傷ついて四葉のクローバーになる

八月朔 凛

文字の大きさ
5 / 16

2話 西部戦線異状なし(後編)

しおりを挟む
しばらくすると、青年はもうボロボロになっていた。服も靴も、髪の毛も少し焦げている。しかし、何故か面白そうに笑ってる。
 次の瞬間、煙幕で目の前が見えなくなる。数十秒後には視界は開けたものの、青年の姿はそこには無かった。
 
「ゲボッ……逃げられた……ってレオンハルト大丈夫? 」
 
 近くで横たわってるレオンハルトを揺さぶるが、反応がない。
 
「おい、お前ら帰るぞ」
 
 煙で気づかなかったのか、近くにいたアンドリューが仏頂面で腕を組みながらそう言う。
 
「アノニマス中佐?! 」
 
 先程のこともあり、本物か確認する為に、敢えてアンドリューが口癖のように、呼ぶなと言っている彼の苗字を呼ぶ。  

「あ゛あ゛あ゛? 苗字で呼ぶなって、いつも言ってるだろ。何度も言わせるな……次、苗字呼んだら、配給無しな」

 アンドリューはかなり不機嫌そうにそう言ってから、舌打ちをした。どうやら目の前にいるのは、本物のアンドリューのようだ。
「すみません。アンドリュー中佐。さっき変な敵がいたので、確認の為に呼びました」
「あ、聞いてください!レオンハルトが被弾して動かないんです……今すぐ病院に運ばないと……」

「……その必要は無い」

 その声と同時に銃声が響き、足に激痛が走り、その場に崩れる。そして間一髪入れずに、再び銃声が響き、腕が動かなくなる。 

「これでもう能力使えないねぇなぁ?」

 アンドリューだったら、絶対しないような表情と口調でそう言う。
 
 「確認したのは偉いねぇ……でも、甘い。信頼してる上官でも、急に現れた時はすぐに信頼してはいけないよ~」
 
 喋り方から考察するに先程の青年だ。ミカエラはしくじったと思った。
 
「これで終わり。最期に残す言葉は?」
 
 艱難辛苦かんなんしんくの続きだったが、案外楽しかったことも多い自分の人生もここまでなのか。

「……アンドリューさんや、他の仲間達は無事ですか?」

「ああ、アイツなら今頃お前らを探してるよ。他の人間も元気だ」

 その言葉と同時に、何発かの銃声が響き、鮮やかで生ぬるい血飛沫が頬にべたりと張り付く。  
             
 薄れゆく意識の中、痛みと共に昔の記憶が走馬灯のように蘇る。どれも泣きそうな程懐かしく、二度と戻らない幸せだった日々。ミカエラは、もう死が近いことを強く実感した。
 ふと、戦場に行く前に大切な人と交わした『生きて帰ってきてね』という約束を思い出した。

 そうだ……生きねばならない。どんなことがあろうとも。決して死んではいけない
 ミカエラは、もう一度立ち上がろうと体を無理やり動かそうとするが、もう限界を迎えているのか、身体は力が入らず、泥沼に落ちた紙のように溶ける感覚を覚え、足は糸が切られたマリオネットのように動かない。
 瞼も勝手に下がって視界も灰色に霞んで見えなくなり、酸素さえ肺に詰め込もうとしても、喉あたりで止まり息苦しい。それなのに、頭だけはしっかりしているらしく、色々な感情が一気に溢れ出してきた。

  ああ、やっぱり本当は、死にたくない!死にたくない……死ぬんだったら、もう一度あの子のあの子の顔が見たい。
 ……なんでこんなよく分からない得体の知れない能力者に……殺されなきゃいけないんだ……
 ……そして何よりも……自分が居なくなると……あの子……は……本当に……独りぼっち……に……なってしまう……そんなのあまりにも!あまりにも……!ぼく……は……まだ……しねない……あのこをのこしては……けない……

 あの子の太陽のような眩しい笑顔と同時に、自分が死んだ後のあの子の姿が脳内に浮かぶ。きっと、あの子は自分が死んだら跡を追うだろう。それを想像すると、胸は撃たれていないはずなのに、苦しくぎゅっと締め付けられる感覚を覚えたが、徐々にそれすらも、もうなにも感じられなくなくなってきた。
 瞼を閉じる瞬間、ミカエラは動かない口角と表情筋を無理やり動かし、笑ったような表情を浮かべると
 
 「ごめんね……そふぃー。やくそく……うち……かえれそうにないやァ……」 
 
 そう掠れた声で呟き、赤色の双眸からガラスのような一筋の涙を流した。涙は冷たい肌を伝い、血に濡れた大地を濡らした。
そして、そのことに気づく人はしばらくいなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...