この恋は始まらない

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第70.1話・唯一出来る誠意。

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神視点。
温泉から帰って来て、女子のコテージで晩御飯を食べる。
あれだけ遊んではしゃいでいても、高校生は元気であった。
女の子が作ってくれたカレーを、何回もおかわりするくらいに堪能する男子達。
一生分の密度で幸せを噛み締める。
ハジメちゃんありがとう。
君の彼女の手料理は最高だよ。
ハジメちゃん、見てる~?
彼女の手料理を食べちゃてま~す!
のちの世代に伝わる、手料理系NTRモノである。
ハジメに対して、訳の分からんマウントの取り方をして、遊ぶんじゃない。


カレーを堪能した食後には、美味しい紅茶とコーヒーが自動で出て来て、幸せの余韻を味わっていた。
しかし、楽しい時間には終わりがつきものだ。
八時を丁度過ぎた瞬間に、ハジメから号令がかかる。
男子は自分達のコテージに帰って、寝る準備をすること。
しかし、男子連中は反論するのであった。
もっと女子とお話したい。
女子コテージの空気を味わいたい。
いっそ女子になりたい。
そういえば、女の子だった気がする。
変態共が。
訳の分からない理由を並べてでも女子と会話しようとするな。
晩御飯を食べ終える八時までが、女子と居られる約束だったはずだ。
それ以降に、女の子と一緒に居たら、快く旅行に承諾してくれた女子達の親子さんに示しがつかない。
みんな可愛い女の子なのだ。
野郎共と一緒に旅行するだけでも不安に思うのだから、俺達がちゃんとしないといけないはずだ。
ハジメは言う。
野郎は野郎だけで、真夏の夜を楽しもう。
ネトフリでクソB級ホラー映画を観ながら、十二時過ぎまで仲良く遊ぶのだ。
寝る前には、男子トークをしよう。
好きな女の子のタイプや、性癖バトルをする。
これほど楽しい夜更かしはないだろう。
まあ、それも青春。
されど青春。
男の子は、楽しそうではある。


……あいつら、馬鹿だな。
誰かがそう言った。
まるで動物園である。
人間らしい喜び方をして、飯も食えないのか。
馬鹿な男子達が居なくなって、女子達の気が緩む。
好きな人がいる女の子だけではなく、彼氏が居ない女の子でも、男子が居たら気を張ってしまうものだ。
赤ちゃんが居なくなってよかったわぁ。
気分はそんなものでしかないが。
取り敢えず、男子が居ないなら、可愛い私服のままでなくていい。
新調したばかりの洋服に皺が付かないように、寝間着に着替えることにする。
鞄から出てきた寝間着。
それは、家から持ってきた可愛い寝間着ではなく、いも臭い学校のジャージだ。
色々考えた結果、寝る前の格好の違いで不平不満が出ないように、みんなジャージにしていた。
イカれた仲間が多いため、ほぼほぼ裸と変わらないネグリジェや、ジェラピケの寝間着で、挑まれても困るからである。
その判断は間違っていなかった。
「何で私を見るのよ」
むちむちメスオーク。
人間には、野生の動物と違って発情期がないが、年中妊娠出産が出来る。
毎日がメスの日だ。
「……いや、お前は普通に透け透けのネグリジェ着てそうじゃん」
「するわけないでしょ! ご両親がいるんだから」
いや、居なかったらするんかい。
居てもするだろう。
そういうアピールをしていないで、平時の対応がアレならば、お前は狂っている。
アプローチ方法がおかしいんだよ。

