傷ついて四葉のクローバーになる

八月朔 凛

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2話 西部戦線異状なし(中編)

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「……ショーサ! お疲れのところすみません。なんか変な気配がしませんか?」

 ミカエラは目を見開き、レオンハルトも勢いよく立ち上がった。

辺りには人影どころか何も無い。

気のせいだったか……と思った瞬間、突然地面から、大量の流木共に黒い水が勢いよくこちらへ流れてきた。

「……水の能力だ……」

 水が襲う数秒前に、本能的に太い木の上にレオンハルトと共に登る。
少し落ち着いてから下を見下ろすと、深緑色の軍服に、深い青色の髪を後ろで三つに編んである、味方であるはずの青年がこちらを睨んでいた。

「すばしっこくて困るよぉ。まあ、これくらい避けられなければ少佐の地位にはふさわしくないけど……ねぇ?」

「何を企んでいる……?軍への反逆か?それとも僕自身への何かからか?軍への反逆ならば受けて立とう」

 ミカエラが冷たく、光がない目で青年を見下すと、安全を確保してから、木から飛び降りた。
ミカエラがパチンと左手の指を鳴らすと、火花は指の上で踊る。

次の瞬間、大きな炎の玉になり、青年目掛けて疾風迅雷の勢いで飛んでいく。


「ぶっぶーどちらも不正解でぇーす! ボクはアルキュミア兵でねぇ……さっきのは、借りてた姿なんですよぉ。ざんねぇんですねぇ~ 」

 すると青年の姿は、金髪碧眼のショートボブの少年へ、着てた軍服も、帝国の新緑色の軍服から、王国の黒い軍服へ変わっている。
 そして、半円形のバリアで自分の周辺を囲い、ミカエラの能力を止めた。

「ショーサ!飛び降りて!あの野郎とやる気ですか?!わざわざショーサが手を汚す必要はないんじゃないですか?!クソはさっさと情報部に渡しましょう! 」

 レオンハルトも木から飛び降りると、驚いたような面倒くさそうな表情でミカエラを見つめながら言う。

「こういう汚れ仕事は、僕がやらないと………情報部に渡したとしてもそれまでに被害が出るから……ね?……大丈夫。最低限の力でやるから 」

「でも、ショーサがやる必要はないじゃないですか!それだったら僕が……」

 ミカエラは目を細めてからレオンハルトの話を遮った。

「レオンハルト!今のところ、敵は何の能力か分からない。そしてサーベルでは力不足……それは分かってるでしょ?だからね、戦闘出来る能力を持ってる僕がやるしかないんだよ 」

「大丈夫。きっと大丈夫……」

 ミカエラは無表情で小さく震えた声で自分に言い聞かせるように言うと、目をつぶり一呼吸する。肺に糸のようなピンと張ったような冷たい空気をいっぱいに満たしてから、ゆっくりと目を開けた。
そして左手を勢いよく上げる。

すると、一瞬で突然空間から火花が散り、地面から津波のように火が地面を這い青年を囲んだ。

 ミカエラの能力は炎を操る能力。戦でも日常生活でも幅広く活躍ができ、多くの人が喉から手が出るほど欲しい能力の一つだ。

しかし、ミカエラにとってはこの力は忌まわしく、そして恐ろしく感じており、戦闘以外は使わないようにしている。

「残念。少佐はもっと頭が良い奴だと思ったのに……やはり、士官学校で首席は嘘だったの?」

 青年は、一番最初に現れた時の姿に戻り、ジェスチャーのような仕草をすると、何も無かった空間から、大量の水が滝のように出てきて炎を消した。

 そして青年は困ってるミカエラを見ると、鼻をほじりながら、ゲラゲラと笑った。

「相性が悪過ぎる……何の能力だ?」

 「何でもありの能力だよ」


 容姿や声を変える異能力は、度々見てきたが、能力自体を変えられる能力には今まで出会ったこと無い。
どう対応するべきか、瞬時で考える。

 そして一呼吸すると、素早く退却の合図をする。
無闇矢鱈に攻撃しても、おそらく上手く躱されるだけだ。
 こんなところで死ぬわけにはいかない。
大変不本意だが、一旦退却することに決めた。

