違うからもう泣かないでくれ」

「うぅ……」

「私が、お前に一瞬でも弟を感じてしまったのが悪いのだ」

心がチクリとする。やっぱりグレンは……。

「最初に出会った時のことを覚えているか?」

「うん…グレンが扉を吹き飛ばした時のことでしょ…?」

「ふっ、やはり覚えていないか」

「え?」

「アルク、高いところから落ちて無事だった事はないか?」

「え…?ぁ……」

そうだ、俺が夜中、街で一番高いオイル灯のメンテナンスの仕事をしていた時だ。
風に煽られて、俺はそのまま落下しそうになったことがある。
あの時は紳士的な人に抱えてもらって怪我をしなかったのだ。
よく考えるとあんな高さから落下する人間を軽々受け止められる人間なんていない。
あれって……。

「あの時は変装していたからな」

「でも、それがどうしたの?」

「……アルク、一目惚れだったんだ」

「え?」

「あの時、私はお前に一目惚れしてしまったんだ」

「えぇっ」

グレンが俺に一目惚れ?
顔が一気に熱くなる。
妖精の話と全然違うじゃないか。

「でもでも…!妖精の見せたグレンの弟は…俺と瓜二つだったよ?」

「ふっ、なるほど。それはヤツらのイタズラだ、お前とキュアノスはあまり似ていない」

「えぇっ?」

「だが、お前に段々と弟の面影を感じ始めてしまっていたのは事実だ、お前が影の魔法を使い始めた頃から…少しずつな」

「グレン………」

「流石にそのローブを着て現れた時は、幻覚が見えてしまったようだった…うっ……」

「グレン!!!」

グレンが胸を押さえる。
どうしたらいいのかわからない。
俺はいつだって無力だ。
グレンを助けることができない。

「アルク……っキスをしてくるか?」

「え?ええっ?」

「お前の中の私の魔力を、少しわけてほしい」

「あ、あぁ…そういうことね」

グレンにキスをする。
でも今回のキスはいつもと違う。
俺がグレンに魔力を渡すんだ。

「んっ……ぐれん……いっぱいあるからね…?」

ありったけの魔力をグレンに渡す、俺にできる事ならなんだってするんだ。
途中何度か休憩し、グレンの身体の汗をタオルで拭いたりしながら、何時間もグレンとキスをした。

「んへ…唇がふやけちゃうね」

「アルク、無茶はするなよ」

「ううん?まだ平気だよ?」

少し手が震えてきているが、なんとか気丈に振る舞う。
グレンは一瞬驚いた様な顔をし、優しい笑みを浮かべると起き上がる。

「グレン?大丈夫なの?」

「あぁ、アルクのおかげでな。そろそろコイツを大人しくさせんとな」

バチバチと眩い光がグレンの両手から溢れ出る。
そしてグレンはそれを右肩と左の脇腹に当てる。

「ウッ…グッ……」

「グレン!」

「大丈夫だアルク…ッ」

「うあっ!?」

頭の中に何かが流れ込んでくる。
あれは誰だろう。
白い髪に青い目の男の子。
俺のローブと同じ物を着ている。

「……兄さん、久しぶり」

「…キュアノスか」

「何をしているんだい?兄さん、ずぅっと見てたよ?なんで人間を滅ぼさないの?」

「必要ないからだ」

「はぁ?何を言ってるんだ兄さん!?ヤツらはいきなり刃をこちらに向けてくる生き物なんだよ!?」

「それでもだ、キュアノス、彼らは脆い。今の私は降りかかるほんの少しの火の粉を払うだけでいい」

「そっかそっか弱いままなんだね兄さんは。……でもいいよ、これからは僕がやってあげるから!!」

彼から影が伸びてくる。
グレンは光る右手で軽く退ける。

「ふむ、こちらの魔術を使うのは何十年ぶりだろうか」

「あれ?おかしいなぁ…ずっと暴れていたから兄さんの魔力は殆ど無くなったと思っていたんだけど」

「私には優秀なメイドがいるからな」

グレンは襲い掛かる影を容易く躱し、左手のアッパーで彼の顎を掠める。なんとも物理的だ。

「この魔力馬鹿にぃ!!危ないじゃないか!?クソックソッなんで当たらないんだ!!」

「私が何年その魔術を使ってきたと思っている?」

影を弾き続け、グレンは彼の額を掴むと、その手から白い光が溢れていく。

「な、なんだこの力…っ兄さん…兄さんの白魔術は…っこんなに……っ」

「どんなに弱い魔術でも使い様だ、そう励ましてくれたのはお前だったがな」

「あ゛っ……兄さん……やめて……僕だよ…キュアノ……」

「あ」

プチン、と音がして容赦なくグレンは彼を消し去ってしまった。
気がつくと霧が晴れた様に部屋に戻っていた。

「グレン……今のは……?」

グレンは右手を開いたり閉じたりしている。
その度にパチパチと可愛らしい火花が散っている。

「さらばだ、キュアノス」

「……さっきのが、グレンの弟?」

「む、兄弟喧嘩を見学とは、趣味が悪いぞアルク」

「グレン、良かったの……?弟さんは」

「キュアノスはとうの昔に死んでいる、アレは黒の魔術の残り香みたいな物だろう。どうでもいい」

魔術だったとしても弟ソックリなものをあんなもの呼ばわりとは、グレンはやっぱりグレンだ。

「ま、心臓こいつだけは貰っておいてやるが、他はもういらん」

「他?」

「私には優秀なメイドがいるからな」

「ちょっ……グレン……ぁっ」

「余った分、返してや……る……」

「グレン……んん?」

グレンはそのまま眠ってしまっていた。
とても重たい。
でもその重さがとても心地がいい。
俺は彼の頬にキスをする。



「おやすみ、グレン」





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