「ふうは、あれの真似はするなよ」
「やーやー」
普通は、しねぇよ。
とは口に出して言えないところが、親友と、普通の友達との違いであろうか。
麗奈の存在そのものが、男性からしたら実質的にセックスアピールをしているようなものなので、今日みたいないも臭いジャージを着ている方がいい。
麗奈がジッパーを上げるだけで、おっぱいが強調される。
……天然は怖いわ。
西野さんからして見たら、ハジメみたいな運動音痴は、身体能力の高い秋月さんからアピールされて逃げ切れるとは思えない。
我々の知る秋月さんとは、餓えた狼みたいなものだ。
単純なアピールしか出来ないが、ジョジョでは複雑なスタンド能力よりも、自動追尾型のスタンド攻撃が一番怖いのだ。
「東山くん、よく逃げられているわね」
「あいつ、命の危機を感じたら、二階の窓を突き破ってでも逃げるからな」
ハジメェ。
判断が早過ぎる。
常識的な人間なら、窓ガラスを破壊してまで逃げないが、それでも彼はやる。
女から逃げ切るには、死ぬ気で逃げるしかない。
女の子だからと、下手に甘えを見せたら、殺される。
ハジメママ仕込みの撤退行動である。
血に餓えた女に捕まるくらいなら、二階から飛び降りてガラスまみれになりながら、腕が折れた方が軽傷だ。
クラスの女子は、ハジメのことを甘く見ていた。
ママに愛されて生まれてきたアホの子ではあるが、灰汁の強い女の子達の相手をしてきて、今日まで生き延びているのだ。
クラスのみんなは、女に生まれているからこそ、女の怖さを理解していた。
女の子は、可愛いだけではない。
恋愛が絡んだ女子は、化物である。
女の愛情とは、純粋であるが故に、殺しすらも厭わない。
引き金は思っている以上に軽い。
そんな中、よんいち組に囲まれて、ハジメはよく無事でいられたものだ。
何度も恋愛の地雷を踏み抜き、爆弾処理をし、致命傷を受けていない。
ラブコメ界の異能生存体だ。
ハジメが飲む今日のコーヒーは苦い。

絶対にラブコメ落ちしない主人公と、好きな人とラブコメしたい女の子のほこ×たてである。
女の子の愛の強さを甘く見ていた。
タケノコの成長速度を甘く見ていた。
恋愛とタケノコは、気付いた頃には、ぐんぐん伸びていくのだ。
収穫時期を見誤った。
タケノコは、いつしか竹になってしまっていたのであった。

え、意味分からない。
……取り敢えず、よんいち組のみんなは、ハジメのことがそれだけ好きなのだ。
馬鹿は馬鹿で、何も考えずに彼女のことが大切で、好き好きしているから、まあ問題ないだろう。
ハジメは、萌花に対して気が狂ったように愛でているが、風夏達のことも同じくらいに大切に思っている。
馬鹿だから、女の子を同じように褒められないだけであり、それでも本人自身のことをちゃんと見てくれていた。
黒川さんの時もそうだ。
みんな、黒川さんの水着姿は可愛いと思っていたし、口に出して可愛いと言ってくれていたけれど、ハジメのそれは誰よりも重みがあった。
理由は簡単だ。
黒川さんはずっと忘れていたが、ハジメとは一年生の時からの知り合いだったのだ。
美術部と漫研という、文化祭の看板を合同して作る程度の一時的な関わり合いだったが、何度か会話をしたこともある。
その時の自分を知っていたからこそ、三年の歳月によって成長した自分を見て、ハジメは可愛いと言ってくれていた気がした。
元々、人の顔やスタイルだけで可愛いかどうかを判断する人ではない。
魂で人を見ている。
人の美しさは無限に存在し、他人がはかれるものではない。
そう思って生きている人間である。
……東山くんは温泉の時に謝ってくれたけれど、何だか悪い気がしてきた。

本来ならば気にも留めない悩みごとをしていた黒川さんに、抱き付く風夏であった。
「ねーねー、姫ちゃんどうしたの? 悩み事??」
多分、表情に出ていて、気にしてくれたのだろう。
困っている人が居たら、絶対に助けてくれる女の子である。
風夏ちゃんは、温泉の時の一件を何も知らないはずだ。
東山くんや子守さんは、あの性格だからプライベートなことを誰かに言うようわけがない。
黒川さんは、自分の下らない悩みをわざわざ彼女である風夏ちゃんに言っていいか、暫し考える。
陽キャである上に、言動が掴みにくい女の子だが、いい子なのは確かである。
風夏ちゃんならば、地味な女の子が抱える下らない悩みでも、無下にはしないだろう。
だって、東山くんが認めている人だから。
そうか。
自分が一年生の時よりも成長しているように、風夏ちゃんもまた成長している。
綺麗なだけではない。
人の温かみを感じる。
読者モデルだから美人である。
そんなことを言う人はいない。
世界の誰よりも自由で、世界の誰よりも幸せなのだろう。
彼女は、愛されている。
小日向さんの表情を見て、知らず知らずに可愛いと思ってしまった。
口に出してしまうくらいに、小日向風夏ちゃんは可愛かった。
「え~、姫ちゃんも可愛いよ~」
風夏ちゃんは、満面の笑みで喜ぶ。
東山くんが何故、私を見て可愛いと言ったのか少しだけ分かった。
東山くんには見えていたのだ。