「そう来ると思った! レア少佐。君の考えは単純だねぇ……君の脳は小便と下痢気味クソしか詰まってないみたいで、かわいそうだね~!僕が躾てやるよ」

「あ、そうだ!いいこと思いついちゃった!」
 
 青年は笑顔でそう言うと、次の瞬間黄緑色髪の青年に変わる。

その顔はミカエラの顔だった。

ミカエラは、驚愕と嫌悪感と少しの恐怖でサーベルを落としかけた。

「うわぁぁぁ……ショーサが2人……!! 」

 レオンハルトは、青年とミカエラを交互に見て、驚いた表情を浮べてから、何故か興奮したような甲高い声をあげた。

「ふざけるのも大概にして……不愉快だからやめて欲しいね」

 ミカエラは軽く睨みつけ、低く心底嫌そうな声で言う。しかし、青年はミカエラの顔になっている、前髪で隠れた左部分を指しながら、不気味にニタリと笑う。

「辞めるわけないじゃないか。だってこれは弱み、そのものじゃないか」

「ミカエラ=レア。お前は自分自身の顔……包帯で隠してるのは、その顔の傷がトラウマを刺激するから、そしてなによりも醜いから嫌いで仕方がないんだろぉ? 」

「それがどうした? 」

 ミカエラは、なんとか平常に保った声でそう言うと、自分と同じ声と姿になってる、青年を精一杯睨み続けた。

 青年は、ミカエラには出来ない笑みを浮かべたまま「おいおいそんな目で見るなよ 」と、言ってから、ミカエラが普段隠している顔半分を覆う包帯を解いた。

 そこには美しい顔半分とは異なり、醜怪で目を背けたくなるような姿が露わになる。


「お願い!見ないで……!」



「おい、 見せてやるよ!お前の大好きな上司が、どれだけ醜い化け物なのかを」
 
 レオンハルトは「知っとるよ」と、低い声で呟くと、急に目を大きく見開き、親の仇或のように青年を睨みつける。

 数年間よく一緒にいたが、いつもふわふわとしてる彼がこのように激怒した姿は、一度も見たこと無かった。

「少佐の姿で汚ぇ言葉を喋られるとムカつきんさんな!それに人の嫌なところや弱点を狙うところほんっっとに人間のクズじゃのぉ!おい、早う死ね」

 「こがいにムカつくのほんっっとに久しぶりじゃ!ムカつかしてくれんさってありがとの。おかげで躊躇のう殺せる……」

 ドスが効いた低い声で方言を捲し立てながら、レオンハルトはサーベルの持ち手がギチギチ鳴るまで握りしめる。

「まあ、サーベルやらあんたに効く思うとらんのじゃけど……
それでも1センチ、1ミリでも傷つけたいくらいに、ウチはあんたが憎うて大っ嫌いじゃ……じゃけぇ死ね」

 それからレオンハルトは、次の瞬間青年の後頭部に向かって銀色の刃を振りかざした。

銀の刃は、青年が被っていた帽子と、軍服の一部を縦に破けさせた。

「あっ、レオンハルト!馬鹿!煽られて、一時の感情で命を捨てようとするな!」

 ミカエラがそう叫んだ刹那、数発の発砲音が木霊する。

 ミカエラは反射的に屈む。
やはり数発かすったらしく、右腕にジーンとした鈍い痛みと、激しい痛みが交互に襲い、少量だが、生暖かい感覚が肌を這うように伝う。

前を見るとレオンハルトが胸の辺りから血を流し倒れていた。

「人の弱点狙うなんて卑怯?……はははは、弱点があったらそこを狙うのが当たり前だろぉ?
お前は甘いんだよ!その考えも!行動も全て!わざわざ見え透いた罠に引っかかるお前の方が馬鹿なんだよぉ」

「恋や愛ってくだらないよねぇ。こうやって人の判断力を含めて、何もかも盲目になってしまうからぇ」

 青年は短機関銃を構えたまま叫ぶ。
そして生きた蝶の羽を毟る幼児のような笑顔を浮かべてから、ミカエラ達を軽蔑と哀れみを含んだ瞳で見つめた。

「レオンハルト !レオンハルト !しっかりして!」

 ミカエラがレオンハルトの傍で叫ぶ。
すると、彼は金色の目をうっすらと開けた。しかし、その瞳は酷く虚ろだった。
そして、レオンハルトは青白い顔で、無理やり笑ったようなくしゃくしゃとした表情でミカエラを見つめた。

「どうやら……胸は撃たれな……かった……ようです」

蚊の鳴くような声で、口元まで耳を持ってこないと聞こえづらい。
 
「ウチのことは……気……しないでください……大丈夫です……ハヤ……ソイ……ヲ……託し……ス……ああ、やっとみんなに……あえる……」
 
 レオンハルトは、最後の方は途切れ途切れそう言うと、大量に鮮血を吐いた。
その苦しそうな姿を見て、ミカエラは胸が苦しくなり、ギュッと自分自身の腕を握る。

「最初からこうすれば良かったな。やっぱり精神的に削る作戦よりも物理的にやるが効率だね……ボクったらあったま悪いなぁ……」

 青年は笑いながら、自分の頭を軽くコツンと殴るような仕草をすると、再び銃の引き金に指を入れ直し、ミカエラへ銃口を向けた。

 ミカエラは腰を低くして、青年を酷く軽蔑を含んだ目で無言で睨みつけた。それから、指を鳴らすと、火花が指の上でパチパチパチと踊り狂う。
 
「あら~怖い顔~! 大切な後輩くん死んじゃたね~!可哀想だねぇ! 一緒に逝かせてあげるねぇ!」  


 青年は嘲笑いながら、銃の引き金を引こうと指で強くレバーを引いた。
その瞬間、次で仕留められるだろうと思ったのか、一瞬、青年の気が少し緩んだように見えた。

 瞬刻、ミカエラは弾の軌道を避け、腕を上げる。空間からは、炎が吹き出し敵の方へ向かう

あっと言う前に青年の足元には、高熱の炎がメラメラと勢いよく燃え上がているではないか。

青年はそれを消す為に、姿を変えようとするが、そうはさせないと、ミカエラは追い討ちをかけるように素早く攻撃を続けた。
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