全てが正しいわけではないだろうに。
それでも、真っ直ぐに断言するのだろう。
人の歩んできた道の先に。
人の美しさがある。
人の世界は、全てが正しいくらいに白くて、全てが間違っていると思うくらいに黒くて。
どれが正しい世界かどうかなんて、分からないけれど。
それでも諦めずに進むしかない。
人の誇りとは、そういうものだ。

この世界には、目に見えないものが多過ぎる。
高校生の私には。
何%ほど、この世界の美しさを知っているのか分からないけれど。
子供であったとしても。
今はまだ、子供でいい。
子供のままでやれることをするしかない。
そんな気がした。


黒川さんは、風夏ちゃんの微笑みに返すように、同じくらいの笑顔で応える。
その瞬間だけは、この世界の誰よりも美しかったのは言うまでもないだろう。


それから数時間後。
女子達は、みんなでホラー映画を楽しみ、寝る準備を進めていた。
みんなは、自分の敷布団を綺麗に敷く。
旅行とは、寝るまでが楽しい旅行だ。
修学旅行さながらの雑魚寝。
コテージの部屋には、大人数にも対応出来るように、備え付けのベッドがいくつもあったが、わざわざみんなで一つの部屋に集まって寝ることにした。
中野ひふみは、わくわくしていた。
女の子だけで寝泊まりするとなると、やることは決まっている。
「恋ばなしようよ、恋ばな」
きゃは。
「死ね」
「殺すぞ」
「他人の恋愛話が面白そうだからって理由で聞きたいだけなのに、さも自分には恋ばながあります。みたいな言い方をしないでほしいわ」
この女、クラスの三強にボロクソに言われていた。
中野ひふみは、明日香、萌花、麗奈の順番で殴り飛ばされる。
こいつら、同性に対して、まったく容赦がねぇな。
男子が居ないからか、いつもより言葉尻が強いのであった。
しかしそれでも、中野が悪い。
中野が悪いのだ。
ただでさえ寝る前までの時間が限られているのに、中野が暴れまわるせいで予定が押してしまっていた。
ジャージ着て、可愛く布団を被っている姿がうぜぇ。
「恋ばなしようよ」
なんという、打たれ強い女だ。
我関せず。
自分が怒られていると思っていなかったのだ。
精神には一切のダメージを受けていない。
しかし、身体には槍が刺さっているぞ。
この女、血が流れていないのか。
心の臓が止まっておる。
「ねえねえ。恋ばなしよ♪」
し、死体が喋っている。

いや、恋ばなするにしても、話す内容は限られている。
「東山、一条は禁止カードで」
あの二人を引き合いに出すと、恋ばながまたややこしくなるのでやめておこうか。
「佐藤はセーフ?」
「アウト」
橘さん……。
間髪入れずに拒否っていた。
そうなってくると、他クラスの男子の話しか出来ない。
中野は、運動部の男子で、格好いい人がいるというが、まあその手の野郎には興味なさそうなメンバーしかいない。
この手の話になると、ゴリゴリの運動部である白鷺が無駄に興味を示していた。
「ふむ。大会で成績を残しているのか?」
「予選敗退だって」
「何だ……その程度か」
冬華は、落胆していた。
運動部の面汚しが。
いや、言っていないことをアフレコするな。
冬華のような人間は、コンクールや試合に出れば、金色のトロフィーを持ち帰ってくるのが常である。
一般人からしたら、そんな白鷺の人間と同じにされても困る。
我々は普通の高校生だ。
格好いいだけで、それなりに評価してあげられるのが、学生なのである。
気になる男性の話をしているのに、トロフィーの数で男気を競うのはやめて頂こうか。
冬華は、お嬢様が好むようなテニス部の人間とはいえ、体育会系だ。
大会に出れる実力ともなれば、単純な武力でしか物事の指標を図れない。
白鷺冬華の元々持つスペックを考えたら、彼女の隣を務める人間は、強者であるのは至極当然のことだ。
「男なら、一番になるくらいの気概が欲しいものだ」
いや、それは分かるが。
ハジメェはそうじゃないだろうに。

白鷺さんから、東山くんの文句を一切聞かないあたり、ラブラブなのだろうか。
めっちゃ聞きたい。
聞きたいんですけど~。
女子達は嬉々としていた。
それでも白鷺冬華は、クラスメートの中では育ちの良い人間であり、一番まともな人だからこそ、そういった恋バナは触れづらい。
そこに武力介入してくるのが、中野ひふみである。
馬鹿は空気を読まないから強い。
「へー、ふゆちゃんは男子とか興味なさそうだもんね」
なんや、こいつ。
舐めてんのか。
中野のせいで、高校生の淡い恋ばなっぽい空気が死んだ。
クラスメートは、みんなでホラー映画を観ている時よりも、恐怖していた。
こいつ、馬鹿過ぎるだろうが。
白鷺冬華が街を歩いていても男性からナンパされないように、その存在は一端の野郎が話し掛けるのも憚れるほど輝いているのだ。
二人を比べると、高校生ながらも大人の雰囲気を醸し出す完璧な女性と、ただの頭の悪いクソガキだ。
あだ名呼びしていいわけがない。
クラスメートのみんなは、冬華のことを尊敬していた。
中野以外は、白鷺さん呼びなのだ。


「うちのゴミが、ごめんなさいね……」
ゴミ回収業者が現れた。
恐怖のシメコロシー。
橘明日香は、中野ひふみの頸動脈を圧迫して、一瞬で仕留める。
それは、まったく痛みを感じさせない。
慈愛に満ちた攻撃であった。

夢野と二人で死体を運ぶ。
「明日香、外に捨てる?」
「ん~。蚊がいるし、流石に可哀想だから、廊下かな」
いや、捨てるのは決まっているのかい。
流石、親友だけあってか容赦がない。
二人はドアを開けて、ひふみを廊下に投げ捨てる。
「受けとれ」
一応、風邪を引かないように掛け布団を被せてあげる優しさがある。
橘さんの優しさは天井知らずや。
優しいのか……?
まあ、それはさておき、五月蝿い人間が一人居なくなったことで、女子達は落ち着きを見せていた。
本来のクラスは、大人しい女の子が多いのだ。
うちのクラスが騒がしいイメージがあるが、その大部分は中野のせいだ。
中野はいらない子。
ノー中野ひふみデーだ。


五月蝿いやつが居なくなり暇なので、布団に入りながら、今までの夏休みの出来事を語り合う。
学生ということで、話す内容は部活や勉強の話ばかりだったが、それが楽しい年頃だ。
みんなが話すほとんどは、他愛ない話だ。
学生とはいえ、夏休みになったからって、人は新しいことを始めるわけではないし、別に恋人が出来た人がいるわけでもない。
普通の二週間あまりを、普通に過ごしていただけだ。
馬鹿みたいな密度でイベントが起きていたら、人はストレスで倒れてしまうだろう。
まだみんな子供なのだ。
心が痛くなるほどに自分の人生に思い詰めてはいないし、この世界が悪いものだとは思っていない。
だって、生きていれば何が起きるか分からないのだ。
全ての出逢いに楽しんだ方がいい。
幼稚園の時のように、純粋な気持ちでいたい。
「そうだ、すまない。少しだけ、連絡をしても構わないか?」
冬華は綺麗に纏めた言葉で断りを入れて、メールをする。
ぽちぽち。
あらやだ。
ふゆお嬢様の入力すっごく遅い。
冬華は、おばあちゃんみたいなタップ音で、文字を打つのだった。
可愛い。
ギャップ萌えである。
二本指を駆使して、爆速フリック入力してメールを送り出す風夏ちゃんとは対称的であった。
男の子が好きそう。
ああいうのが、可愛いというのだろう。
「冬華、ハジメちゃん?」
「うむ。寝る前に一言だけ詩を送るのが日課でな。旅行中くらいはやらなくてもいいかとは思ったのだが、日課だからこそ、やらないと不安になってしまってな」
「あーね!」
好きな人ともなると、メールを一つ送るだけでも、特別な日課になる。
風夏達が何か物足りないと思っていたら、ハジメに電話もメールもしていなかったのだ。
「私もハジメちゃんに連絡しよ!」
「そういえば、男子のコテージで何しているか気になるものね」
問答無用でテレビ電話をする小日向風夏ちゃん。
まあ、ジャージはださいが、見られても構わないか。
おっぱい丸出しで寝ているわけでもあるい。
プルルル。
プルルル。
プルヤハァ。
普通に電話を切られた。
あの男なら絶対にそうするだろう。
分かり切っていた。
いや、面倒なのは分かるが、可愛い彼女が可哀想だとは思わないのか。
可愛さ余って憎さ百倍。
「ありゃりゃ、出るまでやるよー!」
恋愛に屈しない女は、ハジメに鬼電する。
こっちもこっちで強いな。
好きな人がまったく空気の読めない唐変木だと、嫌われるくらいに電話をして、図々しいくらいじゃないと、振り向いてもらえない。
電話出ろや。
可愛い女の子も大変である。
いや、可愛いくらいでは簡単に振り向いてくれない男の子だから、風夏ちゃんにとっては特別なのかも知れない。
風夏ちゃんを見て、死んでも可愛いとは言わない。
そんな男の子は少ないのだ。

心が折れた野郎が電話に出る。
『おい。なんだよ。お前ら、十二時回ったんだから、いい加減寝ろよ』
「もう少ししたら寝るよ~」
ハジメは、あからさまに早く寝ろよって顔をしていた。
『何で通話してきたんだよ』
「え~、こっちは盛り上がってて。男子の方も気になったんだぁ~」
『ふーん』
両サイドの後ろから、野次が飛んでくる。
塩対応過ぎる。
十二時過ぎたのに、元気な奴らである。
男子連中は、可愛い女の子を見て喜んでいた。
素っぴんのクオリティが高い。
生まれたての風夏ちゃん。
『お前ら五月蝿い。……野郎が騒がしいから電話切るわ』
「やーやー。ハジメちゃん、おやすみなさい」
『ああ、小日向も……。いや、これややこしいな。……他の奴らもおやすみ。明日は七時半起きだから気を付けろよ』
「かしこまりんぐ」
余韻を残すことなく、電話を即切するハジメであった。
強いな、こいつ。
もう少し電話でまったり話す情緒とか、人の心とかないんか?
要件聞いたら終わりやんけ。
ハジメちゃん、疾風迅雷やね。
流石の風夏ちゃんでも激おこ必死である。
「え~。怒ってないよ。毎日電話してるし、大丈夫だよ」
三百六十五日を越える回数、電話しているのだ。
毎日話していたら、話す内容が雑になってしまっても仕方ない。
これもう、ハジメちゃんが冷たいのか、ハジメちゃんが優しいのか分からねぇな。
女の子の電話に毎日付き合うとか、正気の沙汰じゃない。
新手の拷問であっても、もっと優しいわ。
男性の大半は、小日向風夏ちゃんと毎日会話が出来るなんてどう考えても羨ましいと思っているだろうが、物には限度がある。
というのか、付き合ってまだ一年経たないくらいだったような気がしたが。
何で現時点で三百回を越えているのか。
まあ、深くは触れない。
ハジメという犠牲の上に、成り立つ世界があるのだ。


そんな中で、冬華はあまり会話に混じらずに黙々と文章を打っていた。
スマホ慣れしていないお嬢様からしたら、数十文字を打つだけでもかなりの時間がいる。
詩が好きな彼女は、和訳したものや、気に入ったものをよくハジメに送っていた。
風夏ちゃんが毎日電話をするように、それが彼女にとっての日課であり、楽しみであった。
自分の気分に合わせ、詩の内容を考えて打つ必要があるからか、冬華のメールは二時過ぎになる場合もある。
勉強や大会で忙しい日であっても。
それでも、全然苦にはならない。
詩とは、たった数十文字であっても、意味がある内容だ。
人は人に詩を贈ることで、言葉の重みを知る。
遠い昔の日本には文通という文化がある。
わざわざ机に座って便箋をしたため、大切な人に送り出す。
今となっては、手紙を出して交わす文通は廃れた文化。
手紙で愛を伝える人は減っていた。
それでも、言葉の重みは変わらない。
白鷺冬華は、深夜遅くのために、朝早くから詩を贈る内容を考え、ずっと過ごしている。
彼女にとっての詩とは、自分の身体で感じる五感全てだ。
目で見る色彩も、風の香りも、蝉の音さえも。
素晴らしいと感じたものは、詩の内容になり、意味を成す。
日々が人生の肥やしになる。
色彩豊かなのだ。
世界がこんななかも綺麗で美しいと思えたならば。
一日の始まりから終わりまで、人はそれを記憶するだろう。
自然と、美しいものに惹かれてしまう。

黒川さんが思っていたように、世界はとてつもなく広い。
知らなかった事実に初めて気付き、世界の美しさを知ったならば、その美しさを鮮明に覚えよう。
人との繋がりが増えていく度に、世界は何度でも一変する。
そうして人は、大人になっていく。
逆に、それの大切さを深く理解し知っている者ならば、同じ時を過ごし、同じ景色を見ている人を大切に想うことが出来る。
彼女にとっての出逢いは運命なのだ。

端から見たら、二時間以上もかけて一通のメールを送るのは、馬鹿馬鹿しくて無駄に見えるかも知れない。
もっと効率的な生き方があるかも知れない。
しかし、それを否定する人間はこの場にはいない。
ハジメのことを知っている。
冬華のことを知っている。
だからこそ、理解出来ることもある。
不器用に見える行いだが、その行いは必然なのだ。
二人の間には、無駄なことなど一つもない。
故に、愛は偉大なのだ。

この恋は。
ゆっくりと。
どれほど時間をかけてもいい。
目に見えないものにどれほどの意味や価値があるかなど、誰にも分からない。
大人ではないのだから、失敗もするだろう。
恋愛とは、急かしてしまうこともあるだろうし、二の足を踏むこともある。
けれど、後悔がないように、精一杯の正しさを持って生きる。
見誤らなければいい。

ずっと前のことだっただろうか。
冬華のお母様は、自分の娘に語っていた。
自分の人生に刻み込まれた時の長さが、そのまま愛の価値になる。
白鷺の女性は、誰よりも賢く、そして慎ましく生きるべきでしょう。
それでも、冬華さん。貴女が抱いた想いだけは殿方にちゃんと伝えなさい。
意味がなくても構いません。
言葉が足りなくても構いません。
初めは恥ずかしいでしょう。
言葉が詰まってしまうでしょう。
嫌われてしまうかも知れないと不安に思う時もあるでしょう。
それでも、諦めずに自分自身の言葉で話し続けなさい。
大切な人を知り、諦めずに話すことで、人は人足り得るのです。
愛を知らず、愛を語らぬ女ほど、男性にとって無価値なものはありません。

白鷺の人間が詩を読み、口にするのは、きっかけでしかありません。
冬華さん。
貴女が死ぬまで愛を語るに足ると思うほどの人に出逢い、その殿方を愛しているのならば、迷うことなく言葉にし続けなさい。
それが愛する者の役目であり、人が人に対し、唯一出来る誠意なのです。
お母様は、そう語るのであった。

白鷺の家紋は、純白の鷺である。
幸せを運んでくれる。
我が子に託したのは、家名でも。
容姿の美しさでも。
才能でもない。
白鷺自身は、容姿端麗で文武共に優れ、全てを兼ね備えた女性ではあったが、両親から望んで与えられたわけではない。
我が子に望んでいたのはたった一つ。
誰よりも人を愛し、誰よりも愛される人間でいてほしい。
人は祝福されて生まれてくる。
愛を知る為に。
愛を語る為に。
祝福を次の世代に紡ぐ為に。
この恋は始まらない。


一方その頃。
ハジメは、夜二時前まで起きていた。
他の野郎共は疲れて寝落ちしてしまい、話し相手もいなく暇になったので、空いたリビングでイラストを描いていた。
萌花には禁止令を発動されていたが、絵を一日休むと三日分のロスが発生してしまうのだ。
隠れてでも絵を描かないといけない。
んほぉ~、今日の風夏ちゃん可愛過ぎるだろうがぁ。
少し作業をして、一段落着くと、空き部屋からクラスメートの声がしてくる。
ノックしてから扉を開けると、遊戯王OCGをやっている男子が二人いた。
「え? なんで? 今やる必要ある??」
ハジメは、最もな意見を言う。
別に、修学旅行のテンションでカードゲームをするのは高校生あるあるだが、互いにガチの環境デッキを使ってメタ対策をするのなんで。
いや、夏最後の大会だからこそ、最後の最後までデッキ回しをして、出来る限りのことをしたい。
遊びでやっているんじゃないんだよ。
勝ちに行き、結果を残したいのだ。
「お、おう……。二人にとって必要ならば文句は言わないけれど、明日は七時半には起こすからよろしくな」
夜更かしするのは全然許容するが、そのせいで寝坊するようならば、容赦なく叩き起こす気であった。
「東山は寝なくていいの?」
「そうか。僕達が起きていたせい?」
決闘者二人は、ハジメにそう聞いた。
東山は、子守さんに働くなと言われていた手前、自分達のせいで寝ることが出来ず、変に気を遣われていたとなると気まずかった。
「いや、そういうわけではないんだけどな。基本的に二時まで起きていることが多いし。まあ、なんだ。寝れないだけで……」

一通のメールを受信する。

微かに笑っていた。
「すまんな。もう寝るわ」
ハジメはなにかに満足したのか、手を振って去っていく。
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